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Posts Tagged ‘映画’


『「広辞苑」は生活の中でのパロールがラング化』


   


     1月 18th, 2018  Posted 12:00 AM




物心がついた頃に、自宅にあった一番厚い本・多分初版・でした。
それからは父はこの本が改訂されると必ず買ってきて生活の中にありました。
自分で買ったのは多分四版だった気がします。
私自身、いわゆる事典や辞典は大好きです。
今では、パソコンですぐに検索ができますが、
一つの言葉を追いかけていると、辞書の中で道草ができます。これが大事!
いわゆる辞典は、パロール(会話語)がラング(辞書語)になるわけです。
私がとても注目し追いかけてきた言葉には、
「プライバシー」があります。
これは時代的な会話語がラング化した典型ではないかと思っています。
改訂版毎に意味は複雑化してきました。
「誰からも観察されない状況」は、
今では複雑になっています。
「自分が勝手に発する情報や状況が、他人からの観察を阻むこと」なのです。
私は、博士学位の論文を書けるかという英語の試験時に、
受験者の半分が、英語や医学の辞典や辞書だけでなく、
「広辞苑」が持参されていたことです。
(エッ、この医学基礎知識が英語なのになぜ?)と驚愕しました。
辞書づくりの映画「舟を編む」は労作で大変感動しましたから、
今回の第七版発売は、じっくりと見ることができました。
が、せめてこの展示は「モノの素晴らしさ」を打ち消していると思います。
すでに、スマホのアプリ(とても高額ですが)、
今やアプリもこの辞書も持つべきかと思っています。
広辞苑第七版は、パロールがラングとなったことを証明しています。
広辞苑は父から日常生活の中で学んできたことです。


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『あの名作の遠景はやっぱり無くなってしまった』


   


     1月 16th, 2018  Posted 12:00 AM




東山魁夷の「年暮る」という名作があります。
当時は京都ホテルの屋上から、川端康成の提案で、
「今描くべき」と言われた作品(1968年)があります。
「描いておかなければやがてこの景色が変わる」と言われた雪景色でした。
京都ホテルは現在は京都ホテルオークラです。
ホテルオークラのOkuraは私の恩師のスクリプト体であり、
ホールのデザインは故・内田繁、アルドロッシゆえ、
私にとっては、いつもこの絵画の上に現代の京都があります。
4日間このホテルから古書を探していました。
古書といっても、江戸時代の庶民の筆タッチのスケッチ:画集です。
結局、見つかりませんでした。
出逢ったあの時に買うべきだったと思っています。
とても軽快にほとんど一筆描きかと思うとても薄い画集でしたし、
なんだかいつでもこのスケッチを思い出すのです。
京都はワイフの生まれ育った場所ですが、
京都が魚を食べられるのは福井県小浜市からの「鯖街道」があるから、
奈良だって、お水取りは福井から送られてくるのです。
ともかく毎月、映画を観るために出かける街になっています。
車イスの私には、京都と金沢が映画が観やすい街なのです。
大阪はやや不潔で駄目、東京は車イス使用者を規定の場所ゆえ駄目です。
このことは本当に言い伝えないといけないと最近はつくづく思います。
もうどこが観光化していないかが分かる街になっています。
ともかく、今年はこれほど寒いかという街でした。


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『水陸両用飛行機の造形言語と形態言語』


   


     1月 8th, 2018  Posted 12:00 AM




自動車が飛行機になるという発想は目新しくはありません。
まして、映画で登場したスタイルがまるで未来調和論的だとしても、
デザインいまいちとか思うと、私の予想はかなり当たることがあります。
これは見るからには「未来なんだろうか」?と私は思っていました。
そうしたら、事故が起こっていたようです。
きっとこのデザインに未来性は欠落していたのでしょう。
そう言えば、米空軍、それも沖縄駐留の空軍は最近事故ばかりです。
あれでは流石に米空軍は何をしているんだと言いたくなります。
比して海上自衛隊の海自救難機US-2はあのかたち=形態言語が安心安全。
これを物語っています。
小学時代には、絶対に、大人になったらジェット機は持っていると、
そんな自分納得の予定調和論を持っていましたが、
笑えるほど無理だったようですが、新作の飛行機、特に小型ジェットや、
今ではスティルス機は詳細に、まずはデザインから調べてしまいます。
この水陸飛行機は映画で登場した時点であのデザインは失敗。
見事に的中していたと思います。どこがだめかというと、
フォールディング形態からトランスファクターする時点で時代遅れでした。
水上飛行機には、なんといってもフロートと船体のスタイリングが問題。
日本にとっての水陸には不可欠の形態があると思っています。
それは特に島国日本だからこその造形言語と形態言語の完全一致性、
これがとても重要だというのが私の意見です。
つまり船体の部位としてのフロートその造形言語(デザイン意図)は、
飛行機として特に主翼と均衡した尾翼との形態言語(デザイン内容)が、
完全一致する必要があるのです。
それは多分、「サッチャースパイラル」という形態の新しい発見だと、
私は確信しているのです。


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『美しいモノ、バウハウスでのデザイン・チェスセット』


   


     8月 25th, 2017  Posted 12:00 AM



このところ、自宅や自宅倉庫、そして阪大研究室に収蔵している、
ともかく私の「美しいモノ」を整理し始めています。
これまで、持っていることはずーっと知っていましたが、
使ったことがありません、それはバウハウス期の「チェス・セット」です。
「チェス」については、思い出、
それは映画の「華麗なる賭け」でそれも二回、リメイクまでされた映画、
なぜなら、そこからチェスを学び、しかも相手はいつもパソコンです。
ちょうど先日から自宅でNeXT Stationを発見したら、傍らにこのセット。
本当にわくわくして開けてみたら、新品のままでした。
チェスセットは、私がApple本社で、デザインコンサルタント時には、
「Mind Top」のユーザー向けにこのセットをモデル提案までしています。
無論、プレゼでは「華麗なる賭け」でのチェス場面が余りにも美しかった、
その思い出はAppleでも通じました。
しかし、今は日本の将棋ブームに乗っていて、
私が将棋雑誌まで読んでいて、その自分にびっくりです。
ともかく、どれほど「美しいモノ」を自分が持っていたかということで、
自分デザインは常に「美しさ」でデザイン=問題解決だったことです。
となると、勿論、伝統的な駒もいいのですが、バウハウスのコレは流石です。
それでは、日本の将棋、そのモダンデザイン化は?、
一度チェスデザインしましたが、以来、自分デザインには、
将棋も私のデザインテーマになっていると告白しておきます。
しかし、将棋の駒、その基本形態では大きさと駒それぞれの格付けなど、
困難なことはとても多いようです。
それでも当分、このテーマは抱いておこうと思っています。
無論、自分デザインのゲーム盤はチェスと同じで、駒の造形テーマは?
とても困難だと実感しています。


* 「『華麗なる賭け』のように・・・とはいかず」
* 『勝てないけれどiPad上での将棋とチェスゲーム』
* 「デザインはその発祥から政治的な政策思想だった」
* 『GRiD社キーボード位置をどう乗り越えるかだった』
* 『民藝の美とデザインの美は区分分別されていた』


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『ワインはセンスを決めるひとつのアイテムだ』


   


     8月 15th, 2017  Posted 12:00 AM



車倚子生活を余儀なくされた私は、
リハビリ病院はおそらく最も短期でそこを退院しました。
退院するとそのまますぐに東京プリンスホテルに入りました。
それには二つの意味がありました。
40歳までの余命と言われた私は、
自動車(モンザ)の運転練習とワインの味を暗記するためでした。
東京プリンスホテルはほぼ20年ほど利用したのです。
ホテルでのワインはどれも好きにはなりませんでしたが、
ホテル内でエルメスや高級ブランド品を識りました。
しかし、最初にJALのファーストクラスで渡米したとき、
カリフォルニア産「ベリンジャー」に出会って驚愕し好きになりました。
現在のファーストクラスはJALもANAも食事アイテムランクが落ちています。
結局ワインは育成風土によるとの判断で国産の方がいいことを知りました。
ワインを教えられたのは、
「フランスにおける日本年」に日本代表で招待されて、
丸一日ワイングラスへのワインの垂れ流れ方:Jambsでの品評など習ました。
そして、ワインといえば最高級品は「ロマネ・コンティ」でしたが、
私が心酔し出したカリフォルニア産にそれに匹敵する「カレラ」を知りました。
もうひとつは、なんといっても映画007ではおなじみの「ボインジェ」は、
ワイン収集の要になったのです。
子どもの頃には、赤玉ポートワインと言われていたモノが、
今では高級な飲み物としてその選別は香水やファッション性を持っています。
それゆえに、私はワイン・香水・酒・葉巻などは、
オーディオや車・カメラ・万年筆と同格のモノであり、
センスを極める、そのようなモノだと想っています。


* 『酒、現在はジンの効能性=社会的存在価値について』
* 「酒とタバコと、そして・・・」
* 「ソムリエナイフの歴史的進化は普遍的です」
* 「カメラ修行は今なお・・・」
* 『アナログプレーヤーは45回転がふさわしい』


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『知人、友人、親友、いや話相手としての別感覚の友』


   


     7月 22nd, 2017  Posted 12:00 AM



京都ホテルオークラの左奥からのまなざしです。
京都は月1or2は主に映画を観るために出かけます。
そのほとんどの定宿です。
デザインとしては二つのことがあります。
まず、ホテルオークラのロゴタイプは私の恩師平野拓夫先生のデザインです。
もう一つは亡くなった友人・内田繁氏(アルド・ロッシ)共作のインテリア。
一昨日まで京都にいました。
そしてホテルに戻る度に、あぁ、もう一度会いたいなーと思います。
Gマークの審査会と毎日デザイン賞の最終審査委員時代でしか、
実際は約束してまで会ったことがないのですが、彼との会話や彼の作品、
それは特に「September」を思い出します。
先般このブログで米国のインテリアセンター竣工最初の「国際椅子展?」に、
日本からはたった四名の時も、彼は選ばれていましたし、
彼への献花式には青山葬儀場にてとめどなく悲しくて合掌しました。
その時には、やはり、彼の大きな遺影写真の下には「September」でした。
だから、どうしても欲しくて、彼が居なくなったスタジオ80に電話して、
買い求めたかった椅子です。
そして、Gマーク審査での昼飯は一緒に冗談ばかり言い合いました。
彼が桑沢のデザイン学校校長になると、すぐに講演もしました。
毎日デザインでは、5名の最終審査委員がいる中で、二人でこそこそ話を、
内容はいつか話したいことが一杯あるほど、この審査会で・・・・・でした。
親友ではなかったのですが、知人、友人でもなく、
ともかくデザインというか、肝心のデザイン論議でもなく、
デザイナーである、そんなデザイン四方山話の仲でした。
今回はちょうどこのホテルのエントランス工事中であり、
すこぶるこのホールの素材や仕上げやそして室内色彩の調和性からも、
君らしいなあ・・・彼ならという超重奏高級感
それをとてつもなく感じ取ることができました。
このホールで、今は亡き彼に向かって(君のさぁ、このデザインのなかで)
そんな空想の会話をしました。
今回、京都の古本屋でおそらく江戸後期の水墨スケッチを買いに来たんだ、
でも、もう売れたのか見つからなかったよ、って会話して来たのです。


* 『金沢美大には伝統的なアノニマスデザインがあった!』
* 「日本で最初のスクリプト体・恩師のデザイン」
* 「機械工学とデザインの学際化を・・・大学人としての願い」
* 『目の前に未来・将来は無く背負っているのです』
* 『毎日デザイン賞・同時受賞の佐藤晃一氏が逝去した。』


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『「DESIGN TOKYO」グランプリは国際的な水準を提示』


   


     7月 13th, 2017  Posted 12:00 AM



DESIGN TOKYO展は、応募賞品を4名の審査委員でほぼ4ヶ月書類審査。
したがって、商品展示そのものが審査を通過しなければなりません。
これも毎年、応募点数が増加しています。
この書類審査でNOとしても再度書類や写真を変更して応募してきます。
なぜならこの展示会に出品すれば必ず商談が出来て流通が可能なのです。
3年前から出展企業から出展商品からグランプリをとのことで、
論議の末にグランプリを選んで審査は全審査員で、現物を見て決定します。
このグランプリがあることを海外は知っていて、
台湾は政府が選んだモノを提示、それをさらに審査して決めるのです。
今年は増加した応募応募を確認して、最も優秀な」モノを選んでいくと、
海外製がこれほど乗り込んできているというのが今年度の感想です。
グランプリや優秀賞の表彰式はまだ行っていませんから、
大賞賞品の展示ブースを周りながら、私は賞状を手渡しました。
大賞受賞ブースでこちらの製品だったらグランプリと2社ほど思いました。
ある意味では、今年度のグランプリは、
次世代デザイナーとコラボレーション作品、香りあるキャンドルでした。
キャンドル=ロウソクとしては、通常必ず燃焼すれば蠟が垂れますが
一切垂れないという発明がありました。
ただこれは厚さ3mmでこの大きさで30分のみが問題になりましたが、
通常は、映画が見れる時間=2時間半。
これを次製品開発の目標として、日本技術の進化を望みました。
空気清浄器はブースにて私のアイディアを伝えました。
2mmの鋳物でのホーロー仕上げを私は期待していましたが、
造形的な点ではMoMAからの審査委員の厳しい批評、
これには他の審査委員も納得でした。
やはりグランプリは流石だったのです。
無論、大賞賞品は国際的な目標、その水準になると思っています。

■「DESIGN TOKYO」グランプリ・大賞


* 『Red & Blue 生誕が来年で100年になる』
* 『二人称のデザインをめざす超軽量と収納性の車椅子開発』
* 『芸術は宗教である。=私は信じている。』
* 『見詰める光は「あかり」になるという事例』
* 『新作007・ボンドカーでも確認できた曲線美』


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『盤という人類文化にAI相手は無意味である』


   


     5月 6th, 2017  Posted 12:00 AM



将棋の世界に凄い棋士が登場しました。
将棋がそれほど好きでもない私が、
彼の責め方を見詰め直すほどです。
私は多分、父が子どもの頃の私能力を確かめられていたようです。
まず囲碁を教えられました。
この分量でただ面積を取り合うゲームには全く興味もありませんでした。
将棋となると、ちょっと気になりましたが、
向かい合って二人で黙って向き合っているのが好きではありませんでした。
父は麻雀も教えてくれましたが、性分に合わず父も諦めたようでした。
ところが社会人になって、東芝に入社し独身寮では、
同室の相手が大学での将棋クラブ出身とかで、
毎夜その相手をしなければならず、苦痛極まり無くでしたが、
配属が決まって彼は地方勤務になって解放されました。
ともかく、囲碁も将棋も全く興味の対象ではありませんでした。
しかし、日本の伝統での「盤・盆・膳」の歴史を追いかけていると、
特に盤には様々な世界それぞれのゲームがあることを知りました。
だから、Apple本社でのMindTop提案では、チェスをデザイン試作し、
ユーザープレゼント用としてプレゼンテーションしました。
理由は、映画に登場するチェスゲームに憧れがあったからです。
だから、チェスは強くなってやろうと思っていたぐらいですが、
チェスをパソコンゲームで立ち向かうのですが勝った試しがありません。
ひたすらこれは!と思うチェスはモノとして収集の対象でしかありません。
今回まだ中学生の棋士登場は凄いと思います。
羽生名人はチェスでも世界では名だたる存在だけに、
中学生の彼も将棋、そしてチェスの世界でも是非とも活躍してほしいです。
昨今はAIが将棋もチェスも人間を超えているまでになりましたが、
AI相手のゲームは、盤という人類の歴史を知らないのです。
シンギュラリティに盤の歴史を知らしめるべきでしょう。
だから、それは盤であるゲーム性ではないと断言しておきます。


* 「『華麗なる賭け』のように・・・とはいかず」
* 『GRiD社キーボード位置をどう乗り越えるかだった』
* 『リトルコンピュータピープルの顔色は人工知能要素かも』
* 『ウォッチよりも妖怪メダルに意味がある、と思う』
* 「盤・盆・膳」という文化は木に宿る」


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『実話の映画化は地方を活性化するだろうか』


   


     3月 19th, 2017  Posted 12:00 AM



昨日は由利公正をふるさ福井とふるさとの行政は、
多分なんとしても福井県の観光アピールにとの戦略と、
戦術不足はなはだしい駅構内での宣伝を見詰めました。
ところが、その後には華やかなパネルがありました。
地元の商業高校のチアダンスチームが、なんでも全米一位になったという
この実話が「映画」になったとの宣伝でした。
そういえばときどきこの主演女優さんがTV番組での番宣に登場していました。
実話だそうですから、これほどの宣伝はないと思います。
そういえば親友がこの映画初日に招待を地元の映画館でしてくれるとのこと。
しかし、朝一番、10時からと聞いて、私にこのような朝一からなんて、
とても無理ゆえに断った次第です。
多分招待されてもきっと眠っていたでしょう。
ともかく、東京中心主義に対しての「地方の時代」とは、
1970年代から盛んに叫ばれてきたことです。
私自身、それこそ、第四次全国総合開発法=四全総には、
福井で伝統工芸にインダストリアルデザインを導入してから、
その具体的な活動事例として全国に呼ばれて講演をしたものです。
そして、四全総すべてが大失敗しているのをずーっと見てきました。
それゆれに、伝統工芸産地、地場産業、地域活性化などや、
「街づくりプラン」に多くのデザイナーやデザイン関係機関がくみしてきました。
70年代から、地方の活性化にデザインが関わっての失敗例は
ほとんどが「見て見ぬふり=Eyes wide shut」でした。
3.11やその後の地震対策、復興計画にもデザインは荷担してきました。
しかし、おそらくこうした実話の映画化には叶わない気がします。
けれどもこれすらすぐに忘れ去られていくのが情報過多の時代感覚です。
それこそデザイン導入がいいつの日か
インダストリアルデザインからプロダクトデザインに、
建築活動に「街プロジェクト」が、
環境デザインと言われ出した頃から、いわゆる私なりの鄙美人日本論から
大きく離れていくこの時流の中でも、
実話の映画化の地方活性策をささえうるかをみつめたいと考えています。
やがて、無くなった高校の同級生の実話が映画化されることも楽しみです。

* 『伝統工芸産地を補助金漬けから開放し法律の改正が必要』
* 『「新聞紙」というメディアが消える日が近づいている』
* 『諦観からの発想でこの国家・民族が選ぶべきデザイン』
* 『地方都市=鯖江が日本の未来モデル都市になるわけがない』
* 『日本の繊維産業、その先鞭をつけた人たちの偉業に続け』


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『「天然物」?という価値観を確認する』


   


     2月 8th, 2017  Posted 12:00 AM




街が街らしくその活気を最も感じるのはこうした回転焼き屋さんです。
小学生時代はよくのぞき込んでその作業を長く見ていたものです。
私が今最もよく知っているのは新大阪駅の「御座候」という今川焼きと、
月に一度は必ず映画を観に行く京都寺町の鯛焼き屋さんです。
改めてこのブログに取り上げたのは、
鯛焼きでも、これは「天然物」という名称があると知ったからです。
確かに鯛焼きゆえ、その鯛も回転焼きにすぎないにもかかわらず、
「天然物」?、この名称に心惹かれました。
そして思い起こすと鯛焼きでもこの寺町で月に一度は食べるのですから。
先般京都で確認してみると回転鯛焼きのその道具で明解に分かりました。
(そうか、天然物だったんだ)と凄く嬉しくなったのです。
つまり、鯛焼きの型はすべて一匹一匹を回転させるのです。
これは労働量は相当なものですがあんこが確実に鯛焼きの尻尾までです。
店先にはなんと「天然物」と銘記がありました。
なんだかとても嬉しくてしかもこの「天然物」とした商売にとても喜び、
流石、天然物だから凄いというほど、自分を納得させたのです。
「鯛焼きは天然物に限る」というもはや私の理念が決定してしまいました。
このアナログ性は生き残ってほしいと思います。
それこそ、最近はご当地名物がEコマースや「ふるさと納税」で入手出来ます。
この便利さは淘汰されるはずでしょうし、そうあってほしいのです。
それは商品価値の問題です。
価値とは「望ましいコトと好ましいコト」です。
しかもこの価値には信頼と安全と安心が必ずなければなりません。
それは人間という不完全な存在だからこそ、
人間のしかもアナログな手づくりには、
信頼性・安全性・安心性では不足していることを
デザイナーは再考すべきと考えています。


* 「実演販売を見るのは大好きだから、道草文化が必要だ」
* 『PPMはすでに図表表現が異なっている=KK適塾』
* 『ゲームコールセットの信用と信頼にある価値』
* 『四句分別にある明解な「的」は曖昧性を強化する』
* 『デザイン領域の「統合」による安全・安心・防災・防犯』


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