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Posts Tagged ‘手帳’


『持ち歩く手帳ー手帳・手帖・ノート』


   


     9月 14th, 2018  Posted 12:34 PM



手帳と手帖は、このブログでもいくつか紹介をしてきました。
一番小さく所持するために私自身は、
最も手帳の紙面が小さいモノか、あるいは
ジャパニーズスタイルという手帖を使用しています。
今回ブログに登場したモノは、紙面の小さな手帳です。
私は常に手帳の類いはいくつも購入したり、
オリジナルのサイズで、紙とシートも自分用にデザインしてきました。
自分の手帳や手帖が余りにも多いので、
もう買うことは今度こそ辞めようといつも考えています。
ワイフに言わせると、
「もうこんなにあるのだから、一生分あるでしょう!」
こんな批評が返ってきますが、
正直なところ、ノートや手帳や手帖が、毎年、新製品が
出てくるとついついどうしても欲しくなるのです。
それも何となく5冊から10冊を集めてしまうのです。
この手帳もカラー展開された新製品がが出てきましたが
ぐっと我慢しました。
今のところ、ノートや手帳類は、
死ぬまで十分にあるということです。
でもまた、ノートが出て来たということを知ると、
もういらないと思いを、文具大賞の審査委員をしてるからと
物欲が勝ってしまうのです。
この手帳は、マルチカラーのカバーにぴったりのサイズ
でしたので、例外なく5冊から10冊集めてしまいました。
しばらくはこの手帳で十分です。
小さな手帳は、これに限っているのです。


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『ノートには絶対に「美しい文字」が必要』


   


     8月 5th, 2018  Posted 12:00 AM




日本語には三つの文字があります。
これは世界的にも際だった特長だと思っています。
漢字・ひらがな・カタカナ、という文字です。
さらに、真書・行書・草書のいう形態言語もあります。
私の趣味には、もうすべて終活と思っているSMYTHSONであり、
これには私の名前まで刷り込んでいます。
SMYTHSONは英国では代表的なノートで王室の御用達。
ノートの紙質は薄い青色であり端面は金色です。
ズーッと手帳もこれを使っていましたが、今年度から辞めました。
そうして、このノートには、私の趣味でもある数々の万年筆で、
私の大好きな詩集の言葉などが書かれています。
正直、私は達筆だと自負しています。
これは字を書き出した時から父の文字を真似ていました。
父の兄弟は、筆文字とか万年筆もほとんどそっくりです。
もう叔父一人しかいませんが、
父の弟が書いてくる文字は父からか、と思いました。
高校時代にどこだかわかりませんが筆跡で初段をもらいました。
筆での手紙ではいわゆるほとんど草書なら、
まったく読み切ることはできません。
そこでこのノートには島崎藤村や中原中也などの詩を写しています。
大学人になってから、ともかく「美しい文字」を書く、
そのような達筆の人が随分と減ってきています。
どうして「美しい文字」がこんなに減っていているのか疑問です。
日本語は、漢字、ひらがな、カタカナ、は
達筆であることが必要だと考えています。


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『自分文房具の紹介をしながら語った取材でした』


   


     8月 23rd, 2016  Posted 12:00 AM



初めて文房具についての取材を受けました。
先般、あるメーカーの新作製品の使い勝手も充分に調べたことを述べました。
それも自分が現在、最も美しいマガジンでした。
出版産業はなかなか厳しい経済的には難しい状況ですが、
このマガジンの詳細な記事内容や先進的な取材検証はとても素晴らしく、
そこからの取材依頼ということで、
ともかく、万年筆から手帳、手帖、スケッチブックなどを見せました。
そうしたら自分の想像以上に大変な種類と量も一杯出てきてしまいました。
(あっ、これ持ってたんだ、これもこんなにあったのか)という
その連続でした。スタッフも呆れる程出てきてしまいました。
まず、万年筆についてから、鉛筆や、スケッチブックなど、
さらには矢立、最も小さな硯箱まで取材を受けました。
最近の若い世代のデザイナーは、全くモノには興味が無いということを
どうも自慢気にしているようですが、だからモノのデザインは駄目なんです。
流石に呆れられるほどのオリジナルのスケッチブックは、
結局、フランスで発注してもほとんど使っていないモノが出てきました。
また特に和紙に至っては越前和紙産地とは今もしっかりとした絆ゆえ
自分用が、これもこんなにあったんだ、というのが正直な感想です。
特に万年筆ともなると、自分流にはスーツやジャケットとの関係があります。
これもなんだか時代的には簡便なことになりすぎています。
文房具は日本文具大賞の審査委員長ですから、
絶対に一番確かな選択眼が必要だと思ってきました。
ついでながら毛筆の話からとめどなく自分は文房具が大好きですから、
その想いを確かめるとても素敵な取材を受けました。
絶対に、文具のデザインなら自信があります。
日本人デザイナーが海外ブランドをデザインすると、厳しい批判を受けます。
それは当然です。「歴史的に知り置くこと」がペンには一杯あるのです。
文房具のデザインは本当にやってみたいデザイン対象です。



* 「ボールペンスケッチのためのモレスキン」
* 「ブランドが語りきろうとする高密度品質とは」
* 「書く道具にはなぜか心惹かれて」
* 『鉛筆・最も基本的なモノにスタイラスもなってほしい』
* 「机上の一本はスケッチ用万年筆」


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『文具大賞「システム手帳」の再発明と効能性という機能』


   


     7月 13th, 2016  Posted 12:00 AM



ヒラリーとテンジンと言えば、エベレスト初登頂です。
登頂に囚われていた自分には、
ヒラリーとなればFiloFaxというシステム手帳です。
このシステム手帳が有名になる以前から使ってきました。
以来、どれだけのシステム手帳を買い換え使い厭きてきたことでしょうか。
そして、もはやシステム手帳はスマートホンで充分でしたが、
日本の開発力は凄いと感心する商品が出てきました。
まさにシステムにふさわしいノートフィルから、様々な手帳の体系を
見事に商品として成功させているモノが、日本文具大賞に応募。
すでに現物を見ていただけに他の審査委員の評価がとっても楽しみでした。
案の定、「やっぱり、よく出来ているな〜」との声が多くて
当初からグランプリ候補でした。
日本文具大賞はグッドデザイン賞の評価は超えていると確信しています。
理由は明解です。
なにしろ、この評価で優秀賞であってもこの数年は大ヒットします。
文具というきわめて日常的な200円から5000円程度の、
ややもすれば衝動買いするモノですが
このささやかなモノには夢があります。
つまり、社会的な存在性が日常化する効能性=すぐに自分とモノの関係が
社会と時代にマッチングしています。
ましてここまで体系化が果たされている性能は、これまでのシステム手帳を
完璧に陵駕していることは明らかですから、
性能と効能が効用と効果をならしめて機能性は充分です。
それは発明が明らかだからです。
180度開閉すること。表紙は合成皮革だからこその一枚仕上げであり、
これまでのシステム手帳をとても軽量にしています。
「機能部門」のグランプリ賞品として
確実に国際競争に立ち向かえるでしょう。
ただし、自分は審査委員長ゆえ、
もっと厳密には要求がこれまでも残ります。
しかし、それを是正するメーカーが無いことには、
国際競争には勝てないことがあります。
この製品にももっと「体系」・「システム手帳」から、「手帳システム」を
なんとしても開発してほしいのです。

*『わが哲学の恩師・中村雄二郎先生』
*「ISOTでの勘違いを発見」
*「TV番組の役割は終わっていることを再確認!」
*『映像と音像を変えるHDMIケーブルの進化』
*「審査会=日本文具大賞からスタート」


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『毎夏、再自覚決心の日』


   


     8月 7th, 2015  Posted 12:00 AM



子供の頃から、ヒロシマ・ナガサキは正直よく分かりませんでした。
修学旅行でヒロシマ原爆記念館に行ったときも、
歴史の一コマ見学でしかなかった気がしています。
しかし、留学生をインドから受け入れたときに、
彼女が「パキスタンにインドは原爆実験で勝った」と聞いた瞬間、
私はなぜか激怒し、彼女を広島と長崎に行かせました。
帰ってきた彼女はその小旅行の経験を話して大泣きしました。
それが日本留学=インドのデザイン官僚としての最大経験でした。
ところが伯父(母の兄)から、ある日手紙が来ました。
伯父は80歳傘寿になって、
「自分は徴兵、広島で郵便兵のとき被爆し、被爆手帳を持っている。
元気で暮らしてきたがこれまで誰にも言わずに生きてきました」と。
その伯父と私は親戚でも容貌が似ていると言われてきましたが、
私は被爆者である事を隠さないと生きてこられなかった伯父を
改めて敬愛しました。彼は高卒ながら有名大企業の社長室長までを
自力で成し遂げただけに、凄い人と思っていました。
ところが、これほど身近に被爆経験者でありなおかつ80歳まで
隠して生きてきた伯父の気持ちを想うとさらに尊敬を深めました。
「被爆者であることを隠さないと結婚もできなかった」らしいのです。
父は七年半、青春を戦争従軍で終わりながらも、
伯父が被爆者だとは知らなかったはずです。
私は、終戦となるためにふるさと福井も徹底的に空爆被害をうけ、
敗戦をするにはどれだけの人命が失われてきたかを受け止めています。
毎夏、私たちはこの日、多くの人命を失った敗戦事実を
受け継いでいくことを再決意しなければならないでしょう。
ヒロシマ・ナガサキ、そしてさらにフクシマの被爆体験こそ、
日本人であるアイデンティティを「平和」に差し出す能力だと考えます。
「決して戦争をしない民族」という理性的人間である自覚こそ、
それが日本人だと確認することが出来ます。




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『小っちゃなメモの手帳=コンセプトメモ手帳』


   


     6月 21st, 2015  Posted 12:00 AM



日本文具大賞の審査会では、私は楽しみなことがあります。
それは審査委員である「趣味と文具箱」の
編集長S氏に会えることです。
この雑誌の愛読者でもあり、
この雑誌の編集デザインは優れています。
が、何と言っても「今自分はこれが気にいっている・・・」とか、
そのような質問をすると、必ずとてもいい正解が得られます。
今回も、今、私が見つけた手帳で、名刺サイズながら、
一言メモができる手帳を見せたところ、
「私も使っています。」と同じように差し出されて、
そうなると自分の選択は間違っていなかったと正解ということです。
このメモ帳、小さな手帳も随分と試してきました。
私は日本には手帳と手帖があることを
いろんなところで発表してきましたが、
私は手帖の伝統は絶たれたと考えてもいいかもしれません。
もちろん私は手帖を語り次ぎたいと考えています。
さて、今この小さな手帳の使い方は、
ともかく一つのメモには、
一言を書き付けることで十分ということです。
S氏ともその会話をしました。そうしたら、これ用のペンもありました。
それから、私も考えたすえに、
最も小さなボールペンを見つけました。
現在は、常に側において置き、
TVや読書で気がかりなことを即メモしています。
この手帳一冊に、
それこそ、一言を何かのコンセプト発想に使えるでしょう。
これは発想のトレーニングにありかもしれません。
小さな手帳に一言を書き付けるという意味はとても大きいと考えます。
一言というのは、言葉で言えば単語一つです。
つまり、一言という言葉はそのままコンセプトという認識が、
大雑把な言い方としても言い切れると私は考えています。
端的に言えば、コンセプトとは一言で言い切ること。
したがって、このミニ手帳はコンセプトメモだと私は思っています。
確実に記憶されるメモ帳です。


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『今年の筆記具を再確認しておく』


   


     1月 8th, 2015  Posted 12:12 AM



昨年末に、私は手帳やノート、スケジュール帳を手配しました。
それは、あくまでもクロコダイルに拘っていることです。
私はこのブログで、何度も筆記具は書き残しておくつもりです。
「弘法は筆を選ばず」は嘘だと思っているからです。
書くこと、描くことには生涯、徹底していたいと考えています。
それは当然、生涯がデザイナーで生きぬくことの覚悟です。
車イスになって、しばらく社会復帰するために、
あるホテルでトレーニングをしていた時期があります。
そのときに、私は当時とても買えないブランドモノを知りました。
そして、そうしたブランドモノを徹底的に買えないだけに
いっぱい学んだことがあります。
「買えなくとも借金してでもこれは買いなさい」と
薦められたモノ=ジャケットや鞄やブルゾンがあります。
それらはすべてクロコダイルでした。
なぜ、クロコダイルかというと、ワニ革は最も地球環境の指標です。
現在のクロコダイルは、養殖であり、型押しパターンです。
いわゆる天然ものであっても、革パターンの左右対称性は壊れています。
養殖モノは、天然風モノに変質し、また型押しも間違いだらけです。
しかし、最高級ブランドはそのことを知り尽くしています。
また、ボールペンもどこにいっても手に入るペンは、
筆記具の基本であり、残念ながら、国内メーカーはこうしたペンの
使い勝手やバランスを見抜いていません。
だから、紙に書く描くだけでなく、ボールペンキャップでPad用が
すでに出来上がってしまっているのです。
最も、私のPad使い勝手には至っていません。
理由はすごく簡単です。このキャップ開発で見抜けていないことが
あまりにもまだまだあることです。
ともかく、クロコダイルのパターン表現は、地球環境の変化、
そしてデザイン=デコレーションを取り違えていることも
自分の筆記具選びでのひとつの目安です。


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『英国製とフランス製の最高質のノートに立ち向かう』


   


     11月 23rd, 2014  Posted 12:00 AM



私はノートを徹底的に見つめて探して選んできたと思っています。
それは職能柄でもありますが、日本の手帳と手帖は、
西洋でもメモ帳からノート=帳面には、紙質の違いがあります。
それも時代性と歴史性が見事に表れているからです。
これはフランスと英国の最も精微にデザインされていることを
確認できるモノだと思っています。
今年の手帳は、昨年同様に英国製がようやく手に入りました。
昔、英国の登山家や冒険家が絶対に使っていたという皮革製の手帳を
私は探し求めて、手に入れたことがあります。
その2年後に日本でも発売されたら大ヒットしたことがありました。
日本ではビジネス手帳としてみんなが使うようになったので、
私は辞めたことがあります。
年末になると、いわゆるビジネスツールとして、雑誌でも、
「来年の手帳」とかが話題になりますが、
私が選びぬいたのは、英国製でした。
それもわざわざ英国にまで注文していたことがありました。
ところが香港では、自分仕様を店舗で注文することができました。
それが大阪でもショップがあって、詳細な注文発注ができました。
もうひとつのフランス製は、なんといっても紙質とこのスタイル、
その意味性と性能性を知ってほしいと思います。
ともかく英国製とフランス製での最高質がこのノートにはあります。
それは使うことを拒否されそうです。
というか、使うには潔さがいるノート類と言ってもかまいません。
ノートならなんでもいいとか安ければいいという価値感もありますが
それは、ペンを持った気持ちも通じないと私は思っています。
最高品質のノートに立ち向かうということの意味、姿勢は、
そのまま、文字を介して自分の知性と向かい合う具体性があります。
文字で済ませるのはとても楽ですが、
いざ、スケッチ=描画ともなると、これほど高品質なノートに、
立ち向かう自分を見つめ直すきっかけになると思っています。

「ブランドが語りきろうとする高密度品質とは」
「来年の手帳は選びましたか?」


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『モノに無頓着であってはならない!』


   


     10月 31st, 2014  Posted 12:00 AM



iPhone6 Plusがあれば、もうそれでいいのかもしれない。
そんなことを自分の生涯にいくたびも納得をつけてきたようです。
いわゆる携帯電話が車載用になったときから、
車倚子の私は、いち早くほぼ国会議員の人が車載用からのように
使い始めてきました。
私は職能的にも、モノ(人工的な物)を多分詳細に自分用に、
拘り続けてきたと思います。それはなるべく自分用は、
自分のデザインでと考えてそれを職業の対象にしてきました。
なんといっても、時計、メガネ、万年筆、そして今ではiPhoneです。
したがって、この周辺もこれでなくてはならないという不文律が
私には明確にあります。
それこそ、今やケータイもはっきりいえば、2機種しかありません。
それほど、実際のダンディズムにはモノを身体化する意味ありです。
大きな理由があります。
「大物主の命」と「事代主の命」に日本人は従うべきです。
結果、身に付ける特にモノは決定されているのです。
この手帳をみれば、おそらく、人類が最も「手帳」の最高は、
いわばこのブランドに決まってきます。
万年筆って、最高のモノと尋ねれば、それが2500万円のモノもある、
ということまではほとんど知られていません。
これはローラーボールペンですが現在、最高のモノづくり成果です。
したがって、いわゆるファッション雑誌を見ていても、
なんとセンスの無いモノ選び雑誌は、必ず、消滅していきます。
まして、スマホとなれば、何を選別して使っているかは、
その人物の存在性=価値感を表していることになります。
私は尋ねられればそのモノを選んでは本当は間違いですと言いますが
最も身近にするモノを見れば、その人物の生き様は、
自ずと、「大物主の命」と、会話不能の知性を知ってしまいます。
とりわけ、現代ツールであるスマホは、
「事代主の命」の伝統と対峙していなければならないのです。
したがって、商業主義としての商品ともなれば、
その商品供給、その企業家のダンディズムの品性は明らかです。
恥ずかしくもなく、よくこんなモノを商品にしてまでも
儲けたいのか、とか思うと、殴ってやりたくなるものです。


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「来年の手帳は選びましたか?」


   


     12月 1st, 2011  Posted 12:00 AM


iPhone、iPad以前、PalmTopの時代にも、
「手帳を持ち歩く」ことは辞めようとしてきました。
しかも学生時代・就職後も毎年毎年「手帳選び」には
悩んできました。
iPadで、すっかり手帳を辞めると決意しました。
しかし、どうしても手帳はなんとしても必要と判断しました。
私のスタッフ・学生も全員、iPadを使っていますが、
昨年、私から、自分がこの人からのメモという場合には、
絶対にノート、手帳、メモ形式、筆記具も含めて選び抜くこと。
このようなルールを作りました。
それは、手書きメモの重大さと文字を美しく書くという身体化を失う。
私自身、iPadでの手書き文字に美しさが無くなると判断したからです。
最近は、スタイラスの進化ですっかり「草書体」・「楷書体」まで、
iPadでは可能になりました。
この季節=歳末年末には、書店・文具店始め、websiteでも
様々な「手帳」が膨大に店頭やお知らせが満載です。
11月に入ると、私は二つの手帳を注文しました。英国製と日本製
これまで、日記帳・手帳はどうしても迷い抜いて、
「一つ」に決められませんでした。
これは不幸です。
「手帳で望みがなんでも適う」という類いの書籍もあります。
それはその人だけの自己修練、
男ならダンディズムが決定した人の特権。
私は、ようやくそろそろ人生引退の季節になって、
二つの手帳に出会いました。
いづれ、私の使っているモノを紹介したいと思っています。
しかし、これはやっと私がたどり着いただけに、
極めてプライベート、プライバシーのことかもしれません。
なにしろ、デザイナーとしてのSketch BookやMemoなど
膨大に悩み膨大に収集までしてしまっているというわけです。
筆記具、絵の道具、書道具からデジタルペンまで、
この収集は、ワイフから「また買ったの」と言われる始末です。
万年筆・硯と筆・和紙、そしてデジタルペンも、
語り尽くせない私の世界です。
オーディオ・鉄道模型から、デジタルペン、青い小物、
だから「手帳」もほとんど世界的な歴史や伝統性を
自分自身にも照らし合わせて考え。選び、使いこなして、
いや手帳に限っては「使いこなしてきた」とは言えないのです。
しかし、ここ数年、手帳は決定したモノを使ってきました。
2011年、わが国は多くの同胞を失い、国家が破壊しました。
なんとしても、来年に向かって、
この「国難」に対する自分自身のジャーナリズムツール、
それは「手帳」でしょう。
ジャーナリズムとは「日々の記録」です。
そして、「手帳」と「手帖」は日本の記録ツール、
明確な伝統性があります。
あらためて「手帳」、
来年の「手帳」への態度を決めたいものです。


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