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Posts Tagged ‘夏’


『生態系破壊はテロ行為であると判断』


   


     6月 21st, 2017  Posted 12:00 AM



船舶とその海事ルートはとても厳しく管理されています。
特に、南アメリカへたとえば硫酸を日本から求めに行くとしても、
「バラスト水」=船の均衡を取るための船舶の重量調整水などは
外国の港湾での水は国際条約で、海水そのものを海洋生物保護など、
各国の生態系保護を厳しく管理されています。
ところが、本来はブラジルが原産と言われているFire Ants=火蟻が、
全く管理されずに、中国からのコンテナで日本に上陸されてしまいました。
これは日本の自然環境を激変するだけではなく、
火蟻というほとんど除虫困難な生物が日本にもたらせてしまいました。
国際管理無しのテロ行為だと思います。
この火蟻は人間だけでは無く、動物にも危害=死を招くのです。
私は貿易によるこのような生物が潜り込んでいることは、
意図的で無いとしてもある意味では「生物兵器」だと思います。
日本も地球温暖化によって、日本には生息しない生物が
棲んでしまう事態になりました。
日本の四季さえ、最近では冬が厳冬となれば夏は猛暑と水不足になりました。
水不足や猛暑によって日本の自給食料は大変な被害にあっています。
よって私は海事関係での、バラスト水のような国際的なルールが
絶対に不可欠であると考えざるをえません。
私は除虫材の開発には絶対的にデザインが関与すべきだと思ってきました。
このベースはあくまでも地球環境を傷めない新素材とその散布システム化が
デザイン主導すべきです。
私の自宅は海抜は100mの所にありますが、
ハエや昆虫が時折、自宅に侵入してくるのを観て
日本の自然環境は本当に変化してしまっていると判断しています。
それこそ福島の原子力発電所では、139Pu・140Puという日本の自然系、
この環境を破壊したからにはプルトニウムは全面禁止すべきだと判断します。
本当にやっかいな生態系破壊は、
何としても除虫で排除・排撃すべきと提示します。


* 『ガンマカメラにより放射能は視覚化可能』
* 『霾(つちふる)のは中国からの人災である』
* 『除染されていない間伐材へのデザイン開発』
* 『デング熱は風土病ゆえにもっと厳密なジャーナリズム報道を』
* 『流行の根源である伝染病は人類の破滅道理なのか』


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『まず矢立で万年筆と新作ノートを試す』


   


     8月 29th, 2016  Posted 12:00 AM



この夏は狂ったかのように暑い毎日でした。
夏にぴったりの詩は中原中也です。
「夏、青い空が動かない・・・」この一節がぴったりです。
エイ出版「趣味の文具箱」ほどまともな出版は今はありません。
そして、ここからステッドラーの新製品万年筆のモニターを依頼され、
それはとうとう取材にて自分の文房具の一部を紹介するまでになりました。
そのとき、おそらくこれ以上のノートは無いだろうという、
エイ出版オリジナルのノートをいただきました。
あえて、普段使いの矢立、毛筆でこの詩を書き、
ステッドラーの細文字と書き比べました。
万年筆細字専用と毛筆を書き並べると、書き心地が一辺にわかります。
しかも、ノートの紙質まですぐにわかってしまうものです。
このノートにはいろいろな万年筆と毛筆を試してみようと思っています。
今回はステッドラーの新製品とオリジナルのノートを試しました。
確かにオリジナルノートは、とても優れたノートでした。
このノートには毛筆でも一向に大丈夫、
こういうノートはなかなか存在しません。
文房具大好き人間として、本当に大きなチャンス、
そして、モニターした万年筆とオリジナルノートをもらったのです。
とても大きな幸運でした。


* 『書く事のモノは最初から進化を続けている』
* 『自分文房具の紹介をしながら語った取材でした』
* 『新製品のモニターとして万年筆を試す』
* 『書を教えるべきだったー和紙の味覚、趣味の聴覚を』
* 『越前和紙こそ、紙の文化を再活性できるはずだ』


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『布、なぜシルクロード、シルクボイスだったのか』


   


     7月 24th, 2016  Posted 12:00 AM



日本の布は「麻」と「絹」、植物と動物のタンパク質です。
それを進化させたものがポリエステルと考えていいかもしれません。
自分にとっては「絹」が最高の布です。
繭から得られる知恵でしたが蚕の繭づくりの観察はイタリアに負けました。
繭はフィブロインとセリシンという二つのタンパク質の天然繊維でした。
セリシンを取り除くことで得られた光沢感が
高級な品質上品さを創りあげました、
絹の歴史はあまりに不明なコトが多い。
紀元前3000〜6000年頃、中国では秘匿とされた製法が、
シルクロードとまで呼ばせた6世紀にイタリアに引き継がれて、
蚕が糸をはきだす動作の観察も20世紀後半に、
人間の知恵=Silienceで糸の精練や撚糸技術になっています。
昨年、蚕、養蚕産業における「風通し」の研究を見て、
とても感動しましたが、
その大学に研究資金配分を自分はかなり主張したことを覚えています。
そのことはまるで無視されていることこそ、
絹あるいはシルクというセンスが失われてきたと言わざるをえません。
ところが、夏になると、どうしても布の世界は麻に寄りかかります。
しかし、大麻技術での麻布は敗戦時に米国GHQで禁止されていました。
これを再度復興した布ブランドには断然、注目をしていきます。
ユネスコ認定で話題になった富岡製糸場も、
実は仕掛け人がおり、支えてきた欧州留学の3人がいたことも
既に忘れられていますし富岡製糸場での生糸生産が輸出禁止になったことも
もっと知られるべきでしょう。
この復活が羽二重であったことも、自分のデザイン対象になっています。
自分の大好きな布=羽二重こそ、ナイロン発明に繋がったことも伝えたい。
あらためて、布、その進化とともに
源である麻と絹、そういえばシルキーボイスすら、
いまではR&Bに変わってしまっています。

* 『糸は日本語漢字の重大意図を持つ』
* 『蚕・繭・絹・・・観察が『技』を決める』
* 『芸術という技法が引用したことから』
* 『落下傘としても羽二重は最高品質だった』
* 「『布』平織りの集積された知恵=晒を見直すこと」


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『自宅玄関には涼しさを「デジタルアッサンブラージュ」』


   


     7月 14th, 2016  Posted 12:00 AM



一般的にはTV、その番組は情報革命の先人でした。
それは画面情報がさらに拡大していくことと、
画面表示器そのものの種別が増えて進歩しています。
特に画面の情報化というのはバーチャルリアイティの世界です。
したがって、自分のデザイン経験では、モニターもTVも、そして、
その関連機器のデザインが相当にあります。
それだけにこうした進化自体に、大きな違和感を抱いてきました。
特に、「デジタルサイネージ」=電子看板というアイテムへの
デザイン参画は全て大失敗ばかりです。そこである企業での電子的展示から
その拡大を自宅で「デジタルアッサンブラージュ」として、
センサー・赤外線・LED照明、
そして画面表示のアッサンブラージュ化を実現。
自分の作品も流れますが、
今年、自宅の玄関は「夏」をアッサンブラージュ化します。
水槽の中の魚、金魚、くらげ、
さらに夏の高原を流れる谷川、さらに大阪城、
滝や花火がアッサンブラージュされたバーチャルリアリティの情報画面が、
玄関を通過する人物の動きと
画面表示の色彩・光と灯りをコントロールします。
自宅玄関でどこまで可能であるかを確認しています。
これによって、どれほどデジタルサイネージでは不可能かを明白化します。
デジタルアッサンブラージュは、
かつて芸術家が試みたそれこそ廃棄されたモノ、
それでも組み合わせてアートに、彫刻にという思いを引き継いでいます。
画面情報のセンシング、WiFiコントロール、赤外線制御、
そして照明のカラー表示を変幻自在にしてくれる可能性が見えてきました。
これは今秋には機器として、特に看護環境への適用を考えています。
自宅玄関は、訪問者毎に「夏」の環境情報として、
確実な「涼しさ」を映像と照明で与えることが可能です。


*『GRiD社キーボード位置をどう乗り越えるかだった』
*『改めて自宅玄関のデジタルアッサンブラージュ』
*『自宅玄関のデジタル化とアナログ操作性の実験』
*『鏡の背後を熟知するため、あるいは解放をめざす』
*「もう一つの言語を教えていた昔・ロゴレゴのこと」
*『KK塾での実務紹介=デジタルアッサンブラージュ』


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『毎夏、再自覚決心の日』


   


     8月 7th, 2015  Posted 12:00 AM



子供の頃から、ヒロシマ・ナガサキは正直よく分かりませんでした。
修学旅行でヒロシマ原爆記念館に行ったときも、
歴史の一コマ見学でしかなかった気がしています。
しかし、留学生をインドから受け入れたときに、
彼女が「パキスタンにインドは原爆実験で勝った」と聞いた瞬間、
私はなぜか激怒し、彼女を広島と長崎に行かせました。
帰ってきた彼女はその小旅行の経験を話して大泣きしました。
それが日本留学=インドのデザイン官僚としての最大経験でした。
ところが伯父(母の兄)から、ある日手紙が来ました。
伯父は80歳傘寿になって、
「自分は徴兵、広島で郵便兵のとき被爆し、被爆手帳を持っている。
元気で暮らしてきたがこれまで誰にも言わずに生きてきました」と。
その伯父と私は親戚でも容貌が似ていると言われてきましたが、
私は被爆者である事を隠さないと生きてこられなかった伯父を
改めて敬愛しました。彼は高卒ながら有名大企業の社長室長までを
自力で成し遂げただけに、凄い人と思っていました。
ところが、これほど身近に被爆経験者でありなおかつ80歳まで
隠して生きてきた伯父の気持ちを想うとさらに尊敬を深めました。
「被爆者であることを隠さないと結婚もできなかった」らしいのです。
父は七年半、青春を戦争従軍で終わりながらも、
伯父が被爆者だとは知らなかったはずです。
私は、終戦となるためにふるさと福井も徹底的に空爆被害をうけ、
敗戦をするにはどれだけの人命が失われてきたかを受け止めています。
毎夏、私たちはこの日、多くの人命を失った敗戦事実を
受け継いでいくことを再決意しなければならないでしょう。
ヒロシマ・ナガサキ、そしてさらにフクシマの被爆体験こそ、
日本人であるアイデンティティを「平和」に差し出す能力だと考えます。
「決して戦争をしない民族」という理性的人間である自覚こそ、
それが日本人だと確認することが出来ます。




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『歩けた頃=スキーに夢中だった時の写真が届いた』


   


     12月 10th, 2013  Posted 12:00 AM



今月はフランス・香港と海外出張が続きました。
帰国すると、東芝時代の上司から写真が届き、懐かしさ一杯です。
5歳当時からスキーに親しんでいたおかげで、
車椅子生活を宣告された時一番に感じたことはスキーができない、
これが最大の問題だとさえ思ったほどです。
この写真では、フィッシャーのメタルスキーとサロモンです。
知っている人には分かるはず。ゴーグルはまだ持っていました。
このメタルスキーは、夏でも剣岳の雪渓がミラーアイスでも、
十二分に可能なほどでした。
もう一本は、ジャン=クロード・キリー が国内でサインをしたK2。
当時は、ドルフィン=今はフリースタイルと呼ばれていますが、
これには最適の柔らかさがあり、この二本を使っていました。
ご覧のとおり、全身はスピードスキーのために、
エラスティック素材の全身スーツを仕立ててもらっていました。
スキー靴もランゲというほど、スキーのためには、
最上級品にボーナスをつぎ込んでいたほどでした。
小学校・中学校時代もスキーばかりしていたようです。
高校時代も浄法寺山(1053m)ならば連休でも滑れました。
東芝時代は、得意な連中とは奥志賀に籠もって「回転や大回転」。
山登り・ロッククライミング・スキーが出来ない身体ですが、
若かりし日のこの写真が届いて、
11月後半から海外でのデザイン状況を見ながら、
私に残された日々、どこまでこれからの自分の役割があるのかを
もう一度確認することができました。
多分、書き残すことが多くなるのかもしれませんが、
わが国のデザインは、企業戦略からはやや離脱しているようです。
すでにデザイナーとしてスタートしたとき、
常に、スキーには拘っていたことを想い出しました。
また今夜からブログを再開します。
よろしくお願いします。


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「加飾すること=ファッションスタイルは最初提示の効能」


   


     9月 5th, 2013  Posted 12:00 AM



「スタートレック」3D映画を観ました。
1960年代のこの物語りには24世紀までがきわめて正当な風景です。
そして3Dの映画表現技術の進化をとても実感しました。
登場人物のファッション、
いづれあのようなスタイルになるかもしれません。
最近、私自身、本当にネクタイ大好きですが、
ネクタイをすることが無くなりました。
そしてワイシャツも襟が高めになり、第二ボタンには、
このような開襟スタイルを補助する加飾ボタンを選んでいます。
友人にも、時折、プレゼントしたりしています。
これまで、どれほど夏が暑くても、夏期用のネクタイ選びは、
それなりに楽しかったものです。
また、ノーネクタイは、どこか拍子抜けスタイルでしたが、
特に、今期の猛暑ともなると、開襟のスーツスタイルに対して、
全く違和感が無くなってきました。
そういうこともあってか、この加飾ボタンは一つのファッション、
そのスタイリングです。
ファッションへの価値感はほとんどが、
「好きー嫌い」だけでの商品選びに頼っていることだけや、
ファッションブランドへの好み性に寄りかかっています。
私はファッション商品の価値感をさらに価値感アップするべき、
ということをファッション企業にも発言しています。
私がワイシャツメーカーがこの加飾ボタンを提示してきたとき、
ある種のささやかな感動をしました。
ファッションの大前提は、
装飾性・加飾性が存在演出の効能になっています。
ファッションデザインは「効能性」表現、その価値提示です。
したがって、「好きー嫌い」だけでは、
企業の商品づくりは間違っています。
昨年から、ふるさと福井の繊維に取り憑かれていて、
確実に、織物や編み物、繊維の新素材開発へ発想を向けるとき、
「加飾」効能が、
ファッションデザインの要機能だと思っています。
多分、今世紀からネクタイの効能は薄れていくのかもしれません。
スタートレックのファッション予知、理解可能です。


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「やっぱり、なぜこれほど落ち着くのだろう」


   


     5月 13th, 2013  Posted 12:00 AM



中学時代は 父からクラブ活動を文科系にさせられました。
しかし、高校時代はスポーツ系で「山岳部」で活動しました。
当時、一人っ子を危険なクラブにと親戚からも言われましたが、
ピッケルと登山靴を買ってもらえました。
高校時代は、奥越国境=石川・岐阜の県境山々、
白馬山系から鉢ノ木岳までの縦走などで、
「ヤブこぎ=獣道の見分け方」・「天気図と天体星位置」から、
高山植物やツェルトという簡易テント暮らしなどを学びました。
大学当初は空手部でしたが、
芸大山岳部だった先生がこられてから、正式な「山岳部」になり、
空手部の退部試合にも出たので、今も先輩とつながりがあります。
大学では、当然のことロッククライミングや、
夏でも、雪渓スキーをしていました。
したがって深夜にNHKが「北アルプス」の景観映像を流します。
私はこれを明け方まで見入ることがあります。
とりわけ、剣岳周辺、源次郎尾根や八ツ峰、長次郎雪渓を見ていると、
本当に心が洗われるというのは、
きっとこういうことだろうと思うほど落ち着きます。
今では、たとえば長次郎雪渓の途中の熊の岩や、
長次郎雪渓の頂上でそこから剣岳へ直登などは不可能でしょうが、
当時は、熊の岩や雪渓の頂上に「テン張って」いました。
東京芸術大学・京都市立芸術大学・金沢美術工芸大学は、
三美大と言われていて、
必ず、剣岳に集結して、毎日雪渓での滑落停止トレーニング、
ロッククライミングを先輩たちから教わったものでした。
剣岳は、宇奈月温泉から黒部峡谷鉄道で入ります。
それから、早月尾根、ほとんど水がありませんが、
その尾根伝い3日で剣岳のキャンプ地までひたすら歩きました。
毎回、剣岳にほぼ一ヶ月以上暮らします。
そして、それぞれが別れて縦走に入ります。
私は必ず鉢ノ木岳まで縦走して、
そこから直下するとバス停で長野県の大町市に出て、
鉄道で自宅に帰ります。
自宅に着くと、必ず、顔には無精髭があり臭いらしく、
母から玄関先で裸にさせられてすぐに風呂に入ったものでした。
いつの日か、必ず、ヘリコプターで剣岳を中心に飛びたい。
可能であるなら、この映像に包まれて目を閉じたいものです。


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「車椅子とグローブ(手袋)の重大関係」


   


     8月 4th, 2012  Posted 12:09 AM



車椅子使用者になって、
どれだけの手袋を使い果たしてきたことでしょうか。
特に夏は、
「ドライバー用」や「ゴルフ用」などを試してきましたがダメでした。
何がダメかというと、坂道を下るときには、
車椅子のハンドリムを握る力をブレーキとして使うのです。
これはブレーキですから、当然に熱くなります。
絶えきれないほどの熱さになります。
これはロッククライミングでアップザイレンで
ロープをグリップ感覚で下ることに等しいのです。
牛革グローブは、耐久性がありません。
鹿革グローブが適しています。
ミラノにグローブの専門店がありますが、
全世界でのブランドメーカーにも「自分用」を求めたこともあります。
鹿革手袋は今も使えますが、やはり摩擦熱は耐えるのみです。
最近やっと見つけ出したのが、SWAT用のグローブです。
「ドライビング手袋」だと、時には手の甲部分を思い切りぶつけたり、
拳関節(MP関節)表面を何度も怪我してきました。
私は、デザイナーにとって「手」は重大なプロツールですから、
「手」にはすこぶる神経を使っています。
ハンドクリームも欠かせません。
学生たちにも「手」のケアはうるさく指導することにしています。
それは、人前でスケッチを描いている時に、
「清潔な手」もプレゼン要素だと思っているからです。
このSWATグローブは、刃物にも強力な耐久性があります。
もちろん、MP関節は完全に防護されています。
かなりの坂道でグローブ自身が車椅子のブレーキになってくれます。
私はこの事実から、
本来は杖・ステッキを使用するユーザーにも
最適なグローブが必要だと思っています。
さて、夏にグローブをしていると
日焼け防止になることは間違いありません。
63歳の私ですが、「手」は30代、いや20代かもしれません。
ちょっと自慢し過ぎているかもしれませんが。


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「日本のモノづくりが構築すべきこと」


   


     5月 15th, 2012  Posted 12:00 AM



私は夏には、時計ベルトは革製は避けます。
最も軽い時計からいわゆるブランド時計を前にすると、
3000円から100数十万円という商品価値のある時計たちですが、
最も、性能・機能が優れているのは、
G-SHOCKとルイ・ヴィトンになります。
G-SHOCK(赤)は、ソーラーで電波時計ですが、
ルイ・ヴィトンの丁度10分の1の価格です。
G-SHOCKはすでにブランドは確立していますが何かが欠落、
いわば、昨夜の「消えるボールペン」と同位の価値商品。
時計とは「目に見えない時刻」を測定と告知してくれる機器です。
企業の経営戦略論では決まって、
「ブランド構築論」が最も重大な経営論として流行しています。
しかし、わが国の企業全体に「ブランド」=商品存在価値=市価、
この図式はまったく未完成と言わなければならないでしょう。
ソーラーで電波時計の正確さは、「時計の最大重要事」です。
にもかかわらず、機械式であることが存在価値としていることは、
「物語り性」と「出自系譜の信頼性」に他なりません。
G-SHOCKはもっと高価にする戦略があるべきです。
私なりには、それぞれの時計を手に入れてきた自分史がありますし、
それぞれの時計の「物語りと自己証明」の演出道具にしています。
だから、夏は金属ベルトやシリコンベルト、プラスチックが
効能性を持っているのです。
人間が身体に装着するのは、時計・眼鏡・指輪などであり、
こうした小道具に自分の自己存在を投影することになります。
その演出性は、海外ブランド力が支援してくれるということです。
ファッションであり、モードであり、
フォーマルなのか、カジュアルなのかも時計一つが、
私を代弁してくれるのです。
私は、時計に限らず、日常生活を支えてくれているモノ、
そのモノの体系には、必ず「効能」としての、
「物語り性」と「存在の証明性」を、
作り手側に、それは「焼き印・刻印」としてのブランドが、
商品価値と価値商品を相補的に「語っている」のです。
そのしたたかな智恵・戦略が、
わが国に今最大に欠落していると言っておきます。


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