kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘判断’


07月09日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 9th, 2017  Posted 12:00 AM

07月09日 先勝(丙申)

記憶の徹底さは、
暗記力となり、
これがいわゆる偏差値で、
大学入試の基準になっている。
偏差値での判断は
「創造力」にはならない。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

07月05日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 5th, 2017  Posted 12:00 AM

07月05日 仏滅(癸巳)


「美意識」とは、
視覚と聴覚に深く
関与している。
よって、天性であり、
経験では取得できない、と
私は判断している。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

07月03日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 3rd, 2017  Posted 12:00 AM

07月03日 友引(辛卯)


限定された「個性」とは、
自分が自己解釈はありえず、
他、周囲の人達が
いわゆる「公認」すること、
これが決定的な判断である。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

『生態系破壊はテロ行為であると判断』


   


     6月 21st, 2017  Posted 12:00 AM



船舶とその海事ルートはとても厳しく管理されています。
特に、南アメリカへたとえば硫酸を日本から求めに行くとしても、
「バラスト水」=船の均衡を取るための船舶の重量調整水などは
外国の港湾での水は国際条約で、海水そのものを海洋生物保護など、
各国の生態系保護を厳しく管理されています。
ところが、本来はブラジルが原産と言われているFire Ants=火蟻が、
全く管理されずに、中国からのコンテナで日本に上陸されてしまいました。
これは日本の自然環境を激変するだけではなく、
火蟻というほとんど除虫困難な生物が日本にもたらせてしまいました。
国際管理無しのテロ行為だと思います。
この火蟻は人間だけでは無く、動物にも危害=死を招くのです。
私は貿易によるこのような生物が潜り込んでいることは、
意図的で無いとしてもある意味では「生物兵器」だと思います。
日本も地球温暖化によって、日本には生息しない生物が
棲んでしまう事態になりました。
日本の四季さえ、最近では冬が厳冬となれば夏は猛暑と水不足になりました。
水不足や猛暑によって日本の自給食料は大変な被害にあっています。
よって私は海事関係での、バラスト水のような国際的なルールが
絶対に不可欠であると考えざるをえません。
私は除虫材の開発には絶対的にデザインが関与すべきだと思ってきました。
このベースはあくまでも地球環境を傷めない新素材とその散布システム化が
デザイン主導すべきです。
私の自宅は海抜は100mの所にありますが、
ハエや昆虫が時折、自宅に侵入してくるのを観て
日本の自然環境は本当に変化してしまっていると判断しています。
それこそ福島の原子力発電所では、139Pu・140Puという日本の自然系、
この環境を破壊したからにはプルトニウムは全面禁止すべきだと判断します。
本当にやっかいな生態系破壊は、
何としても除虫で排除・排撃すべきと提示します。


* 『ガンマカメラにより放射能は視覚化可能』
* 『霾(つちふる)のは中国からの人災である』
* 『除染されていない間伐材へのデザイン開発』
* 『デング熱は風土病ゆえにもっと厳密なジャーナリズム報道を』
* 『流行の根源である伝染病は人類の破滅道理なのか』


目次を見る

05月15日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 15th, 2017  Posted 12:00 AM

05月15日 大安(壬寅)


知識も認識も
ともかく「知」とすれば、
知は随行と判断を要求する。
結果、知は
いつも「記号」化させる。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

02月17日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 17th, 2017  Posted 12:00 AM

02月17日 先負(乙亥)


「感覚」と「感性」には
文字通りの差異があります。
「感性」とは先天的に
感覚判断をしますが、
その「感覚」は、
後天的にも身体化できるのです。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

『歴史的な条項言説を正しく使用しなければならない』


   


     1月 7th, 2017  Posted 12:00 AM



私たちは時々、常に知的な常識を表面的な記憶ではなく、
その真意と深意に立ち戻らなければならないと思います。
その最大の理由は、表面的な意味に縛られていて、
本当はなぜ、
歴史的にも私たちには再検証しておくことが必要になるからです。
それは、時代、時流での人間の意識には、
性善説の人たちと性悪説の人たちの
とてつもない嫌な社会的な衝突があるからです。
私が今、自信をもって断言出来ることは、
この時代は、いや21世紀に入ってから、
デジタルの世界・インターネット時代は
それほどでもなかったのに、おそらくSNSが人間社会を二分したのです。
それは世界的にも、自分勝手さが放置されるとともに、
その放置は宗教哲学的にさえ、食い止めることができなかったことです。
今、世界は地球は地球市民とかに性善説な世界観を与えていますが、
実は、ナショナリズムが各国で台頭してきて、
グローバリズムなんて嘘だとは言ってはいけない風潮があるのです。
世界全体を見渡して私の評価・判断を言うことはむずかしいですが、
私の世界、それも日本のデザイン界を眺め渡すと、
物真似?、コピー?、いや、盗作が平然と起こり、
さらには未だに「デザインとは何か?」、この低レベルな発言や講演は、
デザイン教育にまで及んでいることです。
そこで、私が自分の歴史的な知的な深度ある常識を
性善説も性悪説も超越した、古典的な記述を投げかけておきます。
ハンムラビ法典の196/197条?項目、
「目には目を、歯には歯を」という懲罰条項を思い出し、
その真意と深意の正当な報復の現代解釈を持ち出しておくことにします。
「かわいいはデザイン評価にはなりえない」
「工藝とデザインの美学性の正当性を語り直す」
「デザインコンテクストの商売利用」に、この条項を与え直します。



* 「テロという名の殺戮に怒りを込めて」
* 「アーティスト、デザイナーにだけ降りてくること」
* 「グローバリズムは冒涜的な思潮だと思う」
* 「グローバリゼーションはローカリズムの対極だろうか」
* 『民藝というレジリエンスデザインの源流は光化門にある』


目次を見る

『イスと空間、空間の質量を自在化するデザイン』


   


     9月 22nd, 2016  Posted 12:00 AM



イスや壁掛け時計一つで、
建築空間は一辺に空間の質を変えてしまいます。
さらに音響で空間の質量を自在に変更することが可能です。
工業デザイナーは、空間を建築家よりモノで自在に出来る職能です。
自分もいくつかのイスを自分デザインしてきましたが、
まだ、とても代表作にはなりませんから、大きなテーマです。
現在新素材で、これを乗り越えたい、というモノデザインをしています。
かつて、名古屋市立大学芸術工学部の新設時に、
「イス達」を集めようとなり、とんでもない費用要求にはさすがに、
名古屋市に駄目出しされました。それでも歴史的なイスは多少あります。
このスーパーレッジェーラは、シェーカー教徒のイスの影響があります。
軽量さ抜群なれど、イス性能での無謀さがありますが、
イス効能としては歴史的な名作になっています。
だから、イス機能の判断は難しいところだと思っていますが、
イスデザインは、一つのテキストであり、イスのコンテクストはあります。
名古屋時代に買い求め、シートが壊れて修理は待ちぼうけでしたが、
生き返りました。
すでに人間工学からのイス設計は終焉し、シーティングエンジニアリングが
これからのイス設計、イスデザインに進化すると判断しています。
「ジェネリックプロダクト」は駄目、まして盗作などはデザイン倫理を破壊、
これは俄然、許せません。


* 『歴史的作品からの刺激をどう受け止めるか』
* 『モダンデザイン源流を自分デザインにしてはならない!』
* 『ジェネリックプロダクトの盗用悪用が始まっている』
* 『「時計」はデザイン対象、デザイン力量が試されている』
* 『HUSATとしての「シーティングエンジニアリング」』


目次を見る

『「場のちから」の「ば」と「ち」にあるデザイン』


   


     7月 16th, 2016  Posted 12:00 AM



美大時代、デザイン系の本は数冊でしかありませんでした。
その数冊でも、
「この本は間違いだらけだ、燃やせ」ということも教授からの声。
だから、ほとんど建築系の本を読み漁っていました。
その時に、「デザインにはことばが無い」と思っていました。
だから自分は「かたちとことば」を積み重ねようと決心したのです。
大学人になって、建築系の論文も相当読みましたが、
正直、建築家の著作の方が面白いと同時にデザイン論としてもまともです。
大体、有名なる建築家の文章・文体は立派だと思っています。
最も美大時代は建築家から
特に美術評論のほとんど読解困難な文体に憧憬してきました。
最も読破し、大きな影響をデザイナーとして受けてきましたが、
最近は
「ことば、語彙、日本語漢字原意など」は劣ってきていると告白します。
盟友である内藤廣氏は、
オリンピックスタジアムで相当に批判を受けていました。
が、絶対に彼が誤った判断であろうが、絶対味方を自称してきました。
彼は東大退官後もますます多忙にもかかわらず
彼のことばは待たれている、
だから著作が一段と増えてきていて、自分は焦ります。
ただし「場のちから」についてはじっくりと話をしないと、と思っています。
なぜ「場」なのか?、「場」=ジョウ・じょうであること。
「場」はことばの「バ・ば」でもあり、
いのち=いの「ち」ゆえに、つち=土があり、とち=土地があり、
みち=道があり、さらにまち=町・街があるから、
ち+から=ち+空があるというこの思惟を
何としても伝えなくてならない、そんなきもち=気持ちです。
「場にちから」というかち=価値と読みここち=心地があるからでしょう。
こうした場と地、力と言葉を彼に伝えるつもりです。
彼には、スケッチ・写真・建築というかたちとことばがありました。
内藤廣は、やっぱりかたちとことばをしっかりと表現できる男でした。
自分はめんどうな男と彼に呼ばれていますが(笑)、
大好きな建築家。そして人物です。


* 「『ち』は知の草書体になった理由に神髄がある」
* *「かたち=か・かた・たち・かちという代謝性」*
* 「花綵の国のことばには「ち」、土地と価値がある」
* 『経緯が敬意に、形態言語から自分の造形言語化を』
* 「オフィスチェアの進化の座り心地」


目次を見る

『経年変化無し素材開発と道具使用を次世代に』


   


     7月 6th, 2016  Posted 12:00 AM



「カッターナイフ」という日本人の発明は凄いと思っています。
一昨年に、このカッターナイフの刃先カットとそのストッカーユニットを
「日本文具大賞」で受賞させたことがあります。
最近、美大に入学してくる学生が、カッターナイフの意味を知らないと
そんな話を聞いていました。
これは私も経験したことがありますが、剪りを知らず、
木工でいきなりその刃をことごとく折られたことがあります。
もっと、大変な事態は半田ゴテを知らずに火傷が多くて、
旧帝大でも半田ゴテを使わせるために保険に入らせることもありました。
自分の研究室でも半田ゴテ使用を5000回練習ということもありました。
この傾向はますます強くなっているようです。
さて昨夜、盟友・光野有次氏が再計測しながら、特に「背もたれシート」を
彼の自作したナイフで大まかにカットしてくれました。
その風景を見詰めていたワイフが今度は、
彼のカットしたウレタンフォームを「カッターナイフ」で
もう一度、調整をしてカッティングし、再構成をしました。
このウレタンフォームが成しえてきたことはとても意義深いことでしたが、
この素材には経年変化が起こります。
私の作品でウレタンフォーム素材は海外の美術館では永久収蔵されません。
今、ようやく経年変化無し、硬さもコンピュータ制御可能で、
なおかつ人体内に設置してもOKの素材が出来ました。
これは3D-Printerで可能になってきた技術です。
これを3D-Printingと呼んでいますが、やがてこれまでの経年変化や
リサイクルに高コスト素材は無くなっていくでしょう。
HUSATやHCDでのとりわけデザイン医工学・デザイン看医工学の対象には、
新しい素材が適用されていくものと判断しています。
光野氏とワイフのおかげで、
変形してきた体型を矯正する車イスシートが幸運にも出来上がりました。
新しい素材での電動車イスデザインは、自分の役割になったようです。

*『3D-Printingの基本にもう一度戻るために』
*『日本戦略は二つある。3D-Printerと3D-Printing』
*『三つの革命・予測は当たっていた』
*『3Dプリンターブームは「軽薄な流行」にすぎない!』
*『なぜ、私がヘッドホンにこだわるのか』


目次を見る

1 2 3 4 5 6