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Posts Tagged ‘出発’


『フクロウと言えば、思い出す先輩がいた』


   


     3月 13th, 2019  Posted 12:00 AM



私はアクセサリーが大好きです。
その中でもピンブローチは、大学人になってから
フクロウを集めています。
例のごとく約100個以上ぐらいはあります。
「エゾフクロウ」には、先輩との思い出がいっぱいです。
先輩は北大の土木学科から金沢美大の彫刻にきました。
彼のエゾフクロウはおとなしい方でした。
そして、自分は食わないのに
肉を調達してはそのフクロウにやっていました。
自分はキャベツばかりが主食でした。
山岳部をつくって、先輩でしたから、彼の言う通りに動いていました。
山で、昼まで寝ていて、出発となると酒が抜けないから・・・
「今日はここまで」とかで、これが美大だぞ!でした。
ともかく、仕送りのお金を部屋でばらまいて掴んだ金で一日を過ごす、
「川崎、今日は飲みにいくぞ」と言われると、犀川を越えて=そのまま、
向こう岸のスナックで飲みました。
先日、都心にミミズクが出てきて、
結局、車にひかれたニュースがありました。
その時には、やたらその先輩を思いました。
学生の頃、フクロウと行き当たりばったりの生活をしていた先輩、
まだ、彫刻家にはなっていません。


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『電子ペンはすっかり日本開発が海外に負けている』


   


     5月 4th, 2016  Posted 12:00 AM



電子ペンはその登場以来、自分は全てをこれまで使用してきました。
この技術はもうすでに25年程度になると思っています。
さらに元々の出発メーカー・海外からも、
私が使用者と知って相談を受けたこともありますが、
すでにこの電子ペンの実装を知っていたので、はっきりともうこの方向では
絶対に失敗しますから、この分野に向けるべきですと言いました。
案の上、そのメーカーは追い越されて、
とうとう新規の電子ペンが出ました。
文房具としての電子ペンに対しては、
自分の使用性では、まず、「書」が可能?次に「スケッチ」が可能?
それからようやくやっとメモが書けるかということです。
電子ペンは、まず紙媒体にそれこそレイヤー設定、あるいは色設定で
紙に書いたり描いたりをスマホからPC
さらには PADにまで展開と転用です。
この可能性がまた広がり始めましたが、なんのことはない、
海外での発明が一度駄目になり、日本流に改善不足がありながらも、
この商品の欠点や、もはや当然となっているノートに
様々な展開がでてきています。
結局、日本のもう一つの弱点がつかれてしまっているという悔しさです。
すでにPADでは自由なスケッチ技法からアナログ的なレンダリング手法を、
教育出来る程自分の技能は身体化していると思います。
まだそれでも新製品電子ペンは勿論、スタイラスも、
日本独自の開発をするべきだと考えています。
阪大医学部附属病院小児病棟にある学校で
「スケッチ」を教えるつもりです。

*『使い心地を試し使い果たしている電子ペン』
*『私のデジタルアイディアスケッチとスタイラス』
*『iPadでのスタイラス先端が新たなペン先になった』
*artgene blog『デジタルペンその1』
*artgene blog『デジタルペンその2』


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『LPレコードのアーカイブが出来上がりつつある』


   


     3月 30th, 2016  Posted 12:00 AM



僕はオーディオのデザイナーから出発という幸運があります。
東芝では当時オーディオ専門ブランドAurexに関わり、
Aurexブランドロゴから製品開発・商品化だけではなくて
ショールームからコンサート企画、
そしてLPレコードづくりまで担当しました。
単純に担当というより、
自分で企画書を書き上げて上司を説得していました。
そんな中でも、
LPレコード企画などが東芝では通らないことはしばしば。
そんな時にはその企画を
DAM(当時最大の量販店のオーディオクラブ)に、
僕は持ち込むと同時に、 DAMから信頼も受けていたので、
TV-CFやDAM販売キャンペーンのディレクターもしていました。
無論、東芝の上司にはほぼ公認をしてもらっていました。
DAMといえば、特別高度な音質のLPレコードを出版していました。
これは当時、東芝EMIの力添えがありました。
東芝EMIで担当であった方が亡くなり、その遺言から、
DAM レコードを後世に残す話が持ち上がり、
東芝の社員であり、また45回転で超厚のレコード盤制作に
まさにはまっていたことからも、協力者の一人として参加。
DAMのLPレコードは、音質の優秀さで、有名な指揮者事務所や
有名歌手グループ事務所からなどクレームが出るほどでした。
私が直接関わったレコード盤は、
「トラックダウン=レコード製作プロセス」を知らせることで
それはオーディオ機器、カートリッジやプレーヤーシステムまでの
音質チェックになるレコード盤があり、レコードジャケットデザイナー名を
入れてもらうことで、東芝に納得をつけてもらっていました。
これはバイノーラルレコード出版につながりました。
東芝ではOKがもらえなかったのですが、
DAMでのヒットゆえに、
結局は東芝のプレミアム広報として実現しました。
かつて、オーディオでの最も正確な音質レコード盤の
アーカイブが完成しました。
アナログレコード盤としては最高のモノづくりだったので、
今では徐々にファンが増えてきています。
私はひたすら音響関係のデザイナーであればそれでいいと思っていました。
だから、今でもその思いは残っています。
大学人をリタイアしたなら、
もう一度、オーディオ機器のデザインと設計に関わりたいと考えています。
すでに、ヘッドホンアンプの設計とデザインに取りかかっています。

*「企画は必ず具現化すること」
 http://www.ouzak.co.jp/blog/?p=23523
*「ここまで粘り、あきらめないこと・・・」
 http://www.ouzak.co.jp/blog/?p=23541
*『世界でトップだったアナログ45回転レコード盤の復活』
 http://www.ouzak.co.jp/blog/?p=42369


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1月8日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 8th, 2016  Posted 12:00 AM

1月8日 先負(己丑)


発想は常に
オリジナル=創造的。
だから、
発想論自体が、
模倣であってはならない。
発想論そのおのの
オリジナリティから
出発し、帰結するべきである。



川崎和男の発想表現手法


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『音場空間を再調整再整備し直しました』


   


     12月 15th, 2015  Posted 12:00 AM



何度でも言いたいのは、私はオーディオの世界から
デザイナーとして出発したことでした。
美術学校でデザインを学び、そのおかげで絵画から工芸を知り、
オーディオの世界では、徹底的にクラシックを、ピアノ曲を、
ヴァイオリン曲を、オーケストラを、そして現代音楽を学んだことでした。
一端、私はCDを離れていましたが、
再度、CDプレーヤーをリファインと調整をしてもらって、
「音場」をもう一度、自宅の音響空間を再調整できたことです。
一度は、CDをほとんどハードディスクにリッピングをしましたが、
自宅には、「音像空間」と「音場空間」を整備しています。
もう一度それらのすべての再調整をしてもらいました。
幸いにして、EIZOのFORISは、EIZOで自分が関わった最終製品ですが、
これは未だに4K液晶TVに至適する性能を持っていると自負できます。
「音像空間」では、最もボーカルやソロ演奏が確認することが可能ですが、
「音場空間」は、それこそ私が美大の卒業制作でも目指していた、
その音響空間が可能になっています。
すでにCDプレーヤーシステムはもう1セットを隣室に準備してあり、
それも今徹底的に調整中です。
本当はLPレコード再生も、レコードプレーヤーとカートリッジを
3セット並べたいぐらいですが、そこまでのスペースはありません。
どこかにもうひとつ自宅あるいは別荘にでも音響システムが必要です。
少なからず、視覚と聴覚は最もまともにしておきたいと考えます。
正直、建築家やインテリアデザイナーで音響に長けた人物は居ないとさえ、
私は思っているぐらいです。
ともかく、次世代には本当の音響空間を聴かせたいと思っています。
そのためにも、自動車においても、今、何が最高のシステムであるかを
私は徹底して求めていきたいと考えています。
自宅寝室と自宅玄関は、
こうした音響と映像をすべて最高のコントロールへ、
それは私自身が実験することで、最高の映像、最高の音響、
それも音像と音場が必要であり、
幸いにして、自宅空間のWi-FiやIRを制御することでは、
プロとしての空間と装置には徹底的に拘りたいと考えています。


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『若手デザイナーの海外個展を応援する』


   


     11月 9th, 2015  Posted 12:00 AM



私が自分のデザイン活動をようやくニューヨークで
発表したのは30代中頃でした。
それは、いつか、海外で発表をと思っていた時期に、
米国のギャラリーからも誘いをいただきましたが
資金もなくて1年間待ってもらった経験があります。
そしてニューヨークでの個展から、
ようやく私も海外での仕事ができるようになりました。
日本がバブル経済で東京が浮かれているのを私は見ていて、
何か、変だと思っていたときは、
Apple本社でいくつかのコードネームでデザイン提案をしていました。
だから、最近は、次世代デザイナーの一部の
海外での活躍ぶりには目を見張るものがあります。
しかし、海外での日本人デザイナーの仕事は、
明確にはっきりとしつつあることが起こっています。
海外でのアドバンスデザイン展でのプロトタイプをコピーし
まさに盗作。
この情報も私には届いていますが、
先般の盗作問題もあり、
私はこうしたことが一般化することを反対しています。
これは正当な海外進出ではありませんから、
やがて国際問題にならないことを願いますし、
この事実は黙秘せざるをえません。
しかも海外評判を国内に逆輸入しているデザイナーには呆れます。
それを助長しているマスコミには大きな疑問があります。
国内の雑誌などで、いかにも国際的活動だという取材を見ると
残念でなりません。
しかし、このところインテリアデザインを主体に活躍している
Yasumichi Morita氏が、今度はインテリアを超えて、
写真家として、しかも写真表現そのものを
モノづくりに向けて、パリで発表することを以前から聞いていました。
丁度、パリには行こうと考えていた時期と重なり、
その個展を見にいくつもりです。
欧州には、教え子たちが何人かいます。
フランスにはインターン生だったフランス人もおり、
彼の仕事ぶりが心配なので会ってこようと考えています。
また、教え子たちでも車関係・カーデザイナーを目指す子は
企業留学しています。
私の時代、何も分からずに米国から出発しましたが、
最近は、なんとか次世代のデザイナーに
私に出来ることはないかということを自分に求めています。
なにしろ、最近は海外を目指す若者が減少しているだけに
そのことが不思議でたまりません。
Yasumichi Morita氏の国内外の仕事は、かえって海外での評価が高く、
そうした仕事は、海外からの依頼かと思っていましたが、
すべからく自分でそうした仕事を求めて行くという勇気を
私は絶賛しています。
彼がパリで、写真家、そしてそのデザイン応用の個展は
ほとんど国内で宣伝をしていませんが、
私自身、その個展を見てくるつもりです。
幸い、教え子たちにも会えそうです。


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10月8日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 8th, 2015  Posted 12:00 AM

10月8日 先負(丁巳)


デザインの出発は
やはり「発想」からスタートします。
そして、
このスタートには、
デザインだからこそ
「決定的な締め切り」があるということです。



川崎和男の発想表現手法


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