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Posts Tagged ‘目’


04月18日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 18th, 2018  Posted 12:00 AM

04月18日 大安(庚辰)

日本人の特徴をよく表す言葉として、
「以心伝心」というのがある。

つまり、言葉を交わさなくても、
たとえば目を見れば
相手の考えていることが
理解できるということだ。

会話がなくてもそこにいる皆が
共通して同じ考えを持ちあえる
というわけだ。



『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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01月16日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 16th, 2018  Posted 12:00 AM

01月16日 仏滅(戊申)

私は、デザインとは
最終的には目に見えるかたち、
あるいは目には見えないけれどもなんらかの
問題解決したことを、
かたちとして認識できるように
提示する営為だと考えている。



デザインの極道論―「感性の言葉」としての形容詞


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11月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 11th, 2017  Posted 12:00 AM

11月11日 先勝(壬寅)

「時計」、「時刻」、「時間」とは、
目に見えない「時の経過」と「瞬時」を
測定する計測器であり、
モノとしての「使用感」と「所有感」を
満足させうる「存在感」が問われるモノである。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』16 時の経過と瞬間


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06月21日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 21st, 2017  Posted 12:00 AM

06月21日 先勝(己卯)


訓練された運動能力は、
目の前の写実を
確実に超える日がくる。
その日には、
目の前に無いモノが
脳内に映り出すのだ。



川崎和男の発想表現手法


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06月19日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 19th, 2017  Posted 12:00 AM

06月19日 大安(丁丑)


スケッチ能力は、
ひたすら「描く」こと。
この描く能力を
目の前の写実から、
脳内にある幻想を対象化。
これがデザインスケッチの
基本である。



川崎和男の発想表現手法


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12月27日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 27th, 2016  Posted 12:00 AM

12月27日 先負(癸未)


未来は「背中にある」。
これが未来信念。
目の前には、
決して未来はない。
だから、
歴史からこそ、
未来を見なければいけない。



川崎和男の発想表現手法


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8月22日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 22nd, 2016  Posted 12:00 AM

8月22日 友引(丙子)


目の前に
描くべき対象が存在しない。
その時、
脳内に
イメージの形が浮かぶ。
自然と
脳内イメージが
「手」の回路に結びつく。



川崎和男の発想表現手法


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8月21日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 21st, 2016  Posted 12:00 AM

8月21日 先勝(乙亥)


目の前に存在する
描く対象を
ともかく正確に描く。

描く対象を
脳がとらえて「手」が」動く。



川崎和男の発想表現手法


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『マンガ表現での瞳表現、そのインターラクション』


   


     6月 8th, 2016  Posted 12:00 AM



日本の漫画はすでにマンガ=「manga」となって、
表現物の大きな文化性を国際化しています。
遺伝子に漫画印象が組み込まれているかどうかは
未だ定かではありませんし、
遺伝子を調整細胞として制御しているかどうかの研究もまだ最中です。
マンガを読むというライフ・ログとしての記録化と遺伝子関係は疑問です。
少なからず、ロボットを漫画で読んできた我々には、
確実なライフ・ログに組み込まれていることは間違いないと思っています。
たとえば、ロボットは日本の子どもたちは怖がりませんが、
欧米では、
子どもたちはロボットの存在に恐れをもっています。
またこの印象度を利用した「ゆるキャラ」はブームとなっていますが、
デザインが貢献しているのは「くまモン」のみと言い切ることが可能です。
なぜなら「くまモン」には明確なデザイン成果があります。
あとの「ゆるキャラ」となると、商業主義的な悲惨さがあふれています。
こうしたマンガやゆるキャラには、明確な分類ができます。
それは「顔表情での目」その表現にあります。
二つに分類されています。
黒い点だけと、白い中に瞳の黒点、この二つについては
阪大、私の研究室で黒い点に絞った研究が修士論文でまとめられました。
黒い点というだけの顔の中の配置だけで喜怒哀楽が表現されて、
黒い点の瞳感覚で充分に感情表現が可能だという結論を得ています。
むしろ、白い中の黒点瞳表現は、感情表現の限界を示し、
かつ、マンガでの顔表現では経年変化をすることが明らかです。
つまり、黒点瞳での顔表現は、生き物の顔表現を統合しているという
その結論は、
今後のロボティックスのインターラクションに繋がっていくでしょう。

*『キティちゃんにて確認できる「安全と安心」』
*『心を持つロボット表現として、「泣き出す表情」』
*『漫画・アニメーションにみる日本独自のロボット観』
*『VFXのロボットが柔らかくなっているのは進化?』
*『ロボットが『心』を持っている?かどうか、ということ』


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『リトルコンピュータピープルの顔色は人工知能要素かも』


   


     3月 3rd, 2016  Posted 12:00 AM



スーツが似合う男はそれほどいないと私は思っています。
国内のファッションガイド誌に取り上げられている人物など
僕には納得不可能です。
スーツが似合う男優ならばマイケル・ダグラスだと思います。
その彼の代表作「ウォール街」に登場するApple IIcは、
Macintosh発表の翌年1985年、すでに液晶ディスプレーとともに
発表されるとともに、このパソコンは特にアニメーションでは
その当時のNHK教育TV関係CG 映像はこれで制作されていたはずです。
僕も手に入れていましたが、
なんといっても、僕がこのコンピュータには未来が見えていました。
最近、人工知能について、僕はほとんどすべてを懐疑的かつ否定派として
僕はその考え方に至っています。
この考え方を決定的にしたのは、Apple IIcでも実現されていた
「little computer people」というゲームでした。
このゲームは、当時スタッフにも
「結婚しなくてもこのゲームの進化とともにいきていける」と
冗談を言い合っていたことがあります。
このゲームは、三階建ての家屋内に一人のおじさんが暮らしています。
時には散歩にでかけますが、
ピアノを弾いてくれたり、体操をしていたりの気ままな生活を
画面越しにこちらは観ているだけですが、
時にはこちらから手紙を送ってピアノ演奏を頼めます。
またそのおじさんから手紙がきます。
それは水を届けるのです。
そして、その水が無くなってくると、
おじさんは「顔色が悪くなって」ベッドに寝込んでしまうのです。
僕が最も問題にするのは、ベッドに寝込むおじさんは
「顔色が悪くなるのです」。
このゲームは現在の人工知能を表現していると僕は思っています。
つまり、知能に対する身体的な条件です。
先般アンドロイドロボットの
まったく人工知能回路ゼロのロボット研究を見て、
私はアンドロイドロボットの目の動きとともに、
顔色変化=つまり、心臓という感情との関係性が
知能表現には必須かも・・・
この直感に囚われました。
僕は早速、この知能と心臓=顔色変化はすでに
「little computer people」では意識されていたことを
まざまざと思いだしました。
次回「KK塾」では、この話を深めたいと思っています。


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