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Posts Tagged ‘有田’


『陶磁器産業地を視察して・伝統産地は県行政を決定する』


   


     1月 19th, 2014  Posted 12:00 AM



陶磁器に実際、自分のデザイン作品を商品化して以来、
佐賀県の古川知事と懇意になり今回産地の視察と会食をしました。
有田・伊万里焼に関わらず、佐賀県全体へのデザイン企画提示。
そして、何よりも産地の技術センターや窯元を視察しました。
佐賀県庁では陶板のあの柿右衛門様式を見ました。
有田焼は2016年に有田焼創業400年を迎えます。
この創業400周年記念事業を中核とした佐賀県全体プランにこそ、
「デザイン=問題解決実務の導入」企画を5点提案してきました。
陶磁器産業は中国・景徳鎮発祥から技術革新が少ないのです。
柿右衛門が発見した「赤色」ですら、
有田から景徳鎮、さらにはマイセンにもこの技術が行きました。
私は2年がかりで「プラチナ釉薬と製陶技術デザイン」を開発。
そして、産地で特に釉薬や新たな技術開発(まだ発表できず)を
デザイン導入・県行政への企画デザイン戦略を作成しました。
実際は、有田・柿右衛門様式にはグループ開発説もありますが、
これは越前打刃物でも二人説があることと似ています。
私には、その発明者の伝説よりも、
たとえば「この赤色発見」をした時の感激度を温存することです。
「赤色を探り当てた」のはどれほどの喜びだったでしょう。
日本の陶磁器技術には「無鉛釉薬」が決定されています。
伝統工芸でのこうした法律的なことが産地を駄目にしていますが、
時代ゆえに仕方がありません。
まして、かつてはOKだった「酸化ウラン」ゆえのグレーは不可能。
だとするなら、この法的事情を打ち破ることが日本の使命です。
古伊万里と古九谷の関係もしっかりと見届けました。
そして、まったく新たな陶磁器産業構造が見えています。
県庁ロビーの柿右衛門様式陶板はなるほどデッサンは正当でした。


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「博多で一息・キャナルシティ博多の賑わい」


   


     3月 26th, 2012  Posted 12:00 AM


有田・唐津での出張を終え、
6年ぶりに博多で2日を過ごしました。
かっては、特別老人ホーム(唐津)や健康機能商品開発のアドバイス、
同時に歯の治療で毎月滞在していました。
その時は、新設される札幌市立大学設置委員会にも出席していたために、
札幌・博多を何度も航空機で通うほどでした。
札幌市立大学は学長辞退という大事件も経験しました。
私の生涯での大事件の一つかもしれませんが、
今となっては「大変だったけれどとても良い経験」になりました。
真相は多分、語ることは決してないでしょうが、
学長辞退には一方で激しく罵倒されながらも、
本当に私の事を考えてくれた人たちには今なお感謝しています。
さて、博多ではグランドハイアット福岡に泊まりますが、
私のホテル評価では5本指の一つに入るほど、
国内では最高ランクのホスピタリティがあります。
6年ぶりでしたが、スタッフの皆さんは覚えていただいたようで、
車椅子対応の準備の周到さは日本でトップです。
そして何よりも興味深いのは、
隣接する「キャナルシティ博多」というショッピングモール街です。
私自身はここではそれほど私の物欲・購買欲はありませんが、
子供から大人まで、そして商品アイテムはまさに百貨店ですが、
百貨店を上回るマーケッティングを現場観察することができます。
今回、店頭でテレビゲームに夢中の女の子をしばらく見ていました。
あまり見ているとロリコンに見られるよとワイフから忠告受けるほど、
この子の存在は興味深かったのです。
もうこの子には自分ながらのファッションセンスが
自分自身に育っています。
そして、
このようなゲームに夢中になれるという発見がいっぱいありました。
キャナルシティ博多はさらに拡大し、
博多駅との競合で激しいマーケッティング競争をしていると聞きました。
博多に九州が一極集中している現実がありましたが、
その「活況ぶり」には、
あらゆるファッション性が
百貨店を超えたエンターテイメント性が見事でした。
ただ、競合する店舗同士を見ていると、
「なぜ、こちらの店舗が人気か」というのは、
店舗店頭や店内動線に「拒否記号」と思えることがいくつかあり、
「やっぱり」と確認することができました。
この店頭にテレビゲームは、この子にはたまらなく面白いのでしょうが、
この店舗の「拒否記号」=ショッピング・衝動買いでの
バリアーになっていることは確かでした。
キャナルシティ博多はさらに拡大し、
海外の人気ブランドショップをワイフの付き人になって周りました。
まさにデザイナーとしての視点で楽しむことができました。
そして、これほどの盛況を
なんとしても東日本被災地復興に図るべきでしょう。
「までい-Project」のことが脳内いっぱいのイメージになりました。


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「有田プラチナ釉薬仕上げ工程デザイン」


   


     3月 25th, 2012  Posted 12:11 AM


Platinum Morphological Reflection Method.
伝統的な有田磁器への新たな造形デザイン意図は、
カップのプラチナ釉薬仕上げによって、
Anamorphosis的なソーサーグラフィックを反射させることで、
これまでの陶磁器文様のあり方に一つの表現形式を与えることでした。
問題は、プラチナ釉薬の焼成が何度も思い通り平滑に仕上がらず、
結果はソーサー文様が歪曲してしまいます。
特に有田現地産出の天草陶石については、
土練りから成形・型抜き・素焼き・施釉、そして窯入れ・本焼き、
窯出しを経て、プラチナ・金処理後の錦窯で定着までを
産地の職人さんとのやりとりを2年間繰り返しました。
こうした現場とデザインの関係を、
Product Process Method of Development Management
PPMDMと呼ぶことにしています。
こうした有田の工程は、有田焼を最も特徴づけています。
それは土練りから成形し素焼き後すぐに施釉するのは,
1640年代ごろの中国人による革新技でした。
これが有田焼の最初の革新だったと私は思っています。
さらに、3回も焼成する伝統技を生かすことで、
プラチナ釉薬が定着するかどうかでした。
困難を極めました。
だから私はプラチナを線で表現しても、
面表現は無理と思わざるを得ませんでした
しかし、産地・福泉窯は社運をかけて取り組んでもらいました。
正直まだまだ改善することは残っています。
これがとても大切な課題です。
この課題こそ今後の有田焼はもちろん
国内すべての陶磁器伝統産業への問題解決になるでしょう。
ともかく第一段目の商品化にたどり着いたと判断しました。
陶石をさらに金属化していくことで、
現代のセラミックス技術に統合化できないだろうか。
プラチナの施釉ではない新たな定着方式など、
今、私の想像力の中ではPPMDMという
陶磁器産業へのデザイン導入方法のアイディアに包まれています。


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「組紐に出逢い、やはり『絆』があった」


   


     3月 24th, 2012  Posted 12:00 AM


有田への出張は佐賀県嬉野市から始まり、
嬉野温泉に泊まりました。
そこで「組紐」に出逢ってしまったのです。
ここにも「組紐」があったんだと「嬉しく」なり、
しかもその売り場には「絆」を表す組紐とカードがありました。
3.11以後のわが国は、現政権への不信感や、
反原発・脱原発で国の世論は分断されています。
だからこそ国難の最中になっています。
私は「範原発」という新たなカテゴライズをまとめています。
組紐は、
母の帯留めや祖母が日本刺繍を教えていたこともあり大好きな物です。
しかもこの組紐はまさにトポロジーの一例になるモノでもあります。
どうやってこの結び方があるのでしょうか、
「結い」という日本の伝統的作法を表現した伝統工芸であり、
なおかつ江戸時代に完成された「美しい日本の表現物」と思っています。
私はカメラのストラップにするために
帯留めの組紐を材料にしてストラップを自作することがあります。
今回、有田焼に関わって、有田が1640年代頃には一つの革新がありました。
一次焼成後に青色・コバルトブルー、酸化第二鉄が酸化第一鉄に変化し、
独特の青色を生み出して、
この地方の鍋島焼は献上品としての名作が今も残っています。
従って、ある意味では無鉛の釉薬をなぜか強制させれる現代、
このコバルト・ブルー(有鉛)は失われました。
私はそれが問題だと思っています。
有鉛であっても、
釉薬処理での産地の伝統技には害毒などありえないのです。
焼成後のブルーは結晶構造が唇に優しいモノに変化しているのです。
1640年代といえば、三代将軍「家光とお江与の方」の時代でした。
組紐は刀剣から着物にいたる
「美しいモノ」が完成され始めた頃のことです。
カードには現代では「トポロジーのかたち」、
そう呼ぶことが可能の一つがあしらわれて
「絆」の確認を訴求していました。
この「結い」はまさにトポロジー配置空間だと言っていいでしょう。
私の有田での講演会と発表会は、
今、わが国にとって最大に重要な「絆」から始まりました。
翌日は、佐賀県知事・古川康氏と初対面で夕食をしながら、
「有田」産地のことから復興計画=被災地空間環境までの「絆」を
4時間話合うことができました。


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「プラチナ・ミラーリングのティーカップ」


   


     3月 23rd, 2012  Posted 12:00 AM


有田焼はこの2年研究をしてきました。
それは日本の陶磁器産地、その現状をしっかりと確認したことになります。
コーヒーカップの製品化を、
今度はティーカップにも新たな展開デザインを試みた結果、
Platinum Morphological Reflectionという手法で、
基本的な3パターンを押さえました。
ドット・ストライプ・チェックというグラフィックです。
そして、PMRはAnamorphosis的にどこまで可能かを追い求めました。
コーヒーカップもソーサーのグラフィックが
ミラーリング的に反射効果をしますが、
ティーカップは、曲面や曲率から、
正当な反射になるようにするためには実験をしました。
結果、デザイン設計として産地にグラフィックも提供し、
その基本となる釉薬から焼成での平滑度を
製陶工程に組み込むことがやっと出来ました。
講演前夜にその確認をするということになりましたが、
もし、私なりの評価が私の基準に達しなければ、
産地側にも決断をしなければと思っていましたが、
デザイン仕様どおりにモデルは完成していました。
そこで、詳細な工程も含めて講演内容に、
PMR-Methodの話を盛り込むことが出来ました。
その夜はうれしくてうれしくてたまりませんでした。
しかも宿泊したのが「嬉野温泉」でした。
まさしく地名どおりに
「お湯につかれてウレシーノ」を実感した次第です。
有田と伊万里は磁器産地であり、唐津は陶器産地です。
三つの産地の現在の商品価値は、国内外と比較して見てきました。
これは今後、
日本の陶磁器産地すべてに共通する問題を私なりに提案し、
なおかつ国内各産地毎の解決を求めたいと思っています
CGで見ていただければ納得してもらえると思いますが、
多分、この手法を模倣することは困難です。
そして、
陶磁器業界も模倣を繰り返すことで発展してきたはずですが、
私の判断評価は、
この400年ほど「陶磁器産業の高密度化」は停止していたと思います。
絶対に「革新」がかなった商品開発ができたと自負しています。
まだ次々と革新的な手法を国内、特に有田から出発させる覚悟です。


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「いっちょらい」


   


     3月 22nd, 2012  Posted 12:00 AM


有田に来ています。
身につけているのは、「いっちょらい」のモノです。
「いっちょらい」というのは福井弁です。
私の発音は未だに福井弁が消えていないようです。
京都生まれ京都育ちのワイフからしばしば指摘されます。
しかし、奈良と京都の文化を支えていたのは、
越前と美濃だという確信があります。
だから私は越前生まれを誇りにしていますから、
福井弁のまま生きていくでしょう。
今出張中ですが、
身につけているのは、すべからく私が選び抜いたモノですから、
多分、形見になるモノばかりです。
時計も私のコレクションの中では特別注文したモノです。
今、日本人のある時計師の方にもいづれ頼みたいモノがあります。
財布はもうこれほどのクロコダイルでしかも青染めは出てこないでしょう。
ブレスレットは、時計に合わせて自作したビーズのブレスレットです。
今年修士修了生には手作りのブレスレットを贈りました。
結構、私の手作りは人気があるようです。
時々、見せびらかすと「いい」と言われると、
ついついプレゼントしてしまいます。
なかなか時間が無いので、ちょっとの息抜きに造ります。
すべての教え子に贈ってやりたいと考えています。
つまり、ブレスレットで手かせとして呪縛してやろうという魂胆です。
カレッジリングも自分の大学卒業年度72アンティークリングを
いつも探して集めているコレクションの一つです。
自分の研究室生にはカレッジリングデザインして
造ってやりたいと考えています。
もう一つのリングは、
私なりにこのデザイナーとは闘ってきたライバルの作品です。
ともかく、私の「いっちょらい」を出張中ゆえに身につけています。
もう自分の時間制限が見え始めていますから、
「いっちょらい」に、
自分の生活を包んでおきたいというのが念願になっています。
有田の新作は、工房工場も訪問し、
スタッフの皆さんに挨拶ができました。


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「陶磁器ようやく作品化から商品化まで」


   


     3月 18th, 2012  Posted 12:00 AM


陶磁器については、私の関心は小さいときからありました。
ほとんど日常生活は九谷焼に取り囲まれていました。
唐三彩などは雪国の利休鼠色の曇天には
とても重要だったのではと思っています。
デザイナーになってから、
ともかく超えられない陶芸作家が3人いました。
まず、徳田正彦氏(徳田八十吉・三代目・金沢美大先輩)から、
若尾利貞先生・小松誠氏です。
正彦氏の九谷焼は高校時代に大きなショックを受けました。
これまでの九谷を大革新した唐三彩の色使い、
それが、在米日本大使館の大きな玄関にある大皿は本当に見事です。
小松誠氏は知人であり、彼の陶磁器デザインは秀逸です。
なるほどMoMAにはすぐに収蔵されるデザイナーです。
そして陶芸家としての若尾先生の陶磁器研究や
その制作現場には大きな憧れがあり、先生の思想を作品から学びました。
小松誠氏の作品は何度か批評を書かさせてもらい、
氏からも作品をいただいていました。
したがって、彼らの作品を前にするととても打ちのめされていましたから、
自分の発想がアポリアになってしまいます。
しかし、有田の福泉窯さんからステッキのデザインを依頼され、
あらためて世界の陶芸ブランド品も収集しながら、
ともかくティーカップの前にコーヒーカップからトライを、
これがようやく2年がかりで商品化するまでになりました。
本当は、もうアルミナ素材で
すべてをセラミックス化をと思っていましたが、
伝統工芸の産地で、この投資は困難です。
そこで「PMR=Platinum Morphological Reflection」と名付ける
Anamorphosis的な効果をねらうために、
プラチナ釉薬を現地産の天草陶石で試作を繰り返してもらいました。
このミラーリング効果は、
おそらく陶磁器表現としては世界でも初めての試みだと思います。
なんといってもミラーリングによるAnamorphosis的な効果を、
さらに完成度技法をアップさせなければなりません。
プラチナ釉薬や陶磁器素材と焼成方法を進化させる方法が
すべて自分の中に蓄積できました。
ここから、新たな革新を有田はもとより、日本各地の陶磁器産地へと
セラミックス容器デザインそのものを今世紀に革新できるでしょう。
そして、こうした素材・釉薬・焼成などから
日本の新たな輸出産業化をめざしたいと考えています。
相変わらずの陶磁器デザインに固守するデザイナーは義務放棄です。
いくたびも、試作品で、「飲み心地・使い心地」の確認をしてきました。
まだまだやれそうなことがあると考えています。
そうして、新たな陶磁器・セラミックスデザインのために
新たな才能を見つけ出すつもりです。
もはや私はプロデューサーに徹したいという希望があります。


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12月2日Staff Blog


   


     12月 2nd, 2009  Posted 8:00 PM

12月2日

BOSS(川崎和男)新作発表です。
有田 福泉窯 × Kazuo KAWASAKI による
ステッキです。
伝統技術と先端医用工学的デザインの融合。
体重中心設計によりグリップと主軸の関係を
ベースとしています。

IFFT interiorlifestyle living 2009
東京ビッグサイトにて
12/4まで展示しております。
kz-arita」です。

091202ifft_kzarita1
091202ifft_kzarita2


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