kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘正解’


3月1日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 1st, 2020  Posted 12:00 AM

3月1日 友引(癸卯)

作者の意図がどの程度まで
達成されているのかを
調査するには、
使用時や有用時ではない、
まさに使用されるための
「存在させてみる」という
ことにデザインの本質があると
考えることの方が正解だと思う。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』14 意味論としてのデザイン


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1月2日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 2nd, 2020  Posted 12:00 AM

1月2日 先勝(甲辰)

製品記号論での象徴性の意味を
形態の形素としたデザイン形態論は
正解のひとつであったと納得している。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』12 造形形態学の必然性


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『オーザック(OUZAK)根本のカズオ(KAZUO)になる』


   


     1月 19th, 2019  Posted 12:00 AM



「オーザック」、これは「カズオ」の逆読みです。
福井でのフリーランスの仕事を始めた時から、
オーディオを扱う会社かデザイン会社のために決めていました。
OUZAK=KAZUOを正式なロゴにしました。
実は、2019年から新しいロゴに思い切って直そうかと思い、
色々とやってきましたが、やっぱりこれでした。
福井では本当に、音響メーカーを目指していました。
いくつかの会社の経営陣として経営戦略とに
デザインで勇往邁進する日々でした。
福井のfから始まるロゴはこれでもかというくらい提案しています。
ロゴタイプは、美大では徹底的に学んでいますから、
東芝に入った1年目からAurexのブランドロゴは私の社内デザイン、
大手広告代理店からも勝ち取り担当していました。
実際は作品集にはしていませんが、
いくつかの企業ロゴ、ブランドロゴを手掛けています。
私のデザインした製品には
美しいロゴの表記と表示を求めているからです。
OUZAK Designにしたのは、名古屋市立大学で教鞭をとり、
国際デザインセンターを拠点としている頃です。
それから、このロゴは全く変わっていません。
新元号からは「OUZAK Design Center」で、
仕事をまとめようかと思っています。
ともかく、クライアントでロゴが駄目だと、
すぐに進言して頼まれずとも提案はします。
なぜなら、自分デザインには、
まともなデザインで無いと嫌なんです、止められません。
ロゴが文脈もなくコンピュータだよりで創られているデザインは
正確かもしれないけれど、それだけでは正解ではないです。
OUZAK Audioをやりたい、と
今でも楽しみと喜びを先延ばしに、
まずはOUZAK Design Centerです。


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『詩学から離れた風力発電機だからこそ倒壊する』


   


     8月 30th, 2018  Posted 7:09 PM



もし、ガストン・バシュラールの地・水・火・風を知っていたら、
風力発電機などは絶対に造っていなかったろうと私は思います。
これは台風20号で、淡路島の風力発電機が見事に倒れていました。
これがどういう経緯で作成されていたのかが、現代のマスコミでは、
まったくわかりませんが、行政の仕事ならばとんでもない金額です。
私自身、風力発電機は絶対に認めていません。
この台風被害での、発電機そのものを見ても
全く地中内での支持支柱が無いことに、びっくりします。
60メータの発電機を支柱に取り付けておけばこれが転倒することは
無かったのでは無いでしょうか?
公園に単に風力発電機が置物であったとさえ思います。
しかも、これは6年間使われていなかっというのです。
バシュラールの「空と夢」を見れば、風あるいは風力を
人間は自然の能力をどのように使えばということは明白です。
かってある大学入試でも、木立がゆれるから風があるのか、
もしくは風があるから木立がなびくかという試験問題がありました。
これはバシュラールの「詩学」にあてはめるのだろうかを聞けば、
それは想像力の問題です。
それでも建築物の構造ぐらいは明確にすべきだと思います。
今回、台風20号の被害ですらこれだけの被害があったのですから、
3〜4年前に海洋構築物である風力発電機を私は国費の
コンペで落としました。が、それは正解だと思いました。
風力発電機は絶対に無謀な計画だと私は再確認しました。


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『デザインは欲望の刺激装置ではない、ということを』


   


     8月 16th, 2018  Posted 12:00 AM




このブログは「資本論」から12年前から私は書き始めていました。
そこには、「デザインとアート」の話であり、
使用価値と交換価値のことを徹底的に分類するために書いてきました。
始めから、「デザインとは客観的」と「アートは主観的」を
資本主義に私はそれを論理的にしようとまとめていました。
ところが、デザイン界の先輩からは「大間違い」と言われてきました。
昨日、阪大に心臓障害での血液検査に行きました。
そのとき、院内のコンビニに、漫画で資本論がありました。
私はここでまとめてきたのはデザインは、決して「資本論」を知らない人に、
私が言ってきた「デザインは欲望の刺激装置ではない」ということを、
ともかく、漫画だったらという思いで買ってきました。
大雑把ではありましたが、「使用価値」と「交換価値」のことが、
漫画ならではの話で描かれていました。
おそらく、私が阪大時代の「KK適塾」の狙いがここにありました。
デザインは極めて使用価値だけを目指しています。
しかし、アートは交換価値を目指しているのです。
そのことをこれから「コンシリエンスデザイン」で語ることは正解でした。
さらに「レジシエンスデザイン」までが浮かび上がりました。
未だに「デザインがアート」というデザイン界の先輩には、
それなら、アートの主観性では「交換価値」が決まりません。
しかし、このごろの「資本主義をのりこえて」というタイトル類いの
そのような出版にはまだまだ資本論と資本主義の間違いすら
見つからないようだと私は思っています。
デザインとアートの区別がつかない、コンサルタントが増えています。
「資本論」と「資本主義」の違いがわからない、
そんな中で「使用価値」だけしか無いことは「発想」が増えています。
ともかく、「漫画でわかる資本論」は読んでみてほしいです。


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『いろんな水彩道具がありますが、いつもこれが一番』


   


     8月 15th, 2018  Posted 12:00 AM




美大を卒業しているので、特に水彩画が大好きです。
最も、私は油絵は全く描いたことはありません。
水彩画は入試でもありましたが、私の能力では本当に受かるとは・・・。
ちょうど水彩画は私のクラスでは、最も下手だったろうと思います。
それこそ、連休には父が大学に呼ばれて、「このままでは卒業できない」。
父は、もう一回美大では無いところを受験しなさいと言われました。
そこで、私は主任教授・Yちんに聞きにいきました。
そのとき、彼からは夏休みに40枚描いて来なさい、と言われました。
43枚描きました。それこそ漁港では倒れました。
そして43枚を持って行くと、「君はこっちの世界でも出来る」と言われました。
<そうか!、絵の世界でもこの先生並みの絵が描けるのだ>、
それは教授の励ましだったんだと思います。
それから、水彩画はこよなく好きであり、
私が最も好きなのは水彩画のセザンヌでした。
「曇りの日こそ、色彩がはっきりと見える」というのは大好きです。
この写真は大急ぎなので存分に見えませんが、ある有名なブランド商品です。
色彩パレットは十分に認められるのですが、パレットが塗装仕上げ。
これは絶対に駄目です。
パレットはホーロー仕上げでなければいけないので、それを言いました。
そして、絵筆もブラッシュでこの絵筆が最高です。
かって絵筆は28000円一本をということを
グラッフィックデザインの教授が言ったことがありました。
それは正解です。ブラッシュ絵筆で最高だと私も言いました。
福井という所で育って来た私には、「曇りの日が、色彩が明確」という、
セザンヌの言葉が身体に染みこんでいます。
時折、私からの絵手紙を書いています。


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01月14日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 14th, 2018  Posted 12:00 AM

01月14日 友引(丙午)

製品記号論での象徴性の意味を
形態の形素としたデザイン形態論は
正解のひとつであったと納得している。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』12 造形形態学の必然性


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01月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 11th, 2018  Posted 12:00 AM

01月11日 大安(癸卯)

製品記号論での象徴性の意味を
形態の形素としたデザイン形態論は
正解のひとつであったと納得している。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』12 造形形態学の必然性


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『先進的なデザインの場は512Kで可能だった』


   


     9月 23rd, 2017  Posted 12:00 AM



Macintosh512Kは全く新しいデザインツールになるという確信がありました。
全スタッフにこれをデザインツールにして、最も先進的な場を福井で実現。
デザインスタジオは、福井駅前にあり、
すでにプレゼンテーションも512Kで4:3画面で行うことができました。
そしてここには福井大学の建築学科の学生たちには、自由に使わせ、
デザインコンペへの応募をさせていました。いつも入賞は果たしていました。
その中の一人は今では国立大学の准教授になっています。
プレゼンテーションルームには巨大な壁画がありました。
それは親友がすべて鉛筆で描いたほとんど写真かと思える絵画でした。
これだけの才能はある私立大学で彼の存在が消される事件に巻き込まれ、
彼は日本を捨てて今はオーストラリアに居ます。
それこそ、3.11が起こった直後、
彼は私に、もうこちらに来るべきとそんなメールをくれました。
またここで、伝統工芸の職人さん達と打ち合わせをすると、NHKには、
「絵にならない、伝統工芸らしく」とか言われる有様でした。
私はNHKに対して、伝統工芸が近代的になるためには、
最も先進的なアトリエが当然という私の思いはほとんど通りませんでした。
伝統工芸は裸電球の薄暗いそういう場、
言い換えれば伝統工芸らしさは文学的な場が求められていたのです。
これを打ち破るにも、このプレゼンルームは重要でした。
現在も私は、デザインは絶対に最も先進的な場が必要と考えています。
そういう意味では、私のプレゼンや講演では16:9を重要視していますが、
とてもそこまでのことは叶っていません。
なぜデザインの場が先進的であるべきなのかは、
未だにデザイン界自体も気づいていないと私は判断しています。
私があくまでもMacintoshに拘っているのも、
絶対にWindowsでは無理なのです。
だからMacオンリー主義ではないことも付け加えておきます。
ともかく、ふるさと福井で私はまだまだ先が見えていない512Kに、
デザインの先進的な「場」づくりの根柢を求めていたのです。
そして、今となると、この認識による実際行動は
全くデザイナーには正解であったと思っています。


* 『リトルコンピュータピープルの顔色は人工知能要素かも』
* 「現代の道具・LSIのやり直し」
* 「もう一つの言語を教えていた昔・ロゴレゴのこと」
* 『「場のちから」の「ば」と「ち」にあるデザイン』
* 『前頭葉で「ち」と「は」=形と言語が制御されている』


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『花嫁と独身者たちへのデジタルアッサンブラージュ』


   


     8月 17th, 2016  Posted 12:00 AM



哲学というと「機械について記せ」ということが浮かびます。
それは美大時代に哲学という一般教養の試験問題だったからです。
その正解が何であったかということよりも、
次に思い浮かぶのは「独身者たちの機械」とか、
それを題材にした大ガラス作品を芸術の一ジャンルというより、
芸術とは何か?を聞くよりも「何が芸術か」という接し方を教えられた作品。
「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」という理解困難さです。
大ガラスは二分され、上部は花嫁であり下部は独身者たちの機械という対比。
これはコラージュより明らかにアッサンブラージュという形式でした。
少なからず花嫁と独身者は女と男であり、社会構造での人間の欲望装置。
花嫁と独身者たちの機械を結びつけているのはチョコレートです。
あたかも、女性が男性への恋の手続きとしてチョコレートは
独身者である男達のチョコレート粉砕の機械になっていることです。
自分は「デジタルアッサンブラージュ」を提案しています。
その根幹には、
これまでの芸術が幾たびも才能あるアーティストによって、
芸術作品は社会構造への訴訟を繰り返す表現で裏切りを重ねたことでした。
そして最も重要なことは、これまでのアーティストは、
まったく「デジタル」、まさにデジタル文明を知らなかったことです。
しかし数学者たちが気づく以前に点は限りなく正方形に近づいているとか、
色の多様性はアナログ的な理解よりもデジタル的な解釈が先行していたこと。
おそらく、デザインとアートの差異性から、
デジタル的な大ガラスの実体は自分にとっては、液晶画面に映し出されて
しかも動いているというデジタル性を語り切る必要性があるのです。
その表現性には主観性を残すことはあり得ないのでしょう。
デジタル機械としてマルセルデュシャンが、レディメイドを残し、
アッサンブラージュを残したこの大ヒントを引き継ぐことで、
「デザインとは何か」が終焉し、
「何がデザインとなるか」というデザイン解答を用意したということです。



* 『マルセルデュシャンの立体化からアッサンブラージュ』
* 『デジタルな火と水を傍らに置く重大さ』
* 『「アプロプリエーション」という芸術手法はデザインに非ず』
* 「モダンデザインへ、ロシア・アヴァンギャルドから」
* 『介護看護環境のためのデジタルアッサンブラージュ』


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