kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘本来’


5月29日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 29th, 2020  Posted 12:00 AM

5月29日 仏滅(壬申)

本来ならば、
モノについての言説は、
以下のコンテクストで、
デザインされたモノの
「意味すること」と「意味されること」を
検証していくことができる。




倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』19 ビュー・ポイントからのミス・ブランチ


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『橋本左内』ーその漢詩と生涯


   


     5月 10th, 2020  Posted 3:09 PM



『橋本左内』ーその漢詩と生涯

自宅の近くに「適塾」がある。
小学生の頃、父から「啓発録」を教えられる。
私が阪大に居たとき、後から聞いたのは
その時に「嫌がらせ」を受けました。
本来だったら自らを押さえているのだ!
阪大の「デザイン」はとても「未熟」。
それ自体、デザインを使い過ぎなら、
「デザイン」を知っているのは数名である。
それでも「適塾」の会員であるのです。
そして彼の直筆(福井県は全く知らなかった)を講演用に持っている。


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5月14日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 14th, 2019  Posted 12:00 AM

5月14日 先勝(辛亥)

構造とは本来は、
多種な素材あるいは一種の素材でも、
寄せ集めてプラス化させる。
とすれば、
集中した造形に至ることは
当然である。
が、
この構造を消滅させることに、
アクリルを使用した。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』5アクリルの生涯連鎖


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『レタリングで基本ロゴタイプ・Kazuo Kawasaki® 』


   


     1月 20th, 2019  Posted 12:00 AM



「Kazuo Kawasaki」。
フリーになって、ともかくこれからが、デザイナーとして
「名前を出す」と言うことで作成したロゴタイプです。
天地60mmで、ある書体(不明)を参考にして、
ケント紙上(ホワイティングが可能)で作成をはじめました。
私の作品・企画書・計画書に記載されるこのロゴは、
全てのレタリングの調整を終えるまでに3ヶ月くらいかけて
当時、赤坂の事務所でつくっていたことを思い出します。
最もzの書体が気になり、そのうちの2ヶ月をzの書体を調整しました。
しかし、このロゴタイプは最初は企画書だけに使用していました。
ふるさとの福井に帰ってから、越前打刃物にデザインを導入し、
「タケフナイフビレッジ」のブランディングを手掛け、
デザイナーとしての自分の名前は、表に出さないと私は決めていました。
また話題になってからも、私の写真は掲載しないとも決めていました。
作品よりも、「身障者がやっている」というイメージが、
先行することを恐れてたからです。
まだまだ公然と偏見や差別がある時代でした。
これを出来る限り、作品から抹消したかったのです。
28歳で車イスになり、まもなく70歳です。
そろそろ、思い切ってこのレタリング=ロゴタイプで、
デザインを使用していいのかと思っています。
ちなみに、名前をブランドとして商標登録するには条件を
満たす必要がありますが、
「Kazuo Kawasaki」は商標登録されています。
最近では、企業の製品で自分を売り出すデザイナーが、
多いことこそ、「デザイン本来」を忘れています。


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12月24日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 24th, 2018  Posted 12:00 AM

12月24日 仏滅(庚寅)

with Drawersに本来の意味性、
それは事物の逆説性と考慮できる
「内密性へのイメージ」を換気させる
「引き出し」を、家具という機能形式に
瞬間的に読み替えられる仕掛けを
私たちに与えたわけである。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』4画家とともに


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10月05日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 5th, 2018  Posted 12:00 AM

10月05日 先負(庚午)

なぜ多くの人が
ツールにとらわれてしまうのだろうか。
多くの理由があると思うが、
そんな理由を確かめることをまず忘れている。

列挙してみよう。
1 時聞がない・・・・じっくり考えていない
2 手先が不器用だ・・絵や写真に興味がない
3 面倒くさい・・・・本来プレゼンに熱意がわかない
4 手早く済ませたい・想像力が欠如している
5 ともかく便利だ・・図を描くことが苦手
ということになる。

『プレゼンテーションの極意』タブーの逆説「いい加減」なプレゼンの「良い加減」づくり


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09月29日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 29th, 2018  Posted 12:00 AM

09月29日 先負(甲子)

なぜ多くの人が
ツールにとらわれてしまうのだろうか。
多くの理由があると思うが、
そんな理由を確かめることをまず忘れている。

列挙してみよう。
1 時聞がない・・・・じっくり考えていない
2 手先が不器用だ・・絵や写真に興味がない
3 面倒くさい・・・・本来プレゼンに熱意がわかない
4 手早く済ませたい・想像力が欠如している
5 ともかく便利だ・・図を描くことが苦手
ということになる。

『プレゼンテーションの極意』タブーの逆説「いい加減」なプレゼンの「良い加減」づくり


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09月17日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 17th, 2018  Posted 12:00 AM

09月17日 大安(辛巳)

どんな人でも、オリジナリティを
本来は持っているということの証である。

ところが、いざ公の場に出たとたん、
人はどういうわけか
とたんに均一化してしまう。

特に私たち日本人はその傾向がある。



『プレゼンテーションの極意』タブーの逆説「いい加減」なプレゼンの「良い加減」づくり


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『一階から三階まで一直線の危機』


   


     7月 14th, 2018  Posted 12:00 AM



「階段」は急激なほど,特に「車倚子の人」には
とても怖い存在です。
私にとっては田舎の駅のプラットホームは、
健常者にとっては何気なく普通でしょうが恐怖です。
もはや駅のプラットホームは、全面改修のデザインが
必要だと思っています。
もしそれが病院にあったら、というものを知りました。
しかもこれを建築コンペで選んでいたらと思うと、
建築家が、どれほど杜撰な頭の持ち主なのかと言えます。
それもこの病院では車倚子使用者が多いのに!。
1階から3 階まで一直線なのです。
この建築家には、
なぜ江戸時代に一階から二階へはどうやっていたかすら無知識です。
これは一階からそのまま2階なのか、
もう一つは反対に逆転して2階へ上がるのかが全く知りません。
それこそ、坂本龍馬が暗殺にあった平面から2階では
全く駄目であり、本来なら逆転する階段が必要です。
さて、この病院にはエレベーターが3台ありますが、
私は階段の踊り場を絶対に利用しないと耐えられませんでした。
まして1階から3階までの階段使用を健常者の人が、
どこかの建築?デザイン?で賞を
もらっているのでどういう学会名のだろう思います。
階段という方式が駄目であり、
自宅には電動での方式が一番なのでしょう。
階段がある特に神社仏閣は絶対に、
車倚子の人をどうすべきなのかは
建築家の大きな使命だと考えています。
もし、車倚子の患者が3階から落ちれば、
この階段は「凶器」だと訴えなければなりません。
このことを考えれば、エレベーターは、
地震多発の中では「凶器」だと思います。
先般,大阪北部での高槻市での地震では、
32階の自宅ではエレベーターが停止し、
それでも夕刻には修理がかないました。
おそらくエレベーターは全く新しい方式が発明されないと駄目でしょう。
日本の方式こそ、「階段」取りやめ、
「エレベーター」も新規にすべきと私は考えています。


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『美大教育の終焉が始まっている・教員の責務を問う』


   


     7月 9th, 2016  Posted 12:00 AM



多摩美術大学で年1回の特別講義をしました。
正直、大学をすでに退官したときから
あらためて講義を大切に考えています。
不思議だと自分自身思います。
それはいくつかの大きな理由があります。
まず、わが国の「モノづくり」低迷は産業経済力を著しく悪化させており、
それはデザイン界自体が、相当に誤った方向にあるからです。
そのことに全く平気であり
それでもスター扱いされている悪者デザイナーがいることです。
高校時代だったなら・・・絶対に肉体的な喧嘩をしていたと思います。
美大時代の先輩から、「川崎、あいつ殴ろうか?」といわれると、一応、
「先輩、今は立場があるので勘弁してください」と言います。
多摩美大はデザイン界問題の渦中の大学ですが、
この八王子校は全く違いますが、
日本のデザインが海外からも非難されることを
しっかりと次世代に「デザイナー責務」としての発言を実務活動で紹介。
しかし、年々、美大生は大人しくなっています。
これには大問題があります。
「絵が描けるから美大ということ、文系になっていること」。
高校での管理教育の成果にはとてもまじめ過ぎるのでしょう。
真面目な学生は教員意識の反映です。
本来なら他の教員の教育ベースであるデザイナー実務を知りたいです。
「上から目線」と言われても結構です。
が、阪大で退官後に進行している
デザイン実務はやはり最先端であると再確認しました。
3.11を忘れることは出来ないほど熊本地震も連続しています。
それに対してレジリエンスデザインにこの美大のほんの一部教授にも
参画をしてもらっていますが、学生との一体感は無いようです。
それもそのはずです。
大間違いを放置している大学理事会の怠慢性を訴求します。
「デザイン思考」などの大間違いが「ジェネリックデザイン」となり、
その風潮があったことは書き残しておきます。

*『特別講義・多摩美術大学『制度設計と形態設計』』
*『毎日デザイン賞・同時受賞の佐藤晃一氏が逝去した。』
*『造形言語と形態言語とcodeとmodeと、そして・・・』
*『鉛筆削り・手動と電動を使いこなす』
*『モノ真似防止、他のデザイナー作品は暗記すべきだ』


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