kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘強さ’


8月9日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 9th, 2019  Posted 12:00 AM

8月9日 先負(戊寅)

「つくられていない」ランプである、
ということの強さをあらためて見つめて
みなければならない。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』8脱構築という命題


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『武器も兵器も、戦争ではなくて「スポーツ」である』


   


     8月 3rd, 2019  Posted 12:00 AM



戦争という言葉だけで、特に日本人は大嫌いです。
様々な技術開発が戦争の武器や兵器となることは当然危惧しています。
同時に、デザイナーとして武器や兵器には
造形と技術の知識に、ダ・ヴインチの如く関心を持って見ています。
知識と発想がなければ開発することも、正しく有効利用することも、
問題解決することも、平和的利用にもつなげられません。
「戦い」はそれこそ戦争ではない勝敗で、
新しいスポーツ化されないものかと考えています。
サッカーの起源が、戦争で勝った敵国の将軍の首を蹴って
祝ったことからとされていますが、
今はその競技には行き過ぎた行動を伴うほどに
血が騒ぎ熱狂を持って楽しむスポーツです。
そしてスポーツ選手は、英雄になり多くの人達に、
感動や勇気を与えています。武術や武道も戦闘法から、
その型の美しさや技の強さを競う勝敗をつける戦いとなり
身体と精神とも自分との闘いにより磨かれ、
その道を学び、極めていきます。
空手などの美しい動きの型はロボットの動きにも転用されています。
例えば、伝統工芸としての打刃物、刀剣も、
武器から神格化までその時代で役割や技術その継承が重ねられています。
日常の道具としての刃物も武器になる、人を傷つける可能性をもつ以上、
それを産み出すモノづくりには、
「生」をかけて、取り組まなければなりません。
結構な刃渡りの刃物をどこにでも持ち運んで使いましょうという
軽快なコンセプトでスタイリッシュなデザインされた刃物ケースは、
素材も相応しくなかったけれど、県か市のデザイン賞が与えられており、
銃刀法も知らずに「馬鹿が選んでいる」と想像がつきました。
話は展開してしまいましたが、
さて、コレはまた進化している「ズムウォルト級ミサイル駆逐艦」です。
「そして私は、戦争ではないスポーツとして、
その駆逐艦を考えていた男がいた」と言われたいです。


駆逐艦


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「機関車の魅力=鉄道の魅力に潜むデザイン論理」


   


     6月 25th, 2012  Posted 12:00 AM



大阪駅に帰って来ると、
C57155の車輪が迎えてくれます。
子供の頃から、蒸気機関車が大好きでした。
「デゴイチ」か「デコイチ」かの区分にも私見があります。
そしてなんといっても北海道で、
蒸気機関車が全面ストップ寸前、まだ東芝マンでした。
それゆえに「蒸気機関車・SL録音出張」までしました。
しかもその録音はLPレコードとして商品化できました。
3重連で走りそこに雷鳴が、という素晴らしい音録りをしました。
鉄道は、子供たち、特に男の子にとっては魅力があります。
そこで、次のような課題を考えることができます。

■1.「新幹線はとても速い」だから「子供達に人気がある」
■2.「新幹線はとても速い」だから「目的地に速く着く」
■3.「蒸気機関車はかっこいい」だから「未だに人気がある」

この三つのテーマの中で、いわゆる数理的論理性は2だけです。
ところが、デザイン的な論理は、1と3です。
それには、二つの重大なキーワードがあると考えます。
まず、新幹線は流体力学的にも
造形デザインでスピード感がある形態=形態言語があります。
この造形言語による形態言語が、子供たちを虜にするのです。
また、蒸気機関車の造形言語には、力強さがあります。
この力強いという形態言語にさらには郷愁感が加わります。
したがってこの郷愁感には、
ノスタルジーやアンティック感は人間の感性を静謐に刺激します。
私は、現代デザイン・未来デザインとしての鉄道には、
速度性がある造形言語が創出されるべきだと思っていますが、
もう一方では、蒸気機関車のZゲージでは、
ドイツでの蒸気機関車のある種類に拘っています。
それは、速度感が編年的にアンティック感へ移行する感覚、
その魅力を見極めたいと思っているからです。
稲妻と雷鳴の中で、三重連で走るD51の姿=形態言語は、
今も私の脳裏には明確に思い出すことができます。
造形言語と形態言語の関係、
この構造主義性はこれからのデザイン論理として研究が必至です。


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「生涯最も使うアルファベット『K』」


   


     6月 4th, 2012  Posted 12:00 AM



日本人は漢字とひらがな・カタカナを使います。
さらにアルファベットも漢字同様、アルファベットを使用。
その中で最も使うのは名字でしょう。
私はふるさと福井の「F」とデザイン「D」も、
本当によく使ってきました。
最近あらためてアルファベット「K」を見つめ直しています。
これまでもアルファベットも、企業ロゴタイプや商品名でも、
様々に使ってきましたが、アルファベット「K」について、
まとめておこうと考えます。
アルファベットは、常識として、発音記号的であり、
表音文字という理解がしみ通っていますが、
本来は、ヒエログラフやシナイ文字。
さらにはヘブライ語、ギリシア文字の原意から、
その「かたち」は由来していますから、表意文字どころか、
象形文字が源流と言っていいでしょう。
アルファベット「K」は、11番目の文字であり、
発音記号的には8番目の子音文字であることは確かです。
発音としては無声軟口蓋破裂音として存在しています。
しかし、象形文字として、
このKという形態には、手の平=掌(kaph)から、
「杯」・「溜め池」という具合に手の平を意味しています。
だから手術=chirurgieや手相占い=chiromancieなど、
ギリシア文字「手」=chiroの系譜がありますが、
もっと遡及すれば、Kはシュメール語「山」=Kur から、
仏語(角・堅さのイメージ)・ラテン語(革)まで拡大。
しかし、ヒエログラフ的には、砂丘や籠を象形し、
結果、「大地・力・強さ」という意味にまで集約されています。
漢字も、象形文字からはまさしく表意文字が生まれていますし、
表意文字に意味の転化や拡大はいっぱいあります。
しかし、アルファベット「K」は、
意味の拡張よりむしろ集約されているように私は感じます。
「手」ゆえの強さや力が、
それは大地まで意味が拡大したのでしょう。
具体的に例示するなら「rock」に統合されているのが、
アルファベット「K」だと思っています。
私が正式なアルファベット書体として、
それは、「キャスロン体」と「フーツラ体」を
美大のレタリング実習として相当に学びました。
Kazuo Kawasakiという私の名前、
その先頭アルファベット「K」を生涯使っていくのでしょう。
だから、美しい形態を求めています。


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