kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘生誕’


『Red & Blue 生誕が来年で100年になる』


   


     1月 9th, 2017  Posted 12:00 AM



かつて「プラトンのオルゴール」2004年にギャラリー「間」で開催。
これは2006年に21世紀美術館で私の個展となりインスタレーション、
さらに制作スケッチまでが永久収蔵されました。
この展覧会では自分が敬愛し影響を受けた人物12人を選びました。
今、私は自分のデザイン、その原器、原形と呼ぶべき作品があります。
デ・スティルの影響を受けた椅子となれば、それは
「レッド・アンド・ブルー」Red & Blueがその一つになります。
そして、この椅子には自分の思い出、そして私デザインが重なります。
ともかく、最近は○○○生誕100年とか、モノ100年のイベント情報が
必ず香港経由で私に届きます。
そして中国でこうしたイベントだけではなく、
デザイン活動やデザイナー推挙が必ず香港経由で入ってきますが、
私にはこの裏側の政治的目論見=策略が見え隠れしています。
脇道に入りましたが、この椅子の作家であるリートフェルトは、
私のデザイン、造形の大きなアーキタイプになっています。
大きな理由はMoMAで彼の展覧会にて、
椅子から家具の原形を見た経験があります。
そして最近ではこうした椅子が中国製でとても廉価ですが、
自分が所持しているのは、
INAXが1989年のアピールをめざしてコピーと言えどとても高額なこれを
購入するとともに、私はこの椅子を車椅子のイメージモデルにしました。
リートフェルトについてなら、彼だけの造形、
その歴史性・論理性・デ・スティルの関係を講義することができます。
この椅子が生まれて来年、100年になるのです。
ある意味では、この椅子は極めてシンボルであり、
それは100年になるのです。


* 『もし、このデザイナーから学ぶことが無いなら・・・』
* 『アナログプレーヤーをAurexSY-λ88で試用』
* 『経緯が敬意に、形態言語から自分の造形言語化を』
* 「資本主義から離脱してきたデザイン」
* 『正しいデザイン手法としてのオマージュを熟知せよ』


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『ディスクールはアンドロイドロボットで消滅させられた』


   


     1月 19th, 2016  Posted 12:00 AM



昨年は「ロラン・バルトの生誕100年」でした。
ロラン・バルトは構造主義者として、ディスクール=言語表現、
つまり、書かれたことや言われたことの概念提唱者でした。
生誕100周年記念として、まさに、ディスクールのパターンを
スカーフにした表現はディスクールのデザインでした。
そのパターンの原書が「恋愛のディスクール・断章」そのままのモノ。
僕は読み直しましたが、生誕100年にして、
ディスクールでの抱擁は見事に破壊されていました。
それは、アンドロイドロボットの出現でした。
アンドロイドロボットは、「なぜ、人間は人間であるか」という
この難問解決のデザインだったからです。
単純なアンドロイドロボットとして「ハグビー」があります。
日本人は抱擁し合うことは照れ(若者には無くなりつつある)が残りますが、
フランス人からは、メールの最後にWarmest hugsと書いてきます。
結局、恋愛はすべての小説の最大テーマであったと言えます。
それこそ、日本最古の小説・源氏物語さえそうであったのです。
しかし、無論、恋愛には言葉・言語が本当は要らないように、
恋愛の言語化構造は
ハグすることで一遍に改めての意味が溶解し消滅します。
つまり人間にとって恋愛は一瞬の熱病=これは僕の私見ですが、
その熱病は感染して起こるのか、感染しているから熱病=恋愛でしょうか、
まさに生誕100年目に断章された結果は「ハグビー」というロボット、
つまり言語(ことば)では無くて形態(かたち)によって、
結論が明らかになってしまったことです。
これは言語の脆弱性を形態=ロボットが消滅させたことになります。
なぜか人間は抱擁されることで
コミュニケーションの新鮮度が増加されます。
人工物アンドロイド・ハグビーを抱き合うことが、
あの熱病=恋愛のごとくコミュニケーションを強めてしまうのです。
喋りまくる子供たちはハグビーを抱きしめれば、集中力を持ち、
アルツハイマーの老人の孤独感を消化してしまい、
断絶した者同士が、見知らぬ者同士が饒舌に会話しあうということです。
しかし、恋愛のディスクール・断章はロラン・バルトの生涯のテーマ、
その一部分に過ぎませんでした。
それはアンドロイドロボット・ハグビーに
「作者の死」をつきつけています。
ディスクールの作者が、彼の死に言説化を求めたように、
アンドロイドの創作者は、
どのようにその死と立ち向かうのでしょうか、ということ、
その指定出が起こってしまったということです。


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