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『美しい小道具箱が登場=デザイン部門グランプリ』


   


     7月 10th, 2017  Posted 12:00 AM



2017年度「日本文具大賞」は、毎年、応募点数が審査委員5名は、
まず、応募されている商品を各自が全てを資料やwebsiteで確認。
そして現物を一同に介した審査会場で確かめて論議を尽くします。
結果、企業と言うまでも無く、
小さな文具店が独自開発された「小道具箱」、
これをデザイン部門グランプリにしました。
審査委員長として心配したのは、まさか店主判断で選び抜いた文具店商品。
この大賞受賞となれば大ヒットしますから、注文に応えられるかでした。
それは素材は硬質パルプパスコ材を職人技で一つ一つが製造されています。
「箱」は必ず蓋がある器です。
要素はボックス器とカバー器、そしてその強靱さと軽量さです。
それは伝統的に乾漆文箱があるわけですから、
このコンテクストを私は見抜いて、素材であるパスコ材:紙材には、
まだ日本製にする技術は遅れています。
元来は欧州でのセルロース素材:紙材にあたかも乾漆造りのような仕上げ。
蓋の精密な職人技と単純明快な造形は
モノとしての存在性が美しく、他の商品を圧倒していました。
確実にロングライフ商品としての効能性があり、
ボックス性能は使い勝手での機能性を全うした美しいデザインでした。
今年度は文具業界に海外製品が数多く応募されてきて、日本製の危機感が
私はじめ審査員全てが意識していました。
それだけに、乾漆文箱を彷彿させるほどの職人技は、
メーカーでは無く文具店店主の文具大好き感が見事に反映していたのです。
おそらく今後の日本、その文具モノづくりが、
一人称デザインから始まっていることです。
この小さな文具店主の発想であることは、
実際に、表彰式で「旦那さんに感謝する」と聴衆全員が知ったのです。
プレゼンターの審査員から、涙ぐんでいて挨拶できるだろうか、
とても喜んでもらっていると私に耳打ちしました。
なるほど発表をしてグランプリトロフィーを落としてしまうほどでした。
文具大賞グランプリは必ずヒットするだけに、
一つ一つ職人技製造で供給出来ることが心配です。
美しいデザインの文箱が登場しました。


* 『セルロース素材によるわが国の基幹産業化』
* 『経緯が敬意に、形態言語から自分の造形言語化を』
* 『大物主神から事代主神、このコンテクストの卓球台』
* 『文具大賞「システム手帳」の再発明と効能性という機能』
* 『超軽量で収納コンパクトな電動車椅子をめざして』


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『物欲によるモノの美と美あるコトへの自分』


   


     1月 6th, 2016  Posted 12:00 AM



我ながら、どこまでApple製品に囚われているのでしょうか。
そう想いつつも確かなPCもPadも進歩はしていません。
そして、ベルトが二重巻きのApple Watchに至っては、
時計もそれなりに気ままに使ってきた私でさえその未来は見えていません。
それにも関わらず、絶対に二重巻きの時計は手に入らないとなると、
元来、一人っ子だった僕の物欲が呼び寄せてしまうのです。
もはや時計、クロック、Padにしろウォッチにしろ
稼働部品は極めて低額です。
実際、生産原価はどのブランドにしてもほとんど知り尽くしています。
Apple Watchも、稼働ユニット部品は定額コストであり、
筐体やベルトでのほとんどそれこそ付加価値での競合にすぎません。
Padのスタイラスペンにおいても同様です。
僕はプロのデザイナーですから、結局、モノとブランドの価値で、
所有価値と使用価値を価値判断にしてしまっています。
このApple Watchは皮革ブランド独自の価値を借用して、
時計の価値を高めているだけにすぎません。
最も、僕は銀座のApple Storeで現物を見、その説明を受けました。
結果、この店員さんからは絶対に購入しないと決めました。
そして、ブランドショップで改めて質問をした結果、
商品知識ははるかに勝っていましたし、
ほとんどいつ注文しても困難でしたが
結局、すぐに私の所に来てしまいました。
それこそ、Padのスタイラスにしても、
僕がそれなりに認めているブランドと
新興ブランドは、一方はレンダリングスケッチ用であり、
もう一方はすでに書道用に落ち着いています。
商品価値がブランドに左右される時代にあって、
デザインがデコレーション価値になってしまうことはやむを得ないですが、
やはり、僕はデザイン=問題解決・価値創造・未来創成ですから、
ともかく、現代性でデザインのこの三つを満たしているモノの世界観に
僕自身は取り囲まれていたいと思うのです。
デザイン=問題解決・価値創造・未来創成の結論は、
「美」に集中と集約される焦点でなければなりません。
それは、僕自身が「真善美」三つはとても自分には立ち向かえないけれど、
「美」って決して分からないかもしれないけれど、
「美しいモノ」に取り囲まれるコト=環境に
ありたいと思ってきたからです。
物欲も年齢とともに消えていく、
そんな気配が忍び寄っているのも事実ですが、
あくまでも、自然は自然なりに美があっても、
自然も人間も裏切りがありますから、
デザインされた「美」には自分を浸すことができます。
自分の生涯において物欲からの「美」は求めるつもりです。


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『ふるさと福井から大阪に帰る車中では、必ず!』


   


     10月 30th, 2013  Posted 12:00 AM



小さい時から、「ソースカツ丼」が大好きでした。
本当は敗戦後日本の貧しいながらも、
精一杯の豊かさが今では名産の一つなのかもしれません。
「ソースカツ丼」も、福井には多種多様ありますから、
福井の個々人みんなのオススメもいっぱいあります。
教え子がわざわざ差し入れをしてくれることもあります。
それでも、福井ー大阪へ帰阪する車中では駅中のお店のものを
必ず買って食べることを、正直楽しみにしています。
大阪では見つけていませんが、
京都ではこの「ソースカツ丼」を食べられるお店があります。
実にシンプルな薄いカツレツとそのソースがかけられたご飯です。
ワイフはまず、カツそのものに興味がなくて、
私が「絶対に!」というのを聞き届けて注文してくれています。
今回、このカツ丼にはミスがあったと私は思っているのです。
それはこの薄揚げのカツが2枚しかありませんでした。
「んー!、違うゾ、いつもは3枚のはず」と思っていました。
だから、ご飯をすべて食べられなかったことです。
この大きさなら、カツは3枚あるべきです。
「手を抜いたナ」とすら思いました。
そんな気持ちで大阪に戻れば、高級ブランドホテルの、
あれは確実に「偽装」で罪悪です。
平均で20倍の値段を付けていた?、なんということだろう!
大阪はここまで腐敗してきていると私は思います。
高級ホテルでオレンジジュースなどは、
「これ本物?」とよく私は聞いていました。
今、確かな信頼性を自らが偽装し始めてきているこの貧しさ、
しっかりと私たちは「喧嘩」を挑む必要があるのです。
少なからず、室町時代からの「喧嘩道」は文化です。
喧嘩とは「自らに喧嘩を売る」覚悟からスタートすべきことです。
この大好きな「ソースカツ丼」は絶対に偽装などしないでほしい、
そんな心持ちにならざるをえない「現代日本」になっています。


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「こういうのは『デザイン』ではありません」


   


     8月 30th, 2013  Posted 12:00 AM



最近、靴を注文するときに、私は様々に要望します。
以前に思いつきから靴紐を赤色にしました。
そうしたら、イタリアのファッション誌でもそのような記事発見。
「だよなー」と一人満足していました。
バックスキンはそれほど好きでは無かったのですが、
詳細な手入れ法を聞いたら、注文をすることになりました。
もちろん、好きなブルーを選び、
ある女性靴ブランドの底面が赤に拘っているので、
ソールの張り替えをお願いしました。
1ヶ月ほど待っていたら、それが出来上がりました。
当然にも、他の靴類はソールは赤に染めてもらっています。
偶然にも男性用のソックス店舗で、見つけたソックスにも、
赤と青を基調にしてイニシャルも刺繍してもらいました。
さて、これを「デザインした」というのは間違いです。
言わば、靴とソックスへの要望はファッションへの拘りですが、
ファッションとデザインの関係は、絶対に明確にするつもりです。
バックスキンの靴、靴下への自分自身への要望は、
確かにファッションデザインだとほとんどの人が思っています。
しかし、これはデコレーションとして、
自分の身なりへのファッション、その拘りに過ぎませんが、
私が主張しているデザインと問題解決の関係に置換できません。
勿論、靴メーカーはソールを一度剥がしてから、
私が要望する赤いソールで外観的な装飾性をしてくれました。
これを私は全体に「デザイン」とは呼びたくありません。
ファッションは時代性との共時や、自分の社会的な存在、
私流には「ファッションの効能性」があります。
けれども、これは「デザイン」では無いと断言します。
私は自分の持ち物からファッションに関しても、
「自分らしさ」の演出デザインと呼びうるコトがありますが、
あくまでもファッションとデザインの関係こそ、
「デザイン」の本質を語る上での定義を明らかにするつもりです。


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