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「火と刃物が抗自然することの行く末」


   


     5月 31st, 2011  Posted 12:00 AM

火は自然を燃え尽くします。
刃物は動植物を切り尽くします。
人類が、火と刃物を使いこなすこと、
それはまさに制御です。
「制御」とは、使いこなす対象が人類にとって、
価値=望ましいことと好ましいことになることです。
そして人類にとって、制御対象は二つしかありません。
人類にとって、「人間自体」と「自然全般」です。
人間自体の制御が、社会システム=政治であり、
自然全般は、自然の変動が予測不可能であればあるほど、
その制御は困難であり、不可能になっていきます。
その手段である利器として、
「火」と「刃物」を使いこなす技こそ人類の進化でしょう。
しかし、人類の進化は「戦争」が歴史を率いてきました。
「火」も「刃物」も戦争の武器であり、
その進化は武器としての「火」は爆弾となり、
「刃物」は武器機能は代替されていきます。
さて、おそらく読者諸兄にとっては、
この記述の方向が「原子力」に向けられている
私の導入であることに想像がついているでしょう。
まさしく、「火」と「刃物」に対する人類の進化が、
「原子力」に向かっていきました。
それは「武器」という範疇でした。
しかも、「火」も「刃物」も、制御ということでは、
それが「光」=電磁波にまで到達することが
文明の進化だったと前述しておきます。
私は「文明」の基本に立ち戻って、
「原子力」に向かわなければ、
これまでの「推進派」は「批判派」になり、
「反原発」が正論となって「脱原発」になります。
しかし、世界全体が原発停止に向かったとしても、
私は、原発ではなくて「原子力」と「自然」とを、
明快に制御対象化していくことが重要だと考えています。
私は推進派でも批判派でもなく、
「脱原発」にこそ、
「原子力へのまなざし転向」が重要だと思っています。



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