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Posts Tagged ‘手紙’


『絵手紙ではない、スケッチ程度で写実的な手紙の絵筆』


   


     3月 15th, 2019  Posted 12:00 AM



時間があれば、最近は手紙にスケッチを描いています。
いわゆる「絵手紙」ではないです。
手紙には、自分のスケッチを入れて、毛筆で簡単な挨拶を入れます。
これは、美大時代の故・米田先生がやっていた色紙の影響があります。
その際には、こうした絵筆を使っています。
ほとんどが、最も簡単なニュートンの絵筆だけです。
8色だけしか使っていません。
最近の絵筆は、7万円のモノもありますが、
一般的なニュートンの絵筆で、墨汁も十分に使えます。
もしくは、ほとんど携行用のパレットと絵筆でも十分です。
これまで、随分ニュートンのセットを買い集めていました。
やっと、とりあえず、自分で描けるのは、とってもいいなぁ・・なんです。
オブジェは、葉っぱや、ミカンや、紅葉などを、
これは写実的にを、ともかくこだわっています。
が、アイディアスッケッチ程度の2,3分で、と決めています。


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『小説の「龍馬ブーム」は、歴史の中で肥大化している』


   


     3月 11th, 2019  Posted 12:00 AM



小説での「坂本龍馬」と坂本龍馬ブームに対して
明治維新史学会が論理的に史実としての「坂本龍馬」を検証し、
やっと教科書からも省くこととなりました。
坂本龍馬ブームは、彼の姉への手紙があったことから小説化され
それが一般化されました。
一方、橋本左内は400の漢詩を読んでいます。
安政の大獄で捕らえられ、そのうちの300が牢獄でつくられ
26歳で斬首の刑、(武士なのに)、に処せられました。
小説化や大河ドラマ化も難しくブームにはならなかったのです。
ただ『啓発録』は福井の小学中学のバイブルと言えます。
私は、「龍馬は新婚旅行しかやってない」と講演でズーッと言ってました。
武士を斬首するほどに、
橋本左内は当時の江戸幕府の政敵だったということです。
「なぜ、龍馬が暗殺されたのかは今も謎です」。
龍馬は何度か、松平春嶽 福井藩にお金を借りに来ています。
松平春嶽に見い出された人物こそ、橋本左内と由利公正。
福井藩(90万石)の藩札は由利公正(福井藩のちに東京府知事)が、
明治維新の時にはこれを使ったけれど、大失敗で終わっています。
歴史は、常にその時々、政権によってつくられます。
私は、龍馬の肥大したブームに対して、
笑われながらも正直な意見を言ってきました。
やっと、龍馬は明治維新の偉人ではないことが、
学会で認定されました。


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『坂本龍馬は幕末のヒーローだと私は絶対に思わない』


   


     1月 17th, 2019  Posted 12:00 AM



坂本龍馬には、ミステリーが多く、刀や拳銃を介して
寺田屋事件と近江屋事件とその解読が諸説渦巻いています。
彼は近江屋事件で暗殺されました。
その暗殺者は京都見廻組と
その会津藩である松平容保(かたもり)なのでしょうか。
幕末では坂本龍馬がヒーローになっていますが、
それは彼からの手紙が多く現存してあるからにすぎませんし、
小説によるフィクションの虚像と
その残像が評価を押し上げていると思います。
私にとってのヒーローは、越前藩士の橋本左内で、
西郷隆盛も左内からの手紙肌身離さず持ち続けていました。
安政の大獄で、26歳で斬首の刑に処せられなければ、
必ずや時代を背負う侍でした。
福井では左内の啓発録に学び、志を持つ教育が根づいています。
ヒーローであるはずの坂本龍馬は、
剣術も北辰一刀流もたいしたことないけれど小説では名人なのです。
ミステリーに登場する刀や拳銃には大いに興味があり、
寺田屋事件では、ピストールはS&Wアミー2・32口径6連発とされています。
そして、近江屋事件では、S&W モデル11の2・ファーストイシュー7連発を
携行していましたが発砲することなく、惨殺されていました。
私には、妄想ですが坂本龍馬を暗殺したのは、誰か、わかっています。
小説はその虚像とストーリーをフィクションとして楽しみ、
史料と考証に基づいた実像も合わせてその歴史を知っておくべきです。
坂本龍馬は、絶対に、幕末のヒーローではありません。


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『白印と朱印の落款を押すこと、2018の書に』


   


     12月 28th, 2018  Posted 12:00 AM



私が東京で独立後、身体を壊してふるさと福井に戻ったのは、
昭和56年の豪雪でした。
まだ30歳であり、ふるさと福井から再度のスタートでした。
その時、私は手紙を筆で雁皮紙に書いていました。
仕事など何にも無いふるさとで、春になるのを待ちながら。
そんなときに、福井県庁で小松芳香教授とお目にかかり、
「金沢美大で工業デザインを学びました、
今後、伝統工芸をデザインしたいんです」と伝えました。
教授は、「君は古今和歌集と新古今和歌集を読んだかね」、
「いいかい、漆はこうなるんだ・・・」とかそんな話を延々と聞きました。
その時の会話で朱印と白印についても話題がおよびました。
私は学生の頃、主任教授であった米田教授の手伝いで自宅に伺い、
先生の描いた色紙に落款を押していました。
この落款を押す作業から多くのことを学んでいたのです。
私はそんな色んな思い出もあり、何度か落款を手に入れています。
中国での、ラピスラズリでの白印と朱印の落款はとりわけお気に入りです。
そして、今も手紙は筆で奉書紙に書くことも多く、
署名の終わりには
白印と朱印を押して締めくくります。
私の没後には、絶対に高額になると言えば、ワイフに笑われます。


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『日本語には漢字・ひらがな・カタカナがある』


   


     10月 23rd, 2018  Posted 12:00 AM



今年はこれで3度目の入院をし、ICD=除細動器を埋め込みました。
そして、ようやくこのブログを再開します。
テーマは「書」の書き取りであり、私は日本語について
「書」を通してその表現を考えています。
というのは日本語には、漢字・ひらがな・カタカナ、
この3種の文字があります。
これを絶対に取り上げたいと思っていました。
文字はその国の文化を表現する大事なことであり、
この3種、漢字・ひらがな・カタカナがあるということで、
とても表現には幅があります。
そして、ひらがなについては、まず最初に、懸命に学んでいます。
実際にはこれで手紙を書くと、かなり古語であるひらがなは大変です。
しかし、本当のひらがなには美しい文字がいっぱいあります。
が、相当に現代ひらがながあるのです。
それでも古語であるひらがなにはとても綺麗な文字があります。
そうやって私自身の手紙は私なりのひらがなになっています。
なんと言っても私が使うひらがなには私なりの工夫があります。
やがて私のひらがな辞典が必要かもしれません。
後生に残ることを意識していますから。
最近とても驚いているのは、デザイナーの太刀川氏と、
「日本デザイナー書道倶楽部」がこれほど大きくなるとは、なんです。
50名で小さな展覧会でもと思っていましたが、
今ではFacebookで170名も増えてきました。最近は中国人も増えてきました。
「決してこれは達筆とはゆえないこと」をもモットーにしてきましたが、
なかなかの習作もあります。
だから私にとっては、日本という文化を表す、
漢字・ひらがな・カタカナがあります。
私はこれを表現していきたいと思っています。


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『顕微鏡の思い出』


   


     11月 17th, 2017  Posted 12:00 AM




阪大の若いドクターが、こんなことを言いました。
「先生、先ほど患者さんから、お前は!って言われました」と愕然。
かって、ドクターは、
お医者さま、お医者さん、医者の先生、
先生、それが「お前」ってどうなの?
まだ私が幼稚園の頃、かかりつけのお医者さん先生(そういう意識でした)、
その机の上にはガラス製のカバーの中に、
顕微鏡が入っていて、お医者さんっていうのは、
顕微鏡と聴診器を持っている頭のいい人という印象がありました。
福井は足羽川を挟んで嶺南と嶺北になっています。
足羽川の足羽橋、その嶺南にある医院のお医者さん先生の顕微鏡が、
まだ幼稚園児の私には凄い機器であり、その先生に覗かせてもらったことを
今でも鮮明に覚えています。
そして、小学校の理科では準備室から顕微鏡を持ち出し、
パレットに挟めば何でも大きく拡大して見れることを知っていました。
だから、欲しくてたまりませんでした。
祖父に頼んだこともありますが、多分高価だったのか、
Zゲージの鉄道模型と同様に、
「大人になって自分で買いなさい」と言われました。
ところが、なんと、父が警察大学に入った直後に、
私にペン型の望遠鏡でもあり、顕微鏡にもなるモノを買ってもらったのです。
ともかく、それを持ち歩くコトが楽しくてたまりませんでした。
だから、遠足で金沢の兼六園に行った時も、
胸ポケットに差し込んで持って行きました。
ところがなんと、兼六園の池にそれを落としてしまったのです。
もう裸足でズボンを上げて足先で探りましたが、見つかりませんでした。
小学校4年の時でした。もう悲しいやら父に叱られるとかで、
家では、母から「ごめんなさいの手紙」を書きなさいと言われました。
それから、なんと金沢美大に進学して兼六公園は当時入園は無料でした。
その顕微鏡を落とした場所は覚えていたので、
美大生になって本格的に探しました。
公園の管理の方にまで叱られましたが、理由を話すと、
そんな昔のこと、水を入れ替えているから無いよとも言われましたが、
それでも、裸足で沼底にもしかしたらと何度も探したものです。
顕微鏡を見ると、いつもこの二つの思い出があります。
そして、せめてお医者さんが今ではお前になるというのはどうかと思います。


* 『メルクリンの世界も私の憧れのコレクションだ!』
* 『手首測定の電子血圧計はもっと進化が必要だ』
* 『虫メガネでの拡大は絶対に役立つ方法だ』
* 『コンピュータ制御ベッドが示唆していたこと』
* 『防衛戦術は敗戦といえども硫黄島からの寛容慰霊』


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『運筆練習に最適な学習ノートの充実ぶりに感嘆』


   


     3月 7th, 2017  Posted 12:00 AM



日本人で本当に良かったと思います。
なんとか幼稚園で教えられたわけではありませんと断っておきます。
日本人でいいと思うのは「書」の世界、いわゆる書道というか、
「運筆」というすこぶる大事な訓練があるということです。
これは岡倉天心が東京美術学校で
横山大観はじめこの訓練が基本中の基本でした。
私が美大でこの運筆は「デザインストローク」であり、
これは米国でもデザイナー職能のトレーニングでした。
先般、同期会でもデザインストロークでのデッサン、
それは生きている鶏を二人が1羽を1週間描いた苦労から、
そこから鶏をテーマにした平面から立体までの
造形訓練は一番のトレーニングだったと意気投合しました。
これを「スタイライゼーション」というのは想像力拡大訓練です。
この運筆やデザインストロークは私には身体化しているのでしょう。
特に今は書のための運筆は写経や手紙を書くためと
もう一つはiPad Pro大小それぞれとそのペンをいくつか選んでいます。
今、運筆は空海を手本にしながら、自分流の草書を求めていますが、
もはや草書ではほとんど手紙文は読まれないのです。
それ故に、空海の行書から
草書でほぼ行書からのくずし字が美しいと思います。
今はともかく美しいモノと言われれば、空海の書をあげるでしょう。
したがって、この運筆訓練には
小学生の使う学習ノートが最適だと選びました。
そこで、学習ノート「ジャポニカ」を初めてじっくりと見ましたが、
学習ノートの充実ぶりに感嘆したほどです。
そこで、一冊を持っていたら、年配の婦人から声をかけられました。
「ぼく、それ欲しいの、お母さんはどこ?」と。
車椅子に乗っているので大きな勘違いをうけたのですが、
面倒だから、ワイフを指さしたら、
わざわざ、その婦人はワイフに
「お母さん、あそこで(私が)呼んでいるよ」とのことでした。
無論、ワイフは私に、「なんで私があなたのお母さんなの」と。
すこぶる面白い買い物をしました。
今、私の書の運筆は、そうした練習図書もありますが、
「ジャポニカ」は最適だと思っています。


* 『盟友のエッセイから思い出した=スタイライゼーション』
* 「資本主義から離脱してきたデザイン」
* 『毛筆も万年筆も細軸だから可能になる運筆がある』
* 『工業デザイン教育での「手」のトレーニング』
* 『美しい運筆を体現すれば美しさがわかりそうだ』


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『切手収集は子どもの頃から、そして今では趣味』


   


     9月 11th, 2016  Posted 12:00 AM



趣味という世界は、特に男にとっては
子どもの頃=男の子としてスタートするものです。
しかし、最近は○○ガールとか○○○女子というコトの方が増えました。
これが現代性では「いかに女性の方が優れてきた」かということです。
さて、自分自身は何でもすぐに趣味の世界に飛び込んでしまいます。
これは明らかに一人っ子であったことで、一人遊びに熱中していたからです。
自分の趣味性は、いわゆる男の子として知らないことを増やす癖、ゆえに、
切手、古銭、マッチ、牛乳の蓋、タバコのパッケージ、一升瓶の蓋など、
一通りそんなモノの収集癖が趣味の世界に近づいたのだと思います。
結局、美大進学から最終的には今なおオーディオの世界で、
それを職能とするデザイナーになりました。
最近も、阪大病院には郵便局があって、立ち寄れば切手を買っています。
が、それは手紙を書いたときには、季節毎や時代風を選んでしまうものです。
しかも、今では自分の切手も作品写真でつくることが可能になりました。
手紙を書いたときにどの切手を選んで貼るかは楽しみの一つになっています。

+切手は、日本の伝統色と浮世絵シリーズと東海道五十三次シリーズ

* 『書を教えるべきだったー和紙の味覚、趣味の聴覚を』
* 『ずばり、自分ぴったしのモノ世界のモノマガだ』
* 『ウォッチよりも妖怪メダルに意味がある、と思う』
* 「ブライスというたかが人形に、されどの本質」
* 『物欲によるモノの美と美あるコトへの自分』


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『iPad ProとApple Pencilで臨書が出来る』


   


     9月 5th, 2016  Posted 12:00 AM



出来るだけ毛筆で手紙を書きたいと
思っています。
そして、今ではなるべくiPad ProとApple Pencilで、
その練習、臨書もしながら可能になってきました。
Apple Pencilでの練習も、毛筆をグリップするように
垂直に立てて行うということに気づきました。
もう一つは、手紙には季節に相応しい詩を選びます。
夏は中原中也でしたが、
島崎藤村には秋にまつわる詩が多くて、
しかもできる限り、その一節、三行ぐらいがとても綺麗だと思っています。
これは、「秋に隠れて」という初恋の詩ですが、
島崎藤村の詩はとても日本語の語調と文体が美しいと思います。
初恋という「戀」という漢字がときめいて美しいと思います。
島崎藤村の詩には決まって花が登場することも、
文体や調べを美しくしているのかもしれません。
毛筆であれば、硯石に向かって墨をすりますが、
iPad Proのアプリでは紙を選ぶことが可能です。
しかし、紙のバーチャル的な存在はあまり好ましくはありません。
それでも、簡単簡潔に練習、デジタル臨書ができるのはこの時代だからです。
かつて、まだApple Plusの時代にサンフランシスコのMacWorldに、
(記憶は定かではありませんが)
日本から唯一の日本の企業がブースを出していました。
まだMacも白黒の時代でしたが日本人としてなんだかとても嬉しく思いました。
演算星組の「Mac書道」というソフト。
すでにMacでは書道が可能になっていました。



* 『毛筆も万年筆も細軸だから可能になる運筆がある』
* 『書き忘れていた手紙に取り組むという癒やし』
* 「手紙、そして私自身の肉筆は大事」
* 「『きれい』にすることが『美しい』こと」
* 『書の手本は王羲之と藤原行成を選びます』


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『リトルコンピュータピープルの顔色は人工知能要素かも』


   


     3月 3rd, 2016  Posted 12:00 AM



スーツが似合う男はそれほどいないと私は思っています。
国内のファッションガイド誌に取り上げられている人物など
僕には納得不可能です。
スーツが似合う男優ならばマイケル・ダグラスだと思います。
その彼の代表作「ウォール街」に登場するApple IIcは、
Macintosh発表の翌年1985年、すでに液晶ディスプレーとともに
発表されるとともに、このパソコンは特にアニメーションでは
その当時のNHK教育TV関係CG 映像はこれで制作されていたはずです。
僕も手に入れていましたが、
なんといっても、僕がこのコンピュータには未来が見えていました。
最近、人工知能について、僕はほとんどすべてを懐疑的かつ否定派として
僕はその考え方に至っています。
この考え方を決定的にしたのは、Apple IIcでも実現されていた
「little computer people」というゲームでした。
このゲームは、当時スタッフにも
「結婚しなくてもこのゲームの進化とともにいきていける」と
冗談を言い合っていたことがあります。
このゲームは、三階建ての家屋内に一人のおじさんが暮らしています。
時には散歩にでかけますが、
ピアノを弾いてくれたり、体操をしていたりの気ままな生活を
画面越しにこちらは観ているだけですが、
時にはこちらから手紙を送ってピアノ演奏を頼めます。
またそのおじさんから手紙がきます。
それは水を届けるのです。
そして、その水が無くなってくると、
おじさんは「顔色が悪くなって」ベッドに寝込んでしまうのです。
僕が最も問題にするのは、ベッドに寝込むおじさんは
「顔色が悪くなるのです」。
このゲームは現在の人工知能を表現していると僕は思っています。
つまり、知能に対する身体的な条件です。
先般アンドロイドロボットの
まったく人工知能回路ゼロのロボット研究を見て、
私はアンドロイドロボットの目の動きとともに、
顔色変化=つまり、心臓という感情との関係性が
知能表現には必須かも・・・
この直感に囚われました。
僕は早速、この知能と心臓=顔色変化はすでに
「little computer people」では意識されていたことを
まざまざと思いだしました。
次回「KK塾」では、この話を深めたいと思っています。


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