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Posts Tagged ‘構造’


『インスタレーションのインテリアドメインとフェーズ』


   


     7月 25th, 2019  Posted 12:00 AM



若い頃、東京の都市計画が、皇居を「象徴」として語る
建築論からその空間性に納得をつけたものでした。
秋の私デザインの新作発表は、インスタレーションでもあり、
「インテリア ドメイン」に関して、相当の論理付けをまとめていました。
連続する物理空間と情報空間の特に電磁波空間性を
「インテリア ドメイン」としています。
実在・機能・構造・象徴と性能・機能・効用・神話を見つめていました。
そして、経済的な、すなわち商品価値も大きく関わってくるのです。
重要なことは象徴は無くなり、
神話へのインテリアフェーズが始まっていることです。
インテリアドメインに対してのインテリアフェーズが開始しています。
自然と文化や生と死、混沌と秩序、感性と感情といった対立、
その融和をメタファーとして示し、
人間にあるいは、見た人、ユーザーに、そういったドメインとフェーズを
開示し受け取っていただく神話性を、
私は新作でやってみようと思っています。
残念ながら、デザイン誌は日常から消えていっています。
これは昨今の雑誌出版事情もあるのでしょうが、
一時的なブームは、すぐに消えています。
現状の一過性もしくは一時的なデザイン、
インテリア用品もまた消えていきます。
私は、音楽やデザインやアートといった文化的産物がたどり着く
「神話化」によりそれらに対峙し、語り直したいと思います。


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「モノとコトからの逸脱を私は図る新作の価値論」


   


     7月 16th, 2019  Posted 12:00 AM



モノはコトを仕掛け、コトはモノを要求します。
モノが象徴化されれば、構造がそのモノの進展を促し、
コトがモノを準備させます。
一方、モノが神話化すれば、効能がモノを要求しコトを導き
あるいは発祥させます。
現代では、コトからモノへ、コトがモノを突き動かすという
デザインが多く、またそれらがデザイン賞でも奨励されています。
しかし、私は、『芸術の陰謀』(消費社会と現代アート)での
ジャン・ボードリアールの「無価値と無内容」という
一刀両断の切り口を、今の市場の価値論で、思い返しています。
私は秋発表の新作において「性能」としての存在から、
機能と効用を取り込み象徴化から神話化へと昇華させなければなりません。
市場はインターネットで多極化していますから、
消費と浪費の間で、普遍的な富と美を訴求すれば、
その過程で、象徴と神話がモノとコトを見事に分裂を起こせます。
そのとき、アートとデザインはくっきりと定義をわけるでしょう。


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『モノの存在とコトの別れがあるから象徴と神話がある』


   


     7月 15th, 2019  Posted 12:00 AM



モノの歴史を語るために、「扇風機」を例として思い出します。
それは、
  ■ 実在論
  ■ 機能論
  ■ 構造論
  ■ 象徴論
これらがあります。
先般、この説明の順番を企業プレゼで誤りました。
それは、秋の発表のために、
 ■ 性能論
 ■ 機能論
 ■ 効能論
 ■ 神話論
といった流れで結びの象徴論と神話論を語るためでした。
市場は2極論というより、今では3極になっています。
そのためには資本論の所有と使用から、
インターネットでの新たな競合論があり、
私は思い切って、すこぶる超高価論で自分の作品を導いています。
「扇風機」という題材は、私自身が社会人として、
東芝最初のレンダリングのトレーニングでした。
そして扇風機がまず存在としてあり、
そこから機能的に首を回すことからの構造論である仕組みで、
虫の音色が流れたり、誰が使うかという対象化
そして最終的には象徴論を学んでいきました。
東芝では4枚羽でした。
そして羽のない扇風機も製品化を逃しましたが、
そもそもは東芝が特許を持っていました。
さて、私が最も気嫌いしているのは
「デザインは機能的」で語られることで、
「性能的」「効能的」でもあるべきです。
更に、インターネット市場にはAI(artificial intelligence)こそあれ、
まだ成り立っていない「神話論」がそこには必要となるわけです。
それこそ、モノとコトが、しっかりと分かれてくるのです。
象徴的と神話的は、どこかで別れうるかもしれません。


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5月14日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 14th, 2019  Posted 12:00 AM

5月14日 先勝(辛亥)

構造とは本来は、
多種な素材あるいは一種の素材でも、
寄せ集めてプラス化させる。
とすれば、
集中した造形に至ることは
当然である。
が、
この構造を消滅させることに、
アクリルを使用した。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』5アクリルの生涯連鎖


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5月13日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 13th, 2019  Posted 12:00 AM

5月13日 赤口(庚戌)

つまり、
引き出しのある家具は、
引き出しが主体だが、
その引き出しである機能性のための
構造であることを「消滅」
させてしまった。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』5アクリルの生涯連鎖


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『伝統とは「裏切り」であるから、産地は新たな技能開発』


   


     3月 24th, 2019  Posted 12:00 AM



世界的なショップでは、このようにして伝統が崩れていきます。
私は越前打刃物にはデザイナー人生の大半つき合ってきています。
ゆえに包丁のあり方には、産地の存続、
後継者の育成といった長い時間軸で製品、商品を見ています。
伝統工芸士という認定制度もあり、産地と職人を育成、
産業振興で次世代へと伝統をつなごうとしていますが、
本来の包丁と日常食の関連が希薄になってきました。
家庭の調理とその道具は、生活スタイルのバリエーションとともに
多様で多種に存在します。
私にとっての包丁=Kitchen Knifeはブランド「Takefu Knife Village」です。
刃と持ち手の柄を一体化しました。そしてその素材を開発し、
高品位ステンレス鋼で鋼をサンドイッチした構造により
日本刀=62に近いビッカーチ硬度=60を実現しています。
そしてブランディングに必要なロゴ、マーク、キャラクター、
テーマやコピーとできる全てを注ぎました。
そうすることで世界に発信することと産地と職人たちが
産地哲学あるいは理念を共有して続けていくこととなります。
あらためて産地ポリシーに添って、
私は、新たな包丁=ナイフの提案がすでに存在しています。
このキッチンナイフの新しい形態と実装の想像で、
伝統=「裏切り」を創ります。


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『私自身のトーチ・デザイン審査基準は5項目でした。』


   


     3月 23rd, 2019  Posted 12:00 AM



1次審査の結果が入りました。
私が期待した一案もかろうじて入っていました。
それぞれの専門家からなる審査員団の一人として、
「デザインが問題解決である」とは、
一般的には伝わっていないのだとも実感しました。
私は、デザインの5つの基本、
もしくは基準となる構成と構造に着目していました。
 ● 日本らしさというシンボル性の形態への表現性
 ● 先端技術の応用による日本独特性=押し出し成形への確かな知識
 ● 新しい製造手法とトータルな適合性=成形後の光の実装性
 ● モノとコトが「復興」でつながる文脈性=コトづくりに一致
 ● 世界に誇れる機能・性能・効能を具現化する想像力の創造性
もっとも大事な「創造性」は、
問題解決となる解答を必ずや導き実現する力です。
2次審査に必要となるトーチとしての様々な条件検証は、
技術の専門家中心に実証現場での確認そして私はビデオで確証し、
さぞかし大変なチーム努力だったろうと応募チームに敬服しました。
この審査会の専門家はボランティアでした。
これまでの知識と経験から国家的なプロジェクトの一翼を担い、
東京2020の成功を日本の未来につなげたいと承諾されたのだと思います。
私も苦手な午前中から、長時間連日の審査会を乗り切りました。
私はシンボルマークのバッジが欲しかったのです(笑)。
実際、国際的な市場でのモノづくりの現場にいるデザイナーとして、
万一、聞かれたらなら明言できるだけのの自負がありますから、
その実践からの「論理」をもってのぞみました。
結果、英知を結集し議論を尽くした審査が終了しました。
オリンピック・パラリンピック開催の前には
日本中で、20000本のトーチが、走り巡ります。




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12月23日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 23rd, 2018  Posted 12:00 AM

12月23日 先負(己丑)

形態と機能、
材質と構造が
単純明快であればあるほど、

形態と機能は、
材質と構造を消去して、
彼の記憶を普遍化し
私たちに与えてくれる気がしてならない。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』4画家とともに


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『詩学から離れた風力発電機だからこそ倒壊する』


   


     8月 30th, 2018  Posted 7:09 PM



もし、ガストン・バシュラールの地・水・火・風を知っていたら、
風力発電機などは絶対に造っていなかったろうと私は思います。
これは台風20号で、淡路島の風力発電機が見事に倒れていました。
これがどういう経緯で作成されていたのかが、現代のマスコミでは、
まったくわかりませんが、行政の仕事ならばとんでもない金額です。
私自身、風力発電機は絶対に認めていません。
この台風被害での、発電機そのものを見ても
全く地中内での支持支柱が無いことに、びっくりします。
60メータの発電機を支柱に取り付けておけばこれが転倒することは
無かったのでは無いでしょうか?
公園に単に風力発電機が置物であったとさえ思います。
しかも、これは6年間使われていなかっというのです。
バシュラールの「空と夢」を見れば、風あるいは風力を
人間は自然の能力をどのように使えばということは明白です。
かってある大学入試でも、木立がゆれるから風があるのか、
もしくは風があるから木立がなびくかという試験問題がありました。
これはバシュラールの「詩学」にあてはめるのだろうかを聞けば、
それは想像力の問題です。
それでも建築物の構造ぐらいは明確にすべきだと思います。
今回、台風20号の被害ですらこれだけの被害があったのですから、
3〜4年前に海洋構築物である風力発電機を私は国費の
コンペで落としました。が、それは正解だと思いました。
風力発電機は絶対に無謀な計画だと私は再確認しました。


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『経営仮説と収益構造にはジェネリック薬品』


   


     7月 13th, 2018  Posted 12:00 AM



入院してそのまま「骨折」をした私でした。
この「骨折」は明らかに病院のスタッフの無知によるものでした。
そうして、この事故はどうやっても訴訟は出来ないものらしいのです。
今の病院では「医師が院長」という悪しきルールによっている訳でした。
この病院は真に理事長は、売れていると思っているデザイナーに全てを任せ、
スタッフの誰に聞いても、使われている洋服は全員「嫌」と言っています。
が、面白いのは「絶対に私からとは言わないで」と念も押されました。
こういう病院が、デザイナーも入っているからということでOKとは、
絶対に同じデザイナー界ゆえに言い置きます。
おそらく、こういうのがビジネスモデルだとしたらということです。
なるほどデザイナーが入ればそれなりにはできるでしょうが、
私は入院した日に「骨折」し、そのために入院期間が長くなりました。
そして、今の病院ではジェネリック薬品が使われているのです。
「循環器系」は米国ではかなり高額になっています。
ジェネリック薬品は確かに良いのですが、
米国では「循環器系」は辞めているのです。
私はこの病院で薬剤師に、これは確かですか?とも聞けず、
ゆえに退院してから、阪大病院ではジェネリック薬品は、
外してもらいました。
ジェネリック薬品は確かに安いのですが、
それこそ「経営仮説」「収益構造」は病院=患者側では無く、
ジェネリック薬品を使用することは、患者の要求は見事切られていました。
おそらく、この病院ではジェネリックは「収益構造」であり、
なおかつ「経営仮説」では当たりまえなのでしょう。
まず、転院した一日目に「骨折」をし、
しかも、私の希望など無視されたジェネリック薬品を使わされていました。
まさしく米国では「循環器系」事態が
値上がりしている構造も無知だったと今では思っています。
なぜなら、デザイナー・建築家が
「経営仮説」と「収益構造」に巻き込まれていました。
私は海外でも入院しているので、
日本のことをしかっりと報告していくつもりです。


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