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Posts Tagged ‘宝物’


『1949年製ニュージーランドの大銀コイン3枚』


   


     1月 7th, 2018  Posted 12:00 AM




収集の最初はマッチ、牛乳瓶の蓋だったと思います。
そして切手、古銭などは今も実家(福井の倉庫)に残っているかもです。
収集癖は、ずーっと私の趣味でしたから今も断捨離ができません。
年末の忘年会で、突如、コインが出て来てマジックの基礎技が出ました。
アンドロイドロボット学者のI教授からでした。
そうしたら、思い起こしてしまいました。
私の宝物的趣味には、銀コインで最大の大きさ、しかも1949年製です。
これはニュージーランド製で見つけだしたのです。
銀コインゆえ、磨きに磨いて持っていました。
このコインが出来たときに私は生まれているのです。
1949年といえばもう69年前ですが、結構この年代のモノで最高は、
戦後直ぐに出来た腕時計もありますが、これは高価になっています。
このコインは20年ほど前に集めてあって、、
ともかく1949年の銀コインに拘っていたときもありました。
しかしおそらく最大の大きさのこのコインは3枚で十分と言い聞かせました。
実は「スピナー」が流行して自分なりに納得がついていたら、
なんだよ、I教授はスピナーからコインかい?ということで、
それなら自分には最高のコインがあるとばかりに持ち出し直したのです。
えっ?、これで何をやるかっていうとマジックの基礎ですが、
この銀コインが大きすぎるのです。
でもともかくしばらくはまたこの銀コインを持ち歩くでしょう。
それがどうした?って、
収集するのは「何を持っていないのだろうか」、
それを自己確認する大きな手法なのです。


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『キーワードは形態言語としてのデザインにある』


   


     9月 19th, 2017  Posted 12:00 AM



おそらく私の蔵書は宝物だと思いました。
恩師に大学人の間は持っていなさい、と、このことを守って、
3000冊に絞り、自宅地下には書庫があってまだあります。
しかし、そろそろ整理をしなければなりません。
そんな時にこの「キーワード辞典」がありました。
独立して若いときには読みに読んだ本です。
もう黄ばんでいますし、いくつもの付箋や書き込みもあります。
なんといっても、この本が書かれた理由は
今でも私の中には鮮やかに残っています。
そこで、今でも出版されているのかを探ってみたら
この二冊が見つかりました。(右2冊)
この本で私が明確になったというのは、時代のキーワードは、
実際はデザイン形態= 形態言語が最大のキーワードなのです。
学術的には、論文には文体形式にキーワードを五つ選びます。
それが論文のインパクト係数になって、これが論文引用や、
新規キーワード扱いになっています。
しかし、これは時代を動かすほどインパクトなどありません。
もっと明言すれば、論文で時代が支えられることは学術の偏見なのです。
理由は論文に「美しさ」があるのはほとんど発見不可能なのです。
むしろ、芸術作品は現代から未来を指しだしています。
私は最近やっと、「機能美=デザイン」、この背景である機械主義、
この大間違いに気づきましたが、これが理解されるのは若冲のごとく100年後。
ひょっとすれば、100年後に地球があるかどうかもわかりません。
私は「機能美=デザイン」が崩れたと認識しています。
「デザイン=機能美」でもありえず、
私は機械主義を捨て去り機器主義の時代に入っているわけです。
だから、器能主義と機能主義が情報時代にはこの二つがあること。
機械主義は機と械ははっきりと機械は隠れている
武器生産の機械下意識主義=インダストリアリズムがあります。
インダストリアリズムは終焉していますから、
器能と機能が性能と効能を決定づけることになるのです。
「キーワード辞典」がなぜ、準備されたのかは、
第二次世界大戦後の世界づくりのキーワードを集めたのです。
私は「器能美」と「機能美」を性能と効能、
そして価値をデザインが創出するでしょう。


* 「資本主義から離脱してきたデザイン」
* 「数理造形から見えてきたAtom時代の終焉 ・02」
* 「機関車の魅力=鉄道の魅力に潜むデザイン論理」
* 「初音ミクが象徴している近未来はアンドロイドなんだ!」
* 『芸術工学からコンシリエンスデザインに』


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『腕時計というモノの機能性、その反射・代謝・照射ゆえ』


   


     4月 13th, 2015  Posted 12:00 AM



この時計は私の宝物であり、探し求めてやっと手にいれたモノ。
腕時計の最も肝心なことは、この時計は私の生命と一致していること。
つまり、私の生命が母の胎内に初めて存在し、発売時期までが、
しっかりとメーカーに記録が残っていることです。
パティックフィリップ社の有名機種「カラトラバ」1948から1949モノ。
いわゆるアンティーク品ですから、ベルトは使用を考えたこれも、
専門メーカーゆえ、リザード皮革の手仕上げにこだわっています。
まだ、戦後ゆえ、今ではありえないステンレス製にも関わらず、
極めて高額な腕時計です。このことはある人から教わりました。
今では、腕時計がデジタル仕様に大きく変換して、
いわゆる機能拡大になっていますが、機能性の真の意味知性を
失っていると言わざるをえません。機能性は、三つの分類があります。
まず、自然の模倣学習の反射、物理的な科学技術の代謝、
これが現代の機能性ですが、機能性は心的かつ神的照射があります。
それだけに、腕時計の真の機能性は、アンティーク要因を
必ず含んでいない限り、そのモノの性能と効能は宿りません。
腕時計は身体に密着させるには、生命との関係性が重大です。
ようやく、最近の有名ブランドもその記録性を考慮していますが、
私は10年近く探し求めていたようです。
私がこの世に生命を受けた当時は工業製品の素材は貧困でしたが、
そのためか、この当時に現代のスタイルが決定していたようです。
人間にとってモノの存在は、性能と効能を支える
機能性の反射、代謝、照射が、デザイン知性の要だということが、
デザイナーとしての私の職能経験からの知的美学性の結論です。
腕時計・万年筆・カメラ・オーディオ・自動車・自転車などは、
男なら知的美学性が最も求められている分野だと私は確信しています。


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『手稿は宝物である』


   


     12月 7th, 2014  Posted 12:00 AM



私は教員という役目として、学生たちには、友人をつくることを
ことさら薦めて主張してきました。
ただし、友人というのは、今は亡き人たちに友人をつくることです。
彼ら、彼女らは、書籍の中に生きていますから、
本を読んで一方的に必死に友情をもてるぐらいになることを薦めます。
まして、その友人達の手稿があればそれは最高の友情だと考えます。
私の宝物は本物ではありませんが、ダヴィンチとクレーの手稿、
この二つは最高の物であり、おそらく再版されない限り、
美術館での特別展以外は見ることができません。
ダヴィンチはデッサン手稿でとても大きいのですが、
パウル・クレーの「造形理論ノート」は、彼の講義準備ノートです。
手稿ゆえに言葉は独語で書かれていますが、
出版物(今はもう手に入らない)では、ノートと翻訳があり、
ノートにはいわゆる図形、形態の彼なりの原則解釈があります。
おそらく、パウル・クレーほど厳密に図形、その造形解釈、
その論理化を熟考し言葉に置き換えて残してくれた人物はいません。
したがって、よく質問をしてくる学生には、
パウル・クレーと友情を持つことを吹聴してきたものです。
その実、今でも私がすべてを理解しているわけではありませんが、
時に、この造形表現はなにかおかしいと直感すると、
その説明は、彼の造形思考ノートで正解を確認することができます。
たとえば、単純なこと、矢印図形一つでも、なぜ、その平面性や
力学的な特性は、彼の言葉、文章で理解可能になります。
日本ではほとんどバウハウスの教育論が無視されていますが、
文理学際化の源、その教育原理はバウハウスにあります。
「教育原理」という教員資格単位がありましたが、
私は4年間この授業を受けましたが、単位を取らずなので、
結局、中高の美術科教員資格は持てませんでした。
理由は明快です。パウル・クレーの言説論無き「教育原理」などは、
大間違いだと今も思っているからです。
造形理論ノートには、造形課題とその教育理由が書かれています。


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