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Posts Tagged ‘病気’


『「睡眠負債」という流行には「睡眠サイクル」がいい』


   


     12月 1st, 2018  Posted 12:00 AM



日本人は世界一座りすぎている民族です。
座りすぎは様々な病気、死のリスクを格段に上げるそうです。
今ではデスク用のチェアに、膝を伸ばすこと、
それこそ、オットマン付きのチェアが随分と増えてきました。
私自身も室内用の電動車イスに、オットマン的に付けています。
今や、車椅子も自走式より電動が必要になってきました。
障がいの視点にはたっているのかもしれませんが、
オフィスチェアやゲーミングチェアのように
長時間使用での正しい姿勢の維持や快適性、身体性の休憩と休息、
そのための形態、機構、素材の調和性などには到底及んでいません。
それゆえに、背もたれ部分をメッシュ素材に替え、
オットマンを付けエコノミー症候群にも対応できるわけです。
何しろ私は、誰よりも座り過ぎていますから。
今すでに、電動の車イスをしっかりと自分デザインを目指しています。
オットマン付きのチェアは、
リクライニングも出来、休憩・仮眠にも使われてます。
さて、睡眠には流行の「睡眠負債」はいろいろ試してきましたが、
私の「睡眠負債」はまったく信用することが出来ません。
睡眠が負債になるというのは、
自分の睡眠には休息がまったく無いということです。
私は「睡眠サイクル」で睡眠環境づくり=「睡眠サイクル」のためには、
現在の寝具などはそろそろ止めるべきだと思っています。
そして、寝たきりからやがては「死」を迎える対応を
現在の寝具ではまったく、その環境づくりができていません。
それこそ、チェアが今ではメッシュ素材なのに、
寝具デザインはまったく出て来ておりません。
座具、寝具ともに、睡眠から死まで、自分デザインを目指しています。


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『KK適塾に医師であり教授であり作家・久坂部羊先生』


   


     12月 23rd, 2017  Posted 1:00 AM




2017年歳末を目の前にして、ようやく「KK適塾」第一回目を開催。
もはや聴衆の皆さんは顔なじみが増えました。
おおよそはプロのデザイナーたちが多いのです。
今回講師をしていただいたのは、大阪大学の招聘教授であり、
医師であるながら作家とし、「破裂」や「無痛」という
医学系ドラマの作者でもある久坂部羊先生でした。
個人的には、久坂部先生とは阪大の大イベントだった
「医の知の未来』適塾175年・緒方洪庵没後150年」で共に講師でした。
その時、私は橋本左内を語り、先生は医師でもあられた父上の死を、
あまりに見事に医療問題として語られました。
今回、まったく画面も使わずに「病気になっても早死にしてもいい生き方」。
PPK=ピンピンコロリというキーワードでした。
さらに、誰もが生きていたいという欲がありますが、
治らないならどう諦めて死を素直に受け入れること。
早期癌発見って何?
癌擬もあるかも知れない?
生検での転移そのものがあるかも?
などなど、医療技術の進化は私自身が毎日体験しており、
私自身、身体障害者1級、心臓障害者1級で、
来年は3回目の除細動器埋め込み手術を受けます。
そういう意味では、理想的な死は毎日考え、
3度重篤状態での臨死経験もしてきました。
おそらく、今も医師であり、何が医療で、その医療を行う医師たちの
いわゆる権威権力闘争を内部告発のごとく小説化されてきました。
私はデザイン界にも、現代社会の中では、
デザインの長所短所、制度化する権威主義は
小説化されていないほどとても遅れた職能だと思っています。
なんと言っても、治る病気は治すが、治らないなら治さないとか、
本当に安楽死なんてこの日本では難しいこと、
病院には行かないという重大決心の実際などを聞かしていただいた話でした。
そうした中で、私はこれまでの「コンシリエンスデザイン」を、
アンケートからもその実務そのものを僅かながら紹介しました。
次回は来年の2月2日に、いわば仲間である東京藝大の若手教授の話です。


* 『芸術工学からコンシリエンスデザインに』
* 「除細動器埋め込み入れ替えより生還」
* 『東京藝大からの二人の講師を迎えて「KK適塾」』
* 『いのち・生きること、命は与えられたもの』
* 「『医の知の未来』適塾175年・緒方洪庵没後150年=大阪大学」


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『謹賀新年・2017年新春あけましておめでとうございます』


   


     1月 1st, 2017  Posted 12:00 AM



新しい年をむかえます。
すでにこのブログを書き出して11年、それも毎日、
しかし、最近は時々休筆します。
そうすると、「病気?」と尋ねられますから、
無理をしていたこともありました。
また、そんなに厳密に書こうとも思っていませんから、
国語作文にならず、誤字脱字などはお許しください。
初期には2000文字だった時もありますが、文章が長文だと、
あまり読まれませんから、800文字と写真も、
慌ててその場雰囲気ゆえ、車椅子姿勢での写真失敗もホントに多いです。
ただ、私としては、問題意識や時代を「徒然=つれづれに」、
あくまでもデザインに拘っています。
おそらくテーマは、デザイン・文房具・オーディオ・趣味、
そしてファッション系になるでしょう。
「基幹産業」での日本復興を目論見ます。
本年はもっと気楽に休筆もたびたびと思いますが、
ご笑読をいただきますことよろしくお願いします。


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『看医工学としての介護のコンシリエンスデザイン』


   


     4月 4th, 2016  Posted 12:00 AM



医工連携はすでに論理的には無理です。
この考え方をデザイン手法にして「看医工学」を提案。
そして、
「反健康」=病気そのものであること、
その問題解決としてのデザイン。
「半健康」=一病息災といわれるように、
時には医師の医療看護が必要とされます。
これは人としての存在価値を効能として、最も重要になるのは
介護までの環境でしょう。
「範健康」=健康を望んでの模範的な生活環境が必要です。
それこそ、未来、明日ある自分の健康の維持デザインです。
公的な国家プロジェクトの資料によれば、
特に、2010年から2025年には、
65歳以上が709万人増加というデータが出ています。
僕たち団塊の世代が、基本的な社会構造、少子化と高齢化国家になり、
わが国がデザイン対象に「看医工学」を成し遂げれば、
他の先進国家からこれからの地球のあり方、
そのモデルケースになることは間違いありません。
高齢化による介護者が2012年には170万人が必要とされ、
2025年には250万人が求められるということも明らかになってきました。
この世代がどれほど社会を破滅させていくかを正直に自覚してしまいます。
そこで僕の使命は「コンシリエンスデザイン」で
「看医工学」の実務を
これまでの経験で即応できるかということになります。
僕は改めて、看医工学での介護に焦点を当て、
医療にはメディカルケアを
介護にはヘルスケアを
健康にはライフケアをデザイン、デザイナーとして、
コンシリエンスデザインに集中させなければと提案し実施しています。
そのためのスマートハウスよりは、
スマートシェルターが正しいと思っています。
それは、衣・食・住がfood, clothing and shelterだと考えるからです。


*『講演テーマで最近もっとも多い医学とデザインの「範」』
*『病院という悲しみの日本語に「もてなし」という意味は無い』
*『滋賀医科大+EDGEで紹介をKK塾でも紹介』
*『医工連携など妄想である!』
*『「コンシリエントデザイン」・・・新しいデザイン定義』


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『変だ! おかしい、狂っている、それは・・・私か?』


   


     12月 10th, 2014  Posted 12:00 AM



私は歩けなくなったときにこの時代と私はもう共時できない、
そう思ってきました。
だから正直に言えば、現代は「変」になることをめがけて進んでいます。
駅と新幹線、列車。=列車の進化に駅ホームは不適合!
空港と飛行機。=エアポートという駅に飛行物体は不適合!
港と船舶。=港は何も変わらず、船舶の工夫進化に不適合!
この組み合わせには何の疑いもありません、が、「変」です。
高速になった列車とホーム、ホームの危険度は柵程度では駄目です。
新幹線も、これまでの汽車座席がただそのままの形式が進歩しただけ、
それが、まともだと思っていること自体がおかしいのです。
だから、列車のデザインにホームの設計要素が必要であり、
飛行機への乗降者にエアポート=駅形式は大間違いであり、
現港の沖合まで新しい港は建設し直せば、
船舶の形態デザインも変わるはず。
これが私、デザイナーとしてのアイディアです。
極論すれば、歴史の進化がすべてバラバラのままに、何が進化?
歴史的な実例をひっくり返してこそ、本当の進化のはずです。
景観の哲学に、景気も病気も「変」に除外されてきました。
景気も病気も哲学にその項目がないからこそ、「治せない」から「変」。
景気に向かう、経済と経営ではもう無理なことは明白です。
病気に向かっている医学、看護学では無理なこと分別がつきます。
前例をつくればもう前例以外はこぞって進めてはいけないらしいのです。
こんな「変」な時代、このような社会構造と共時していくには、
気づいてしまった、この不適合性を明確に問題解決する手法、
その具体化実務=デザインしかありえません。
そろそろ、「変」さを除外していく私には、
この不適合さの景観を傍観するだけの無常論に
生き着いていくそんな気がしてなりません。


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『資本主義からの逃走』
  「生老病死・身体空間性を見失うとき」


   


     10月 15th, 2010  Posted 12:00 AM

身体空間認識で見失うこと
身体空間は空間認識だとメモをしました。
E.T. Hallのプロクセミクス=proxemicsを参考にすれば、
それはレトリカルな表現が可能です。
ただし、このレトリカル性、あるいはアナロジー的な思考をプラスさせることは可能だと思います。
だから、身体空間は空間認識では次元的な表現に寄りかかることは簡単簡易です。
ただし、肝心なことを見失うことの哀しみから焦燥感や喪失感を私は考えてきました。
「身体空間=空間認識」が全く出来ない状況を人間=万人は持っているということです。
「生老病死」
つまり「生老病死」が、空間認識での身体空間性を見失うことだと思います。
私たちは、「生」の時空間、その時の身体空間は忘却しています。
「老」=老いていくことは、本来ならば蓄積されてきた経験によって、
身体空間を知り尽くしているはずです。ところが、
これは全く真逆のことになりかねない空間認識での危険性が満ちているということです。
「老」が「考える」という象形文字のコンテクストを十分にひきずっているということが、
実際はその真逆性があることにも転換していると思うのです。
物忘れから認知症・アルツハイマーは空間認識力を0次元にしてしまう無情さがあります。
そして「病」です。
病というより病気という身体的かつ生理的な異変は、
空間認識性をすぐに見失うものだということを私自身が沢山経験しています。
重篤ともなれば、その時の本人に身体的空間は、ある錯覚をもたらします。
たとえば、幽体離脱とか臨死体験です。私もこうした経験があります。
しかし、あれが幽体離脱といわれている白日夢にすぎないとか、
臨死体験と思えるような悪夢だったのだと私は自分の経験を整理しています。
無と空、ゆえの間
少なからず「生老病死」は、
身体空間の「無」あるいは「空」という哲学性や宗教性を打ち立ててきました。
特に、日本人の伝統的な文化だったとさえ考えることができます。
すなわち、身体空間と空間認識にとって、「生老病死」と「無」・「空」は、
実は、さらに重大な「間」という伝統性を創出してくれたいたのかも知れない、
というのが私の意見です。
身体空間のトポロジー
さらに、私は、自分の「生老病死」という多元性と多様性にトポロジー感覚があります。
身体空間のトポロジーだと表現しておきます。
このトポロジーは、確かに「空」なる身体内部を構造化していると考えています。
デザイナーゆえ、その視覚化=Visualizationに囚われきましたし、その解読を試みています。


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『資本主義からの逃走』
  「『自力』だから仕方ない難行なのです・・・」


   


     8月 24th, 2010  Posted 12:44 AM

死に至る病とは絶望
ともかく交通被災を受けた私にとって最も大きな問題は、
「なぜ? 自分にはこういう運命、宿命」ということでした。
五体満足な体で「生」を受けたにも関わらず、
「歩けない体」になぜ自分は? ということでした。
私は大げさに言えば多分、この問題こそ「哲学的問題」だと悟りました。
「生老病死」での「病」への自我意識との対決こそ「哲学」だということでした。
「死に至る病とは絶望である」ということを、連日考えていたように思います。
それは現在も連続して抱いています。
具体的には、肉体に襲いかかってくる発熱や悪寒や嘔吐や意識障害に関わらず、
「精神的な恐怖感」は耐え難きものがあるわけです。
私は、とても重大な分別に気づきました。
それは、「怪我」と「病気」を自分の身体に居座っていることから、
「怪我」というのは、「自分を怪しく」することに対して、
人間は、余程の受け身で耐えきれるものなのか、ということです。
そして、「病気」というのは、
「気持ちが病んでいる」証にすぎないものなのだ、ということで「気」を抜いてしまえばいい、「病」が次々と私を責め立てているとことです。
私は28歳から、この連続苦行を幾たびか受けるようになりました。
そして、自分なりの結論で、この苦行と立ち向かうことができる「術」を身体化できました。
哲学なのか、宗教なのか、という「際限」は、「死」を意識することにあるのでしょう。
難証難行による自力は本願にあらず
なぜなら、「自力」に対して、
日本人の精神世界を支えてくれた対岸には「他力」を位置づけていました。
どの宗教なのかは、ここでは不問としておきますが、
いわゆる「他力本願」などは、「怪我」と「病気」を抱いた本人には何の意味もありません。
むしろ、「自力」を鍛えあげることは、「難行道」なる論理が明確に宗教、
それも仏教緒宗の「教判」にありました。
私が、まさに「車イス」に乗るだけのトレーニング=リハビリテーションは、
「難証難行」をひたすら受け入れるだけと割り切ったことです。
いわば、自分に襲いかかってきたこの難行を相手にしている自分を客観視することでした。
ただし、これは今なお割り切っていても「自力」の難行であり、
「本願」にあらざることは認めざるをえません。


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『資本主義からの逃走』
「病院という悲しみの日本語に『もてなし』という意味は無い」


   


     6月 5th, 2010  Posted 12:46 AM

重篤
重篤という言葉があります。
私は3度、重篤状態を通過しました。
周囲が、ドクターたちから重篤と告げられました。
周囲は充分にその状況を理解していましたが、
私自身が重篤状況だったということは全く知りません。
危篤と重篤、医学的には危篤という言い方ではなくて、
重篤の方が医学術語だとドクターたちに教わりました。
さて、私自身の肉体的問題は、きわめて日常的です。

デザイン医工学
そうしたことで、私は「デザイン+医学」領域に携わっています。
この領域を「デザイン医工学」と呼称づけています。
このデザイン医工学には、

反健康=健康では無い=病気・病
半健康=いわゆる一病息災という日常的な病を持っている
範健康=健康であるためにどれだけ体調管理・保健であるか

以上のようなことから、
それぞれに対する「デザイン」対象として健康を見詰めています。
そこで、「病院」という機関・組織・空間・サービス・制度を明確に定義するとき、
この日本語はやはり、歴史性としての意味が閉じ込められていると判断しています。
ずばり、「病院」とは「病を閉じ込めた空間」という意味です。

閉鎖空間
「院」という文字は、「完全な閉鎖空間」を意味しています。
大学院も完全な閉鎖空間です。
比して、学校も「校」は板塀で取り囲んだこれも閉鎖空間です。
ところが、幼稚園などや学園の「園」は、遊園地もあるように、
「開放空間」です。
こうしたことから考え直せば、
私は「病院」は「病園」、
いや「療養園」が正しいのではないだろうかと主張をしてきました。
病院や医療関係者の方々からは、
現代性と重ね合わせて多くの賛同を得てきました。
なぜなら、「病院=病の閉じ込められた館」、
閉鎖空間であってはいけないという発想が出てきたことです。
それは、「病院」=ホスピタルからホスピスという日本語は、
Hospital・Hospisという英語の原意からは、
「病院」=Hospitalでは無いということです。

もてなし空間
HotelやHospitalは「もてなし空間」を意味しています。
したがって、
病気療養は、医療従事者のもてなし=看護の十分さが問われているということです。
つまり、私たちは漢字観=古代中国の病院定義を引きずっています。
Hotel・Hospitalの意味には相当の距離観があるということです。
現代、すでに「病院」という言葉の変更は必至だと提案します。
病院とホテルは「もてなし空間」として同格ある必要があるわけです。
そうなれば、「ホスピス」は終末医療の「園」であって、
「病院」の延長線上にあるわけではないことは自明です。


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