kazuo kawasaki's official blog

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『Beogram9000でアナログ感を鍛え直すべきか』


   


     9月 14th, 2015  Posted 12:00 AM



このところ自宅の倉庫を片付けてもらっています。
収集していたオーディオ機器、
それはAurexで自分がデザインし、
当時はとても買えなかった作品です。
ちょうど、作品だと思って収集したときに、
金沢21世紀美術館で、自分の個展ができましたから、
一室はAurex関連だけを展示することができました。
幸いにまだ使える機器もあり、部品用もあります。
そして、あとは使っていない機器です。
そうした中にはBeocenter9000とBeogram9000があります。
どうしてもBeogram9000は、カートリッジも含めて、
もう一度、LPレコード盤を自宅に持ち込もうと考えました。
収納時には徹底的に清掃してあったので、まだ使えます。
ただし、
LPレコード盤は3000枚ほどを整理して70枚程度しかありませんが、
すべてオーディオチェック盤としていたモノと、
DAMで45回転LPでの優れたシリーズ盤
「マニアを追い越せ大作戦」の一部だけです。
このシリーズは
今、マスターテープも残っていてようやくHPも立ち上がりました。
そんなこともあって、
Beogram9000を復活させようかと考えはじめました。
ところが問題は、これはDINでのOUTPUTゆえに、
プリアンプはLINNゆえのRCAに変換しなければなりません。
その前に,一度分解をして総合的なチェック後かと思いつつも、
あと2台ぐらいLPプレーヤーは必要ということになると、
それはどうしてもワイフには許してもらえそうもありません。
最近、このFBにはオーディオマニアだけのHPがあり、
そこでは、
LPレコード機器、SMEのアームや、カートリッジが登場しています。
ここではとてもマニアックな話が多くてワクワクします。
この会話に加わるには、
思い出さなければいけないことが沢山あります。
特にアンプとカートリッジは思い出さなければ、
会話についていけなせん。
先般は、ある試聴用曲では、
今も私が常に使っているだけにそれこそ紹介も交えて
書き込むことができました。
なんといっても、
デザインよりもオーディオの講義をしたいぐらいですから。
自分が社会人デザイナーになったのも
オーディオの世界からスタートしたのは、
なんとも幸運なことでした。
それがデザインの基本になっているがゆえに、
多分、オーディオビジュアルにおいても、アナログからデジタルでは、
やはり、デジタルという技術進化は
アナログ世界観が身体化していないことには、
絶対に無理だと断言できるのです。
そうなると、
やはり、Beogram9000は自宅に再度設定しなければなりません。


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「生きることの模範・範疇・範囲として」


   


     3月 5th, 2012  Posted 12:00 AM


マリアン・デレオ監督「チェルノブイリ・ハート」、
これは「反原発」のドキュメンタリーです。
このドキュメンタリーは重大な原発事故後の報告映像です。
どれほど原発事故が人類史上悲惨の極点を伝えています。
そして、この映画の冒頭には
「日本人のみなさんへ」という次の詩が流されます。

「生きることについて」

生きることは笑い事ではない
あなたは大まじめに生きなくてはならない

たとえば 生きること以外に何も求めないリスのように
生きることを自分の職業にしなくてはいけない
(中略)
そのことをいま 嘆かなくてはならない
その哀しみをいま 感じなくてはいけない
あなたが「自分は生きた」というつもりなら
このくらい世界は愛されなくてはいけない

私たちが原発事故で佇むべき熟考の
動機付けになると確信します。
無論、日本は原爆被災国家であり、
さらにフクシマでは、自らの原電制度によって、
またもや「原子力発電・放射能」について、
多大な犠牲者の屍への哀しみを、まず、国家体制へ、
そして私たちの電化生活文明への猛反省を求められています。
私は「反原発・脱原発」も「原発推進」も、
結局は「放射能」へのアポリアで思考停止していると考えています。
「範原発」という目標と目的を掲げ直したいと提案します。
原子力発電所を、「建設から生産へ変更」、
「集中から分散へ、例えばタービンレスへ」、
「プルトニウムへのブレークスルーで別原子核へ」、
原子力技術の全否定=「反原発」は、
何も解決に至らないから「原子力技術自身の革新」を主張しています。
その具体例をデザイン提案していきたいと考えてきました。
私はこの原子力技術の手法の変換、革新、
その範疇・範囲・模範への智恵創出を
「範原発」と呼ぶことにしています。
チェルノブイリの立ち入り禁止地区という範囲には、
絶滅したはずの動植物のパラダイスともなり、
その範囲からの放射能汚染・ホットスポットは今なお人間の生存、
遺伝子破壊は連続しています。
放射能・放射線の諸刃の剣的な人間との関係性に「範」を与えること、
この重大さに発想を向けるべきではないでしょうか。
美しい花を愛でて日常を高度文明の中で護られ、
生き抜いた結果の死だからこそ、
美しい花に包まれた死をと私は願っています。


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「進化した光造形・ラピッドプロトタイピング」


   


     11月 12th, 2011  Posted 12:00 AM


私が大学人になった一つの理由です。
それは、光造形=ラピッドプロトタイピング、
この手法をプロダクトデザインに導入したかったからです。
米国で、ALIAS社とプリンストン大学で開発途中の光造形、
そのモデルは小さな平板の歯車でした。
その歯車がきっと立体になるという直感でした。
日本では手に入らない光造形原書を読みまくりました。
「クラインボトル」がモデル化されていた写真、
これは多分、合成写真だと思いました。
自分で試したい、その気持ちが大学人につながりました。
1996年、名古屋市立大学に芸術工学部新設時、
私の研究室には、光造型機(紫外線レーザー)と、
周辺のワークステーションと初期の3D-CADが入りました。
結果、「クラインボトル」を当時の3D-CADでは、
ほとんど製作が困難でしたし、
3D-CADからSLAデータへの変換などで自分を鍛えました。
素材も湿度影響などでとてもやっかいなものでした。
したがって、3D-CADソフトの変遷は全て見てきたと思います。
今や、半導体レーザーでの光造形はすでに一般化しました。
そして、光造形での素材も初期のエポキシ系からは
相当に進化し透明になり、湿気影響なども全くなくなりました。
そして、この組み合わせた「クラインボトル」は、
研究室訪問のゲストにプレゼントしているモノです。
今回、KAIST=韓国科学技術大学院大学へ持参のために量産。
そしてこのクラインボトルを二つ組み合わせて製作可能も、
ラピッドプロトタイピングなればこそ可能になります。
この組み合わせを、米国・フィラデルフィア大学でプレゼし、
ティニアである教授達との会話から、私が「人工臓器」、
なかでも「人工心臓へデザインを」という動機になりました。
これまで、私は名市大から阪大の研究室につながるまで、
この製作によって、様々なノウハウを持つことができました。
「点・線・面」の概念が、
それこそ、カンデンスキーの芸術的予測は、
数学領域での「空間論」と対峙することを暗示していました。
点には大きさがあり、それは限りなく正方形であり、
線には太さがあり、面には厚さがある、という予想です。
光造形=ラピッドプロトタイピングは、
もっと造形教育に取り入られるべきものだと思っています。
米国の大学では、デザインや建築の実習では当たり前です。
すでに、3D-CADは6D-CADに進化していることも
「モノづくり」日本に多次元CADは不可欠な領域です。


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8月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 11th, 2010  Posted 10:00 AM

8月11日 友引(癸巳)


つまり、
好き・嫌いという感情を、
どのように
「インタラクション」
=自分と対象との相互性・相互作用性に
昇華させたり、
あるいは代償的な行為へと
変換させることができるか、
という方法が問題になる。



『デザインは言語道断』好奇


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