kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘大失敗’


『ブラウン管モニターはたった一つだけの造形言語』


   


     8月 30th, 2017  Posted 12:50 AM



先日、しまっておいたNeXT Stationを取り出しました。
そして、UNIXマシンであったことから、使用者名・パスワード無しでも、
UNIXコードにて起動することができました。
そしたら、当時はこのマシン中心で仕事をし、メールにも使っていました。
びっくりですが、英語は読めますが、日本語はソフトによっては文字化け。
そうしたら、私がブラウン管でモニターをデザインし、
それは12年ぐらい1996〜2004?,5?まで商品として長期に生き残った、
それもモニターデザインではほとんど
イメージを崩さなかったEIZOモニターのことを書き残したいと思ったのです。
まだ、ナナオかEIZOかで企業が二分されてるときに、
デザインディレクターとなって、まずはモニターデザインを手がけました。
ともかく、4枚実装基板を一枚にし、
スタッキング搬送で工場工程へ差し込むこと。
そして何よりも、明確な存在感をデザインで表現したのです。
ところが、その頃のモニターは曲線の濫用だと私は思って、
まさに直線ラインでヒップアップ、
このヒップアップは内部温度熱を逃がし性能アップをめざしたのです。
そこに、米国からはそれもコンピュータデザインではトップランクの
フロッグデザインから新作が届きました。
「えっ、なんでだ、お前もか」でした。
それは曲線ライン多様のまさに流行を追いかけていたのです。
Appleのデザインを成し遂げたFrogDesignまでもか?・・・でした。
たしか?フランクフルトでの見本市発表では、
グニャグニャした曲線ラインこそモニターデザインになってしまったら、
私デザインは大失敗と思い、眠れない夜が続きました。
ところが、評価は大逆転で、曲線デザインのグニャグニャ造形が
ほとんど忌み嫌われ、EIZOの造形言語が受け入れられたということで、
EIZOブランド統一とモニターデザインの成功、その国際電話が入りました。
それまでマーケッティングからは「曲線デザインにモニターはなる」という
強い意見が圧倒的でしたが、私は絶対にこれは文房具でもあるから、
紙が四角いから曲線あり得ない、といきがっていたのです。
もうどれほどホッとしたことでしょうか、
曲線デザインはコンピュータにはありえないことが通過したのです。
以後、ブラウン管サイズでのマイナーチェンジはありましたが、
ロングライフデザインとなり、ブラウン管最期までの商品となったのです。
EIZOは二部上場から一部上場を私はデザインで成し遂げたと思っています。
それは、NeXTの直線造形が手本だったと確信するのです。


* 『今でも、最も美しい、NeXTの存在』
* 『コンピュータからの離脱がこれからの日本の産業』
* 「シリコングラフィックスを使っていた頃」
* 『「恐竜」、このシンボル性のイメージ訴求デザイン』
* 「石畳の街、その文明と文化」


目次を見る

08月23日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 23rd, 2017  Posted 12:00 AM

08月23日 友引(壬午)

デザインとは機能主義の表現、
これは大誤解を連鎖。
デザインを機能主義とともに、
文化論に持ちこんだことが
大失敗である。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

08月21日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 21st, 2017  Posted 12:00 AM

08月21日 大安(庚辰)

デザインとは機能主義の表現、
これは大誤解を連鎖。
デザインを
文化論に持ちこんだことが
大失敗である。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

『「活性化」には三つの条件が必要である』


   


     3月 20th, 2017  Posted 12:00 AM



行政とはお役人の仕事です。
お役人というのは「役立つ人」を意味しますが、
日本全国、どこに行ってもお役人に出逢った経験はほんのわずかです。
質問をして最も答えられないことを私は相当に持っているつもりです。
たとえば、企画・計画・戦略・戦術・戦略・福祉などであり、
これをデザインで
私は全てを実証を交えて語れると自負しています。
なかんずく、「活性化」という質問をこのFBでいただいたので、
答えておくことにします。
私はこの基本でこれまで伝統工芸産地・地場産業・大企業にも
デザイナーとして、この論理を大事に定義として展開してきました。
「活性化」というのは高校時代の化学で教わります。
それは、活性化が起こる条件は次の三つだということです。
● 「濃度を高める」
● 「温度を高める」
● 「触媒を用いる」
この三つの条件がそろえば、活性化が必ず起こると言うことです。
私はこれをメタファーとしてとらえて、言い換えています。
まず、濃度とは、知識や知見あるいは経験の質を高めること。
温度とは、皆で真剣に熱くなって取り組むというだけではだめであり、
冷静に主観性と客観的な見方でテーマに取り組んでいくことです。
よく「飲むニケーション」が必要というアドバーザーなどは不要です。
そして、触媒の必要性になるのですが、
これはなんらかの専門家、私の場合はデザイナーという職能、
しかし、デザイナーも間違えば、これは大失敗につながります。
この事例を沢山見てきただけに呆れるような事例を存分に知っています。
先般もある自治体で30億円が地場産地にデザイン戦術が入りましたが、
あの手法はただ、自治体の予讃消化であり、
自治体の役人の海外渡航=遊び出張代でした。
海外でのデザイン展示会を終えれば、その成功失敗などは無関係なのです。
それこそ、地方活性化が叫ばれてきて、
本当に成功した事例はほとんど皆無でしょう。
現在も、私の元には様々な地方のデザイン戦略ではなくて
デザイン戦術が入ってきますが、
無念極まり無く終焉はすぐに発生しています。
「触媒足る」デザイン、デザイナーは選別されなければ、
「活性化」は決して起こらないということです。



* 『サスティナブルであるための原意と欠落点』
* 『ベクトル論理では「何がデザインか」となる』
* 「グローバリゼーションはローカリズムの対極だろうか」
*「風土とゲマインシャフトがグローバルへ」
* 「常識語なのに真意と原意知らずはコンセプト=方針を誤る!」


目次を見る

『実話の映画化は地方を活性化するだろうか』


   


     3月 19th, 2017  Posted 12:00 AM



昨日は由利公正をふるさ福井とふるさとの行政は、
多分なんとしても福井県の観光アピールにとの戦略と、
戦術不足はなはだしい駅構内での宣伝を見詰めました。
ところが、その後には華やかなパネルがありました。
地元の商業高校のチアダンスチームが、なんでも全米一位になったという
この実話が「映画」になったとの宣伝でした。
そういえばときどきこの主演女優さんがTV番組での番宣に登場していました。
実話だそうですから、これほどの宣伝はないと思います。
そういえば親友がこの映画初日に招待を地元の映画館でしてくれるとのこと。
しかし、朝一番、10時からと聞いて、私にこのような朝一からなんて、
とても無理ゆえに断った次第です。
多分招待されてもきっと眠っていたでしょう。
ともかく、東京中心主義に対しての「地方の時代」とは、
1970年代から盛んに叫ばれてきたことです。
私自身、それこそ、第四次全国総合開発法=四全総には、
福井で伝統工芸にインダストリアルデザインを導入してから、
その具体的な活動事例として全国に呼ばれて講演をしたものです。
そして、四全総すべてが大失敗しているのをずーっと見てきました。
それゆれに、伝統工芸産地、地場産業、地域活性化などや、
「街づくりプラン」に多くのデザイナーやデザイン関係機関がくみしてきました。
70年代から、地方の活性化にデザインが関わっての失敗例は
ほとんどが「見て見ぬふり=Eyes wide shut」でした。
3.11やその後の地震対策、復興計画にもデザインは荷担してきました。
しかし、おそらくこうした実話の映画化には叶わない気がします。
けれどもこれすらすぐに忘れ去られていくのが情報過多の時代感覚です。
それこそデザイン導入がいいつの日か
インダストリアルデザインからプロダクトデザインに、
建築活動に「街プロジェクト」が、
環境デザインと言われ出した頃から、いわゆる私なりの鄙美人日本論から
大きく離れていくこの時流の中でも、
実話の映画化の地方活性策をささえうるかをみつめたいと考えています。
やがて、無くなった高校の同級生の実話が映画化されることも楽しみです。

* 『伝統工芸産地を補助金漬けから開放し法律の改正が必要』
* 『「新聞紙」というメディアが消える日が近づいている』
* 『諦観からの発想でこの国家・民族が選ぶべきデザイン』
* 『地方都市=鯖江が日本の未来モデル都市になるわけがない』
* 『日本の繊維産業、その先鞭をつけた人たちの偉業に続け』


目次を見る

『ペンホルダーある組み合わせの筆記具は自分表現』


   


     8月 28th, 2016  Posted 12:00 AM



自分にとって、筆記具、特に万年筆・ボールペン・ローラーボールは、
いつも組にして持ち歩いています。
それは自分なりのファッション性=スーツやジャケットとの整合性です。
そしてこれらの筆記具は全て優れた性能性・効能性・機能性が私判断での
選択眼の証拠でなければならないという考え方を表現しています。
たとえば、筆記具を選ぶときに、これらの筆記具を見せれば、店員さんの
筆記具知識は明確にしてしまいます。
理由は簡単なことです。
それは筆記具の歴史性をすべて知り尽くしていることを表しているからです。
これら筆記具を見せてこれらに匹敵する店舗の知識を確認出来るからです。
二本入りのケース色も、ファッションの原点であるTPO、
自分にとってTPOなどは決してファッション要因であることは否定ですが、
一般的にはわかりやすいからです。
最近はファストファッションの商品が一般価格になっていますが、
男にとってのスーツやジャケットにはペン差しがもう廃止されています。
自分にはこの傾向を悲しんでいます。
胸ポケットに万年筆を差し込むのはスーツに基本としては大失敗なのです。
夏は真っ白のこのペンの組み合わせには、
フォーマル性もカジュアル性も存分にあります。
これこそ、Consilienceな知性表現だと認識しています。


* 『ファッション誌で知ってさらに自分ファッション』
* 『持ち歩いてるペンたちが語っている文房四宝』
* 「景観への精神状況がそのままファッションに連鎖している」
* 「モードからファッションへ、そして遡及する記号の再生産」
* 「やはり、持ち物はブルーが基本」


目次を見る

『タケフナイフビレッジで第2世代を鍛える』


   


     1月 22nd, 2015  Posted 12:00 AM


越前打刃物750年の伝統工芸産地に、私は福井県に帰ってから、
「美しい切れ味を鍛えます」という理念で、
タケフナイフビレッジにデザインを導入してきました。
3年で展示会を国内外で開催し、建築家・故毛綱毅曠氏に頼んで、
産地に「神殿」=千代鶴国安の神社と「劇場」=工場を建設。
すでに30年になります。
創立してきた第一世代は全て伝統工芸士で親方が9名、
1名はもう逝きましたが、第二世代は各地からも集まり20名です。
この20名にTAKEFUmini60という携行出来る新しいナイフの開発、
デザインで第二世代を鍛えています。
それは今開発中をNHK国際でドキュメント撮影もしてもらっています。
私には日本刀からアーミーナイフ、ハンティングナイフについては、
30年も学んできた知識から、将来は刃物づくりを未来に向けます。
今はどういうわけか、ダマスカス鋼の表現が世界的にも流行ですが、
これこそ、大失敗であり、日本の刃物文化を壊していますから、
真の日本刀の刃先である伊達政宗が独自に創り上げた柾目刃紋を
復元させようかとか、アーミーナイフを超えるナイフづくりの見識も
徹底的に教え込んでいます。
私が若者には怖いとか言われますが社会はもっとコワイということも
やっと彼らは理解してついてきてくれています。
第一世代は高級車で送迎してくれる産地にまでなってくれました。
第二世代には、第三世代が生まれるほど素敵な産地づくりまでを
約束してもらっています。
私は彼らの前でデジタルスケッチで開発製品の詳細を語っています。
やっと、TVドキュメント撮影もしてもらいながら、
出来れば、この秋には数点は発表させたいと率いています。
「これがナイフ」までを私はなんとしても商品化する覚悟です。
安易なデザイン=肌打ちと言われる無能な表現は絶対にしないし、
誤りだらけのナイフを国際的にも一新します。
「私たちは、さらに美しい切れ味を鍛えています」。
これが第二世代の理念です。


『伝統工芸産地第二世代の新製品テーマ』
「750年をタケフナイフビレッジで革新して30年」


目次を見る

「 大失敗の量産拳銃・FP45-LIBERATORから学ぶこと」


   


     10月 25th, 2012  Posted 12:00 AM



FP45-LIBERATORという拳銃がありました。
部品点数は23点・一丁1.72ドル・量産は11週間で100万丁です。
これは第二次世界大戦1942年、ナチ占領下のパルチザン支援のために、
当時の米国政府が自動車メーカー・ゼネラルモータースに依頼し、
徹底的な低コストを実現した拳銃のいわば鉄砲機能だけのモノでした。
装弾もたった1発だけであり、装弾から薬莢の外し方も変です。
グリップ部のスペアカートリッジに銃弾が収納されていました。
使用方法はイラストだけで分かるというほどデザインされたモノでした。
また極秘生産されただけに存在すら知られていなかった拳銃です。
だから、今流に言えば、とても合理的で、
大量生産としてはインダストリアルデザイン的モデルとも言えます。
性能も最悪だったために、
欧州のパルチザンよりもアジアに落下傘で連合軍が落としたとか、
マッカーサーが倉庫に眠っていたこの銃を
中国やアジアの日本軍への抵抗勢力に分配したとかですが、
ほとんど、
100万丁も存在していたこの銃が役立ったという話はありません。
結局、拳銃マニアにとってはコレクションとして、
300から700ドルのコレクションアイテムになっただけです。
つまり、単機能で低コストの大量生産製品とは、
「役立たない」ということを伝えています。
この拳銃は「迷銃」と呼ばれている代物です。
今の日本の警官は世界でも最も性能の優れた拳銃をライセンス生産品として
ある企業で生産されています。
しかし、「使用」されることはまったくありません。
「使用」したなら、すぐに警官は裁判です。
だったら所持する必要などありません。
日本だけが、拳銃が威嚇や防御の武器ではなくて、
警官存在の表徴になっているだけです。
毎年、拳銃は新作が発表されます。
そして、名だたる拳銃メーカーは著名なデザイナーに依頼している、
そんなこともほとんど知りません。
また、評判や性能が万一劣れば、それはデザイナーの責任ともなって、
そのデザイナーには
再依頼されてリ・デザインされていることも知られていません。
武器には、いわゆる性能と機能の完璧な相互性が、
さらに完結された形態であることが求められています。
私は「拳銃の美学」が、
実は「カーデザイン」にも多大な影響を及ぼしていることを
知るべきだと思っています。
断っておきますが、
私は現在の拳銃デザインはほとんど無用の長物と言っておきます。
知り置くべき事は、拳銃もデザインされ量産されているからこそ、
「死」に直結しているモノのデザインがあるということです。


目次を見る

「ブリューゲルが描いた盲目の人たち」


   


     7月 2nd, 2012  Posted 12:00 AM



目の不自由な方・盲目の人を描いています。
この絵画には二つの意味があると言われています。
すべて盲目の人たちが列を成して歩いていると、
池の中に落ちてしまう、という構図です。
これは、盲目の人の行動を描いたわけではありません。
健常者が無知なまま行動すれば、
それも無知な健常者の集団が行動すると、
とんでもなく、まるで池に落ちるように、
大失敗するという、その教訓的な意味の表現です。
そして、もう一つは当時、盲目の人には、
これだけの種別があるという表現です。
まず、先天的な盲目の人と後天的な盲目の人、
それぞれの容貌が描き分けられていて、
当時の特に後天的な眼病の結果表情があるらしいのです。
まさしく、教訓的な意味の絵画性=教訓性は正解です。
というのは、特に、先天的な盲目の人は、
決して池に落ちるわけがないのです。
余程、健常者の人の方が、
見えず、感ぜずが確実に多いはずです。
白杖一本で、自分の歩行環境を感得する能力は、
健常者の人よりはるかに高いと思います。
ブリューゲルは、盲目の人たちが池に落ちるという表現、
それは無知なる健常者こそ盲目だということを教訓として
ずばり描き切っていると言うことです。



これは世界盲人会連合で1984年に制定された、
視覚障害者の人たちが安全やバリアフリーを考慮された
環境・機器・設備から信号機、書籍に表示されています。
しかし、このマークの機能性は私には不明です。
健常者に向けての注意喚起・思いやりの発揚でしょうが、
私はもっとデザイン精度を上げる表現知恵不足を感じます。


目次を見る

「これからの命五年は保障された年でした。」


   


     12月 31st, 2011  Posted 12:00 AM


2010年9月末に私は東芝の原子力研究所を訪ねました。
「あと20年、貿易立国・日本は大丈夫」、
原子力技術の進展ぶりに驚愕しました。
「はやぶさ」と「南極観測船・しらせ」に、
わが国の高密度技術あってこそ、
私なりのデザインは寄り添えられるという確信でした。
3.11 PM2:46 M9.0 東日本大震災
大地震・大津波・フクシマ原電事故は、
わが国を「ゼロ」にしてしまいました。
3月からほぼ半年は、瓦礫と破壊された東北景観に涙しました。
そして、1000年に一度を、すでに残されたわが生涯に、
真正面から「祈望と企望」にして対象化しました。
ところが体内のICDが電池切れ、またもや入院手術。
けれども、中国と韓国では、
「国際貢献のデザイン」を講演するチャンスをいただきました。
キーボード・スポーツ眼鏡フレーム・血圧計を世に出しました。
講演も「3.11以後のデザイン」を次世代に語りました。
東芝にもどって、
「復興計画●●●PROJECT」に取り組んだ年となりました。
来年、この提案が受け入れられるかどうかです。
提案はたとえ東芝で出来なくとも後世に残す覚悟でいます。
それは、自分へのある種の決着です。
デザイナーとしての生涯の証です。
身体は、新たなICDでまた五年の心臓制御は保障されました。
日本のデザイン界は低迷しデザイン行政は為体です。
それは日本の政権交代の大失敗と連関しています。
正直、心なき中傷も受けますがそんなものは、
命がけを体験してきた私に届くわけがありません。
私は、地道に懸命さで、
そして最も過激で敵をつくろうが生命の限りを使い果たす覚悟です。
祖父や父の世代がやっと敗戦からつくり直した日本を、
もう一度、私はデザイナーとして大学人として、
私の微力を捧げます。


目次を見る