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Posts Tagged ‘自分’


3月6日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 6th, 2012  Posted 2:25 PM

3月6日 先負(丙寅)

要は、自分を大事にすること、
   自分を信じること。

これは「わがまま」を持つ
人間すべてに欠かせないことである。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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3月5日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 5th, 2012  Posted 3:08 PM

3月5日 友引(乙丑)

「自分のアイディアが一番優れている」
「他の人に比べてこれだけは譲れない」
こんな自信をつけるには、
「わがままさ」は大きな効果につながる。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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3月3日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 3rd, 2012  Posted 10:00 AM

3月3日 赤口(癸亥)

プレゼンテーションとは、
自分の持つ「わがまま」が
どんなにすごいものなのか、
それを周りにアピールすることである。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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2月25日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 25th, 2012  Posted 9:30 AM

2月25日 丙辰(大安)

私は、
「素材」と「自分」を
結合させていくことを、
どこから手に入れるかは
デザイナーにとって
重大な問題だと思う。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』5アクリルの生涯連鎖


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2月21日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 21st, 2012  Posted 10:00 AM

2月21日 赤口(壬子)

自分と仲間の関係は、
常に自然から与えられた
平等を保つべきだ、
という考え方が、
その根底には深く息づいている。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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2月6日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 6th, 2012  Posted 11:46 PM

2月6日 先負(丁酉)

「わがまま」が強ければ強いほど、
自分の意見や考えを
最後まで押し通そうとする意志も強くなる。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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2月5日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 5th, 2012  Posted 10:00 AM

2月5日 友引(丙申)

「わがまま」とは、
自ら思ったことを積極的に口に出し、
自分の思い通りに
コトを進めていこうとする
我の(想い)のママへの
心意気に他ならない。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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2月3日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 3rd, 2012  Posted 11:08 AM

2月3日 赤口(甲午)

「わがまま」と「誠実さ」は、
相手に自分のアイディアを語り、
説得し、納得してもらうために、
どうしても必要になってくる
二大要素である。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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「わが日常の仏様と幸と合掌と」


   


     1月 31st, 2012  Posted 12:00 AM

3.11以後、私は未だに解放されていません。
それは28歳で車椅子生活になってから、
無論解放されてはいないことを強めました。
朝目覚めると
車椅子に乗らないといけないことにいつも本当に嫌になります。
ここで毎日ブログを書いているのはそんな自分への内省表現でしょう。
さらにこの10ヶ月懸命に企画書に取り組み、
私を私ならしめるためには祈りが必要でした。
それでもこの「きもち」を保持し続けることの永遠さを
断ち切りたいとさえ思ってきました。
交通被災後、リハビリも終わって、
父から知人の宗教家の勧めですごい観音像が送られてきました。
即刻、そんな観音像を生活の傍らに置く気にもならず
送り返してえらく父の激怒を買いました。
しかし、人間はいづれたどり着くのかもしれません。
私がAppleのコンサルに入ったときに、
徹底して「曼荼羅」を背景にすべきと思いついたのです。
それが私の仏像興味、仏像知識へのアプローチであり、
仏像の意味やその美術的・歴史的・思想的・宗教的な
様々、広範囲な思考回路が私に取り憑いたようです。
今、生活の傍らにこの三つの仏様がいます。
そして京都に行くと必ず見に行く所があります。
そこにある仏像彫刻を欲しいとさえ思ってしまっています。
ワイフに「あれ自宅にどうか・・・ナンテ・・・」。
老人性鬱病にほとんど囚われていても、
(あれが在れば解決・・・)とすら思ってしまう次第です。
このブログのためにはいつも大慌てでブツ撮りをすませます。
今回も、申し訳なくも大急ぎでカメラに収めました。
仏像写真といえば故・土門拳の写真を思い出します。
そして、彼は仏像を凝視し続けること大変な時間を要したということです。
彼の著作には、確かこのような記述があったと思います。
出典は不明でうる覚えなので正確さはありませんが、
「仏様は、すごい勢いで駆け出す形相がある、
だからその瞬間が来るまで待たなければならない」と。
私はとてもそのような形相に出会ったことがありませんが、
ひょっとすると、
重篤状態で幾ばくかの仏像と対面していたという実感覚があります。
そして、日本おける「オイコノミア」的王座とは、
仏様それぞれの場、まさに曼荼羅に配置された場こそ、仏の座であり、
その座をイメージで捕らえられるかどうかが
日常の平穏さと日常呪縛されている状況での迷いと決断のサイクルです。
それが両手を縛られた「幸」なる象形ゆえに、
あらためて合掌=祈りによって、まず両手から解放させられるのでしょう。

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1月21日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 21st, 2012  Posted 10:00 AM

1月21日 先負(辛巳)

自分の体験から出た
ひとりよがりの
「思いつき」のアイディアを、
世間と共有し、
なるべく多くの賛同を得るために、
「思い込んだ」言葉と話題を選びながら
「伝達」を続けていくに違いない。

『プレゼンテーションの極意』「口説き」、それは三位一体


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