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Posts Tagged ‘修行’


10月16日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 16th, 2017  Posted 12:00 AM

10月16日 仏滅(丙子)

美しいモノを差し出すには、
自分の身体感覚、
自分の身体での行為を
学ぶこと
修行・鍛錬することだ。



川崎和男の発想表現手法


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『デジタルスケッチを学ぶためには書の世界から』


   


     10月 15th, 2017  Posted 11:45 PM




あなたにとって何が美しいですか?、ともし尋ねられたら、
ここ2年ほどは空海の般若心経で、空海の書から編集された名筆集、
これをあげることにしています。
書く・描くという行為を私は職能にしてきました。
だから鉛筆から毛筆までは常に自分には修行のごとく取り組んできました。
それは私の生涯にとってとても幸運なことであったと思っています。
鉛筆、ボールペン、万年筆などは、私がよく言うのは、
ペン先は指を傷つけるほど硬いことです。
ところが毛筆は、指先には心地よいほど柔らかいのです。
幸いにして美大では鉛筆デッサンからあらゆる筆記具と対峙してきました。
それでもやはり書の世界観は、私自身が望んで永平寺第一道場:吉峰寺で、
中学・高校と学ぶことができたのです。だから、
これは私の手先指先の運動神経は鍛えられていると確信しています。
そして最近、私はデジタルスケッチも徹底して訓練してきました。
ところが、iOS11になって、私が最も訓練してきたSketchbook Expressが
もはや使えなくなってしまいました。
しかし今、もうや通常となっているSketchbook Proの訓練をしています。
そのためには、Apple Pencilに慣れなければと思って、
このトレーニングには、書の訓練が私は最適だと推薦もしているのです。
結局私は自分の最も持ちやすいApple Pencilにカバーを使っています。
それは毛筆ではそれこそ面相や矢立での筆の細さまで慣れていますが、
最も万年筆の太さで最適な経14mm、これに適合しています。
今しばらく時間はかかるかも知れませんが、年内にはプロとして、
さらにデザイナー教育者としても
紹介し手本になりたいと自分に言い聞かせています。
ともかく、理由は簡単なのです。それは空海の筆跡を学びとり、
それをデザインスケッチ、それもデジタルスケッチにしたいということです。
結局、自分にとって主観的にも客観的にも「美しい」ことは、
デザイナーあらば身体化することだともっと断言したいからです。


* 『美しい運筆を体現すれば美しさがわかりそうだ』
* 『書そして運筆なら空海がお手本になる』
* 『運筆練習に最適な学習ノートの充実ぶりに感嘆』
* 『私のデジタルアイディアスケッチとスタイラス』
* 『デジタル表現の基礎は、烏口や用紙感覚も必要』


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『万年筆メインテナンスから見えている現実』


   


     10月 5th, 2015  Posted 12:00 AM



人は達筆と呼ばれなければいけない。と、
私は父に教わり、そのおかげもあって、
福井県吉田郡にある吉峰寺という永平寺の第一道場で、
中学時代と高校時代、二夏、修行をさせられました。
吉峰寺(地元ではきっぽうじ・一般にはよしみねでら)は
禅宗、道元が開祖として永平寺を建立したときの寺であり、
永平寺の歴代優秀なお坊さんが修行をしていました。
それこそ、書を住職に教えられるだけでなく、修行もしました。
そのおかげで、書や文字を書くことが大好きです。
この連休中は体調を相当に崩していましたが、
元気を回復すると、いの一番に私は万年筆のメインテナンスをして、
ペンの書き癖の確認と、インクの入れ替えをしました。
これは重要なペンです。
おそらく、この万年筆ブランドは世界でも最高級だと
私は思っていますが、
それにはいくつかの理由があります。
一つは万年筆の長さ分割は、完全な黄金比が適用され、
重量はインクを入れた時に、最も良い書き心地になります。
また、万年筆の材質とその材質は「財質」と呼ぶべき、
古代彫刻の再現、金蔵装飾の加工、材質を財質とする
その透明性の実現があります。
このブランドには、もうひとつ,私が所有していない加工、
それは貴石との組み合わせがありますから、
世界でも最高級である理由はこの4つだと思います。
インクは今では、顔料をインクにした技術進化もありますが
その一方では、
財質化する手法が段々と無くなりつつあることは
確実なことです。
万年筆の材質感とその加工方法が失われていくことには
あるモノの進化がストップし始めていることに等しいのです。
そういう意味では、文明による加工技術が文化を果たし、
その文化が消えていくことをデザイナーとして
さらに見つめて新たな技法という技能を、
加工技術にしなければと思います。
達筆であることと弘法筆を選ばずには、
明確に関連性があると判断しています。
少なからず、デザイナーというプロで「下手な文字」は
デザイン美を手に入れるには困難だろうというのは
私の偏見ではなく真実だと記述しておきたいと考えます。
こうして万年筆をメインテナンスすることによって、
二つのことが手に入ります。
一つはメールではなくて、手紙を書くこと。
そして、材質加工によって財質加工技能の詳細を知ることです。
重大なことは、万年筆に行き着いた加工技術無くしてのデザインは
あり得ないことを明確にしておきたいと思います。
それこそ、高級時計を打ち出しながら、
その実際デザインの無知さが拡大していることも明らかです。


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『Websiteはそろそろ担当のプロが必要になってきた』


   


     3月 25th, 2015  Posted 12:00 AM


WebsiteーいわゆるHP・ホームページは、
ホームページを大阪大学に来てから、
独自のkazuokawasaki.jpでなるべくwebsite発信の場にしてきました。
したがって、スタッフ担当に一任してきましたが、
そろそろ、ホームページだけの担当者が必要なほど多岐になりました。
私が自分自身関与しているは、毎夜のブログアップは直接的に
HTMLまでを確認していますが、大慌てでアップすることもあり、
文章や助詞間違いを読者から何度指摘されています。
しかし、このブログではいつも時代傾向が反映していることを知ります。
文章が1200文字を超えると読まれないことや、
写真で視覚性が必要になってきたことがありますが、
毎夜書き続けることは私には修行になっていますから、休筆をすると
すぐに友人知人から体調を崩しているのではという心配を受けます。
体調が優れない場合はやはり書けませんが、
私には日記であり、特にデザイナーとしての記録にしています。
このwebsiteのコンテンツはあるヒエラルキー構造であり、
これの変換にはそろそろプロが必要になってきています。
またwebsiteとfacebookは連動させることにしていますが、
そろそろこの一新をデザイナーとして狙いたいと思っています。
また、日本人は土日にはとりわけブログ読者は低減するようです。
HP上の地球はサーバー時刻で朝昼晩の時刻と連動しています。
かつて、デザイナーなのにセンスが無いと叩かれましたが、
これにも正面切って喧嘩を売りました。
理由は簡単で、センスの問題がグラフィックなのか、
インターラクションなのかは明快ではないことでした。
無論反省面もありますが、実際はHTMLの限界があることは
間違いありませんから、そろそろ一新ですが、
リタイアしたなら、実はこの背後には、特別なクラウド設定の
私なりの実験をやっていることを明かしたいと思います。


*名古屋市立大学のマークは私のデザインです。


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『知ったとしても、ダンディズムがあると思う!』


   


     2月 7th, 2015  Posted 12:00 AM


私にとって、このブログを連日連夜書き続けることは、
私の決定事項であり、私確認、私の修行、行学だと思っています。
昨夜からまた書き始めました。
風邪を引いて寝込んでしまい、どうしても書けなくて、
きっと連夜読者諸兄の方々に心配かけてしまっていると思いました。
また、今夜取り上げることも、テーマは葉巻ですから、
もう禁煙している私が書けば、心配されて叱られることも承知です。
しかし、もう60を過ぎたのだから、禁煙を辞めようとか、
真剣に考えてしまいます。が、やはり、喫煙が癌の原因は明確です。
それでも、私は深く考え込んでしまいます。
やっと煙草を吸うことになって、私は、人類と煙草の関係を
相当に調べたことがあります。
なんといっても名作は、ダンヒル氏だったと思いますが、
人は、地面に土で小さなトンネルをつくって、
その前で煙草の葉を燃やして、その煙を吸ったことから、
現在の煙草、それこそ、その文化史が始まっていきます。
特に、男性には、ダンディズムとしての葉巻やパイプに至ります。
先般も、担当ドクターに尋ねました。
「たまには葉巻はアロマセラピーですよね」、
「ダメですからね」・・・・・・(やっぱりか)・・・でした。
それでも、私は葉巻の本を何冊か読み、ますます心惹かれています。
そうしてとうとう発見してしまいました。
新年毎に限定されて登場する今年=未年記念の葉巻でした。
あぁ〜なんとしても本物が見てみたい。しかし・・・
ワイフに叱られること間違い無しです、
が、自分で確かめないことには、この想いを再確認することは不可能
というわけで、この葉巻が届きました。
素晴らしいケースに収まっているなんとも言い難い葉巻でした。
まだ、喫煙しているわけではありませんが、
葉巻が癌と関係など本当にあってほしくなかったと思います。
出来るならば、毎年、このシリーズを目前に置いてみたいと思います。


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『書く事のモノは最初から進化を続けている』


   


     12月 25th, 2014  Posted 12:00 AM



先般、ブログなどを今も書いている人間は駄目とかいう文章があり、
私はこの人に喧嘩を売りました。
書くことは欠くことの原意に繋がり、書くことで欠落していることを
筆者は原知性を埋め込む修行だから大事だと反論をしました。
私にとって最も指先が鍛え抜かれてきたことは、書く・描く事です。
したがって、デザイナーになってこの40余年は、
ステッドラーの鉛筆、その書き心地では、タッチから用紙はじめ、
鉛筆はほとんど試してきたと自負しています。
だから、シャープペンシルには全く心惹かれてはいませんでした。
ところが、日本人はすごいと思っています。
しかも私自身、日本文具大賞の審査委員長もしていますから、
できる限りの文具、筆記具を詳細にプロの視点で試してきました。
そして、とうとう「折れないシャープペンシル」(下)の登場に、
私は大感動しています。
そして、欧州の中世時代、それこそレオナルド・ダ・ヴィンチも
使っていたと言われているメタルチップペンシル(中央)は、
鉛筆の源流とも言われ、ピニンファリーナでリ・デザインされたモノ
これはまだ発注中で手に入っていませんが、タッチは優れています。
結局私はようやく鉛筆からこのシャープペンシルが気に入りました。
それは、このシャープペンシルであれば、用紙・紙の品質までが
私の身体感覚と同次元になる感覚がやっと一致してきたと思います。
たとえば、一枚の用紙の上で、ペンシルを走らせれば、
私は高速性で、極細最小の線描画が、削り直すことなく折れない芯で
相当に描き込みが可能になってきたことです。
無論、メタルチップペンシルは中世以来、この描画が可能であり、
折れないシャープペンシルまで一つのサイクルに戻ったようです。
すでに指先の感覚を私はiPad描画まで連続させたいのです。
なぜなら、選び抜いた紙に書くため、描くための身体感覚は、
これまでの経験をiPad上にもスムーズに移行させたいのです。
それこそ、書く事・描く事は、私の創造性の欠落・欠く事を
埋め尽くす作業に他ならないからです。


「プロとして元気の素は鉛筆への作法」
『あくまでも「素材」は木質で確かめる』
「iPad Stylusを使うと分かること」


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「デザイン講座は制度設計と形態設計での問題解決」


   


     8月 25th, 2013  Posted 12:00 AM



『March 11. 2011』東日本大震災が立ちはだかったままです。
前政権の政府力量の皆無さをなんとしても解決するべきだと、
私は大学を去るにあたって、最も大きなストレスでした。
ところが、退官後も阪大に残りました。
あらためて、デザイナーと大学人を残った人生の役割にしました。
名古屋市立大学で大学人になってからも、
プロのデザイナーとして作品を商品化して、
産業経済の実務家としても、それ相応の仕事と使命を自覚。
それこそ父から言われ続けてきた「行学」を続けてきたはずです。
あらためて、「行学」についてまとめると、
「行為と学業、修行と学問」を十二分に果たしてこそ、
己の生きがいと働きがいを生き様にするということです。
まして、自分の生涯で、やっと祖父や父たち世代が、
敗戦から、理想的な国家はすでに全滅瀕死の状態だと思います。
私は、デザインをまさに策略であり、問題解決の手法、
このように考えてきましたから、8年前に阪大に転籍後には、
学問領域を四つにわけて、さらに中心の実務学を配置しました。
しかし、一人でこの四つの領域を成し遂げることは不可能です。
ただし、絶対に書き残すことは、
もはやデザインを専門学校や美術系、あるいは工学系では、
とても問題解決の先導であり主導である実務手法は不可能です。
定年退任してから、私はこれまで以上に多忙になってきました。
理由は、四つの「塾」をデザイン講座先導と主導、
これらの「行学」の根本にしました。
その実務手法の目標と目的を具体的なモノとコトにしました。
何をデザインで解決した形態設計の行学だろうか。
何をデザインで解決した制度設計の行学だろうか。
私にはこの実務手法を残された時間に配置しました。
活動はこの秋、10月から活動を開始する覚悟です。
今は「国難」の時です。
それは大震災と大津波で「地球環境」を思い知ったのです。
原発事故も何ら解決していません。
けれども、先進国家のわが国だから出来るのです。
「行学」を果たす者には、最も最適解を出していくのは、
「デザイン」だから可能だと信じています。


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「カメラ修行は今なお・・・」


   


     12月 11th, 2011  Posted 12:00 AM


大正時代のPearletteを祖父からもらいました。
それでカメラの構造を知りました。小学生の頃です。
そして父のカメラを時々こっそりと触っていました。
自分のカメラを持ったのは、美大入学して、
UHFのTV局・福井テレビのマーク募集があり、
大学1年の夏休みに制作し、そのコンペで一等賞採用。
今そのマークは使われていませんが、
その賞金は当時10万円ももらえました。
それで購入したのが、「ニコマートFT 」でした。
本格的三脚とこのカメラで、実習課題の撮影をしていました。
ISO400の世界をどう撮影するか自学自習でした。
そしてプロになって、商品撮影でプロの撮影、
特に「照明と陰影や二重露光」の専門的撮影を現場で体験学習し、
日本でトップのカメラマンの方とも出逢いました。
だからテクニックを色々教えてもらうことができました。
フリーになってから、あるデザイン系雑誌の編集長から、
「そろそろこの人に作品撮影をしてもらうべき」ということで、
さらに、細やかなテクニックを学ぶことができました。
カメラ収集にはまり込みそうになる自分をそれなりに律してきました。
が、どうしてもそれなりのカメラは所有しています。
所有することで、使用するテクニックが上等になってはいません。
それでも、マクロレンズで自分の作品である商品、
そのディテールは自分で撮影しています。
そして今では、すっかりデジタルカメラになったのです。
デジタルカメラになって最大のポイントは三つあると思っています。
●「ホワイトバランス」色温度をまず見極めること。
●CCDゆえの曖昧さを利用運用することです。
そうして、
●絞り優先・シャッタースピード優先までを使いこなす、
この3点が重要だということです。
今、どうしても使いこなしたいのはLeica M8.2です。
だから今なおカメラ修行しているといっていいでしょう。


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