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Posts Tagged ‘検証’


5月29日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 29th, 2020  Posted 12:00 AM

5月29日 仏滅(壬申)

本来ならば、
モノについての言説は、
以下のコンテクストで、
デザインされたモノの
「意味すること」と「意味されること」を
検証していくことができる。




倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』19 ビュー・ポイントからのミス・ブランチ


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1月19日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 19th, 2020  Posted 12:00 AM

1月19日 赤口(辛酉)

クラマタのすべてのイスを検証することで、
ひょっとすれば、
椅子の設計論のためのデザイン工学が
見つけ出せるかもしれないが、
私は、
椅子という文体の構文法を
クラマタから学び取りたいと考えている。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』13 造形言語の修辞学的手法


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『ドローンとドローン防衛開発に近づける』


   


     12月 13th, 2019  Posted 12:00 AM



ドローンはSF界の呼び名でした。
ところが、それがまずは農業界に現れると
日本の家電業界は追従できないと私は気がつきました。
今年、国内の防衛産業から
ドローン防衛装備が展示されたときに、
日本ならではの防衛ビジョンの開発が現れました。
私のエッセイ編集担当だった中筋くんが、
たまたま先月販売されたDJIの特別日本モデルを紹介してくれました。
欲しいなと思う情報がやってくるのが私 冥利。
改正航空法の規制対象となる200gをおさえた総重量199gです。
これなら、「私も操作できる、したい」と早速に手に入れました。
自分のiPhoneをコントローラに差し込み、
難なく機体を操縦し、安定した画像、映像を獲得できました。
今では、自宅内だけの操作ですが、
いくつもの「ドローン間違い」検証できています。
ここから、新しい専守防衛デザインが拡がると望んでいます。
最近では「デザインの方向性の誤り」が余りに多いのです。
それをやれるのも「コンシリエンスデザイン」が基軸だとぶれません。
どうしても、政治の世界は「軍縮とか原発」を騒いでいますが、
私のPKD=Peace-Keeping Designで守り抜くと私は主張しています。


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『画素・ピクセルは「正方形」になるダヴィンチがいる』


   


     11月 16th, 2019  Posted 12:00 AM



点描の技法といえば、ジョルジュ・スーラを思い浮かべます。
また、ワシリー・カンディンスキーの『点・線・面』は、
私のバイブルでした。
「点はやがて限りなく正方形に近づく」は
コンピュータ画面ピクセルの形状につながったのです。
2点が線となり、その線で囲まれた面となります。
光造形では線には幅があり、面には厚さがあり造形として、
クラインボトルにもなりました。
スーラは、光学的手法とはいえ、短い生涯の作品がすべてで、
テキストあるいはバイブルとなることばとしての
理論が私には届いていませんでした。
ダ・ビンチは、没後500年の今年は最大の展覧会が開催されますが、
最新の科学を通して様々検証が重ねられています。
筆の跡さえ残さなかった彼の技法は、
それこそ、コンピュータの如く、画素であり、
そこには全ての光を閉じ込めた跡がありました。
おそらく、スーラもカンディンスキーも、
ダ・ビンチのことは知らずして、
ピクセルの形状のような正方形、点を通して、
絵画は突き詰められていました。


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『小説の「龍馬ブーム」は、歴史の中で肥大化している』


   


     3月 11th, 2019  Posted 12:00 AM



小説での「坂本龍馬」と坂本龍馬ブームに対して
明治維新史学会が論理的に史実としての「坂本龍馬」を検証し、
やっと教科書からも省くこととなりました。
坂本龍馬ブームは、彼の姉への手紙があったことから小説化され
それが一般化されました。
一方、橋本左内は400の漢詩を読んでいます。
安政の大獄で捕らえられ、そのうちの300が牢獄でつくられ
26歳で斬首の刑、(武士なのに)、に処せられました。
小説化や大河ドラマ化も難しくブームにはならなかったのです。
ただ『啓発録』は福井の小学中学のバイブルと言えます。
私は、「龍馬は新婚旅行しかやってない」と講演でズーッと言ってました。
武士を斬首するほどに、
橋本左内は当時の江戸幕府の政敵だったということです。
「なぜ、龍馬が暗殺されたのかは今も謎です」。
龍馬は何度か、松平春嶽 福井藩にお金を借りに来ています。
松平春嶽に見い出された人物こそ、橋本左内と由利公正。
福井藩(90万石)の藩札は由利公正(福井藩のちに東京府知事)が、
明治維新の時にはこれを使ったけれど、大失敗で終わっています。
歴史は、常にその時々、政権によってつくられます。
私は、龍馬の肥大したブームに対して、
笑われながらも正直な意見を言ってきました。
やっと、龍馬は明治維新の偉人ではないことが、
学会で認定されました。


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10月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 30th, 2017  Posted 12:00 AM

10月30日 先勝(庚寅)

使い勝手には
「ここち良さ」という
ここち=心地という
日本語ならでは
要因がある。
この要因の再検証が必要である。



川崎和男の発想表現手法


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『「機能」と「デザイン」=日本文具大賞の審査基準』


   


     6月 11th, 2016  Posted 12:00 AM



「日本文具大賞」は25回目になるそうです。
自分がこの審査委員長になってから受賞作品は「必ず」大ヒットします。
そのこともあってか、毎年応募点数が増え続けています。
この時期は前後して「Ship of the Year」の審査もあります。
船舶業界は例年に無く大不況であり、日本の造船や漁業界は国際法変更で
日本苛めが相次いでいます。
この審査は各社のプレゼですが、
審査委員の厳しい検証には応募企業は答えるのが大変だと思います。
変わって、文具関係の審査は日常性があるのですが、
今回は応募点数が多くてその中での受賞作対象はwebsiteでも検証しました。
さて、この審査には
「機能部門」と「デザイン部門」をあえて分けています。
審査委員長として明確に分けておきます。
「機能部門」というのは、
デザインといえば機能ということではありません。
モノとしての性能、その進化性を見て、
社会的に存在する効能が備わっているかがまず選別対象です。
では「デザイン部門」はというのは無論、
機能性=性能+効能の基準をこえ、
さらに「美学的な解決」までということを見ます。
残念ながら
デコレーション=装飾がデザインという思い込み企業が多いこと、
これはデザインに対する誤解がまだ残っているということです。
したがって、それなら「デザイン」は統合的とすみ分けますが、
機能部門はデザインの統合性でも性能と効能の技術進化を見ています。
したがって、企業は両部門に応募されることが多いのも事実です。
この審査は7/6に「国際 文具・紙製品展」にて
グランプリと受賞作が発表です。
今年も必ず、受賞作は「流石に日本のモノづくり」として、
極めて日常的な手元でのふれあいが確認できるでしょう。
そして、この審査での「デザイン」「機能」を
改めて検証していただきたいと思っています。

*『売れるより売る文具大賞グランプリ』
*『日本文具大賞審査=受賞すれば、必ずヒットする!』
*『ISOTでの勘違いを発見』
*『2012『日本文具大賞グランプリ』は書くことの再確認』
*『わが国の展博・コンベンションデザインは遅れている』


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『武士道・騎士道の中心象徴の「刀剣」の美学性』


   


     5月 17th, 2016  Posted 12:00 AM



この小説を読んでから随分と経ちますが改めて読み直し、
その冒頭の書き出しに注目しています。
理由は明快です。
なぜなら、米国のハンティングナイフや各国軍隊のナイフは
講義可能になりましたが、「日本刀」についてはまだまだです。
ともかく、「玉鋼」・「火打ち荒削り」・「研磨仕上げ」まででも
そこからの仕上げにはとても到達できません。
思い起こすと、「チェーザレ・ボルージア」に戻れば、
彼が有していた「剣」こそ最高と言われていますから、
このいわゆる「西洋の剣」その造りに戻れる気がします。
世界中の刀剣研究家たちの評価は、「日本刀」が最高とのことです。
これには二つの見解があります。
科学的な検証での素材がなぜ最終的には冶金技術や仕上げられた金属、
その内容が不明だというほどの金属性能をもっているという事実です。
もう一つは、日本刀の「象徴性」です。
自分なりの「象徴性」の背景には
「葉隠」という武士道の哲学があったからです。
同様に、武士道と騎士道には近似性が見事にありますが、
「チェーザレ・ボルージア」という人物には
決して騎士道はありえずですが、
それでもなぜ象徴としての「剣」が存在しているという刀剣の
その魅力・魔力・妖刀性をデザイナーとして見直しが必要です。
「刀剣」は現代、偽物が平気で氾濫しています。
何と言っても、「包丁」でこの現実がそれこそ低能なデザイナーが荷担し
日本刀の正当者からその偽物包丁に文句が出始めていることです。

*『刃物の地肌、その偽物氾濫が流行している』
*『喧嘩とは、自分に売ることが基本だ』
*『日本が貧乏になっていく、と思うのは・・・』
*『なぜ、あえて「日本刀」と呼ばれたのか?!』
*『直線を徹底するために「曲線」を身体化してきた』


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『「パラシリエンスデザイン」でのプライミング効果予測』


   


     4月 23rd, 2016  Posted 12:00 AM



「コンシリエンスデザイン」を提唱する基本として、
Silienceというすでに古語化している基本的なことばを調べました。
「無意識の知の核心」=silienceが自分なりの定義です。
そこから、コンシリエンス、レジリエンスは勿論のこと、
新たな展開としてパラシリエンスとメタシリエンスへと拡大しました。
パラシリエンスの具体事例として、
「動物実験」を取り上げてみます。
動物実験は、医学的な倫理に基づいて、動物を使っての事前調査です。
これはいわゆるプライミング=priming:実施事前の具体的な調査です。
しかし、動物実験にまでデザイン:問題解決・価値創出・未来創成は
まだまだ登用されていませんから、
この施設・環境にまでデザインは無適用です。
デザインによる医療機器・医療装置などは、
人間工学を超えて動物実験に必要だと断言しておきます。
これこそ、「パラシリエンスデザイン」という、
新たな倫理観によって
事前調査でのプライミング効果の最適性を検証します。
少なからず、問題提起と問題解決というデザインにとって、
この動物実験、新たな動物実験へのデザインを
「パラシリエンスデザイン」として提唱しておきたいと主張します。
実際、これはコンシリエンスデザイン看医工学としての実務として、
新たな医療機器、それも治療機器:
わが国では医療治療器は決して行わない、
この風潮・制度化現象がありますが、
「パラシリエンスデザイン」として、
治療器開発は当然だと提案しておきます。


*『コンシリエンスデザイン仮説をレジリエンスデザインから』
*『コンセプトからイノベーションは起こらない』
*『手の消毒、そんな時代になっている?』
*『IoTではなくIoMetというライン手法』
*『コンシリエンスデザイン事象を創出する職能』


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『シュンペンターと象形文字を同次元に考える』


   


     4月 1st, 2016  Posted 12:00 AM



僕がちょうど大阪大学大学院に名古屋市立大学大学院から移籍した頃、
それは2008年頃から「イノベーション」が盛んに唱えられる風潮でした。
それはわが国が「失われた20年」を取り戻すための
一つのかけ声だったものと考えます。
と同時に、僕の講演テーマ依頼も「イノベーション」が求められました。
だから、僕は徹底的に「innovation」について理論武装を始めました。
あれから現在はさらに「イノベーション」が強調されていますが、
根本をすっかりと失っている現在の潮流があると主張します。
現在拍車をかけているのは「デザイン思考」なる経営方法論という商品と
「革新」、しかも「技術革新」のとらえ方すら歪んで来ているようです。
最近はこの歪みが日本の産業界を呪縛し始めていることは否めません。
僕はあらためてこの理由を三つに分別して、デザイン思考の安易さを
「コンシリエンスデザイン」でのinnovationをシュンペンターに遡及し
当初の、「新結合」・「新機軸」というプリンシパルにもどします。
その遡及は漢字「革新」にあると考えています。
「革」とは、皮革の象形文字であることは明確です。
そこに「新」という漢字が関わりを果たします。
「新」という漢字のとらえ方に現代の歪みの問題があると判断しています。
「新」とは、樹木に斧を入れる行為その瞬間性を表していますから、
まさに皮革をピーンと張って、刃物で切り裂く行為そのものですから、
「新商品」というのは、商品に刃物を入れるがごとく、
商品群を切り裂いた瞬間の樹木液が流れ出るような事でしょう。
それはシュンペンターが予知した「新結合」や「新基軸」で
景気そのものに社会変動を起こしたかどうかまでが求められます。
シュンペンターは景気動向に新基軸が入れば、
資本主義経済そのものが異質化すると断言しています。
彼が1927年に学術界で発言の翌々年、1929年には「大恐慌」が起こり、
それは世界大戦の大きなきっかけになっていることこそ、
「イノベーション」は再度大きな検証が必要だということです。
景気動向への「新結合」・「新基軸」が
如何に「革新」あるいは「技術革新と景気」と関係するか、
もっとグローバルに考えられるべきでしょう。


*『商品である「デザイン思考」は経営論にすぎない』
*「『イノベーション』大衆化した原意も疑う」
*『「KK塾」の対談と質問はイニシャルで方向決定』
*『サイエンスの限界にある美学性をさらに造語化』
*『球体に働いている力は統合的な知識になる』


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