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Posts Tagged ‘成敗’


9月14日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 14th, 2015  Posted 12:00 AM

9月14日 先負(癸巳)


現代の浅はかな喧嘩、
もともと喧嘩とは口喧嘩ゆえに
それはインターネットでの
匿名投稿がある。

この匿名投稿は
インターネットリンチとさえ
なっている。

このリンチ発言には
喧嘩異常の成敗手法が必要だ。



川崎和男「喧嘩道」


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9月5日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 5th, 2015  Posted 12:00 AM

9月5日 大安(甲申)

SNSでの匿名投稿は
なんとも人間性を隠れ蓑にしている.
匿名投稿である恐怖を知らな過ぎている。

またまだ勉強不足が
借り物論理を平気で使っている、
こんな輩を成敗したい。
これには
喧嘩を超えてのことまでが必要だ。



川崎和男「喧嘩道」


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8月17日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 17th, 2015  Posted 12:00 AM

8月16日 先負(甲子)

暴力と喧嘩との
この差異性を明確にしないと、
室町時代に決定されていた
喧嘩両成敗が崩れてしまう。

両成敗は、
万一、喧嘩が暴力化したときの
成敗方法だった。



川崎和男「喧嘩道」


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10月27日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 27th, 2014  Posted 12:00 AM

10月27日 辛未(赤口)


武力と暴力の差異について
敗戦国家の自虐史観は
徹底的に議論と定義、
その実行が語られるべきである。

武力は成敗するには不可欠な喧嘩手段である。
私は、武力の正当性と正義性を
身体的にも鍛錬が必要だと考えている。

川崎和男「喧嘩道」


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『日本人の根本的な倫理観、その原点を見つめ直す』


   


     10月 25th, 2014  Posted 12:00 AM



日本人にとって、最も規範性を決め、倫理観の原点を探ると、
私は二つあると判断しています。
その一つは武士道と商売道であり、武士道とは忠誠と生死への態度、
商売道とは儲けることよりも、儲けたことで何をなし得るかです。
今や、世の中はメチャメチャだと言わざるをえません。
まず、なんと言っても武士道も商売道も「家訓」としてさらに、
その詳細と制限、不自由さを取り決めています。
自由であることを不自由にすることこそ実は幸不幸を決定しています。
なんといっても、鎌倉時代、武士という職能、御家人時代の倫理、
それは「御成敗式目」51箇条は、すべてを漢文とせず、
ひらがなも用いられていて制限は警察権と裁判権に集約されています。
その制限は道徳の正当な論理性は、自由さを制限していますが、
私が最も共鳴するのは、裁判裁決の平等性です。
たとえば、裁判の迅速性であり、20日以上かかってはならないこと、
これに私は脱帽せざるをえません。現代は、裁判とは長期どころか、
生涯の闘争になってしまっています。
しかも有力者によって庇護されたり、損得が決して起こらないこと、
まるで現代とは大きな違いがあります。
「御成敗式目」の不自由さの根幹は、必ず死を迎えること、
あるいは死を持って購う潔白さという美しさこそ武士の正義。
正義には不自由さで制止されることこそ、極めて重要であり、
不自由さゆえの解放は、倫理性、正義性を身体化するからこそ、
真の自由さを存分に出来るという理念、思想、道徳、倫理です。
よって、自由さを制限する暴力性などは非在なのです。
解放された自由さにある不自由度には、平等感があるということです。
御成敗式目には、暴力と嘘への裁決がとても明白に規定されています。
私は、この御成敗式目、武士道規範に立ち戻るべきだと主張します。
私は嘘つきには、成敗するために武力発動は当然であり、
これはまったく暴力ではないということです。


「幸不幸の連鎖の中で」
「あらためて『幸』文字の意味をかみしめる」
「テロという名の殺戮に怒りを込めて」


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10月25日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 25th, 2014  Posted 12:00 AM

10月25日 己巳(仏滅)


嘘つきは成敗すべき喧嘩相手である。
この決定は正義である。
したがって、
嘘つきへの成敗は
武力行使で、まったく構わない。

この武力行使を暴力と呼ぶことは
嘘つきである。
だから、
成敗の喧嘩すべきである。
この武力は暴力ではないということだ。

川崎和男「喧嘩道」


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