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Posts Tagged ‘知識人’


『「擬」=モドキ編集からダマシを再度、摘発をしたい』


   


     10月 3rd, 2017  Posted 12:00 AM



久しぶりというか、流石だなあという松岡正剛氏から献本が届きました。
まだ礼状も出さずにブログアップしようと考えました。
まず、タイトル「擬」(もどき)とは、
やはり私が日本人では最高の知識人と思っているだけに、
現在を見事に的中させていると思いました。
私は擬から直ぐにダマシの昆虫やら魚類やら蜘蛛などが思い浮かびました。
それは幼い頃の捨てがたい思い出なのです。
小学校で夏休み直前の授業では夏休みのドリル(宿題)が配られますが、
そのドリルなどは、配布されたらすぐに全ページをやり終え、
それは担任に戻すとすごく怒られました。(正直、情け無い教諭と判断)
転校した小学校でも同じでそうした教諭はすべて信用していませんでした。
夏休み最大の面白みは自由研究で昆虫採取から植物の押し花は最高。
なかでも、テントウムシダマシともなれば、
テントウムシは益虫でしたがダマシは害虫であり、
テントウムシダマシの方が運動神経にすぐれていました。
だから「なんとかダマシ」は徹底して知り尽くそうとしていた思い出です。
これは「モドキ」を「ダマシ」は越えていたのです。
だからこの著作は彼らしい上品さがふんだんに込められていました。
その上では彼に次回会ったなら、モドキとダマシの区分や、
モドキが精進料理での動物主体料理をそれこそガンモドキのごとく、
植物性食材を動物性へとしていた品格があります。
私は最近、デザイン界で、あたかも死んだデザイナーの作品を盗作という
「ダマシ」としていることを摘発し論理分解批評をしてきました。
それこそ、彼は再び癌で倒れましたが、復帰するなり、
この著作、そのタイトルには擬を「世」と「代」に換えている知的良心さを
本当に見事にまとめていること、これこそ日本人として最高の知識人であり、
彼が編集工学を語り、その実際行動としての「日本という方法」、
この根柢の重大要因とている擬は、
デザイナーは勿論、知識人を名乗るなら完読すべきだと思っています。
私は「擬」のこうした知見からも、特にデザイン「ダマシ」の摘発をします。

#「擬」

* 『毒虫の吸血システム、そのバイオミメティックス』
* 『KK塾最終回 松岡正剛氏からの新たな知の編集』
* 『「影向」は陰翳を超えた日本伝統の美学を再興した』
* 『人生70暴走古来稀・松岡正剛氏』
* 「語り部仕草は、再出発するべきです。」


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『商品である「デザイン思考」は経営論にすぎない』


   


     3月 14th, 2016  Posted 12:00 AM



「デザイン思考=Design Thinking」は米国IDEOの商品です。
しかもこの商品は経営論の手法をそのまま商品化したにもかかわらず、
大学のカリキュラムに影響を与え、それを輸入した国家の大学にも
大きな影響を与えて、流石にIDEOのデザイン商品は成功をしました。
しかし、経営論にも関わらず、あたかも経済論として語られた
「イノベーション」は吟味されることもなく、
浅薄な知識人だけではなく、「実績の無いしかもデザイナー人」にまで
デザインの未来論のごとく宗教論化していることを嗤わざるをえません。
かつて、オックスフォード大学とIDEOと大阪大学大学院・私の研究室で
あるプロジェクトに取り組んだことがあります。
それは私のデザイナー責務にかけた「素材論」でもの別れになりましたが、
その時以来、IDEOらしさの仕事は見当たりません。
経営論でイノベーションを語っても仕方の無いことです。
が、「デザイン思考」では経済論で万一、イノベーションを語ったなら、
それは嘲笑されることになるでしょう。
経営論と経済論は
まるで異なっていることすら知らないデザイナーは不必要。
Design Twoから出発したIDEOで
今なお故・ビルモグリッジ氏が生きていたなら
この経営論である「デザイン思考」は
決して商品にはしていなかったはずです。
やがて「デザイン思考」が決して「イノベーション」を生み出すことは
絶対にあり得ないことが証拠だてられるでしょう。
実績ある革新的=イノベーション足る商品の経営論には
「デザイン思考」の逆説が見事に表現されています。
その最大の理由は、
イノベーション=出発はドイツ語のコンバイネーション、
「新結合」という経済論では、
必ず、「資本主義社会は破綻する」という結論を出していました。
「新結合」と言ったシュンペンターは1928年にこの予測を立て、
1929年には「大恐慌」が始まるのです。
そしてこの大恐慌が世界大戦を引き起こすことになるわけです。
僕は商品化された「デザイン思考」の代表作を読んでみて、
大恐慌とともに第三次の世界大戦にならないことを
心から願っています。
デザイナーなら、デザイン手法では思考を重ねているはずです。
にも関わらず、デザイン自らが商品化された「デザイン思考」に
これこそ待ち望んでいた手法と言いだし、
これに寄りかかっているのを見るとき、
彼らは元来才能が無かったことを自明しているのです。


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『桜=日本という誤った大間違いのイメージ表現』


   


     1月 15th, 2014  Posted 12:00 AM



このことは指摘し書き残さなければなりません。
もし、桜が日本をイメージする表現だとしても、大間違いを、
私は指摘し、この表現に安易に乗っている馬鹿どもを許しません。
100円ショップに、阿南漆で生産されたお椀にすら、
桜がそれらしく装飾されています。
桜を表現するデコレーションのデザインです。
最も安っぽい表現が、なんと日本イメージになる低レベル。
なんでもソメイヨシノを植林すればそれでいいとする有名建築家。
その存在も私は大否定しておきましょう。
なぜなら、ソメイヨシノこそ、日本の桜を台無しにしてきた、
とんでもない存在だからです。
ソメイヨシノを植えれば、他の植物を殺す存在ゆえに、
日本の桜文化も否定してきているのです。
有名建築家なら知識として知り置くことです。
これが見事に中国製で阿南漆の100円ショップお椀になり果て、
その浅薄な知識が「日本表示」のマークにもなり果てています。
桜はまさしく日本を表現するシンボルであるだけに、
その知識の深度が必要です。
浅はかな無知識な「桜」表現を私は全否定します。
それは、日本人の知識人ゆえに、
万が一海外から、「あぁ、とうとう日本人も浅はかな!」という、
そのようなことを言われないためにです。
桜=日本、このイメージこそ、
日本のわび・さびにつながる重大な思想が必要です。
しっかりと、桜のイメージを見ているプロがいます。
そのことを忘れないでいただきたいと思っているのです。
桜=日本このイメージにはまともな思想が必要だということです。


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