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Posts Tagged ‘文化’


『越前藩石高と越前和紙の「黒すかし」は使われている』


   


     5月 10th, 2019  Posted 12:00 AM



子供の頃の趣味のひとつに、「藩札」収集がありました。
多分、実家にはまだあるかも知れません。
さて、かって江戸時代「加賀100万石(119万石)」と言われた
加賀藩は、越前福井の隣国で「格外扱い」でした。
前田家は外様でしたが御三家に準ずる扱いで
富と文化を成していました。
実際、越前藩は越前松平家一門で90万石だった話は、
歴史の陰に隠れています。
そして、三岡八郎が藩札によって藩財政立て直し、
日本全国からも信頼を受けていました。
三岡八郎は後の由利公正であり、「五箇条のご誓文」をつくり、
東京府知事・第4代目となった経世家でした。
福井藩士から渡邊洪基も府知事・第9代目になっています。
福井藩札の紙の良さ、
つまり越前和紙の技術の高さは評判となりました。
越前和紙の技法に「黒すかし」がありましたが、
その技能は今やお札だけに用いられ、
財務省(元大蔵省)に取り上げてしまいましたので
製造は禁じられています。
越前和紙の技法はこれからも使われます。


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『古代希なり・70歳です』


   


     2月 26th, 2019  Posted 12:00 AM



私が2月26日、ワイフも2月生まれを祝いに、
2月14日に、日本でも有名なシェフのお店に初めて行きました。
いつも、国際的には日本代表となるシェフのお店です。
以前から紹介されながらも、行けずにいました。
去年は4度も入院・退院、医療制度をかなり見ました。
安定しない健康と、あたえられた仕事への責任との
バランスをとるのに、力戦奮闘した1年でした。
ゆえに、それが明けた今年は、
感謝と更なる景気づけにと徹底的なこだわりを元に
腕のあるシェフのお店しか思い浮かびませんでした。
さて、私は古希・70歳です。
40歳までと言われながら、「ここまで生きてきた」のです。
41歳で毎日デザイン賞をいただき、バブルの頃には、
クパチーノで、Apple 社のコンサルタントをやっていました。
モノづくりの知識を網羅し、
国内の産地や、企業との産業と文化の仕事で、研鑽を重ね、
大学での研究では、生命や環境や平和といったデザインで解決をめざす
広範な領域まで手掛けました。
今年は、「古希・70歳」を年賀に気持ちを強くしたためました。
47歳で亡くなった母には「がん」という病名も余命も伝えなかったのですが
私への遺言書に「世界一のデザイナーになって」と書いてありました。
大学卒業後、ふるさと福井にでも戻ろうと考えていた私は、
そこから心を新たにし、母の遺言に、何としても応えたく、
毎日母への恩返しを誓いました。
「古代希なり」の70歳です。


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『包むと詰めるでは「慎ましい」という日本文化がある』


   


     2月 19th, 2019  Posted 12:00 AM



「つつむ」と「つめこむ」という文化があります。
「つつましい」というのは、日本の文化です。
ご祝儀やご香典では、水引のパッケージに「包み」ます。
儀礼や儀式に対応した包むと結ぶという日本の文化があります。
ところが、一方、缶詰や腸詰めなどはつめる文化です。
「つまらない物ですが」というのは、歴然とした日本文化なのです。
風呂敷に包んだ贈り物を「つまらない物ですが」とつつましく、
気持ちを内包させて渡す古き良き、つつむ文化です。
ここに、慎ましいという日本文化があります。
だから、決して「つまらない物」をさげすんではならないのです。
たとえば、詰め込み勉強というのは、慎ましい文化ではありません。
パッケージに、「包む」と「詰め込む」「詰める」には
大きな差異があります。
私たちの文化では、「慎ましさ」が大きな文化ですから、
「包む」と「詰め込む」という、パッケージには、
どちらが、良いのかと言うよりも、文化的な体系があります。


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『和紙と和風紙は絶対に分けて考えるべきだ』


   


     10月 30th, 2018  Posted 12:00 AM



和紙は伝統工芸のそれも1500年の歴史があり、文化です。
しかし、もはや土産物の一部を構成しているようです。
土産物であっても、私は批評しようということではありません。
和紙であるが故に、絶対に和風紙と言っては駄目です。
私は和紙が世界遺産になったときも、やっと和紙がと安堵しました。
ところが、その時選ばれた和紙はたったの3つの産地だけでした。
1300年の歴史があり、伝統を受け継ぐ仕組みや組織が確立された産地です。
あの日も、キャリアを呼び出した議員とともにその議論に加わりました。
選定されなかった産地に欠けていたことは、産地としての永続性でした。
そして、キャリア達も和紙と和風紙の違いは十分に知っていました。
それほど熟知していても「なぜ?」、和紙+和風紙が全く変わりません。
私にとっては、このブログでも和紙と和風紙はいつも言ってきました。
和風紙は越前の産地では必ず「半草」と呼ばれています。
それは「半草」には紙パルプが混ざっています。
和紙への印刷はとても難しくて、和風紙なら大丈夫なのです。
明確に表示し分けて扱うことで、
それぞれの特性と取り扱いを知ることができるでしょう。
実際、私は表示がなくとも見た目はもちろん、舐めて見極めることができます。
「紙、舐めていい?」とは店頭では言えませんが、最初はよく言っていました。
もう亡くなってしまったグラフィックデザイナーが、
和風紙を使っていることが残念で、本物の雁皮紙を送ったことがあります。
その当時にそれを明示できるのはたった2名だったと思います。
「半草」である和風紙を知っていただきたいと私は思っています。


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『もはや宗教を文化とみる世界の歴史観を遡及』


   


     12月 13th, 2017  Posted 12:20 AM




「宗教は文化では無い」という見解が必要になってきています。
宗教は「人間が生きてその系譜に感謝を捧げること」が基本であったはず。
ハダム・シャリーム:神殿の丘、そこに分断されている「壁」には、
ユダヤ・イスラム・カソリックという三つの宗教は、
聖地の主権、礼拝権はすべてこれら宗教の利害や経済関係となり、
宗教対立は民族対立を生んでいます。
宗教は宗教哲学として、私には仏教が日本人として生活にありました。
そして、米国で私自身が仕事をするとなったときには、
原始キリスト教・旧約・新約から、カソリックとプロテスタントを学習。
いわゆるキリスト教と仏教とは比較検討の知識化、
そこから改めて新興宗教もみてきました。
そして、ユダヤ教、イスラム教にいわば宗教哲学でなければ、
私には生活との一体感は全く不明でした。
正直、イスラム圏は分かりません。
イスラム教での教義からのテロにはいわば、
危機管理=リスクデザインとしても日本では不可能が結論です。
おそらく、私の予想では、欧州もイスラム教に支配されるでしょう。
だから、G7、G8にしてもこれらはキリスト教支配下であり、
日本の仏教思想のまともな宗教論理は外れています。
聖地を分断する「壁」はセーフティ・ウォールと呼ぶことすら、
私は宗教の大きな問題が世界観の文化では無いと思っています。
キリスト教の分断は英語が分断されて、イスラム教内での分断は、
より大きな力になって欧州はやがてこの宗教に支配されるかも知れません。
それこそ、歴史は戦争の系譜でしかなく、その裏側には宗教、
特にキリスト教が根付いていたことは否めません。
そのキリスト教の歴史も簡潔にまとめてしまえば、
差別と信仰感を支配してきた系譜になるだけです。
よって、宗教での倫理性などは無神論とせざるをえなかった哲学が存在。
結局は、「生きる」ことと「死んで逝くこと」を宗教支配での差別闘争、
これをもっても宗教は文化とは言えないと判断すべきでしょう。
今、世界は宗教分離は信仰差別が闘争となってしまったと言えるでしょう。
私は改めて仏教も根柢で見直して、民族思想の文化=美と義と善を、
デザイン思想に取り込み直すべきと考えています。
宗教の「壁」はデザインにとってもアポリアだと考えざるをえません。


* 『2017アライアンスフォーラムに今年も出席』
* 「Made in Japanの復権は、売国奴たちの追放である」
* 『目の前に未来・将来は無く背負っているのです』
* 『負のサイクルを即刻停止させるデザイン』
* 「これが最悪か!・・・宗教戦争、語るべきか」


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12月12日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 12th, 2017  Posted 12:00 AM

12月12日 仏滅(癸酉)

差別化のために翻弄されたデザインは、
文化の基盤を幻影で追い求める
知恵遅れの職能になるだけでしかないだろう。



artificial heart:川崎和男展「分別としてのデザイン」


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12月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 11th, 2017  Posted 12:00 AM

12月11日 先負(壬申)

文化とは無知と差別への見識闘争であり、
それだけに「分別としてのデザイン」は、
我らが東洋の理想に対象化出来る
ジレンマからの開放の論理となるだろう。



artificial heart:川崎和男展「分別としてのデザイン」


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12月08日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 8th, 2017  Posted 12:00 AM

12月08日 赤口(己巳)

社会にとって、
教育に最も象徴的な
理念と手法があるということが、
その社会の文化の核心ではないかと思う。



『デザインという先手』「手法」


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12月07日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 7th, 2017  Posted 12:05 AM

12月07日 大安(戊辰)

現代は確実に、
文明としての新素材からの
デザインが必要だ。
そして、
それは文明が必ず
文化のコンテクスト上に
あるべきだ。



川崎和男の発想表現手法


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12月02日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 2nd, 2017  Posted 12:00 AM

12月02日 赤口(癸亥)

差別化のために翻弄されたデザインは、
文化の基盤を幻影で追い求める
知恵遅れの職能になるだけでしかないだろう。



artificial heart:川崎和男展「分別としてのデザイン」


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