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「『内部障害者マーク』を国際化していくデザイン案と提示」


   


     7月 12th, 2013  Posted 12:00 AM



私がこのマークデザイン依頼を受けて実際は直ぐにデザイン。
しかしながら、この展開に至るのに相当の時間を使いました。
でも、諦めずに提案内容を徹底的な国際化と最新技術印刷までを
私はデザインが問題解決と日本だから最新技術展開を遂行。
依頼は福井県内部障害者の団体の方々でした。
デザインはすぐに出来ました。しかしその展開の途中には、
東京都でも制定マークが出来上がってきました。
私はこうしたマークは、本当に哲学的な問題解決策が必要です。
たとえば、ほぼ万国共通の「車倚子マーク」は氾濫していますが、
デザイン完成度の低さから、各国での使用は見直されています。
先般、New York市の車倚子マークが変更されましたが、
私の提案マークによく似ています。
さて、このマークには、欧米でも解釈が未だに混同されている、
「アスクレピオスの杖」イメージとハート印を造形要素。
本来は「アスクレピオス」と「ヒポクラテス」が医療の象徴です。
しかし、欧米ではこの二人が題材とされているギリシア神話、
その解釈についての議論がそのまま、ヘビと杖に表れています。
それはヘビが一匹なのか二匹なのかという問題の解釈です。
しかも、その杖に鳩がイメージされることで、
平和や安全や防衛などの象徴化までイメージ展開されることです。
私は、あくまでも、内部障害者は「外観では判断が不可能」です。
ところが、実際は障害者であって、
社会からは常に彼or彼女の医療性や防衛性が大事です。
ある意味では、アスクピレオスの杖と鳩と蛇二匹を、
歴史的にも、あるいはそれぞれの解釈説を相当に検証しました。
その核心には、「危機管理」という学域の設定からも、
CrisisとRisk、それぞれに「デザインマネジメント 」の
明確なコンセプト定義化も行ってきました。
定年退官後も大阪大学大学院に研究室があります。
7月30日には、「危機管理工学プロダクトデザイン寄附講座」、
この解説キックオフを行います。
さらに適塾開設175周年記念講演を開催し参加します。
適塾は阪大医学部・医学系研究科の源流でもあるからです。
いづれにおいても、医療・医学・安全・防衛がテーマゆえに、
この「内部障害者マーク」はデザイン実務の一つです。


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「頭蓋骨・自分の頭を見ておきたい=滅茶苦茶は嫌だから」


   


     6月 20th, 2013  Posted 12:00 AM



自分の頭蓋骨はレントゲン写真で見たことがあります。
しかし、まさにこれが自分の頭蓋骨は見たことがありません。
いずれそのレントゲン写真から創ってみたいと思っています。
なぜなら、私を私ならしめているのは頭蓋骨に包まれている、
私の脳味噌だと思うからです。
他人の頭蓋骨より、もっと感動するのはクモ膜です。
いわゆるクモ膜下出血というのがここで起こります。
このあたかも真綿のような皮膜というよりも、
とても美しい繊維質とも膜質とも言い難いものが柔らかく、
頭蓋骨を包んでいることこそ、
「人間」の物質性を超越したものだと思っています。
そして、人間の器量なり、能力なり、性格も、
実は、このクモ膜に包まれた頭蓋骨は、
絶対に生きているからこそ知りおくべきだと考えています。
それは、最近、「嘘だ」!と思うことが多いからです。
たとえば、どう考えてみても、
それはありえないと正当論を発言するのです。
装飾された頭蓋骨では、その装飾コンセプトが間違いです。
私は「過激」、批判をしておきます。
だから私は、「怖い人、付き合いづらい人」だと思われます。
しかし、誰かが言わないままだと、職能責務を曖昧にし、
生きがいとか働きがいすら忘れるように時間が流れてしまいます。
時間を失えば、それは空間、つまり社会に居る自分が不在です。
いや、「非在」なのかもしれません。
この小さな島国に「生」を受けて、なんらかの役割があるゆえに、
私は徹してみたいことがまだまだあるようです。
「きっと損をする」ことかも知れませんが、
発言は止めないでおこうと思うのです。
正直、「生きづらい日常」に身を委ねていますが、
「それ、嘘でしょ」って、断言をするつもりです。
たとえば、早寝早起きが必須? 嘘でしょ!
歩けば健康になる? 嘘でしょ!
自分を「治めること」、
それは自分が滅茶苦茶だから「治めます」。
きっと、「政治」=政って滅茶苦茶だから「治める」のです。
さらに、「治療」=病って滅茶苦茶だから「治める」と思います。

なお、3D-Printingでの頭蓋骨参照
http://www.etsy.com/shop/shhark


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「LSIに封じ込められている。だから、Don’t let me down!」


   


     5月 27th, 2013  Posted 12:00 AM



確実に「自分だけを信じ込む」こと。
正直、私の想像力、直感、断言する予知は、
世界が気づくまでには10年はかかるのだろうと思っていました。
フランツ・カフカに自分が魅せられたのは、
「職業」と社会、彼らの大きな教会観はそのまま、
私には産業・企業・デザイン界が社会観と同値でした。
2004年にこの作品を発表し、
2006年には金沢市に買い上げられましたが、正解だったことを、
現在はとても強く、あらためてやっと叫ぶことができます。
わが国は、いつまでもLSIが、
産業の「米」=日本の資源だという錯覚を捨てるべきです。
もし、現代文明の諸悪の根源を上げるとするなら、
アトムとビットの関係、その根底にある集積回路=LSIです。
もし、今後も日本の「米」にするには、
マイコン発想と設計には日本人が必務だったように、
再発想と再設計をし直すモノになってきたと思います。
フランツ・カフカの有名な「変身」の書き出し、
「朝、起きると私は虫だった」、というのがありますが、
むしろ、それよりは「流刑地にて」が参考になると思います。
この物語りに登場する「図案家」をデザイナーとすれば、
なぜか、自分に覆い被さる気がします。
人間は感情に支配されればされるほど、
陰の世界に閉じ込められます。
感情=陰という中国的な解釈は見事に当てはまるのですが、
感情の陽性化=Don’t let me down!でLSIに取り組み直すことです。
私は、これまでいつも10年先を突っ走っていると自覚し、
思い切り、時代と共時できずに落ち込みますが、
実装設計の現場に問題をデザインで提示しながら、
なんとしても、わが国こそ「革新をリード」できる国だと、
思い続けてきました。
電子回路が複雑、つまり、私たちの電子への要望が強まれば、
そのままに、LSIは発熱します。
10年前の予測、自分の未来感への予知は的中していたようです。
これを解決出来る胆識が、
今の日本には、残念ながら非在だと言わざるをえません。


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「情報化への入り口は記号論or記号学だった」


   


     11月 24th, 2012  Posted 12:00 AM



農業革命➡工業革命➡情報革命は三つの波に喩えられました。
しかし、この三つの波だったという認識は、
教養になっているだけです。
そして、現代の学生たちには詳細に伝えなければなりません。
農業革命によって農場は失われ、
工業革命によって工場は失われ、
日本はアジアに振り分けて、肝心な工場も失いました。
情報革命がもたらしのは社会が劇場化したことです。
あらゆることが社会現象という劇場化になっています。
にも関わらずこの実感の認識は,
下意識にしている社会的なリーダーは限られています。
私は一刀両断的に、
「商品づくり」=「工場の劇場化」が必要だと主張します。
さらに突っ込んだ言い方をしてしまえば、
「商品づくり」を終わらせて、
「記号づくり」に向かうべきだと教示せざるをえません。
なぜなら、記号化とは、
コードとモードを混在化しながら、この記号はコードなのか、
あるいはモードとして意識化しているのか、
すでに下意識に入りこんでいるのかも不明な大衆意識を
「文化」だと言い出すジャーナリズムすらあるわけです。
いやはや、
ここまでの前段は読解困難なはずだと知りつつ続けます。
しかし、メガネや車やジーパンやジッポーを取り上げてきました。
それぞれの事例によって、
「これが記号になっている」と説明してきました。
ひとまず、佇んでみてください。
あなたは、商品選択をしているのではなくて、
記号選別をしていることに気づいていただきたいのです。
たとえば、ブランドモノのツールを使用していれば、
たとえば、ポルシェを所有していれば、
それらは、すべてツールではなくて、
明らかに所有している貴方自身を
社会に表現しているメディアになってしまっているということです。
だから、商品ではなくて、
当初から「記号づくり」を産業経済に組み込む時期になっています。
0と1という記号そのもので「情報」が組まれ、
記号は「情報」で書かれたテキスト・聴覚映像・画像が背景です。
私は、もはや、わが国が先導していくには、
「商品」を捨てて、当初から「記号」と「情報」にこそ、
国際的にこの知識と意識を集中させることでこそ、
この国難から脱出できるものと推測しています。
ツールはデザインによってメディアとなり、
商品はデザインによって記号になるでしょう。
そして、記号の背景あるいは記号が構築する
環境、情報環境がこれからの世界観だと確信しています。


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「1949年生まれにとっての2050年未来は?」


   


     11月 11th, 2012  Posted 12:00 AM



1949年生まれの私にとって2049年は100歳です。
したがって、2050年にはすでに私の生涯は終わっています。
書店で、この本を見つけました。
2050年という未来予測です。
ともかく読んでおこうと思っています。
その時に、地球は、世界は、そしてわが国日本はと、
想像するヒントだけでも知っておきたい。
ワイフは生きているかもしれないし、
甥っ子や姪っ子には人生の中盤になっていることでしょう。
教え子たちには必ずやリーダーとして、
世の中を牽引していてほしいと思います。
まだこの本は読んでいませんが、
まず、同胞である日本人には幸運と幸福であるべきです。
世界で最も理想的な国家になっているべきです。
大学人になって17年ですが、
17年前に私なりに今日のあらゆる領域の脆弱さは想像していました。
そうしたら、なんと3.11という1000年に一度という大天災と、
またもや、
放射能と日本人は向かい合わなければならないことになってしまいました。
私に残された時間を毎日確認しています。
28歳で車椅子になったとき、
ドクターの宣告は40歳までの生涯のはずでした。
だから、せめて体力は衰えようが、気力だけでも健気に社会と向き合い、
私なりのデザインを残したいと願っています。
なぜなら、デザイナーという職能家として生きぬくことが、
私の天命であり、運命であり、宿命であり、だから使命だと思います。
幸運にも、デザイナーゆえに、「夢を創る」仕事で生きぬけるはずです。
読者諸兄にとっても、
2050年をどのように迎えることになるのかは問いかけておきます。
2012年もこれから歳末はすぐにやってきます。
来年、どう生きるか、それは2050年に連続していくことになるでしょう。
私は、学生たちに最近は、次のように伝えています。
「君が中年になって人生に成功している姿を、
私はみることができないことはわかるでしょう、
だからこそ、君の将来は、
君自身で自分の中から紡ぎ出すしかないんだよ」、と。
未来は常に、「夢を抱いて招来すること」、
これが全ての人にとっての使命だと思います。


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「博士号学位取得論文が一段落」


   


     9月 20th, 2012  Posted 12:00 AM



昨日、いつものICD(除細動器)の定期検診を受けました。
エピソードと言われている心臓への機器異常は皆無でした。
良かった、というよりも、
今年度から博士論文指導では、
特に、Skypeで二人の学生はもとより、
研究室の学生までを罵詈雑言の限りでした。
「バカモン、何をやってる!」何度、怒鳴っていたでしょうか。
しかし、何も心臓異常は起こっていませんでした。
「パワーハラスメントでもなんでも構わん、
ヤレと言ったらやり通せ、その資料も読んでないのか」、
これをどれほど言うかというより叫んできたかわかりません。
『造形言語と形態言語によるデザイン造形の数理的解釈論の考察』。
『糖尿病を対象とした医工連携の問題解決による先端的デザインの研究』。
この二つが二人の学生それぞれのテーマでした。
デザインと言語的な解析を記号論と数理科学的な分析を試み、
もう一方では、
480万人の糖尿病患者はやがて2000万人と言われる健康問題へ、
医工連携への現実的な解決から未来的な解決のデザイン提案研究でした。
ようやく、私の研究室テーマである、
先端的かつ学際的なデザイン手法と医療系との融合を
二人の学生が専門家として、博士号学位論文にまとめました。
まだ、これからは博士前期課程の学生、その修士論文指導が始まります。
夜中であろうが、常に、
Skypeは繋ぎぱなしで私の怒号を彼らに与えてきました。
少なからず、私のデザイン活動はそろそろ幕を下ろす季節になりました。
私の社会的・教育的役割は、
これまでの知識と経験をできる限り語り尽くすことになっています。
これからこの準備原稿は
3名の副査教授のこれまた厳しい検閲が始まります。
それは主査である私自身が詰問されることです。


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「君の居場所・coppers早川(篤史)作品「KAIJIN 75」」


   


     9月 10th, 2012  Posted 12:27 AM



届いていました。
先般、松屋銀座での個展ギャラリーに2日通いました。
本当に久しぶりにアート作品を求めました。
早川親子の鍛金彫刻作品です。
アッと思うほど、惹き付けられました。
その夜に、あの作品群の中のアレを、
わが家のやっぱりスピーカーシステムJBL4343の上に置こう。
そう決心すると、ともかく会議前に求めておこうと決めました。
正直、仕事中も、
すでに自宅に作品が来ているイメージが常に浮かび上がっては消える、
そんな繰り返しが起こっているのは、
仕事への情熱を演技している連中への怒りを抑えられました。
「大企業病」というのは、
大企業にぶら下がっているサラリーマンの罹病だと定義できました。
それに引き替え、早川親子(父と息子)の作品は、
父がまずは師匠でありながらも、息子さんは二代目でも無く
この親子の強烈なライバル関係が清々しいのです。
この作品は息子さんの作品です。
生きている実感と社会での役割を凜と果たしているのです。
それが見事に作品に表れています。
彼らは、三重県で制作活動をされています。
いわゆる芸術関連の学歴などは無いそうですが、
そんなことはどうでもいいことです。
ところが、芸術系の学歴の無いことから作品への上から目線の人や、
この作品をロボットにして動かしたらとか、
LEDで光らせるべきと忠告されるそうです。
私はアート作品へのそのような期待は、
まあまあ一般的興味が膨らんだだけに過ぎないことだと思いますが、
つまらない鑑賞の仕方だと言っておきます。
もちろん、銅と真鍮という素材加工の技術性やその染色方法は、
高度でオリジナリティが存分であることが基本です。
しかし、もっと重大なことは、
「作品を私物化」したときに、その物欲と美学的な満足度を
どれほど真剣に「日常化」していく決心と作品への憧憬です。
私にとって、買い求めてまで側に置いて毎日眺めるのは、
常に、眼を透明にできる作品と出会うことです。
この作品は、これから私と一緒に、
私のオーディオ=耳と眼が共時性を持って、
生きている確認ができることです。
これから、この作品と対話したことも書き残したいと思っています。


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「商店街・地下街は壊れていくのかもしれない」


   


     9月 8th, 2012  Posted 12:00 AM



大阪に来て以来、京都の地下街は私の遊び場になっています。
しかし、日本全国、地方の商店街、そして地下街も,
年々、その活性度を失ってきていると思います。
この京都の地下街は、来る度に商店の入れ替わりが多く、
大きな店舗である書店や洋品店などは縮小されていくのがよく分かります。
私は、フリーランスになって地方のデザイナーとして活動をしてきました。
だから、当時から地方都市と大都市比較を様々に調べてきました。
当時、大都市の条件を決めていたことがあります。
地下鉄があること、
地下街があること、
そして、著名なチェーン店舗があることや
競合しあうデパートがいくつかあることでした。
そこで、地方の商店街も
それなりの「地方色や伝統性」などの存在価値観の有無、
これはかなり重要な要因でした。
そんな大都市の商店街・地下街と
地方の商店街はすでに同等に寂れ始めていると言っていいでしょう。
これはデパートの存在価値が失われてきていることとも連鎖しています。
結局は、ようやく21世紀でのすべての街存在のパラダイムが
大変革し始めていると考えるべきでしょう。
大阪も最近は、デパートの新築や新たな駅前開発がありますが、
私は未来性を見通していないことを残念に思って見ています。
さて、先月、この京都地下街はいくつかの店舗が改装中でした。
今回新装開店されていたのは、
100円ショップやマッサージ店やネイルサロンなどでしたが、
大きなアクセサリーショップなどは店仕舞いされていました。
社会風潮がそのまま地下街に反映しています。
京都は観光都市ですが、
その観点からは金沢の地下街のような「京都らしさ」は皆無です。
地下街には絶対に店舗を構えないというブランド店舗があることは、
ある種のブランド・アイデンティティ・デザインポリシーです。
それでも、
この地下街から寺町通りへの観光プロセスが全く思慮されていません。
そして、今、最も恐れることは、
地下街にまでおよぶかもしれない天災への
防災対策デザインがあってほしいということです。
商店街・地下街は今世紀には大変革してしまうことを想像しています。


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「たかがリモンコンではありえない」


   


     8月 14th, 2012  Posted 12:00 AM



プロダクトデザインの本質を一言で断言すれば、
「使い勝手と美しい存在性」につきます。
そして、このリモコンが明示している人間と生活への提示は、
企業の社会的存在性を最大限に表示しています。
つまり、この企業が人間としての尊厳確認を自己確認しています。
これらはB&O社のリモコンです。
自宅のオーディオシステムはこのすべてで管理ができます。
すでに廃盤商品になっている20年前のモノ(右端)もまだ使えますが、
これはその当時に、
「いづれ家庭内のTVから照明から電話すべて」を
コントロール可能としていました。
しかし、時代尚早だったために
そのようなシステムまで開発は進化できませんでした。
こうしたB&O商品は、
当時から確実に未来のデザインを誘発させる美学的思想と
ライフスタイルを示唆していました。
しかし、B&Oという企業は現代に至って、
そこまでの経営手法そのものを革新的に出来ませんでした。
明らかに経営者能力が
デザイナーの夢を支えられなかった証明と言っていいでしょう。
翻って、エレクトロニクス関係、情報系、
エネルギー系などへの「デザイン提案」を、
実現するのは「企業経営者の義務」だと明言しておきます。
つまり、デザイナーの夢は「絵に描いた餅」と揶揄されます。
それも経営者という種族が
「たかがデザイン」としか思っていないのが真実です。
私はこうした経営者を喧嘩相手に40余年生き抜いてきました。
こうした経営者が社会的リーダーだというのは大間違いです。
それはほとんど無責任で真善美の人間としての生き様の基軸を、
ひとまずは「仮想の経営者にすぎないこと」にも無自覚で、
とても哀れな存在だと指摘しておきます。
まして、そんな経営者が全世界的に増殖していますから、
これは地球規模的大問題です。
デザイナーは、その専門的職能の真意忠実に、
正道をめざして自分の生涯を
そのような経営者から離脱させるべきでしょう。
「たかがリモコン」ですら、
その存在意義に、世界観のあるべき方向が見えています。
比して、現代の全てのリモコンの醜悪さが、
そのリモコンを社会化した企業、
その企業経営者の何物かの
「あってはならない罪悪性」までを象徴していると考えます。


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「憂国のパロールの思考定本から知ること」


   


     7月 18th, 2012  Posted 12:00 AM



祖国への憂国はずーっと心にありました。
特に、海外に出ると比較することができます。
良いところ、ダメなところ、必ず心に残ります。
それでも日本は素晴らしい祖国、
それなのに憂いは拭い去ることができませんでした。
当然です。
人は、生きていることが死に向かっている不安を、
そのまま祖国への愛着と重ね合わせることができる、
そんな知性と感性を人は持っているからでしょう。
友人・松岡正剛氏は「連塾」最後に25冊の書籍を紹介してくれました。
その中に、エドマンド・バーク「崇高と美の観念の起源」がありました。
本棚にありました。読んだ記憶はありましたが再読しました。
彼の近著「3.11を読む」をテキストに、
私は、この三冊を憂国のパロール、
いやナラティブ・セラピーとして選んでいます。
松岡正剛は、ポール・ヴィリリオ「情報化爆弾」を紹介しています。
私は「民衆防衛とエコロジー闘争」を挙げたいと思っています。
そして、ウルリヒ・ベックの「危険社会」と「世界リスク社会論」を
まずテキストにしておくべきと考えます。
「憂国」はすでに「対立」も「衝突」も
超越した思想の創出でなければなりません。
その思想らしきことに近接するデザインを
祖国=日本のためにと考えています。


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