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Posts Tagged ‘当然’


9月25日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 25th, 2020  Posted 12:00 AM

9月25日 仏滅(辛未)

『技術としてのデザイン』

そうして
テクニックとしての技術には、
手技の復権、
伝統の次世代継承教育は
当然でなければならないだろう。

artificial heart:川崎和男展


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7月1日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 1st, 2020  Posted 12:00 AM

7月1日 先負(乙巳)

『関数としてのデザイン』

情報革命の進行する現代、
インダストリアルデザインは、
これまでの手法からの
脱出は当然である。

artificial heart:川崎和男展


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3月20日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 20th, 2020  Posted 12:00 AM

3月20日 先負(壬戌)

デザイナーにとって、
デザインの歴史、その歴史を建築してきた
造形家たちへの畏敬は、
当然の心構えでなければならない。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』15 遺伝子操作としてのオマージュ


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5月14日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 14th, 2019  Posted 12:00 AM

5月14日 先勝(辛亥)

構造とは本来は、
多種な素材あるいは一種の素材でも、
寄せ集めてプラス化させる。
とすれば、
集中した造形に至ることは
当然である。
が、
この構造を消滅させることに、
アクリルを使用した。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』5アクリルの生涯連鎖


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『ユニバーサルデザインからヒューマン・センタードデザインへ』


   


     2月 10th, 2019  Posted 12:00 AM

「ユニバーサルデザイン」の知らせが
米国の友人たちから、私にきたのは1995年でした。
しかし、それより以前、1986年名古屋で開催された
世界デザイン博覧会でマイケル・カリルが
「ユニバーサルデザイン」を最初に語りました。
私は主体として、ユニバーサルデザインの教育を
最初に政府に提案をしました。
名古屋では市民講座や市の職員へのワークショップを行っていました。
その後、ユニバーサルデザインは
商業主義的な流れを受けてメチャクチャになっていったのです。
丁度その頃、2000年に建築誌『SD』が終巻号をむかえ
「ヒューマン・センタードデザイン」に大きく変わる時でした。
人間中心主義で、
それこそ、今ではインターラクションデザインという
ITでの「人間中心主義での関係性」が求められました。
一昨年私は学術×××××でキャリアと論戦を張り、一方的に負けました。
今では、デザインでは、至極当然の考えとして
もはや違う段階へと進んでいるユニバーサルデザインを
いまだ研究課題とする全国の家政学部に、
私は呆れかえり、その研究課題への研究費を反故にしました。
すでにそれら研究課題への応答、回答、解答はデザインの分野で
提示、具現化されていましたから。
まだまだ、ユニバーサルデザインを主軸として
語るデザイン界や、デザイン教育は多いのです。
次の次元に向かうヒューマン・センタードデザインでこそ、
デザインでの本質があります。

* 公自単情安省空


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11月08日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 8th, 2018  Posted 12:00 AM

11月08日 仏滅(甲辰)

どこかで技術とデザインへの
不安感から癒されたいと
思う若者の感性が
「かわいい!モノ」に
飢えていくことは当然である。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』1 クピトが放とうとした矢


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06月20日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 20th, 2018  Posted 12:00 AM

06月20日 大安(癸未)

夢を実現するという権利を望む以上、
相手に対して「誠実さ」という義務で
応えていくのは当然のことだ。

それを怠ったならば、
未来永劫、絶対に権利は手に入らない。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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12月04日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 4th, 2017  Posted 12:00 AM

12月04日 友引(乙丑)

どこかで技術とデザインへの
不安感から癒されたいと
思う若者の感性が
「かわいい!モノ」に
飢えていくことは当然である。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』1 クピトが放とうとした矢


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『障がい者雇用における差別解消の管轄理財』


   


     11月 29th, 2017  Posted 1:30 AM

本を読むと頭が痛くなる、という人は不幸だと思います。
幸運にも私の家には、
角川の日本文学全集と平凡社の世界文学全集があり、
この本を読むと祖父から10円貰っていたと思います。
そして、最も毎月号の「ジュリスト」が壁一面にありました。
恐る恐る読むことは出来ず、その毎月号を定規で傍線を引いて、
勉強していると思ったのは、父がこの月刊誌を読んでいる後姿でした。
この本は最新の「判例」が掲載されている弁護士や検事・判事向けでした。
父はこの本でノンキャリアから警視正となり、刑事部長で退任しました。
久しぶりに、そうだ、「障がい者雇用の現在」を知る必要があり、
格段の「障がい者雇用における、差別解消事例」を知りました。
パワーハラスメントは、「疑わしきは罰する」が現在です。
ところが、障がい者雇用における差別解消の判例は、
「障がい者職業生活相談者」は、資格認定が徹底しており、
「合理的配慮指針」が見事に法令化されていることでした。
それは障がい者に対して不当な差別的取り扱いも詳細に決定、
荷重な負担無いにも関わらず、
「合理的な配慮を提供」しなかった場合、
差別解消は「当然」とされているのです。
これには、それこそ一般的な「管理」が二つあることの再認識化です。
「管理」には二つあります。
「監督理由」と「管轄理財」ですが、日本のほとんどが、
「監督理由」という、上から目線のいわゆる言い分け押しつけです。
これは、監督=Director 理由=Reasonであり、
もう一方は、管轄=Sharing 理財=Managementです。
すでに管轄理財は、雇用環境の差別無き組織だてなのです。
しかし、わが国は今なお、
上から目線で管督も監督とする考え方が蔓延していることです。
「管轄理財」なら、雇用における差別無き合理的な適用の配慮が、
とても行き届くということです。
デザインにおける制度設計には、
管轄理財の合理的配慮の提供が簡単だと言うことです。
デザイン=問題解決は、形態設計と制度設計だということです。
多分、この文章を読んで頭が痛くなる人には
合理的配慮は不可能な不運さが、あって、
それは罰せられるという事態になるでしょう。

* 『皆既日食と太陽フレアが風景の予測シグナルかも』
* 『曼荼羅とDNAホログラムの位牌・もう一つの仏壇』
* 『負のサイクルを即刻停止させるデザイン』
* 『手話通訳という職能はボランティアでは無い』
* 『硯箱を整理しながら・・・』


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07月26日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 26th, 2017  Posted 12:00 AM

07月26日 先負(甲寅)

発想の時の手元は
紙と筆記具、
だから、
紙にこだわり、
筆記具にこだわるのは
当然だ。

川崎和男の発想表現手法


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