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『勝てないけれどiPad上での将棋とチェスゲーム』


   


     8月 8th, 2017  Posted 12:00 AM



こんなに下手だと思うほど、私は将棋もチェスも本当に下手くそです。
碁・将棋・麻雀と父には習ったというか、教わりましたが、
碁や将棋は、父からは
「そこじゃ、駄目だ」とかで、鬱陶しくてたまりませんでした。
しかし、将棋は小学時代は母の実家で穏坊相手によくやりました。
よく、子どもながら相手には、
「下手くそ」と偉そうにしていました。
碁や麻雀はなんとなく避けていたようです。
ところが社会人となり、東芝の独身寮では、
私立大学卒で、「将棋クラブ」出身が同室だったために、
もう毎晩、その相手をさせられました。
私が常に負けるのだから、と思っても解放されずに、
それこそ毎晩であったのでとても苦痛でした。
彼はカンパニー採用だったので、半年して地方の工場勤務になりました。
その後は早稲田出身のコーポレート幹部採用だったので、
今度は、毎晩、彼は社長を目指すと言って勉強していましたから、
将棋からは解放されましたが、同室ではこれまた鬱陶しい存在でした。
最近の将棋ブームで、私もほとんど毎晩iPadでAI将棋に向かっていますが、
ともかくiPadは強くて、それでもステージは高い方です。
ところが、チェスとなると、これはNeXTでも結構勝負してきましたが、
全く勝てないと言っていいでしょう。
しかし、それでも将棋とチェスは、
いつも(勝ってやる!)と臨んでいます。

#穏坊=坊主ではあるが、死人を燃やす職業の人物


* 「『華麗なる賭け』のように・・・とはいかず」
* 『人工知能には「ち」の思潮が欠落している』
* 『リトルコンピュータピープルの顔色は人工知能要素かも』
* 「* 夢の大きさは、祖父への約束 *」
* 『盤という人類文化にAI相手は無意味である』


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『渡邉洪基というふるさと福井の大偉人』


   


     6月 26th, 2017  Posted 12:00 AM



私は福井県福井市出身です。
したがって子ども:小学校の生徒時代から
安政の大獄で斬首された橋本左内を最もふるさとの偉人として、
私生涯の尊敬偉人だと決めてきました。
福井県からの偉人伝をライフワークにもしてきました。
それで、福井県・福井藩・小浜藩・鯖江藩を自慢にすらしてきたのです。
大阪大学にて特に適塾からの系譜も明治維新にて、
藤野恒三郎先生がおられ阪大の名誉教授であり、
適塾での物品収集も彼だったと福井の親友にも伝えてきました。
それこそ福井時代には日下部太郎が客死のことも
当時の青年会議所とともに、まとめた経験もあります。
日下部太郎は国費留学生最初の人物です。
おそらく、明治大学の創立者:矢代操もいました。
ところが最近、大学同期から「工手学校」の存在を知りました。
そしてその開校には、渡邉洪基の存在を知り仰天しました。
東京府知事は由利公正だけと思っていたら、渡邉洪基も府知事でした。
それどころか東京帝国大学の初代総長まで努めたようです。
早速、福井の親友にも伝えたら彼も存在を知らないとのことでした。
当時より、文部省は学校新設には巨大な権力があったようです。
私も公立大学は総務省管轄であり、国立大学は文科省管轄、
この厳しさは、正直目に余るほどの体験もしてきました。
教授認定においても教員教授と学者教授があります。
やがて2018年の大学問題には新たな制度も出てくるでしょう。
ところが渡邉洪基はそれなら私立学校制度を推し進めた中心人物でした。
また工手学校こそ、現代のエンジニア養成の私立学校であったことや、
その創立概念には現代が失っている壮大な思想を知りました。
1800年代はその月毎の大事件、つまり日本国家が明治維新が、
小説で歪曲していることを明確にして私なりに発信してきました。
そういう意味では、ふるさと福井には渡邉洪基という偉人の存在を
改めてしっかりと伝説にしなければなりません。


* 「ふるさと福井の偉人たちへの敬愛あるのみ」
* 『行学はデザインにあり・「KK適塾」を開始します』
* 『日本の繊維産業、その先鞭をつけた人たちの偉業に続け』
* 「大阪大学の歴史の一つに、藤野恒三郎の存在」
* 「ふるさと偉人の「ち」の系譜を再興したい」


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『羊と鋼が調律の要だった、それを実証した友人』


   


     5月 21st, 2016  Posted 12:00 AM



「羽二重」ブランドの産地ブランド計画指導はすでに5年になっています。
結果も出せずにやや焦っていますが
「布のかつての絹織物革新」を歴史と科学的論証、そして、
絹織物から最先端的素材開発はそろいました。
それでも焦った気持ちを親友に帰阪途中に愚痴ってメール。
そうしたら故級友・上田喜久雄氏の息子と飲んでいると返信。
そうだったんだ。級友上田は高校時代の友人であり特別進学クラスなのに、
唯一、大学ではなく「調律師」になった男でした。
進学間際まで、休み時間はスティックをいつでも練習していました。
正直毎回うるさかったのですが、
とうとう問題になり進学クラスを出されることに、
そこまで高校は決断していました。
彼はブルーコメッツが福井公演の時に、
バンドマン希望をブルーコメッツに伝えたほどでした。
進学高校で唯一大学には行かず調律師学校を出て「調律師」になりました。
医師・看護師・調律師と「士」ではなく、「師」ですから、
やはりそれなりの知見と技術技能があったのです。
福井時代、自宅に来たときにオーディオからデザイナーになった私に
彼も驚いて、オープンリールのテープ2巻をくれて、
ジャズの話が出来た男でした。
上田喜久雄も夭逝してしまいましたが「彼を偲ぶ会」があったほどです。
福井のジャズやピアノの世界では活躍をしてくれていたのでしょう。
それが、なんと「本屋大賞」の「羊と鋼の森」という小説になっています。
後書きには彼の名前がしっかりと記されていました。
しかもこの小説の作家・宮下奈都女史も福井県出身でした。
是非、上田の息子と会いたいと思っています。
なぜなら、この息子も、羽二重を継承している中心の若者も
同じ国立名門のN工業大学出身者だからです。

*『ビートルズに出会った世代の幸運さ』
*『ふるさと福井はまだまだ恐竜の聖地になれる』
*『あれから・・・ふるさと福井の織物産業』
*『素材産地からWブランドのアライアンスイニシアティブ』
*『オノマトペ=感性評価軸が学術検証された』


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