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Posts Tagged ‘柳宗理生誕100年記念講演’


『民藝へのアンコンシャスビューティを再熟読』


   


     7月 13th, 2015  Posted 12:00 AM



「柳宗理生誕100年記念講演」以来、
私はあらためて先生の作品系譜から、柳宗悦「民藝論」を
再熟読をしています。
多分もう一度「川崎、読み直せ」と言われていると
自分に言い聞かせています。
アノニマスデザイン・ゲマインシャフト・アンコンシャスビューティが、
先生から受け継いできたデザインの要でした。
先生はスケッチやレンダリングよりも、
ともかく、現場での実験モデルを重要視されていました。
そのことを私は正面切って、先生にぶつかっていきましたから、
学生時代は睨まれ、叱られながらも、なぜか一杯話をしてきました。
レンダで誤魔化すな!− いえ、レンダでも十分に語ってみせます。
図面を書きすぎるな!− いえ、いやというほど図面を画きます。
でも、現場のゲマインシャフトを護り抜き、
アノニマス性を順当に受け入れてきました。
アンコンシャスビューティを何としても見出そう!
これを私は自分のデザインの核心にしてきたと自負しています。
先生が、父親の「民藝論」増補版で製作者の方々に、
大変な敬意を語られています。
同様に、先生のご子息・柳新一氏に、
私はアジアで盛大な展覧会なのに生誕記念講演だけで
本当に申し訳なかったと伝えました。
そうしたら
なんと「民藝」が商業主義の基盤的背景になっているとの話に、
私はまず、先生の怒りの表情を見ました。
2005年に亡くなってしまった女性デザイナーの仕事を見事に、
自分のデザインだと言い切ってしまう狡猾さを反映して、
「民藝」を自分の商売デザインに平然と悪用する輩を許さない!
私は改めて「民藝」を護り抜かなければならないと決意しています。
「川崎、叱っているのだ、怒っているのではない」、
先生の声が耳鳴りします。
が、「民藝」を広告コピーとしていることには、
柳宗理先生は大激怒しておられるでしょう。


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『理念という思想からの発明がデザイン造形を決定する』


   


     4月 23rd, 2015  Posted 12:35 AM



「柳宗理生誕100年記念講演」の資料を再整理しています。
再整理をするなかで、私には柳先生の笑顔はあまりありません。
それは大学入学直後はもちろん、卒業制作でもいつも
私は生意気な反抗を繰り返していたからだと思っています。
「お前の名前を覚えておく」ー(覚えてもらえた!)
「どうして、絵を描く?」ー(レンダ、スケッチ上手くなる!)
「なぜだ?」ー(私はそうなる時代を創ります)
「なんで、車イスになったんだ!」とかのセリフが聞こえてきます。
それでも、
「先生の生誕100年では、僕が話をします!」
(先生は怒ってしまうかな、いや、護り抜いてきたから大丈夫です)
最近、デザイナー志望の学生達は先生の名前も知りません。
先生のデザイン、造形デザインを私なりに論理化するつもりです。
先生の造形デザインには独特の楕円構造があります。
私はパロールとしてのオーバル造形とラングとしてのエリプス造形、
そして柳宗理のスーパー楕円構造です。
柳デザインといえば、バタフライスツールがあり、
このスツールは、先生が金沢美術工芸大学教授になった、
その翌年1956年だったということですが、
この木工企業の元デザイン部長が、現代寸法への変換では、
先生のやり直しの連続その苦労話をいっぱい聞いたことがあります。
私が最も学んだことは、デザイナーとしての理念は思想であり、
強固なるゲマインシャフトからしか、デザインは生まれないこと。
アノニマスデザインを常に手本とする創意工夫は、
伝統が創造であり、それは発明でなければいけないことでした。
私のデザインは、それを素直に遵守してきたという自負があります。
先生がシャルロット・ペリアンの直感判断を確信したがゆえに、
偽物を見通していたことは、私はなんとしても引き継ぐつもりです。
先生が私に笑顔を見せてくれたことがありました。
それは、私が金沢美大の卒業制作批評で、
「たとえ玩具の動物でも、バラバラにする遊具などあり得ない!」、
その判断を学生に言ったら、振り向いて、
(そうだ、よく言ったな!)と笑顔で振り向いてもらえました。
記念講演をめざして、私は柳デザイン全てを心に包み込むつもりです。


柳宗理生誕100年記念講演


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『強固なるゲマインシャフトからデザインは生まれる』


   


     4月 22nd, 2015  Posted 12:00 AM



「柳宗理生誕100年記念講演」を私が担うことなりました。
金沢美術工芸大学は今なお先輩後輩の結束は堅くて、
先輩からの指示には最大限の寄与をすることになっています。
同級生が支えてくれていますから、私の役目は懸命に果たします。
講演内容は、柳先生の作品解説と、私なりの、先生との思い出があります。
正直、若い頃は入学直後に、私は覚えられるほど反発していました。
それなのに、東芝に入社すると、新人研修でまたもや先生の講義を受け、
これまた、もう何度も聞いているからと断りに行って、
「お前などもう来なくて良い」と言われました。
ところが、車イスになって母校に非常勤でもどると、
「なんでお前はそんな体になった」と心配を受け、
福井で先生の講演会準備に駆け回りました。
先生が高齢になられてからは、同級生が先生を見護り、
先生の作品収蔵や記念館設立、そして生誕記念講演、
その役目を私に与えてくれました。
先生への反発も、先生から教わってきたことは、今も私の根幹です。
私の世代の美大は赤レンガ校舎で元兵器庫跡ゆえ、
結局は薄汚れた倉庫で、室内には雪が舞い込むほどの寒さでした。
ある時、同級生が教室で煙草を消し去り投げ捨てました。
柳先生は突然、大声で顔を真っ赤にして怒鳴られました。
「煙草を平気で投げ捨てるお前はクビだ!」、
「煙草を捨てる者にデザイナーになる資格が与えられるか!」、と。
私はこの瞬間に、デザイナーと社会の関係を学んだと、
今なお思い続けてきました。
卒業間際になってまだ私にはデザインの真意が分かりませんでした。
あのモホリ・ナギの「デザインは社会に対する態度である」。
このことを目前で教え込まれました。
アノニマスデザイン、
強固なるゲマインシャフト、
伝統は創造である、
発明あるデザインなど、
先生の作品を再度厳密に私は見直し、
これからのデザインを、柳デザインから引き継いで語る、
その覚悟づくりをしています。
先輩たちが私の語らせる役目を果たすべく、
これならデザイン評論になると思っています。



柳宗理生誕100年記念講演
* 東名高速道路・東京料金所ー防音壁


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『モダンデザインの造形に潜むスーパー楕円』


   


     4月 21st, 2015  Posted 12:00 AM



「測円」という言葉が私はふさわしいと思っています。
測円というのは、関考和でしたが、今は「楕円」です。
そして、楕円はovalとellipseが英語では二つの言葉があり、
私なりには、ovalはラテン語から卵の曲線意味ゆえパロール。
しかし、ellipseは数学的ゆえにラングとその言葉使いを決めています。
というのは、私がメガネデザインに取り組んだ時に最も懸命に
「スーパー楕円=Super ellipse」にこだわっていたことがあります。
このスーパー楕円でのメガネフレームのレンズカット形状商品は
全く売れませんでした。
それ以後、スーパー楕円らしきメガネフレームは存在していません。
なぜ、また楕円というより測円、そしてスーパー楕円は、
モダンデザインでは多くが成功をしています。
最近、私が最も関心を持ったのは、iOSのOは見事な楕円です。
これはジョッブスの置き土産であり、
彼がカリグラフィの学術的芸術的知識から差し出したデザインには
それこそAppleでも気づいているのだろうかと思います。
今私はもう一つ、モダンデザインの源流に、
このovalとellipseでの造形意図と表現を整理しています。
特に、スーパー楕円でのモダンデザイン造形の形分析をしています。
これは楕円がパロール的造形とラング的造形にまで立ち入れば、
二つの造形が読み取れてきます。私自身がデザイン評論として、
これまで取り組んできたのは倉俣史朗デザインでした。
それをベースにもう一つは恩師の柳宗理デザインです。
柳宗理生誕100年記念講演は教え子の一人として、
美大先輩達からの強い要望は、
これからのデザインを語る基盤に柳先生のデザイン、
その置き土産に潜む、アノニマスとゲマインシャフトを伝承します。
私の解釈論で柳宗理デザインのその造形を、
金沢21世紀美術館で語ることだと考えています。
柳宗理デザインとAppleデザインは繫がっているようです。


* 柳宗理生誕100年記念講演



























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『金沢21世紀美術館から届いた10周年の収蔵作品集』


   


     4月 2nd, 2015  Posted 12:00 AM



2006年は私が阪大に転籍して、しかも個展を行い、
結果、敗血症・多臓器不全にて重篤常態になり生き返った年でした。
その個展は金沢21世紀美術館での自分最大規模の個展。
金沢美大で学んだことを30年間デザイン活動の結果報告ができました。
しかも、その個展で最大のことは、1994年ギャラリー・「間」での
「プラトンのオルゴール展」でのインスタレーションと
その作品は、スケッチから作品、作品集までが国内で初めて収蔵。
金沢の21世紀美術館の存在は、日本の美術館存在を変革しました。
そして、開館10周年の記念で収蔵作品集が発刊され私に届きました。
4月1日に、この作品集を熟読できました。
幸い、このところ多忙を極めていただけに、アート作品は、
私にとって最良の清涼剤になってくれたようです。
私は工業デザイナーですが、「プラトンのオルゴール」は、
私が影響を受けた12名へのリスペクトを、
ビートルズ曲、これも市販されていない曲名を選び、
編曲をしたオルゴールユニットまで作成して仕組んだモノでした。
「デザイナーの作品などはデパートにあればいい」などという
陰口も私には届きましたが、金沢21世紀美術館サイドは、
「デザインという手法が、アートに直結していること」を
公認するがごとくに収蔵作品として買い上げていただきました。
私の個展後も、その特別展示や、私のデザイン活動も取り上げて、
PKD(Peace-Keeping Design)特別展示などもしていただきました。
デザイン作品を収蔵する国内では唯一の美術館だと思っています。
そういう意味では、海外ではデザイン作品が収蔵されますが、
国内の美術館がデザイン活動でのアート性を評価していません。
この5月9日、「柳宗理生誕100年記念講演」を
未来のデザイン活動のあり方について、私は先輩達から
金沢21世紀美術館で講演をすることを依頼されています。
柳宗理先生の教え子の一人として、この使命を果たします。





 




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