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Posts Tagged ‘必需品’


『「森永キャラメル」が多分生涯の必需品なのだろう』


   


     1月 27th, 2017  Posted 12:00 AM



私は母の教えからでしょうか、全く間食をしません。
また、人間の食感というのは14~15歳で決定しているという説があります。
したがって、食への食感は天性と後天的には環境で決まっているのです。
だから、いわゆる「舌が肥えている」というのは、
本当は先天性と環境だと思います。
そういうわけでしょうか、私にとって、
現代では様々な飴やキャラメルがありますが、根本的には
森永のキャラメルとチュッパチャプス以外はほとんで興味無しです。
だから今でも森永のキャラメルは欠かすことのできない私の必需品です。
美大時代に冬山で食べ物がすっかり無くなったときには、
私が持っていたキャラメルをみんなで回して舐めていたものです。
それこそ、「お前、4回も舐めたろう」なんて笑いあいながら、
ひょっとすれば、
遭難するかも知れないと思った気持ちを全員が誤魔化していました。
幸いに救助されましたが、入山届けをしていなくて、
とても叱られて歩かされて下山した思い出があります。
入山届けを出すことは、「弱虫」とかで粋がっていたのでしょう。
小学校の帰り道に森永キャラメル、その営業所があった記憶があります。
何故、覚えているかというと、
森永の懸賞募集ではたびたび当選していたのです。
絵のコンテストや塗り絵などではバトミントンのセットまで貰ったのです。
ところが、途中で森永のシンボルであるエンゼルマークが変わりました。
ところが、このキャラメルだけは今なお商標登録そのままであり、
パッケージも変わりません。無念ながらパッケージは悉く変わっています。
それゆえに、今でも時々でもなく、このキャラメルは必需品です。
でも、最近、「大粒」というタイプが出てきていますが、
味も大味過ぎると思いつつも、買ってしまうのです。
おそらく、このキャラメルは私の生涯とともにあるのでしょう。


* 「パリで見っけた『ChupaChups』のminiがあった」
* 「やっぱり、チュッパチャプスにもどる」
* 『ジッポーのあかりをデジタルアッサンブラージュ』
* 「金平糖なればこその品格に・・・」
* 「マルチツールナイフをワインスクリューから検分」


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『ジッポーのあかりをデジタルアッサンブラージュ』


   


     10月 10th, 2015  Posted 12:00 AM



デザイナーとしてとても惜しいモノコト=物事デザインは
喫煙具関係です。
人間が喫煙習慣を積み重ねてきた歴史は、
工芸品ともいえる数々のモノを生み出して趣味性が蓄積してきた
美しいモノが一杯ありました。
心臓を痛めてからすぐに禁煙しましたが、60代になったら
もう構わないだろう。
むしろ、喫煙具の美しさは自分の周辺に置いて置くべきだとさえ、
考えて、ワイフには時々叱られますが、
喫煙具の美しさは丹念にもう一度覚えておきたいからと、
収集してしまいます。
特にライターの名品は「ジッポー」です。
確か1930年代に創られたオイルライターは発明者の名前も知りませんが、
ジッポーライターの構成要素の簡潔さは、デザインの基本の基本です。
まず、インサイドユニットとボトムケース、リッドとヒンジ、
ジッポーはその装飾性では、様々なシリーズが出来上がってしまいます。
インサイドユニットには、綿球=オイルボール、と摩擦による発火石は、
確かにアウトドアから軍事品としても、
面白い逸話を一杯生み出してきました。
綿球から芯=ウィックにフリントとフリントホールが摩擦で
「発火」します。
それは、少なからず「文明」を発火させたといえるでしょう。
だから、このブログでもどうしても書いて置きたいテーマです。
文明としての火は、食物を焼いて飢えをしのぎ、
火の暖かさゆえに寒さから身体を守ってくれたわけです。
ジッポーとナイフは人間の必需品であることは間違いありません。
私は綿球だけを買い求めてもう一度詰め込み直しをします。
これで、オイルの長持ちを決めることができるのです。
映画で登場するジッポーの、リッドとヒンジの音はとても心地よいのです。
だから、そのジッポーの音は確かめざるを得ません。
芯材=ウィックはその長さで炎の大きさを調整できます。
それこそ真っ暗闇でジッポーの光は、
西洋が生み出した「あかり」なのです。
もはや私はデジタルサイネージどころではないということを
自宅玄関で実験し、
これを「デジタルアッサンブラージュ」と名付けました。
それは映像とLED、ともにデジタルな技術で「あかり」を制御するのです。
それには、日本的なあかり=蝋燭と、
西洋的なあかり=ジッポーをコントロールする必要があります。
このハードとソフトの開発を発表していくつもりです。


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『私の必需品呼び鈴がありますー今喧騒の大阪です』


   


     5月 20th, 2015  Posted 12:00 AM



私はベッド上で過ごす時間がとても長いと思います。
呼び鈴は二つあります。
これは私がワイフを呼ぶためのモノであり必需品だと思っています。
国民投票があり、大阪は市長が敗北しました。
ローカル政治には、どちらが正しくどちらが誤りということが、
改めて確認された大事件だったと思っています。
そして今日も、賛成派は反対派にほとんど罵られ、
反対派は賛成派に、シルバー民主主義こそ「年の功」だと喧騒です。
私たち夫婦は事の成り行きを見定めて、事前投票をすませました。
明らかに、一人のローカル政治家はトリックスターとして、
自分で自分の政治家未来を封印してしまったのです。
賛成派の純粋な二重行政反対や、反対派のトリックスター批判、
この背後には、最も隠避された仕掛けがあったことは事実です。
大阪市の都構想の是非が、投票という民主主義そのものを
私は信じきることができません。
したたかな隠避された土木事業既得権を私はいづれ明白にします。
都構想など、現代の地方行政には無理当然であることです。
賛成であれ、反対であれ、投票行為そのもののウロボロス性は、
いずれも今頃遅れて取り囲んできたポストモダンの、
大きな物語と小さな物語で喝破されていることは明白です。
あたかも民主主義こそ最高の論理で、
賛成と反対が弄ばれていただけでしかありません。
私はこの呼び鈴を鳴らすことで、
自分の立ち位置を見つめ直すだけでした。
そして、明らかに、この論理で弄ばれていた大阪人、
それは私たちも、私たちなりの投票しなければならなかった、
この現代を生きなければならない、寿命への過程でした。
それこそ、小さな物語にひとまず自己を置いてみて、
もっと賢明だからこそ、懸命に寿命ある寿ぎの時まで、
この大阪の地に生きようと思うわけでした。
呼び鈴はとても乾いた音がしています。


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『あれから20年・・・阪神淡路大震災のこと』


   


     1月 19th, 2015  Posted 12:00 AM


関西では阪神大震災のことがより詳細なTV報道が増えています。
あらためて当時のことを思い出せば、この20年間、
そしてMarch 11.2011東日本大震災での反省とは大きく異なります。
あの日、私は福井におりました。大きな揺れを感じてTVを観て、
唖然となるほどの大惨事で映画の場面かと思いました。
神戸の友人には当然電話がつながりませんでしたが、
メールで彼の周囲のことを知り、私もすぐにAppe社にメール。
直ぐに支援金とPC100台を福井宛に送付してもらいました。
多額な支援金でした。そのときに対応していただいた方々がいます。
父はすでに福井県警を退職していましたが、福井県警は最初に、
神戸に入ったのです。福井震災の体験があったからでした。
が後に最初は新潟県警という誤りがありました。
そうして、キヤノン販売も被災地ショールームにあるコピー機を全て、
避難所に具えることがOKされました。
当時はMacに精通した連中がかろうじて情報の整備をしたのです。
私が最も気がかりだったのは身障者の人たちがどうしているかであり
デザインが間に合わなかったモノ、それはラジオだったのですが、
これもクライアントが無かったことで実現していませんでした。
この震災から、私のこころの中で、危機状況へのデザインでの対策は
大きなデザインテーマになってきています。
当時も、大きなデマが流れていました。それは火災爆発の危険性流布。
あれから、情報化手段は確実に大変化してきています。
なんといってもスマートフォンの普及であり、この情報ネットワークは
以後、3.11・東日本大震災でさらに強化されたと思います。
ところが、スマートフォンの発売は格段に増加しましたが、
こうしたネットワークも無いスマートフォン販売企業は不要です。
明日にでも日本列島は大震災の予測があります。
それだけに、まずはスマートフォンには呼び笛とミニ印鑑が必需品であり、
震災時のトレーニングは毎月必要だと言っていいでしょう。
これはリスク対応ではなく、クライシス対応だと付け加えておきます。


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「現在使用のバッテリーパック・・・携帯電力を再考」


   


     6月 22nd, 2013  Posted 12:00 AM



3.11以来の国難によって、日本人はエネルギーを知りました。
しかし、私は電力=エネルギーは間違いだと言ってきました。
エネルギーは、「水・食糧・電力」と定義しています。
また職能として「急速充電バッテリーの開発」に関わっています。
したがって、バッテリーパックは私の日常や出張時の必需品。
だから、いつでも最新の容量性能の進化を追いかけ、
携行時のデザイン機能のモノを選び抜いています。
急速充電バッテリーは、3年前に価格は20分の一になりました。
これは日本だから可能にしたMade in Japanの技術進化です。
日本のこの技術力を私は確信していましたが、
専門家としても相当に日本の技術の信頼感は正直揺らいでいます。
それには大きな理由があります。
つまり、このバッテリー領域は日本技術であるべきですが、
開発するべき企業力に大きな不信と不安が芽生えています。
結論を言ってしまえば、マスコミ報道への信頼を離れるべきです。
それは「再生エネルギー」への期待感などは無謀だと断言します。
2030年の米国政府のレポートでも、
再生エネルギー(太陽発電や風力発電など)が成功しても、
全エネルギー=電源の5%程度だということです。
私は、金属素材のイオン化傾向で、
バッテリー素材を再考すべきでしょうと主張します。
簡単に言えば、イオン化傾向の隔絶性と、
その二つの金属間にあるべき媒介物が問題だと思っています。
さらに、発電形式の再熟考不足を見ているのです。
たとえば、ソーラーバッテリーの蓄電地が、
リチウムバッテリーだという程度では、何も解決していません。
ところが、マスコミが仕掛ける風潮操作は間違いだらけです。
その実例をあげれば、キリが無いほど出てきます。
だからこそ自分用の携帯バッテリーは最新のモノにしています。
残念ながら、この島国は地震列島ですから、
少なくとも、ケータイとパソコンのバッテリーは、
最低、3日間の連続使用を考えておくべきでしょう。
私が提唱する「危機管理デザイン工学」でも、
携帯用のバッテリー開発デザインは最大のテーマです。


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「やはり、持ち物はブルーが基本」


   


     4月 18th, 2013  Posted 12:00 AM



身の回りをじっくりと見渡して見ました。
そして、とりあえず、最近使っているモノを並べて、
写真を撮って見ました。
やっぱり、ほとんどというか全てがブルーの色のモノばかりでした。
基本は時計と筆記具、そしてネームカードと名刺入れです。
筆記具は、
ワイフから誕生祝いに私が最も評価しているビスコンティのモノでした。
これを選ぶとは、私のコレクションで覚えたのでしょう。
とても欲しかったモノであり、国内入手は難しいと思っていました。
それで、
その万年筆に合っているモノはクロスで見つけたボールペンでした。
ボールペンはデザインのスケッチでは必需品です。
したがって、鞄もブルーのモノを選んでいます。
コレも最近なかなかのデザインです。
さて、ブルーという色は、
海と空の色に別れています。
もっと詳細に言えば、水と水以外の自然の色です。
一般的に「ブルー」と言われる元来の自然からの色彩論は、
すべてをリタイアしたら、書き残そうというのが私の夢のプランです。
時計は、おそらく全てが高級品だと思います。
自分でも「時計のデザイン」をして商品化もしていますが、
かつて、名古屋のマンションで仕事が終わると、
記念に収集をかねて持っていたすべての時計が奪われました。
正直、2年ほど立ち直れないほど落ち込みました。
しかも、その時盗まれた時計は全てがブランド品でした。
いわゆる「デザイナーモノ」は全く泥棒には無価値でした。
そのとき、デザイナーモノの一般的な価値感不足を見せつけられました。
それから、特に「スイス製」は徹底的に工房や職人技を知った気がします。
したがって、時計に関してはどれほど高級ブランドであっても、
市場価値の流れが分かるようになりました。自信を持って本が書けます。
私は、モノに拘らないというデザイナーが制作しているモノは、
きっと残らないモノと判断しています。
それは、私がデザイナーで出発したときに、
上司から、「高級品をしばらく勉強」と言われて、
銀座のある高級品ブランド店で学んだことがあります。
これは私の逸話にもなるので、また、書き残したいと思っています。
ともかく、大学を退官してからどういうわけか、
毎日、論文作成が大きな一つの仕事になっています。
と同時に、
これまで会員となっていた幾つかの学会を退会もしています。
ブルーを身につけることで、
あらためて「大学人の自分」と向き合っている気がしています。


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「金平糖なればこその品格に・・・」


   


     9月 21st, 2012  Posted 12:00 AM



日本のお菓子で私はもっとも品格がある存在、
それは「金平糖」だと思っています。
これは、カステラともどもポルトガルから入ってきたお菓子です。
当時、この「甘さ」を知った日本人は相当にビックリしたと想像します。
私にとっても、飴やキャンディどころではなく、
大きさといい、甘さといい、これほど品ある物はありません。
この金平糖を見る度に思い起こすのは、織田信長と寺田寅彦です。
なんといっても、織田信長系の物語りで金平糖の記述が無かったら
信用しないことにしています。
私が最も尊敬と敬愛する橋本左内も大好きだったと伝えられています。
この物語りが私の嗜好性を決定しているのでしょう。
特に織田信長は、
きっとガラス容器に収めていたに違いないとさえ思っているほどです。
「鳴かぬなら殺してしまえ、時鳥」が、私の性格そのものです。
しかし、秀吉や家康の、鳴かせてみせようとか鳴くまで待とうは、
したたかでねちっこくていやらしいとさえ私は思っています。
このところ、竹島と韓国、尖閣諸島と中国、
この領土問題が大事件の様相になってきました。
いづれ私なりの意見も明確にまとめておきたいと思っています。
だから、最近は、次の中国の代表「習近平」とは、
ちょっと語呂が似ているから金平糖を身近に感じているのですが、
これはほとんど親父ギャグでしかありません・・・。
さて、私自身はほとんど間食をしません。
一人っ子ゆえに、間食は禁じられていましたから
そんなふうに育ってしまったのでしょう。
金平糖は京都へ行けば必ず買い求め、
チュッパチャップスとチョコレートだけは常備お菓子です。
ともかく、ワイフには私の仏前には
必ず金平糖は必需品だと言い残しています。


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「マルチツールナイフをワインスクリューから検分」


   


     8月 10th, 2012  Posted 12:00 AM



ナイフはそれだけで絶対的な道具です。
このことはいつも書いてきました。
「ナイフがあれば次の道具が作れるから」です。
宇宙飛行士にとっても装備品になっています。
現在、日本の災害頻発からも必需品であることは間違いありません。
そして、「マルチツールナイフ」は、
ツールがどれだけあれば知恵を支えられるかを具体化しています。
だから、日常的にも必ず携帯しておくべきモノです。
しかし、問題は、飛行機に携帯して乗ることはできません。
これこそ、ナイフというモノを世界的な制度から切断してしまった、
まさに、現代文明のジレンマなのかもしれません。
私は、マルチツールナイフで、
決定的に確認する幾つかのポイントがあると思いますが、
スクリューナイフ部位だと思っています。
基本的にはほとんどワインオープナーとして、
使い勝手が良いモノは限られています。
ワインオープナー機能性としては不十分なモノが多いと思っています。
なんといっても、このスクリューに対して、
ソムリエナイフ機能が不可欠ですが、
そこまで完備されているモノは限られています。
最近ではマルチツールナイフには、
USBまでもツールとして組み込まれています。
私はそろそろ、
マルチツールナイフそのものの造形言語が変わるべきだと思っています。
それは、ワインオープナーに十分なソムリエナイフまで、
そのマルチ性を確かめて見れば、一目瞭然だということです。


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「『危機管理デザイン賞』創設のねらい」


   


     8月 1st, 2012  Posted 12:00 AM



建築家が最も忌まわしき存在としているモノ、
その一つが「消火器」です。
しかし、これは公共的な場・建築には
必ず「見える場所」に配置されていなければなりません。
壁をくり抜いてオシャレな収納をやり過ぎると、
消防署から注意が入りやり直しとなります。
「消火器」は絶対必需品ですが、
徹底したデザインでの優れたモノはほとんど見かけません。
また、見慣れない消火器だったら、
いざ、という時に使えないかもしれません。
また「消火器販売を装った詐欺商法」もあります。
すぐれたデザイン開発が必要なモノであり日本が創るモノです。
この消火器を事例としても、
「いざ」という危機に対する万全体制づくりは現代問題になっています。
危機というのは、「いざ」とか、「まさか」の事態です。
私たち日本人は、
3.11で自然災害と原発事故で「想定外」を思い知らされました。
私自身、1000年に一度を、
わが人生でここまで思い知ることは「想定外」でした。
つくづく思うのです。
父は20世紀最後に逝きました。21世紀を見ていません。
もし、父が生きていたら、
彼なりに必死で「行学を祖国に尽くした」と思います。
1000年に一度をこれだけ経験したならば、
とことん、「危機管理」にデザインで対峙します。
大学人になってから「公共ネットワーク機構理事」職でもあり、
デザインの専門家として、
「危機管理対策」を提言する立場にありました。
「危機管理学」という学術的領域もありますが、
まだまだこの学域の存在も知られていません。
「危機とは、大変なことになるかもしれない危うい場合を、
危険な状態」というシンプルな定義があります。
ところが現代は、自然災害、人的災害という大区分がさらに複雑化し、
しかも情報での危機意識は
情報操作という危険認識をも作動させています。
デザインは、危機問題の問題解決・難問解決を図る有効な手法であり、
理念形成での形式・形態・制度設計にもつながっています。
本日、「危機管理デザイン賞」
Risk Management Design Award=RiMDA賞創設を発表し、
危機管理産業分野、対テロ対策特殊装備、学校病院危機対策装備から、
警察消防特殊装備をmade in japan化して国際化する趣旨です。


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「懐中電灯、必需品ですがもう一つの使い方」


   


     5月 9th, 2012  Posted 12:00 AM


1000年に一度の大災害、直下型大地震予知、
かと思えば竜巻、大雨というこの日本。
私たちにとって、災害用の必需品がいっぱいありそうです。
中でも、ライト、懐中電灯と呼ばれていたモノです。
私が選んでいるのは、この二つです。
一方は、マグライトという定評のモノと、
もう一つはグリップ発電するモノは、出張用具でもあり、
身近な所に置いています。
そして、この二つにはもう一つの使い方があります。
それは、デジタルカメラで物品撮影するときの補助ライトとして、
撮影のライティングに重宝します。
ポイントのところにはマグライトの強い光を当てます。
そうしてグリップ発電する方は、
花でも、近接撮影時にとても有効だと思っています。
幸いに、今の懐中ライトは白色光のLEDであることが幸いします。
ともかく、最近はこのブログ写真は、
その日に目に飛び込んできたモノをテーマにすると、
カメラを向けますが、白昼色で無い場合には、
十分にLEDライティングで、立体感をとらえることが可能です。
特に、工業デザイナーにとって「ブツ撮り」は、
製品形態の情報化手段として不可欠です。
プロ中のプロカメラマンの撮影を見てきました。
自分のデザインしたモノを彼らの視線に置くというのは、
ほとんどが、彼らのライティング手法を見てきたことです。
だから、ちょっとした反射や、
ハイライト光線を被写体に当てることの重要さを学んできました。
いかに、容易く、フラッシュライトに頼らずに、
被写体にライティングするかというのに、
この二つの懐中電灯が役立っています。


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