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Posts Tagged ‘大衆’


12月19日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 19th, 2020  Posted 12:00 AM

12月19日 先負(丙申)

『指示としてのデザイン』

大衆の欲望、
都市の狂気、
経済の圧倒、
これらへの「指示」が
デザインとして
意図されるとき、
デザインが変態することは
まずありえない。



artificial heart:川崎和男展


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12月4日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 4th, 2020  Posted 12:00 AM

12月4日 大安(辛巳)

『指示としてのデザイン』

都市の狂気を
大衆の欲望が
包括しコントロールしている
かのようである。



artificial heart:川崎和男展


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10月23日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 23rd, 2020  Posted 12:00 AM

10月23日 先負(己亥)

『寓話としてのデザイン』

想像力が単純な明快さを、
社会に大衆の面前に引き出す、
そんな新しい
モノの体系づくりをめざすこと。



artificial heart:川崎和男展


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10月16日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 16th, 2020  Posted 12:00 AM

10月16日 先勝(壬辰)

『寓話としてのデザイン』

つまり、
モノの射影空間に、
大衆の想像力を
呼び戻すことは
永久に
出来なくなっていくのだろうか。



artificial heart:川崎和男展


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10月3日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 3rd, 2020  Posted 12:00 AM

10月3日 赤口(己卯)

『寓話としてのデザイン』

あるいは、
大衆が自らの想像力を
情報の狭間に埋めるのか。



artificial heart:川崎和男展


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10月2日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 2nd, 2020  Posted 12:00 AM

10月2日 大安(戊寅)

『寓話としてのデザイン』

情報の高密度化と
テクノロジーの進歩が、
大衆の想像力を奪うのか。



artificial heart:川崎和男展


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12月31日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 31st, 2019  Posted 12:00 AM

12月31日 大安(壬寅)

デザインの造形形態学は
モルヒネ的にも
大衆を扇動させなければならないと
私は思っている。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』12 造形形態学の必然性


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12月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 30th, 2019  Posted 12:00 AM

12月30日 仏滅(辛丑)

傘立てひとつに、
大衆の美意識はまったく停止している。
というよりも、
傘立てひとつの重大なデザインにこそ、
デザイナーは大衆への間隔覚醒を
起こすべきなのだ。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』12 造形形態学の必然性


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『レジリエンスデザインチームだから屋根材・瓦を新開発』


   


     6月 29th, 2016  Posted 12:00 AM



「レジリエンスデザインチーム」が熊本の震災現地に入っても、
「レジリエンス?」
「デザイン?」
「たとえ九州大学であっても何を調査?」
チームは当然ながら、震災現地では相当に疑念を持たれています。
それこそ、想定内のことでしたが、
このチームだからこそ可能になることが一杯あるのです。
そんな折りに「全瓦連」=全日本瓦工事業連盟から、
熊本現地での修繕依頼が相次いでいるという連絡がありました。
屋根材としての瓦は、日本の伝統的な街景観をつくりあげてきました。
しかし、瓦は軽量化されたとはいえまだまだ開発すべき屋根材です。
震災の大きさは、瓦屋根が破壊された状況が
最も画面では印象度があって多用されています。
下手をすれば、瓦は、この国においては
もはや否定すべき屋根材になりかけていると大衆化してしまいました。
デザイナーの立場から見れば瓦形態の伝承も当然ながら
如何に現代化=デザインするかです。
アレルギーや心理対策は建築を超えてデザインがやるべきでしょう。
新素材・新実装・屋根材構法の革新は
絶対にスマートシティとの情報空間への屋根材の瓦、
この考え方を建築ではなくてデザインで導入すべきだと考えています。
当然、建築手法をベースにしますが、
スマートシティ計画には、瓦への様々な性能・効能が、
少なからず大地震・大豪雨・ハリケーンに対抗して、
それこそソーラーパネル、情報空間への
実装部材化が求められなければなりません。
しかも、伝統的景観がこれまで以上に美しくなることです。
「レジリエンスデザインチーム」の未来志向は、
まず、ストレス・プレッシャーに精神的に強靱化し、
その人間を護り抜く屋根材は確実にデザインできると考えています。

*『国土強靭化計画から次段階へはデザイン手法が必要』
*『太陽光発電は相当疑問?・・・』
*『宇宙開発の信頼・安全性工学からデザインが学ぶこと』
*『享保の手帖から私が学び直したこと』
*『一本の松の木が示唆する未来』


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『女衒同族と羽織ゴロたる民法TVも国会も同罪である』


   


     1月 23rd, 2016  Posted 1:30 AM



敗戦後、米国がわが国に押しつけたのは「新憲法」でした。
その実現=民主主義(資本主義経済社会の大衆養成)具現のために、
用間=諜報の具が用いられました。
この記述が明言される時期が、
僕は到来してきたものと考えざるを得ません。
それには冷静な判断と3.11によって破壊されてなお、
全く正当さと釈然としない日本社会があります。
特に大誤解されている民法TVと、
その労働者であるタレントと呼ばれる芸能人、
その支配がまさに用間でしか無かったことを忘れ
なおかつ同族経営化での事務所と称した芸者置屋と
女衒同族の存在を僕は嫌悪するからです。
しかも、未だに民主主義のジャーナリズムを
構築できない民放TV局への怒りが僕にはあります。
SMAP=Sports Music Assemble Peopleというのは
とても上手い名辞です。
私なりにこの芸能人=タレント集団は、
S:スポーツ・M:音楽・S:アート趣味・P:演劇に
とても秀でたテレビ男芸者達でありそれぞれに優れた才能がありました。
しかし、用間の手立てでしか無かった彼らの労働成果は、
見事彼らの収入であるとともに、大衆への夢売りを成し遂げました。
よって、彼らが女衒同族からのパワーハラスメントは、
SNSはすでに終焉し始めているエセ・ジャーナリズムTV放映とともに
強烈に非難し、TVと週刊誌での経済効果の分配の構図は成功させました。
しかし、敗戦直後から配置されてきた芸能による労働意欲の洗脳継続は、
やがて大きな崩壊を迎えることを明確化しました。
SMAPの正当性=真摯に彼らの役割を果たすことと
彼らの労働条件への抵抗は全て葬られたのです。
国会で彼らの話題が至極真面目に取り上げられましたが、
これによって、
僕たちが政権から放置されている事態を知る人々が居るのです。
SMAPが女衒と現代の羽織ゴロと化した破滅間近の民法TV局は、
SNSで武装されている現代社会構造には無知過ぎます。
現政権も、本来、議論を徹底すべきは、
違法公然としたスキーツアーバス事故を
せめてSMAP同等なる国会議論を放映すべきでした。
そのバス事故で、15名もの社会構成を成し遂げる能力を
国会議題からも外していたのです。
無知なるTVジャージャリズムには期待もしていませんが、
国会こそ、超党派での議論を積み上げる術としての用間を
再考すべきだったことを書き残します。


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