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Posts Tagged ‘努力’


『明治維新には客死人たちが一杯いる』


   


     11月 25th, 2019  Posted 12:00 AM



明治維新は「無血革命」だった。
これには、大反対です。
おそらく、どれだけの諸藩の藩士が命を落としたでしょう。
また、海外でしかも客死した連中がどれほど多いのでしょう。
ふるさとの偉人にルーツを求めて敬愛を惜しまない私ですが、
福井藩士の日下部太郎は、福井で青年会議所とともに
その功績をまとめました。
彼のパスポートナンバーは、日本が発行したNo.4でした。
福井藩最初の留学生であった彼は、
ラトガース大学で猛勉強に明け暮れましたが
卒業を前に肺結核で亡くなりました。
しかし、彼の功績は本当に偉大だったので、
彼を顕彰し、卒業を認めたのです。
福井県青年会議所が現地に足跡研究を行いました。それを私がまとめて、
東京はじめ各地の青年会議所の集まりで講演をしました。
大学のあるニューブランズウィック市と福井市は姉妹都市となっています。
そして、ラトガース大学と福井大学も提携し学生の交換を行い、
知の交流が続いています。
日下部太郎(本名は八木八十八)のような、
地域や国を担うべく、多くの人が粉骨砕身、
懸命に努力をしたことでしょう。
明治維新は、どれだけの人たちで、できたのでしょう。


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06月28日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 28th, 2018  Posted 12:00 AM

06月28日 先勝(辛卯)

「けなされないようなプレゼンテーション 」を
しようと努力することなど、
まったく時間の無駄である。

けなされないプレゼンテーションとは、
要は聴衆全員のご機嫌をとることに他ならない。



『プレゼンテーションの極意』タブーの逆説「いい加減」なプレゼンの「良い加減」づくり


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06月21日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 21st, 2018  Posted 12:00 AM

06月21日 赤口(甲申)

タブー=やってはいけないことなどとは、
言われれば言われるほど重圧的で、
なんだか努力しなさい風な
嫌らしさしか残らない。

それよりも、もっと自分を解放して、
「楽しむ」ための方策、
「いい加減」さの重要さ、
「良い加減」になるもんだということを
知っておいた方がいいと思う。



『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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03月04日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 4th, 2018  Posted 12:00 AM

03月04日 大安(乙未)

本人がどんなに努力をしたとしても、
周囲のさまざまな条件が邪魔をして、
夢は実現されないことがあまりにも多い。



『プレゼンテーションの極意』「口説き」、それは三位一体


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03月03日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 3rd, 2018  Posted 12:00 AM

03月03日 仏滅(甲午)

私は、努力という言葉が大嫌いである。
なぜなら、
努力したからという
言い訳がましさが鼻につくからだ。
充分に努力を積み重ねたにもかかわらず、
思いどおりの結果を
出せない人もたくさんいる。
それはなぜだろうか?



『プレゼンテーションの極意』「口説き」、それは三位一体


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05月19日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 19th, 2017  Posted 12:00 AM

05月19日 先負(丙午)


意識するには
次の効力が必要だ。
それは、
「変容」させるだけの
自力的ないわば努力だ。



川崎和男の発想表現手法


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4月5日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 5th, 2016  Posted 12:00 AM

4月5日 大安(丁巳)


努力と懸命には差異がある。
努力しても発想は不可能である。
努力とは才能が無いからのことであり、
努力は決して報われない。
比して
懸命さは才能があるから
懸命な発想しか残らない。



川崎和男の発想表現手法


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11月06日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 6th, 2014  Posted 12:00 AM

11月06日 辛巳(仏滅)


喧嘩するために努力はいらない。
端的に言えば、
努力が当然と思う資質ほど、
それが、なんでもの懸命さというのは
大間違いです。

喧嘩の作法は
要領の良さそのものです。
要領の良さは
決して努力して得られるものではありません。
だから、
無駄な努力を確信している奴は
私の喧嘩相手です。

川崎和男「喧嘩道」


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『医工連携など妄想である!』


   


     1月 10th, 2014  Posted 12:00 AM



どういうわけか、「医工連携」が大流行です。
しかし、医学と工学の連携などは絶対に無理だと語ってきました。
理由は、医学と工学は決して対等になれるはずがないのです。
医師と技師を連携させることは不可能だと見てきました。
実際に「医工連携」での創造物に「美しさ」は皆無です。
だから私の主張は、医学と工学に「デザインが介在すること」、
デザインという接着剤または触媒が絶対に必要だということです。
デザインは機能だからということに大不満なのです。
工学的な機能性が医学的に証明されていても、
決して美学的な存在性はありえません。
たとえば、医工連携を果たしたとしても、
それは必ず、医学的なエビデンスが要求されます。
となれば、技師の努力は医師の証明で成果とされてしまいます。
したがって、「医工連携」の裏側では技師は医学との連携を
本当は望んでいない現実もいっぱい見てきました。
技師が取り組んだとしてもそれは「商業主義」で固まっています。
「医工連携」は私が大学人になって以来、
私は、「医工+デザイン」を常に提示し続けてきました。
もっとあからさまには、医学+デザイン=工学+デザインです。
すなわち、デザインが問題解決・難問解決の実務ゆえに、
医学と工学を真実支えるという実例を提示してきたのです。
それが、現在の私のデザイン活動につながっています。
私が「人工臓器・人工心臓」にデザインを導入した理由なのです。
「Artificial Heart」はArtで始まりartで締められる言葉です。
この言葉どおりに、「人工物」の究極だと考えるからです。
まずもって「医」という略字そのもので、
本来の「醫」の総体を失っているのです。
おそらく、「医学+工学+デザイン」にならない限り、
医学と工学は完成して「命」に関わることは不可能です。
「医」という漢字の曖昧さをデザインが補強することを
「医工連携」に関わる人には識ってほしいのです。


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7月19日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 19th, 2012  Posted 10:00 AM

7月19日 赤口(辛巳)

「けなされないようなプレゼンテーション 」を
しようと努力することなど、
まったく時間の無駄である。

けなされないプレゼンテーションとは、
要は聴衆全員のご機嫌をとることに他ならない。

『プレゼンテーションの極意』タブーの逆説「いい加減」なプレゼンの「良い加減」づくり


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