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Posts Tagged ‘実装設計’


『開発コードネーム・Popeyeからの拡大』


   


     12月 16th, 2014  Posted 12:00 AM



Sweet-peaというコードネームが、マスコミに突然流布されると、
Popeyeというコードネームがきました。
これは元々、Popであることとそれを見つめるeyeという、
メディア・インテグレーションにはふさわしいと考えられていました。
そして、Popeyeがほぼポップアップメニューにも、
インターラクションで「これが入る!」というシンタックスがあり、
私は日本で騒がれているマルチメディアの軽薄さに失望しました。
そして、ポパイをもう一度整理するために、
随分とビデオを探し回り、数本見た経験があります。
そこからオリーブとブルータスのデザイン企画が広がり提案しました。
丁度、航空企業の整備マニュアルの話が舞い込むと、
今度はNikeからの接客と店頭販売ツールの実装設計までに至りました。
今ではこれがiPadになりましたが、当時はCD-ROM企画での
まさにメディア・インテグレーションでした。
ユナイテッド航空、ナイキはそれぞれの要求が異なっていましたが、
共用できる設計となり、日本では実装でまとまることが、
回路設計はレイアウト、筐体設計はコンフィグレーションでした。
この二つの技術設計のフィージビリティを私はまとめるべく、
実装をConfiguration Layoutという一語にまとめるプレゼをしました。
デザイン部門には気楽に入ることが許されていましたが、
なかなか、当時ASAHI=MacBookとの設計でぶつかっていました。
一応、この写真モデルまでの実装設計にまで辿り付いたので、
さらに雨天用から水中使用のブルータスの条件まとめも
スタートしましたが、さらに、生徒用(小中生相手)MacBook企画は
コードネームがJeepが、Newtonのキーボードを私が提示したために
この企画までが飛び込んできました。
ともかく、福井とクパチーノでこの開発がされていることは、
完全にマスコミ対策にはなっていたと思います。
デザイン契約では、Apple本社の弁護士からは、
当時、福井のデザインスタジオに指紋認証入室まで求められました。
そして、なんと言っても、プレゼでは当時、Director=動画を使い、
プレゼの後には、必ず聞かれていたことがありました。
この話はいづれ記録しておかなければと考えることでした。

Jeep「コンピュータを強く認識したときの人物と試作デザイン」
「キーボードデザインはここから始まった!」


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『「実装設計」=筐体デザイン+回路デザイン=問題解決』


   


     6月 24th, 2014  Posted 12:00 AM



デザインとデコレーションには大きな差異があると思っています。
その実例の一つを紹介しておきます。
実装設計。
これを私は海外ではConfigurationとLayoutだと言ってきました。
Layoutとは回路設計であり、筐体への部品配置をConfigurationだと
言い続けてきました。
それは日本語の「実装」という言葉の明快さであり、モノづくり、
つまり、日本には素晴らしい複合的な意味の記号性そのものです。
これは随分以前の商品であり、プロには的確な提案でした。
動画や音楽の編集機器ゆえに、筐体と回路をまさに実装によって、
回路性能性と筐体構造による存在性に機能性と効能性を、
デザイン、つまり問題解決を成し遂げた商品設計デザインです。
このアッセンブリーモデルは、私が自分の講義で使っていました。
製品本体の大きさは、CDジャケットサイズに回路基板と、
筐体への部品配置によって、機能性を決定づけることができます。
デザイナーにとって、技術表現はそのまま回路と筐体に表れ、
営業表現は、技術での性能と機能が、社会的な存在性=効能です。
したがって、技術も営業も納得を求めるのは、
実装設計よりも実装デザイン、性能・効能・機能の問題解決そのもの
私は実装デザインによって、技術と営業のバランス設定が重要です。
設計では、問題解決による本来のバランスを求めるのは困難ですから
ずばり、問題解決の実務として「実装デザイン」統合性が必要だと、
私はいつも技術と営業、このバランス配置を求めています。
日本人だから「実装」を、単なる構造と配置を統合化できるのです。
今、理解を求めてきた企業では、Configuration Layout、
この言葉が浸透を始めています。
やがて、「Zissou」と呼ばれることを目指しています。

『技術革新以前の問題解決=デザインがある!』
「コンピュータを強く認識したときの人物と試作デザイン」
「最近の実装設計に問題あり」
「SZ-1000・私のオーディオ最終作だから」
「知財権・意匠権改変の対象となった商品開発」


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「LSIに封じ込められている。だから、Don’t let me down!」


   


     5月 27th, 2013  Posted 12:00 AM



確実に「自分だけを信じ込む」こと。
正直、私の想像力、直感、断言する予知は、
世界が気づくまでには10年はかかるのだろうと思っていました。
フランツ・カフカに自分が魅せられたのは、
「職業」と社会、彼らの大きな教会観はそのまま、
私には産業・企業・デザイン界が社会観と同値でした。
2004年にこの作品を発表し、
2006年には金沢市に買い上げられましたが、正解だったことを、
現在はとても強く、あらためてやっと叫ぶことができます。
わが国は、いつまでもLSIが、
産業の「米」=日本の資源だという錯覚を捨てるべきです。
もし、現代文明の諸悪の根源を上げるとするなら、
アトムとビットの関係、その根底にある集積回路=LSIです。
もし、今後も日本の「米」にするには、
マイコン発想と設計には日本人が必務だったように、
再発想と再設計をし直すモノになってきたと思います。
フランツ・カフカの有名な「変身」の書き出し、
「朝、起きると私は虫だった」、というのがありますが、
むしろ、それよりは「流刑地にて」が参考になると思います。
この物語りに登場する「図案家」をデザイナーとすれば、
なぜか、自分に覆い被さる気がします。
人間は感情に支配されればされるほど、
陰の世界に閉じ込められます。
感情=陰という中国的な解釈は見事に当てはまるのですが、
感情の陽性化=Don’t let me down!でLSIに取り組み直すことです。
私は、これまでいつも10年先を突っ走っていると自覚し、
思い切り、時代と共時できずに落ち込みますが、
実装設計の現場に問題をデザインで提示しながら、
なんとしても、わが国こそ「革新をリード」できる国だと、
思い続けてきました。
電子回路が複雑、つまり、私たちの電子への要望が強まれば、
そのままに、LSIは発熱します。
10年前の予測、自分の未来感への予知は的中していたようです。
これを解決出来る胆識が、
今の日本には、残念ながら非在だと言わざるをえません。


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「最近の実装設計に問題あり」


   


     1月 19th, 2013  Posted 12:00 AM



ここ数年、回路設計と機構設計に関与しながら、
私は日本の工学設計での大きな失望感を禁じ得ません。
回路と機構を私は「実装」と呼んでいると同時に、
日本の工学技術から生まれた素晴らしい表現だと
日本人として誇ってきました。
かつてApple本社で仕事をしていたときも、
ConfigurationチームとLayoutチーム毎のミーティングを
同時にする提案をして、
それをConfiguration Layoutと名付けました。
ところが、
最近ではこの「実装設計力」が相当に低下していると判断しています。
理由は三つあります。
まず、

・本社設計機能を下請けに発注すること。
・パソコン設計に委ねていて、3Dソフトに頼っているために、
    その大きさや重量配分などの実体験が欠落していること。
・自分でハンダ付けやメカ製作を「手」でやる経験を
    教育システム自体徹底させていない風潮が蔓延していること。

これは、
わが国の「モノづくり」力を具体的に失ってきているということで、
私は大変に危険な傾向だと指摘しておきます。
図面で、29.351なんて寸法表示を見ると、
それこそ、気分まで悪くなります。
30.0かもしくは、29.0なら、
なんとしても25.0にすべき設計でなければなりません。
そして、
企業の設計部隊の中間管理職=課長や部長も見逃していることです。
これでは、
デザインによる外観=スタイリングは甚だ最適なデザインは不可能です。
私はオーディオからスタートしているので、
実装がそのまま音質にも多大な影響がある、
そのことを熟知しています。
だからこそ、今、わが国の工学設計においては、
実物部品、回路設計を手づくりすることを
教育カリキュラムに入れることを再検討すべきでしょう。
私は、常に回路図や機構図にも手を入れます。
そして、そのテクニックを若いスタッフや学生にも、
しつこく語り継ぐことに徹しています。
回路図には必ずセンターラインがあり、
電子部品の配置では重量バランスなどを、
徹底的に身体で覚え込むテクニックが必要です。
若いエンジニアには、engineeringの意味は、
「合理性で無駄を排除すること」これが定義であることを、
しつこく語っています。


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「最小リモコン=徹底的な黄金比の適用と実装設計」


   


     2月 6th, 2012  Posted 12:00 AM


液晶TVやその周辺機器のリモコン=リモートコマンダーは、
複雑怪奇なモノが氾濫しています。
私は、リモコンは画面上に
オン・スクリーン表示のインターフェイスがあれば、
四つのボタンSWで操作可能だと考えています。
EIZOブランドで国内初のHD(High Definition)モニター、
PCと地デジTV・FORIS.HD用のリモコンです。
マウス機能と背面には音量・チャンネルセレクト、
その他最小限機能ボタンだけのリモコン。
正円マウスは成功しないというタブーに臨みました。
発売直後は商品批評でメチャメチャに叩かれました。
それはマウスだということと実機使用無しの批評でした。
無論、視覚情報で全てのデザイン機能性が伝わることが大前提ですが、
これはリモコンの特殊解でした。
特殊解商品が売れるためには、確かな広報広告が必要です。
この造形デザインにおいては、
黄金比・黄金分割の教科書になるほどの寸法決定をしています。
造形設計で最初に意図したわけでなく、
感覚的な設計をつきつめて実装設計との合理的な合致性を求めれば、
当然の結果となる筐体デザインの造形が決定されていくのです。
したがって、プラスチック成型においても、
実装性=回路基板や電池収納などには
徹底したオリジナリティを仕組む結果になりました。
現在、国内の液晶TVメーカーの衰退は著しく、
国際的競争力低下ゆえの減益報道がありますが、
基本は、徹底した「設計思想とその実務としての具現化」に
オリジナリティが欠落しているのです。
私自身、TV大好き人間ですから、
自宅の視聴覚システムは徹底的に最高を求めています。
その限りにおいては、リモコンに象徴されるがごとく、
国内外のメーカー、すべての商品には大不満です。
造形デザインは必ず徹底したサイズ決定と実装設計が必然だと考えます。


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『資本主義からの逃走』
 *「歌を忘れたカナリヤだったのかもしれません」*


   


     12月 17th, 2009  Posted 10:00 AM

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デザイン界と建築界は、
歌を忘れたカナリヤだったと、つくづく思います。

● まず今年のデザイン界で、
「やられたなー!」と思う作品=製品は、
ほとんど、まったく見つけることができませんでした。
展覧会も、あいかわらずの「形式」で「ごっこ」です。

● 建築界は、世界コンペで勝つことができません。
コンペで勝てる建築家は限られてしまっています。

デザインは未だに「かたち造形」でしかありません。
「かっこいいかな的」なモノは「玩物志向」です。
だから、ケータイも、家電も、情報機器も、
アジアからはあまり警戒も、尊敬もされません。

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●「歌を忘れた」というのは、
「実装設計と素材設計」にデザイナーの主導力無しです。
実装もこだわりました、なんて言うのですが、
みすぼらしくてとても評価できません。

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建築は、コンペに勝てないから、
日本の建設業が関われない、ということになります。
設備設計も敗北し日本製品でその建築は装備できません。

091217toshi

結局、「都市計画」が「環境デザイン」という
とても救いがたい名称に変更したことが大失敗なんです。
かくいう私は、といわれそうですが、
今年は間に合いませんでした。

来春・来夏・来秋に、「成果」=「歌」が唱えるでしょう。
実装設計・素材設計・都市設計に来年は、
日本だから、やっぱり「出来てしまう」ことを
証明しないと、この不況からは脱出できません。
精進と修練の成果をめざしましょう!


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