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Posts Tagged ‘羽二重’


『和服という伝統の新しい語り方を間違ってはならず』


   


     10月 9th, 2017  Posted 12:00 AM




京都には白足袋族が文化的な特権を持っていると言われています。
しかし、すでに京都自身がそのことを忘れているようです。
白足袋族というのは、祇園・神社仏閣・室町西陣の着物問屋の旦那衆です。
たとえば、文化的な決定事項は、京都では白足袋族に決定されました。
現在のことはわかりません。
京都に対して金沢では文化物事の決定は、
もし、前田家の殿様はどう決めるだろうといういうことで決定されます。
これは私も金沢市のある文化事業での打ち合わせで体験しました。
京都での仏教関係での議論討論では
一人が反対すればその提案は採用されません。
これは宮廷文化・武家文化の決定案件での決定条件になっています。
白足袋族でももはや室町の着物産業はすでに崩壊していると言えるでしょう。
私が車イス生活となり、赤坂でともかく買ったのは、
JBL4343のスピーカーシステムと着物でした。
東京赤坂ではとても有名だった呉服店でした。
今、もうその家号も消えています。
私は日本人が小学時代に学ぶべきは、
日本刀の手入れ・盆栽・着物は知れられるべきと思っています。
今回AM社の新車発表でのドレスコードで和服があったので、
本当に30年ぶりに着物を出し着てみました。
羽織は絵羽という裏地柄であり、これは日本的にはほとんど最高級の
広重作品を模写したものでした。
そして羽織の着方と羽織紐の結わえ方も教え子で特任助教に教えました。
多分、羽織はもとより袴についてもすでに日本人には
その知識と方法はもはや無くなっているでしょう。
最近、火打ち石を復興させようと考えてきました。
これも日本の伝統である、火打ちという日常習慣を取り戻すためでした。
ともかく、織物も羽二重の新たな素材化を目指しています。
よく、風呂敷が大事だとか、着物が大事だとかいう、
そんな軽薄な伝統文化への再興ではありません。
自分デザインの最期の仕事が見えてきているようです。



* 『これで最期のメインテナンス・JBL4343』
* 『AM社のヴァブキュリーを見る夕食会に和服で参加』
* 『観光都市はエスノセントリズムから解放されること』
* 『なぜ、あえて「日本刀」と呼ばれたのか?!』
* 『布、なぜシルクロード、シルクボイスだったのか』


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『カラシニコフ電磁砲の開発に平和を願う』


   


     9月 29th, 2017  Posted 12:00 AM



機械工学からまたしても逃げられない現実が発表されました。
たとえば、私が長年取り組んできた羽二重は、
本来は日本の生糸が輸出できなかった時に、
縦糸2本横糸1本での優れた繊維であり、貿易日本を支えていました。
ところが、羽二重がパラシュートに適用されたことから、
実は、ナイロンはパラシュート、つまり軍用品(械)でした。
ともかく軍用品が機械文明を進化させている力は巨大です。
カラシニコフAK-47といえばこれほど自動小銃で優れた銃器はありません。
カラシニコフ企業が、とうとう人が乗れるドローンを発表しました。
なぜ、カラシニコフが?となりますが、
それこそ第六世代の銃器が使われる軍用品なのです。
いわゆる電磁砲が開発されてしまったのです。
GPS信号もGSM信号も遮断し、テロリスト対策の銃器ですが、
これは国家警察のためというのは裏返せば、
明らかに戦争手段の銃器であることは間違いありません。
電磁ビームはWi-Fi・3G・LTEなどすべての信号を断絶するのです。
結局、戦争の方式がテロリスト対策とは言われながらも明確に戦争用です。
カラシニコフAK-47は、パリで私自身も巻き込まれたテロリストの銃器。
それは、私の教え子と丁度パリで会って、彼が駐在先のロンドンに戻って、
すぐに私に「先生、大丈夫ですか?」との電話。
彼と私は名古屋市立大学時代は、モデルガンクラブだったので、
「先生、彼らはやっぱりAK-47でした」と付け加えてくれました。
終戦時に、私のふるさと福井は10万人が戦没しています。
福井空襲はパラシュート生産工場を全滅させるほどの酷さだったのです。
そしてGHQが福井に入り込んできて
占領支配を終わるとアメリカ兵は帰還して行きました。
当然、パラシュートを持ち帰ったそうです。
そしてそのパラシュートは何に使われたのでしょうか?
それは彼らが結婚する時のウェディングドレスだったのです。
機械工学が軍用品開発であっても、それが平和を支えるそのようなモノに、
私はカラシニコフ開発のドローン、
ドローン砲が平和を支えてほしいと思います。


* 『落下傘としても羽二重は最高品質だった』
* 『素材産地のダブルブランド・「羽二重」HUBTAE』
* 『負のサイクルを即刻停止させるデザイン』
* 『非常事態宣言の街=パリにて、決意!』
* 「報復テロのターゲットは日本かもしれない」


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『鄙美人日本論は田舎でしか語れない』


   


     3月 18th, 2017  Posted 12:00 AM



このところ北陸に通っている感があります。
金沢に金沢美大の同期会に帰り、
ふるさと福井では一般向けに久々に講演をし、
そして5年もかけての繊維産業の青年部会を鍛えてきました。
福井駅前の開発は無念ながら、デザイナーのプロとしても
なぜ、このような開発になるのだろうとか、思ってきました。
しかし、金沢市が北陸新幹線が乗り込んで流石に、
北陸の中心地としての賑やかさに圧倒されました。
ところが、金沢市の特産である陶芸や漆芸をしっかりと見詰めると、
文化破壊が確実に起こっていると確かめざるを得ませんでした。
本当にこれほど揺れる鉄道があろうかと思うほどのサンダーバードに乗って、
まったく鄙として、いや田舎さがここまでとはを、
たとえば金沢と比べても相当の差を知りました。
その極めつけが、福井の偉人をなんとか宣伝しようとする駅構内の
この「由利公正」をなんとか、大河ドラマにという、
のぼりを見てつくづく思うことは、
観光都市への県行政の努力をしみじみと感じます。
今では、由利公正って誰?の日本人感があるはずです。
だからなんとしてもNHKの大河ドラマ化の戦略としては、
もっと訴求方法があるはずですが、その手立てすら見つかっていません。
私はつくづく思います。
もはや明治維新は、ほとんど小説での坂本龍馬で語られて、
それがあたかもシンボル化されている日本観が蔓延していますが、
鄙美人論の根幹はこの真実性でいいのではないかとすら思えます。
特に、生糸から絹織物に私はずーっと関わってきました。
絹織物が決して富岡製糸場で語られることではありえないのです。
「五か条のご誓文」が由利公正あってのことであり、
東京府知事の人物が日本の絹織物までに大きな道筋を与えた人物です。
絹織物は輸出品としての「羽二重」を産み出してきたことを
やっと5年でまとめました。
私は「鄙美人日本論」をふるさとから語る所存です。


* 「花綵を断ち切った、都と鄙 けれどもNetwork社会に希望」
* 『アンチテンションはコピーされている福井産の革新技術』
* 「ふるさと福井の偉人たちへの敬愛あるのみ」
* 『布、なぜシルクロード、シルクボイスだったのか』
* 『ふるさと福井で改めて「羽二重」ブランドを講演』


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『今年度最終「KK適塾」で基幹産業を紹介する』


   


     12月 23rd, 2016  Posted 12:00 AM



ここしばらくこのブログを停止していました。
それは「基幹産業」を見つけるというミッションを考え込んでいたからです。
そして、「KK適塾」今年度最後には絶対に紹介しようと思っていたのです。
ブログ休筆で「病気?」とか言われましたが元気です。
ひたすら考えに考えてしかも招聘教授もこれで4名になりました。
「基幹産業?」、これは本日の「KK適塾」参加の方々には、
ともかく知らせました。
今後、「KK適塾」で次第に発表を強めていくつもりです。
3D-Peinter、3D-Printing、の現代の覇者2名を講師にお願いしました。
プレゼ画面は全員Keynoteで作成されたから動画と音楽が加わりました。
3D-CADから4D、5D、6D-CADまでがわが国にはあります。
「モノづくり」国家、「貿易国家」であるコンテクストは、
本当に農業革命=農場、産業革命=工場、
そして意識革命は情報革命となって、ゆえに、
見事に「劇場」になりましたがポストITはまだ明言されていません。
貿易国家はまず九谷焼き、そして羽二重、繊維、鉄鋼は
重厚長大が軽薄短小になり、
「失われた20年」で、日本は基幹産業も失いました。
しかし、3.11で学びとり、やがて島国日本の大災害に備えます。
そして思い起こしてほしいのです。
「パリ協定」こそ、
これからの基幹産業を明示しているのです。
義と美と善を尽くすわが国から「基幹産業」を打ち出すことが大切です。
プラトンは
「迷ったならば、美しさあるものごとが正しい」と記述しています。


* 『日本戦略は二つある。3D-Printerと3D-Printing』
* 『三つの革命・予測は当たっていた』
* 『3D-Printingの基本にもう一度戻るために』
* 『欧米が未来のモノづくりとした大間違い』
* 「もう一度、『情報』意味の徹底検証」


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『「創育」と「想育」の中心はやはり恐竜の存在だ』


   


     9月 9th, 2016  Posted 12:00 AM



以前も恐竜をこのブログで取り上げました。
それは想像力の問題として、
どこまでこの存在に興味を抱くだろうかということでした。
自分のふるさと福井は、恐竜の街として、
すっかり有名になろうとしています。
勝山市には福井県立恐竜博物館があり、
この博物館は小学生の聖地になっている、そんな話も聞くほどです。
自分デザインの対象にしてすでに5年目になる「羽二重」ブランドでも
この恐竜をデザインパターンとして、あるいは新たな商品化に向けて
恐竜、それも勝山市で発見された4種を先般も、
ブランド設立のデザイン指導で仲間たちと話をしていたら、
日本で発見された恐竜は7種あり、
勝山近辺では5種目が発見されたという話を聞いてびっくりしました。
また、福井県出身の恐竜学者もいます。
そしてまだまだ不明なことは恐竜の身体は羽毛であったとか、
始祖鳥の進化であり、恐竜絶滅論にも様々な想像力が生まれていることです。
今、自分デザインの「羽二重」ブランドと恐竜パターンの組み合わせを
再考しなければいけないほど、
恐竜の情報が一段と詳細になってきています。
恐竜への想像力が大切ということでは、
「想育」と「創育」という発想回路づくりを考えています。
そういう意味ではやはり、恐竜の存在は大きなテーマだと思い、
またあらためて恐竜を持ち出しました。



* 『布、なぜシルクロード、シルクボイスだったのか』
* 『素材産地のダブルブランド・「羽二重」HUBTAE』
* 『ふるさと福井はまだまだ恐竜の聖地になれる』
* 『「羽二重」ブランドの発表を決定する!』
* 『想像力が及ばなくともこの存在は追いかけたい』


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『布、なぜシルクロード、シルクボイスだったのか』


   


     7月 24th, 2016  Posted 12:00 AM



日本の布は「麻」と「絹」、植物と動物のタンパク質です。
それを進化させたものがポリエステルと考えていいかもしれません。
自分にとっては「絹」が最高の布です。
繭から得られる知恵でしたが蚕の繭づくりの観察はイタリアに負けました。
繭はフィブロインとセリシンという二つのタンパク質の天然繊維でした。
セリシンを取り除くことで得られた光沢感が
高級な品質上品さを創りあげました、
絹の歴史はあまりに不明なコトが多い。
紀元前3000〜6000年頃、中国では秘匿とされた製法が、
シルクロードとまで呼ばせた6世紀にイタリアに引き継がれて、
蚕が糸をはきだす動作の観察も20世紀後半に、
人間の知恵=Silienceで糸の精練や撚糸技術になっています。
昨年、蚕、養蚕産業における「風通し」の研究を見て、
とても感動しましたが、
その大学に研究資金配分を自分はかなり主張したことを覚えています。
そのことはまるで無視されていることこそ、
絹あるいはシルクというセンスが失われてきたと言わざるをえません。
ところが、夏になると、どうしても布の世界は麻に寄りかかります。
しかし、大麻技術での麻布は敗戦時に米国GHQで禁止されていました。
これを再度復興した布ブランドには断然、注目をしていきます。
ユネスコ認定で話題になった富岡製糸場も、
実は仕掛け人がおり、支えてきた欧州留学の3人がいたことも
既に忘れられていますし富岡製糸場での生糸生産が輸出禁止になったことも
もっと知られるべきでしょう。
この復活が羽二重であったことも、自分のデザイン対象になっています。
自分の大好きな布=羽二重こそ、ナイロン発明に繋がったことも伝えたい。
あらためて、布、その進化とともに
源である麻と絹、そういえばシルキーボイスすら、
いまではR&Bに変わってしまっています。

* 『糸は日本語漢字の重大意図を持つ』
* 『蚕・繭・絹・・・観察が『技』を決める』
* 『芸術という技法が引用したことから』
* 『落下傘としても羽二重は最高品質だった』
* 「『布』平織りの集積された知恵=晒を見直すこと」


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『ふるさと福井の大震災を胎内で経験していたと聞く』


   


     7月 1st, 2016  Posted 12:00 AM



1948年(昭和23年6月28日16:13pm)福井大地震が起こりました。
地震規模はM7.1、1945年の大空襲は日本での三大空襲の一つでした。
羽二重によるパラシュートの産地だったからです。
地震1ヶ月後には集中豪雨により、3度も市街地は破壊されました。
自分はまだ母の胎内に命がようやく出来た頃で、
翌年の2月にこの世にでてきました。
大地震が発生した時、母は実家の竹藪に入ったそうです。
母の実家裏の竹藪は300坪ほどありました。
そして竹藪は竹の根が強くて地盤がしっかりしていたそうですが、
夕焼けと同時に福井方面の空が真っ赤だったと聞きました。
戦争から復員して、父はノンキャリアの警察官であり、
その若さから、
県境を自転車で乗り越えて石川県警に伝令を努めたそうです。
福井から県境に行くまでに数人の倒壊家屋に閉じ込められた人を救ったと、
戦争の話は従軍7.5年ながら、一切話さなかったことにくらべれば、
小さい頃にそのいくつかのエピソードは聞かせてもらいました。
阪神大震災の時には、父はすでに退官していましたが、
私はまだApple本社とのつながりがあり支援金と、
PowerBook100台が東京から福井に届き、
それを福井県警が最も早く神戸入りをするときに運んでもらいました。
と同時にキヤノン販売には、神戸にあるショールームのプリンターを
避難所にいるボランティアに開放していただきました。
しかし、その直前まで開発していた「ラリア」という
非常事態専用SOSラジオの中断が
とても悔しかったことを今も忘れていません。
以後、行政がらみのデザイン意義はないものと考えています。

*『最近見なくなった竹藪、その思い出』
*『都市伝説であれ、地震雲あり空をよく見よう』
*『あれから20年・・・阪神淡路大震災のこと』
*『想像力と直感あれど『東京ラリア』具現化出来ず』
*『児童を守らねばならない! そんな国ではなかった』


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『枕革新をねらう羽二重からの新素材デザイン』


   


     5月 22nd, 2016  Posted 12:00 AM



キリンは立って眠っています。子どものキリンは座って寝ていますが、
それでも首は時々揺れているのをTV画面で見たことがあります。
おそらく人間に限らずに大木や小岩を首下にしているのでしょう。
私にとっても寝るときの首下を支えている枕には
相当の歴史があり、しかも最近では、材質、大きさ、柔らかさなど、
日本では蕎麦殻とか枕の中身までが問われ、しかも生死の象徴になります。
万一、
漁民が海で逝ったらその死体無き時は使用されていた枕で葬送されます。
しかしデザイナーとしての私はズーッと枕のデザインを対象にしてきました。
断言すれば、現在のどのような枕も不的確です。
なぜならば、ようやく「羽二重ブランド」の開発とともに、
新素材を見い出してきて、枕どころか敷布団も掛け布団も
新規デザインが可能になると思っています。
新素材で今まだ開発中ですが、これだけのアイディアを追いかけても
ほとんどのデザイナーは追いかけることが絶対に出来ないだろうと思います。
あらためて新素材の開発を絹織物、その最高峰であった「羽二重」です。
絹織物も生糸の生産は明治維新を支えた産業でしたが、
世界から、生糸=当時、富岡製糸場は廃止案にまで落とされますが、
細井順子女史による縦糸2本横糸1本の「羽二重」が登場します。
その布としての最高品から、新素材開発に至り、
基本的な製品開発、商品アイテムにはやはり、
最高品格の枕を実現するつもりです。

*『日本人の根本的な倫理観、その原点を見つめ直す』
*『素材産地のダブルブランド・「羽二重」HUBTAE』
*『布と衣と織りと・・・』
*『日本の繊維産業、その先鞭をつけた人たちの偉業に続け』
*『「はぶたえ=羽二重」の目立たなかった布の美しさ』


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『羊と鋼が調律の要だった、それを実証した友人』


   


     5月 21st, 2016  Posted 12:00 AM



「羽二重」ブランドの産地ブランド計画指導はすでに5年になっています。
結果も出せずにやや焦っていますが
「布のかつての絹織物革新」を歴史と科学的論証、そして、
絹織物から最先端的素材開発はそろいました。
それでも焦った気持ちを親友に帰阪途中に愚痴ってメール。
そうしたら故級友・上田喜久雄氏の息子と飲んでいると返信。
そうだったんだ。級友上田は高校時代の友人であり特別進学クラスなのに、
唯一、大学ではなく「調律師」になった男でした。
進学間際まで、休み時間はスティックをいつでも練習していました。
正直毎回うるさかったのですが、
とうとう問題になり進学クラスを出されることに、
そこまで高校は決断していました。
彼はブルーコメッツが福井公演の時に、
バンドマン希望をブルーコメッツに伝えたほどでした。
進学高校で唯一大学には行かず調律師学校を出て「調律師」になりました。
医師・看護師・調律師と「士」ではなく、「師」ですから、
やはりそれなりの知見と技術技能があったのです。
福井時代、自宅に来たときにオーディオからデザイナーになった私に
彼も驚いて、オープンリールのテープ2巻をくれて、
ジャズの話が出来た男でした。
上田喜久雄も夭逝してしまいましたが「彼を偲ぶ会」があったほどです。
福井のジャズやピアノの世界では活躍をしてくれていたのでしょう。
それが、なんと「本屋大賞」の「羊と鋼の森」という小説になっています。
後書きには彼の名前がしっかりと記されていました。
しかもこの小説の作家・宮下奈都女史も福井県出身でした。
是非、上田の息子と会いたいと思っています。
なぜなら、この息子も、羽二重を継承している中心の若者も
同じ国立名門のN工業大学出身者だからです。

*『ビートルズに出会った世代の幸運さ』
*『ふるさと福井はまだまだ恐竜の聖地になれる』
*『あれから・・・ふるさと福井の織物産業』
*『素材産地からWブランドのアライアンスイニシアティブ』
*『オノマトペ=感性評価軸が学術検証された』


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『素材産地のダブルブランド・「羽二重」HUBTAE』


   


     4月 3rd, 2016  Posted 12:00 AM



「五か条のご誓文」は由利公正(越前藩士三岡八郎)によるものでしたが、
彼は富岡製糸場の殖産興業を動機づけただけではありません。
ところが、生糸が海外からの要望が無くなってきたときに、
福井で細江順子女史は、縦糸2本横糸1本で「羽二重」を産み出します。
この「羽二重」が落下傘=パラシュートとして、
最高の品質であったことが、米国でのナイロン発明のきっかけでした。
福井は絹織物=羽二重の一大産地として、後には人絹取引所となり、
人絹はポリエステル繊維・布素材産地でした。
しかし、織物産業は時代的経済的にも逼迫した状況に追い込まれました。
ところが、最近のポリエステル繊維は織物編物として、
高度な素材として次世代素材として大きな性能開発が出来てきました。
僕は「羽二重ブランド」とともに、
繊維や編物、その「布特性」を明確に七つの特性評価を
オノマトペでの七つの感性評価を学術的に決定してきました。
 ・はり
 ・ふくらみ
 ・こし
 ・ぬめり
 ・きしみ
 ・しゃみ
 ・しなやかさ
こうした言葉はすでに死語的になっていますが、
オノマトペ=擬音語表現を幼児にも布体験をしてもらうことで、
明確な感性表現をして、そのマーク化を行いました。
すなわち、「羽二重」と「布の7感性的特質」は
ダブルブランドとして、新たな「素材産地ブランド」として
福井=素材産地が商品アイテムの提案をしていく基盤にしました。
これからの地方地場産地は「素材から製品アイテム提案」の
出来る場、
これが素材産地の革新的役割になると考えています。


*「オノマトペ=感性評価軸が学術検証された」
*『幼児たちの布感覚=感性評価実験から最学習』
*『「織物・布の感性的評価軸=オノマトペ」産地福井から発信』
*『落下傘としても羽二重は最高品質だった』
*『日本の繊維産業、その先鞭をつけた人たちの偉業に続け』


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