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Posts Tagged ‘秘密’


『牛乳の蓋から収集癖が始まった』


   


     5月 23rd, 2019  Posted 12:00 AM



私の収集癖は、最初は「牛乳の蓋」でした。
それが、切手、マッチの箱、古銭、藩札、決まった缶詰の蓋、
野球選手や相撲取りのカードなどになっていきました。
最近では、ペットボトルのキャップがとってもいいと思って、
これを収集しようかと思っていましたが、ワイフに怒られました。
水はevianと決めていますから、
このキャップやデザイナーのボトルシリーズを
どこまで集めるのかをほんの少し、決めていました。
もう収集癖は諦めよう、いや、これは本能に基づく習性なのだ。
「収集とは何が無いかを知ること」だと私は知っています。
収集するというのは、
「持っていないモノを探し、さらには全てを持ちたい」を
満足するまで、完全主義に撤して他の人が何を言おうがやりとげる、
とても勝手な行動です。
しかし収集癖だからこそそれでも埋まらないモノを自分のデザインや、
ブランド形成にと昇華させる手段だとも考えています。
これまた身勝手な言い分ですが。
そしてペットボトルのキャップには、
その秘密とも言える機構と種類があり、
「何かが果たせる性能や効能がある」のです。
機能とは、収集した後にやってくるのです。


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『ロートレック出身の町で、入院経験のPFM』


   


     12月 25th, 2018  Posted 12:00 AM



フランスのトゥールーズ(航空宇宙産業)から
約1時間半でアルビの町です。
ここでもいくつかの思い出があります。
フランスと日本の交流記念となるイベントで
私は「産業とデザイン」の日本代表として講演等に参加しました。
アルビでは、国立の鉱山大学を見て回った後、
ロートレックの美術館に案内されました。
この美術館はお城で、
ロートレックの石版まで見せてもらうことができました。
そして、そのアルビ県の知事官舎で、どういう訳か私も表彰されました。
しかし、当時は失業率が4.0%で、デモが起こりました。
危険が及んではと、知事の官舎、といってもお城跡で
その抜け道の地下道を通り町の市場に出て難を逃れました。
このルートは秘密とのことでした。
そこで、過密なスケジュールをこなしていた私は倒れてしまいました。
心臓発作が起こったのです。
ホテルでホームドクターの診察を受け救急車で大きな病院に運ばれました。
何としても役割を引き受けたトゥールーズでの講演はやり切り、
ドクターにお願いし10時間もたせる注射をしてもらい講演会を終了し、
後は、私はその大きな病院で、通訳二人とスタッフたちは
町のホテルで、20日間ほど滞在して日本に戻りました。
海外での入院生活はニューヨークとアルビでその入院環境を知っています。
この経験で、患者へのPFK=ペイシャント・フロー・マネージメントの
説明や開示、看護や食事と客観的にも見つめていました。
医療環境ならニューヨークより、日本よりフランスのアルビでした。
昼食後は、必ずワインを一杯ひっかける
そんな二人のドクターの対応を受けることになりました。


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『あべのハルカスを見ると浪人時代を思い出す』


   


     8月 14th, 2018  Posted 12:00 AM




私の自宅から、時々、大阪の街を見ます。
ちょうどあべのハルカスのあたりが天王寺駅であり、
私の浪人時代は、あの辺、阿倍野筋で下宿生活をしていました。
あのあたりで私の浪人時代を過ごしていました。
また、阿倍野筋から入るととんでもない風景がありました。
浪人時代は、下宿にも同じ分野にいくのがいて、
全然どこの大学かは知りませんでした。
当時、私が美大に入るということは私の母以外は知りませんでした。
浪人時代はなんと言っても、父の大きなプレッシャーがありました。
「赤い血を見るより、赤い絵の具が美しいから」と
私の進路は大きく変わりましたが、
これは美大へ進学するためは隠しておきました。
誰がそんなことをしているかは、全くわからないように、
母と私だけの秘密でした。
それから主であった進路のことは誰にも告げずにひたすら、
12月からはほとんど自学自習で
「これがデッサンか」というのを追い掛けました。
「鉛筆デッサン」と「水彩画」が学科試験のあとにありました。
学科試験はとても簡単でした。
そうして、今になっても見る夢が、もう一つの進路でした。
「婦人参政権の概要」はずーっと夢に出てきます。
なぜなら、この質問には福井県でも主要な人物がいました。
このことすら私は知らなかったのです。
一方、美大に進学したときには、
もう一つ鉛筆デッサンからデザイン実習が不可能でした。
自宅からあべのハルカスを見ると私がどうしても思い出されるのです。
それは、いづれも「赤い血と赤い絵の具」を両方とも思い出します。


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