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Posts Tagged ‘津波’


『看医工学デザイン対象のアルツハイマー』


   


     7月 5th, 2017  Posted 12:00 AM




現代、私たちの生涯、あるいは生をストップさせるのは四つあると思います。
まず、天災と人災、そして癌、アルツハイマー病です。
とりわけ、この日本は天災・地震と津波は避けようがありませんから、
ともかく、減災、国土強靱化は根本が大間違いです。
これを私はレジリエンスデザインとして、
熊本地震から39大学のデザイン系や建築系で
レジリエンスデザインの調査活動に、
ベースとしてのコンシリエンスデザインを手法理念にしています。
人災である戦争については、
どうすることも出来ない北朝鮮からの拉致被害者奪還を訴求し、
防衛としてのいわば軍事は当然仕方ありません。
そして在日スパイへの歴然たる政府強化が希望です。
そして、看医工学としては、癌とアルツハイマー病をもデザイン対象。
これが看医工学のターゲットだと考えると、
コンシリエンスデザインは切実なデザインの主要手法論とします。
これまでの美大やデザイン工学、今や風潮に過ぎないデザイン思考には、
とても癌とアルツハイマーはデザイン対象にはならないでしょう。
しかし、フランスでは「アルツハイマー病患者」へのデザイン解決が、
デザインコンペティションになるほどです。
韓国もコンシリエンスデザインでの新たな国家体制づくりを提案。
現在、ミラノ工科大学とのコンシリエンスデザインと看医工学での
阪大との提携に着手しています。
癌は急激にバイオテクノロジーや新たな療法、薬剤、抗がん剤不使用など、
そうした看医工学が見えてはいますがかなりステージⅣともなると困難です。
知人、友人を今年は多く見送ってきました。
私は母を47歳大腸癌、当時は手術してやっと癌と判明でした。
それだけに、大腸癌は詳細にデザイン対象にし私自身が決めてきました。
そして、命あっても、しかも若年性でのアルツハイマー病と
デザインの関与方法を見いだしたいのです。
私が恩師とする大事な人もアルツハイマーと聞くと、
デザインにとって、宿痾=アポリアかと思ってしまうからです。
デザイン対象にアルツハイマー病を立ち向かわせたいのです。



* 「生きることの模範・範疇・範囲として」
* 「『危機』・ことばの定義について」
* 『レジリエンスの学習はデザインにつながる』
* 『もう一度美しい国を再興するレジリエンスデザインを』
* 『「くまモン」参加のワッペンでレジリエンスデザイン』


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『月明かりの前の沈まない大阪、それは日本』


   


     6月 14th, 2017  Posted 12:00 AM



大阪市の中央に自宅があり、
そこからは沈む夕日と見事な満月が見えます。
満月の真下あたりに明石大橋も見えることがあります。
飯館村で壊れてしまっている日本を見ました。
何としても復興を果たさなければいけません。
南海トラフでは、紀伊半島に津波が来れば、
2時間後に、自宅は32階ですが、8階まで津波が予測。
しかも42万人の津波死亡者という予知が明確です。
ところが、万一、北朝鮮の弾道ミサイルならば48万人が殺されます。
「Ship of the year」の審査では、
造船業界にはやがて企業再編が日本を支えるために開始でしょう。
それは造船業界の生き残り策です。
東芝問題は、どうあっても技術保全が護られなければいけないでしょう。
自動車業界も、一段と存続問題に近接し始めました。
先般、米国や英国からも応募、それこそやっぱり文具は日本からなんだ、と。
ところが、日本の文具業界もトップの座を追われそうな気配です。
「DESIGN TOKYO」の一次審査をほとんどまず直感で選別、
なんと海外製が圧倒的に優美なデザインでした。
すなわち、日本の全ての産業界が危うくなってきているのです。
大阪は「夕日が丘」という地名があるように、
希望と夢を夕日を観て明日に期待を抱いていた大阪でしたが、
国家としての日本が、2018年問題も間近に厳しいのです。
何としても、日本という国家は、
平和で安泰である、それを次世代にも伝えていかなければいけないのです。


* 『香りのデザイン、フレグランスデザインがある』
* 『諦め:自己防衛は不可能になってきた大不安』
* 「大飢饉・大地震・あの忌まわしき安政の大獄、すべての記述」
* 「高層は50階以上がいいようだ」
* 『リニア的アプローチではなくパラボラ的上昇志向』


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『「土地の記憶」は鳥居の位置その変遷にある』


   


     1月 24th, 2014  Posted 12:00 AM



私は「ち」という言葉に日本思想の理念の一つがあると考えます。
土(つち)・土地(とち)・街(まち)の上に、
かたち・きもち・いのちが存在していると言ってきました。
このつち・とち・まちの思想こそ、
日本列島の国土計画になると考えてきました。
3.11で学んだことは、津波という天災の力でした。
津波は海から襲ってくることも怖いですが、引き潮の力、
それは6から60倍の力があります。
だから、防潮堤を高々と建設することはとても愚弄なことです。
あるデザイン系大学の学長とそんな論議をして教えられました。
海浜ラインの変遷、津波の経験、さらに地震津波への知恵は、
「土地の記憶」のアナログな調査にほかならないということです。
最近の天災後の土地調査はGPSでのデジタル調査では、
とても核心をついた計画にはつながらないということです。
今、私が畏れている南海トラフでの想定可能な津波、
襲いかかる時間と津波の高さです。
瞬間であり、とてもその津波では助からないということです。
したがって、その場所=土地の記憶をその所にある鳥居の位置、
これが歴史的な変遷を探り、実際にその土地で確認すること。
私は引き潮力への対策とその地盤土壌改革を成し遂げることです。
この計画を早急に成し遂げなければなりません。
私の元に、ひょんなことから想像外のアイディアが来ます。
だから、私はこれをなんといっても次の天災対策にすることです。
3.11、いやあの阪神大震災はすでに19年も経ちました。
そして報道されない震度1や震度2は毎日頻発しているのです。
東京オリンピック・パラリンピックまでの6年間、
この間に私たちは想定内の実現デザインを急ぐべきでしょう。


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『端的な社会制度の具体的な改善が必要』


   


     1月 14th, 2014  Posted 12:00 AM



わが国は、一言語一民族の倫理性(最近は低下)によって、
ある意味では優れて整っていた社会制度になっていました。
その具体例として「ゴミ箱・ゴミ収集の社会制度」があります。
私は、海外でも公衆的なゴミ箱にはその国の社会制度を見ます。
過去に名古屋市立大学・芸術工学部の入試実技問題には、
この「ゴミ箱アイディア」を出した経験もありますが、
最高と思える回答はありませんでした。
つまり、この「ゴミ箱のデザイン」には、
背景に社会制度が必要であり、ゴミ分別・収集・廃棄までの大変な
デザインするべきモノとコトのデザインがあります。
最近では、ゴミ分別での焼却システムは技術進化しています。
そして各都道府県の行政システムでのアイディアが条例化、
こうした事実もありますが、普遍性は失っているようです。
とりわけ、「3.11」によって、国土と社会制度は大変革が必要。
ストリートファニチャーのデザインは一新するべきでしょう。
東京オリンピックという具体的な計画遂行時間もあれば、
首都直下型から南海トラフまでの天災と人災への対応を
このストリートファニチャー全体の社会システム革新が必要です。
おそらく、この写真のゴミ箱はJRの待合室にありますが、
万一、地震や津波ではこのデザインは不適合だと思います。
しかし、現在、デザイン教育においても、
ストリートファイニチャーに表現されている社会制度全般、
制度へのデザインシステムづくりが求められています。
ゴミ=塵としてのわが国の東洋的な哲学には、
あの梁塵秘抄があったごとくの知恵=デザイン解決が
最も今求められているということになります。


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「大飢饉・大地震・あの忌まわしき安政の大獄、すべての記述」


   


     7月 29th, 2013  Posted 12:00 AM



私は「安政」年間こそ、
まさしく維新を呼び込む時代だったのではと思っています。
安政の大天災は大阪にも大変な津波を起こしたと言われています。
その記録は今も石碑とその側に記念書きが揃えられています。
「船では決して逃げないこと」、
この記述は、石碑に刻印された文字も毎年墨が入れられています。
あの津波に由来する地名になっている所もあります。
政治が悲惨なときに日本は天災に襲われるとさえ思っています。
最近は、太陽からの陽子量の変化・高層圏での電磁波異常は、
具体的にはオーロラの南下はじめ、
ほぼ都市伝説や、国際的な陰謀説まであるほどです。
ただ、具体的にマスコミ情報化している活断層と地震関係などは、
本当に科学的な立証性があるのかどうかは専門家でないだけに、
私自身はほとんど否定的な一つの予知論程度だと思っています。
むしろ、鳴門海峡でマグロの大量捕獲や、
紀伊半島でのウミガメや高知沖の鯨の死体発見に怖れがあります。
3.11で明白になったことにも諸説があります。が、
私自身はデザイナーとして、
「津波で流される車デザインのやり直し」と、
「火災・地震・津波に対抗出来うるエレベーターデザイン」、
この二つへの技術とデザイン変革を追いかけています。
そうして、昔からのほぼ、ことわざ的な言い回しです。
「天災は忘れたころにやってくる」ということです。
毎日、私たちが知らされているのは震度3以上ですが、
連日、日本列島では震度1~2は起こっています。
さらに、私は、琵琶湖と富士山で何事も無いことを祈るだけです。
大天災は、決して「人間と自然の調和」などはありえません。
自然の脅威に立ち向かえる科学などまだまだだと思うのです。
それこそ、自然である私たちの肉体、その生理、
対峙する医学や医療、特に外科的技術は知る度に、
自然現象である大天災と人間の生死の関係の恐怖が残っています。
したがって、この安政年間の記述は後世への知恵です。
私は「危機管理工学プロダクトデザイン寄附講座」も、
この一つ、後世への知恵の記述になるべきだと考えています。


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「今日からフランスへ」


   


     3月 4th, 2013  Posted 12:00 AM



一昨日「最終講義」を終えました。
母が47歳で逝きましたから、私も47歳で生き方を変えました。
1996年に名古屋市立大学芸術工学部が新設とともに、
私は大学人になり、デザイナー活動と二足のわらじを履いたのです。
2006年には、芸術工学科・博士後期課程が完成年度とともに、
私は大阪大学大学院に転籍しました。
「光陰矢のごとし」です。
64歳にて阪大を退官することになり「最終講義」をさせていただきました。
退官しましたが、
「危機管理デザイン賞」総合審査委員長ということもあり、
大阪大学大学院工学研究科は、3.11という大経験を乗り越えて、
これからmade in Japan産業を「危機管理関連産業へのデザイン応用支援」の
重要拠点として、国家ミッションを引き受けることになりました。
特任教授(名誉教授)・プロジェクトリーダーとして
現研究室をさらに拡大していくことになりました。
講義前日には、「危機管理デザイン賞」の審査で、
大阪市内のショールームで応募賞品や、
阪大研究室に送られてきたり、
作品ともども持ち込まれた応募者と会談もしました。
気づいたことは、わが国がこれほど天災・地震や津波国であることですが、
「危機管理」といっても、まだまだ知識不足が多いことでした。
もちろん、
グランプリやゴールド、シルバー賞、特別賞候補などを決めました。
その翌日には、阪大発祥の大阪大学会館にて「最終講義」でした。
大勢の人が見えて、会場は満杯になり、
お花やプレゼントを一杯いただきました。
明日から、
フランス芸術大学(エコール・デ・ボザールはフランス各地に散在)
パリにて、
退官後、引き受けることになった「危機産業創成デザイン重要拠点」にて、
阪大が「危機管理産業のmade in Japanをしていく話をしてくるつもりです。
最終講義にご来場していただいた皆さんや、
来れないからと連絡いただいた皆さん、
そして、すべてを管理してくれた研究室やオーザックデザイン、
現スタッフ、元スタッフに心から感謝します。
帰国とともに、
デザインによるこの災害から危険、危機への産業化を主導します。


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「エレベーターは徹底的革新必要」


   


     6月 28th, 2012  Posted 12:00 AM



スカイツリーが出来上がったとか。
建設中をヘリコプターで近接して2回も見物。
やっぱり早く登って見てみたいと思っています。
東京タワーも、車椅子になった直後に登っただけですが・・・
さて、634mというのは素晴らしい技術です。
しかし、エレベーターは全くダメでしょう。
なぜなら風速30mだと危険な乗物では技術革新が必要です。
3.11によって、私は現代工業技術で再発明すべきモノは、
二つあると主張しています。
エレベーターと車です。
この二枚の写真は私のマンションエレベーターです。
大型1基と小型3基があります。
無論、地震や火災ではエレベーターは停止します。
とするなら、最上階32階自宅の私は逃げることは不可能です。
だから、火災や地震の時に、エレベーターに逃げ込めば安全、
75時間はすごせるエレベーター機器デザインが望まれます。
エレベーターがシェルターカプセルに再発明されるべきです。
ワイフには、地震や火災の時、
自分を置いて逃げればいいよ、と言ってありますが、
デザイナーとしては、
革新的なエレベーターデザインを、ともかく提案しています。
国家的なレベルで、制度設計にまで高度化させた
エレベーター開発に取り組むべきです。
そのためには、
エレベーターのカゴがワイヤーぶら下がり型から、
絶対に開放される問題解決をテーマにすべきです。
強風だと使えないエレベーターを「時代遅れ」にすべきです。
車も、津波に流されようが、竜巻が来ようが、
車内に居れば絶対に安心安全がテーマだと思っています。
デザイナーは、エレベーターと車は、
大きな問題を発見しました。
なんとしても問題解決をしたいものです。


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「車とエレベーター」


   


     4月 5th, 2012  Posted 12:00 AM


アメリカ映画では、
車がメチャクチャに破壊される場面が多いものです。
私はそうした映画を観る度に、
これほど車を破壊する場面が登場するのは、
ある種、現代文明への破壊情念がどこかに潜んでいる、
そう思うことしばしばでした。
しかし、今回の津波の状況では車が押し流されて、
おそらく大変な交通事故があったと思います。
先般訪ねた石巻でもまだまだ瓦礫となっている車の残骸を見ました。
私は工業デザインの世界にいますから、
教え子はじめカーデザイナーはとても身近な存在です。
私自身も車は大好きですから、
新車の話題は人並み以上に興味を持っています。
安政の大地震や大津波の記念碑には
「決して船で逃げるな」との記載が残っています。
今回の津波でも、
「車に乗っていて流された人」はどれだけ多かったことでしょうか。
デザイナーとして、自然災害に対して、
車、そしてエレベーターは不要どころか、
そうした災害に対して何も対策が無いことは大きな問題だと考えています。
「逃げ込めば絶対に命を守ってくれる」
車とエレベーターがテーマだと考えています。
特に、エレベーターは地震や火事の時には、
逃げ込んではいけない場所になっています。
私は逆転の発想が必要だと考えています。
火事や、地震のときに「カプセル」となって命を護ってくれるモノに、
エレベーターや自動車のデザインが必要だと主張しています。
それは、もはや車で海に飛び込んでも絶対に助かってしまう自動車、
そんな自動車が設計実現されるべきでしょう。
そしてそういう技術は日本が生み出すべきと考えています。
新たなエレベーターこそ、日本列島に必要不可欠のモノと考えています。
3.11で学び直し、
さらに進化させるべきモノとして車とエレベーターは
その代表だと考えています。


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「海抜4mの日本列島で大丈夫だろうか」


   


     4月 3rd, 2012  Posted 12:00 AM


3.11によって、私たちは多くの同胞を失いました。
そして、日本列島の脆弱さを存分に知らされました。
さらに、今回の震災によって、日本は地震だけではなくて、
津波に対する海抜高度も有していないことを知らされました。
南海トラフの詳細な調査では、
津波と地震が同時期に起こる予知さえ明らかになりました。
私は、日本列島を防潮堤で取り囲むという発想ではない
人工地盤づくりを提案しています。
しかし、これだけで津波に対抗できるわけではないことも知りました。
日本列島の「とち・つち・まち」づくりが重要だと考えています。
そのために、
「減災ライン=海抜4m」
「防災ライン=8m」
「救災ライン=12m」
「安泰ライン=16m」を考えました。
しかし、これでも間に合いません。
日本列島が地震だけでなく津波対策も十分にしていく
新たな発想が求められていると考えます。
まず、「とち」と「つち」から私たちの生活拠点の場を
再構築していかなければなりません。
3.11で失った御霊から教えられているのは、
私たちの住処である日本列島のあり方そのものだということです。
私たちは彼らの犠牲から何を学びとり、
新たな住処づくりをすべきかを再考しなければなりません。


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「瓦礫に祈りを・・・デザインによる復興計画を」


   


     3月 31st, 2012  Posted 12:00 AM


コンニャクのような私たちの日本列島。
地震列島に津波、
だから「防潮堤を」という発想には俄然反対です。
私はこのきもちを抱いて10ヶ月、復興デザイン計画書を書き上げました。
ひとまず、すでに現地に復興実施をしている企業の口添えで、
まず石巻でプレゼンをしました。
とちを、つちを、だから、まちを!という発想です。
とち・つち・みち・まち、そして東北は「通り」があります。
人工地盤には、上水道・中水道・下水道。さらに電力と情報によって、
インフラの整備をすることで、
ようやく「スマートグリッド」の基盤整備が可能になります。
政府は未だに「防潮堤」の計画を進めようとしていますが、
美しい海岸線を
高さ10m以上の壁面で取り囲むというこの智恵無き発想にあきれます。
まして、この防潮堤の土木工事は
これまでの建設関連既得権益と強固に結びついています。
被災地の人たちには未だに瓦礫が山のように立ちはだかっています。
そして遠方には何事もなかったがごとくの穏やかな海が広がっています。
毎日、津波で無くなった方々への鎮魂の祈りを捧げておられるようです。
私は、減災・防災・救災、そして安泰という
海面からの地盤高を考え抜いた人工地盤計画を持ち込んでいます。
リアス式の美しい絵画から、あの巨大な津波は、
女川の集落をすべて飲み込んでしまったのです。
それでも現地の人々は、
毎日、穏やかな海、荒れ狂う海を見つめて暮らしていく、
この日常性での安全+安心=安泰の地盤計画が必然と考えています。
帰阪後、風邪気味なので眠りに眠りました。
あらためて、津波でおそいかかった海に、
今、生きる人間の最大の智恵で、
「生活のつち・とち・とおり・まち」を創生させたいと考えています。


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