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Posts Tagged ‘自分に喧嘩を売る’


「喧嘩とは、自分に売ることが基本だ」


   


     9月 1st, 2012  Posted 12:00 AM



私は、「喧嘩師デザイナー」だと自称もしています。
だから、誰にでも喧嘩を売るということで怖がられています。
デザイナーは喧嘩師であれ」でもしっかりと記述していますが、
まずは、「自分に喧嘩を売る」ことを
根本的な原則にしなければなりません。
喧嘩を売る、とはチャラけた言い方だと「自己啓発」でしょう。
「自己啓発」類の本やその著者は、
私に言わせれば、高校時代に出会っていれば殴っていたでしょう。
この系譜で言うと、「仲良しクラブ的なこと」は大嫌いです。
表向きのチャラけた連中を見る度に、
現在は公的立場でもあるからもの凄く我慢します。
チャラけた発言などはひたすら無視することにしています。
「腹が立つ」とは、武士道における「腹こそ心の在処」だからです。
「切腹」とは「腹=心」の清廉潔白さを
最終の自死をもって証明する美学的精進だと考えます。
しかしこれこそ、
「自分に喧嘩を売っている」ことにもつながっていますが、
今では許されない行為ですが私は認めています。
「自己啓発」なんて言葉自体がだめです。
せめて、「自己鍛錬」・「自己精進」です。
鍛錬と精進は、
仏教的な精神的な自己犠牲を強いる、これこそ「勉強」です。
心臓発作を経験する40代半ばまで、
「睡眠時間4時間」を自分に強いてきました。
それはほとんどが、読書とスケッチでした。
「本を徹底的に読む」・「スケッチを毎日描く」・「文章を書く」、
これが、私の鍛錬と精進の核心です。
だから、毎日ここでのブログも精進の一つの形式にすぎません。
私の毎日の記録は、手帖・メモ帖・スケッチ帳が、
鍛錬と修練の「喧嘩ツール」になっています。
なぜ「帖」であり、「帳」なのかも、
勉強ゆえに区別されるべき詳細な日本の美学の証なのです。


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「Blog形式変革に喧嘩を売ります」


   


     8月 2nd, 2011  Posted 12:00 AM

私のこのブログは、
すでに4年間毎日記述。
体調が悪くて発熱しようが、
定刻0時を越えて明け方近くであっても、
書き続けてきました。
予定通りのアップがないと知人から心配されたりします。
それはともかく毎日、ことばとかたちに向き合う私なりの決め事です。
私の性格は、一旦ヤルと決めたことは絶対にやりぬくことです。
これは祖父と父からの教えを受け止めてきたからだと思っています。
いわゆる「男の子」(この言葉はセクハラ用語)として、
ヤルと決めた事をやり抜けば、必ずそれは報われるものでしょう。
何が報われるかといえば、極めて「男の子」という望みにすぎません。
しかも私にとってそれは、モノの世界、
自分の日常性を包んでいるモノの体系にすぎません。
たとえば万年筆からファッションでの好きなアイテムだけの世界です。
しかもデザイナーという職能になれた幸運さで、
モノの体系には、素材から製造・生産、そして消費構造までに、
知識より知恵を巡らすことに一喜一憂しています。
オーディオが好きですから、ようやく1万曲=200Gをリッピング。
社会人になった時にはオーディオ、
いや美大の卒業制作も「3Dステレオシステム」でした。
今でいう、2.1ch=左右に中高音で一つの低音(ウーハー)です。
それよりも今、Social NetworkやCloud Computingの
より具体的な展開のなかで、
私はBlog形式をSocial NetworkではFacebookで、
閉じられたCommunityでの発言をしていくべきかと悩んでいます。
すでにデザイナーとして積み重ねてきた記述ノートの公開も、
自分で電子出版形式を取り入れました。
「好き嫌い」を明確な「わがまま」で
記録記述していく時代かもしれません。
実情は、Cloud サーバーの海外企業やSocial Networkでは、
まだまだ概念だけが先行しています。
その代表的な活動に「自分の情報発信性」を開示してみようかと、
私は賢明に熟慮している最中です。
こうした考えを突き動かしているのは、実に曖昧で、
「男の子」としては見過ごせない事が多発し始めているからです。
「時代・近未来に喧嘩を売ります」。
それは、今の自分の残された時間と自分に喧嘩を売るためです。


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