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Posts Tagged ‘泡立ち’


『思いついて思い込んだ羽二重と絹石鹸をデザインする』


   


     11月 24th, 2017  Posted 12:13 AM




デザインの基本原則について、私は次の三つをあげています。
● 思いつき=idea
● 思い込み=thinking
● 思いやり=design
そして、思いつきは直ぐに否定が可能です。
その程度はひらめいただけの「思いつき」にすぎない、と。
さらには、考えすぎでそんなに思い込んでも、実現は不可能かも、と。
思いついて、思い込んで、さらに思いやりを尽くせばデザインになる、と。
自分に翻ってみれば、私はともかく思いついたら直ぐにスケッチを描き、
そのスケッチから立体化=モックアップモデルを図れば結局、
思い込んでいる自分に出会います。
ずーっと思いつきを重ねながら思い込んでいる自分を、
企業や研究所、学会などに重ねると、
なぜ、せめてここまで思い込んでいないのかと、腹立たしくなります。
最近は、思いついて思い込んで、そのことを語り伝えても、
デザインにたどり着けないとなると、いらいらする自分に出会います。
そうしたなかで、5年も考え込んでデザインし商品化したい一つに
「羽二重」があります。
それも蚕から繭に、そして絹織物でも縦糸2本、横糸1本の羽二重です。
もう5年近く自分がこの羽二重で身体を洗っています。当然顔もです。
そこに、繭から創られた絹石鹸です。
おそらく、石鹸っていうのは製造過程はそれほど複雑ではありませんが、
どれだけ石鹸を使ってきたでしょう?
そうなると絹石鹸が多分、一番、泡立ちがいいのです。
それを羽二重で受け止めて、顔を洗うのに使うことが一番です。
最近、私はこの思いつきと思い込みに囚われているのです。
証拠?、それは多分、私の顔でしょう。
68歳=もう老人ですが、決してそうは思われたいないと自負します。
いわゆる顔肌にあのほうれい線も、シミなどまったくありません。
幸いにしてハゲでもなくて、年齢を言えば周囲には仰天してもらえます。
だから、羽二重と絹石鹸をデザインしたいと思いついている状態です。
ちなみにこれを「美洗顔として羽二重と絹石鹸」をセットにすると、
思い込んでいるのです。
いづれ、これを自分デザインにするつもりです。


* 「日本語の曖昧さを観念化と概念化で見定める」
* 「PKDの途中報告」
* 「3Dプリンターの素材と成型精度」
* 『枕革新をねらう羽二重からの新素材デザイン』
* 『素材産地のダブルブランド・「羽二重」HUBTAE』


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『「白」には詳細な白があってそれでも全てが美しい』


   


     11月 21st, 2017  Posted 12:00 AM




このブログ画面は一応「白」です。
が、「白」とは言えないかもしれません。
このところ「白」に拘っています。
写真ならばホワイトバランスが崩れると、とんでもなく写真カラーは変化。
今は、織物「羽二重」の繊維、繭から絹織物の白がやや光沢があって、
とても美しく、さらに「羽二重」での商品化において、
福井県勝山市の羽二重産地には、繭から生まれた石鹸「絹石鹸」、
それは絹織物の羽二重でとても泡立ちそのものと絹織物が最高です。
もう一つ、自分デザインでは、工業的な「白」では、
ペリカンの万年筆で、いわゆるこの企業の代表商品に、
「白」のスーベレンが出てきたことです。
「白」への拘りは、透明水彩では決して「白色彩」は使わないという、
そんな原則がありました。
その原則の下に、色彩論の実習では最初はポスターカラー演習でも、
ペリカンの白と、ターレンスの白は比べました。
この白に関しては、金属でのホーロー仕上げ、
ペイントでは白はかなり難しいと思っています。
したがって、車の色においても、白かもしくはメタル銀しか、
私は選んできませんでした。
羽二重織物の白とペリカン万年筆の白を比べて見ています。
デザイナーは色を満遍なく公平に見詰めていますが、
私にとって、「白」と「黒」はいつでも万年筆で見比べていますが、
最近は繭からの絹織物、さらには、繭から生まれた石鹸の泡、その「白」、
いづれも美しい「白」を確認しています。


* 『インク、インク瓶を初めて整理しました』
* 『イコン=アイコンが明解なモンブランとペリカン』
* 『商品価値のための特徴と特長のイコン=アイコン』
* 『布、なぜシルクロード、シルクボイスだったのか』
* 「芸術という技法が引用したことから」


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『石鹸という弱アルカリ性の「泡立ち」に清潔決定』


   


     8月 12th, 2017  Posted 12:00 AM



今、ボディーソープ(液状石鹸)は圧倒的な市場占有を続けています。
が、私は元来の石鹸にこそ、身体はじめ洗浄して清潔の基本を認めます。
祖母が復員してきた伯父からもらったモノが、全く泡立たずに、
伯父が戦地から持ち帰ってきたチーズと石鹸が間違われていたと言う話は、
祖母の思い出話の筆頭でした。
私の経験では日本人には牛乳石鹸の赤箱青箱、そして学校でのレモン石鹸。
石鹸というのは、シャボン(ポルトガル語)では、
「曖昧さを無くす」意味がありますしさらにソープは神への供物でしたから
「清潔」であることの大切さが言葉に込められています。
石鹸の鹸化はアルカリ性を表しています。
このアルカリ性では、粉石鹸はナトリウム系であり、液石鹸はカリウム系。
だからホテルでもどの石鹸の性能が良いかはホテルのランクに影響してます。
そういうことでは弱アルカリ性であることと
泡立ちの性能がとても重要なことです。
いわゆる洗剤としての性能は「界面活性剤」であり、
この「界面」こそ「インターフェイス」の原語だということです。
まさに清潔ということでは、それこそ除染剤としての「泡立ち」に
私は一番デザイナーとしてコレが清潔の決定打だと確信しています。


* 『泡=うたかたの機能性には確約がある』
* 「泡・バブルって、やっぱり凄いんだって思います」
* 『次世代デザイナーへの手本になりたい事例を発表予定』
* 「Media Allianceへのアフェレーシス」
* 『四句分別にある明解な「的」は曖昧性を強化する』


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