7月 10th, 2020 Posted 12:00 AM
7月10日 赤口(甲寅)
『関数としてのデザイン』
すなわち、
「かたち」の形態化因子として
「関数的」表現にたどりつく
デザイナーの発想ボキャブラリーが
不足していることを自覚したい。
artificial heart:川崎和男展
Tags: かたち, としてのデザイン, デザイナー, ボキャブラリー, 不足, 因子, 川崎和男のデザイン金言, 形態化, 発想, 自覚, 表現, 関数, 関数的
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8月 10th, 2019 Posted 12:00 AM
8月10日 仏滅(己卯)
このバブル時期には、「知」の体系も、
デザインには「文化としてのデザイン」の
自覚を強固に求めていた。
これはバブルが気づかせてくれた
デザインのひとつの進歩であったと認めたい。
倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』8脱構築という命題
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6月 25th, 2017 Posted 12:00 AM
一昨日は、日本中が元アナウンサー、
その彼女の逝去に人間の悲哀と夫・歌舞伎役者の言葉を受け止めました。
その日、金沢美術工芸大学の工業デザイン専攻の先輩と後輩たちで、
同窓会と先輩77歳記念の「野次喜多本・喜多謙一の出会い百景」完成と、
恩師である平野拓夫先生88歳お祝いの会企画、打ち合わせをしました。
金沢美大の工業デザインは日本の工業製品、
車から精密機械、家電に至るまでを最も美しくデザインしてきました。
日本で最も小さな公立大学ですが、私たちの世代の先輩・後輩関係は、
それこそ、恩師の厳しいデザイナー訓練を受けた関係は伝統的な絆です。
おそらく、FBでのネットワーク充実ぶりも国内では最高の関係でしょう。
先輩である喜多健一氏は元ブラザーのデザイン部長であり、
私の先輩としては10歳年上ですが、
名古屋時代もお世話になり、さることながら77歳にて出版もされました。
私もその本で紹介もされましたが、
常に先輩の指示には何をおいても後輩自覚とデザイナー技能自信、
そして、日本の工業デザイン界ではトップ意識と誇りを守ってきました。
しかし、残念ながら現在の金沢美大にこの伝統があるかというと、
私見では、「すでに美大でのデザイナー育成は終わっている」のです。
現代の工業デザインはカーデザイナーを志望しながらも免許が無いとか、
他美大では、平然とした盗作も多くてやがてこれは国際問題かも心配、
私は未だに大学人であるとともに現役のデザイナーとして、
恩師達と先輩達にはこの伝統を遵守しています。
かねてより喜多先輩の人的交流の大きさは知っていましたが、
帯文が宝塚出身タレント遼河はるひ女史であり、
それこそ歌手の松田聖子さんの結婚式にまで出席されていたのでした。
空手部の先輩でもあり喧嘩早い私を何かにつけても私の支援者でした。
そして日本に最初のデザインを戦後最初の国費留学生、平野先生88歳、
喜寿の会を先輩の提案を支える一人になりました。
金沢美大、先輩と後輩そして伝統的な日本で最高だったデザイン教育を
改めて先輩の「喜多謙一の出会い百景」で学び直した一日でした。
恩師平野先生から、私は日本デザイン界の様々を引き継いでいます。
それも喜多先輩たちや後輩たちからの支援あってのことです。
#「野次喜多本・喜多謙一の出会い百景」
株式会社ギャラリーステーション
ISBN978-4-86047-265-8
* 「最も小さな公立大学・金沢美術工芸大学70周年」
* 『開学70周年「金の美」展の自分デザイン作品展示』
* 『工業デザイン教育での「手」のトレーニング』
* 『金沢美大には伝統的なアノニマスデザインがあった!』
* 「司法最高権威のインテリア=恩師の作品」
* 「誤解されたデザイン=デザインは意匠とともに問題解決」
Tags: 77歳, 88歳, FB, お祝いの会, アナウンサー, タレント, デザイナー育成, デザイナー訓練, デザイン部長, トップ意識, ブラザー, 他美大, 伝統的, 先輩, 免許, 公立大学, 出会い百景, 出版, 同窓会, 名古屋時代, 喜多健一, 喧嘩早い, 国費留学生, 国際問題, 大学人, 宝塚出身, 家電, 工業デザイン専攻, 工業デザイン界, 工業製品, 平野先生, 平野拓夫, 後輩, 恩師, 悲哀, 戦後最初, 打ち合わせ, 指示, 支援者, 松田聖子, 歌手, 歌舞伎, 現在の金沢美大, 現役, 盗作, 私見, 空手部, 精密機械, 紹介, 絆, 結婚式, 自信, 自覚, 誇り, 車, 逝去, 遵守, 野次喜多本, 金沢美術工芸大学
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5月 11th, 2016 Posted 12:00 AM
これは現在整理中の動物実験の結果写真です。
あくまでもこれはデザイナーとしての活動。
デザイナーにとって、これまでは動物実験にまで臨むというのは
デザイン活動とは考えられてきたことではありませんが、
「医工連携」での開発では決してその成果は実現されておらず、
流行の「デザイン思考」も間違いであると主張してきました。
「コンシリエンスデザイン」と「看医工学」を結びつけて
全く新しい医療機器を開発してきたために、
医学・看護学・保健学・工学、これらの統合化こそ、
デザインがその主導権をもって進行させるということでは、
この動物実験そのものにデザイナーが加わるというより、
実験そのものを再デザインする立場にあるということです。
まず、動物実験のシステムさえ、
この分野にはまったくデザインは立ち入ってきませんでした。
では、「医工連携」と言ったところで、
工学的なアイディアも、まず、生体=動物上での
確認が必要です。
生体上での「安全性・確実性」が証明されて、
医学的証明=エビデンスになり、生体としての人体での効用性が
やっと明確になるということです。
そのためには「コンシリエンスデザイン看医工学」が不可欠という
実務的な具現化された医療機器が登場するということになります。
かつても、こうした研究成果を国際コンペに提示したことがありますが、
「難しい」とかの理由で受賞出来なかった時に、
デザインが未だにデザイン自身が解法されていないと、
自分は明確に自覚しました。
よって、この動物実験からの「デザインによるモノづくり」を
ようやく公表することが出来そうです。
*『「パラシリエンスデザイン」でのプライミング効果予測』
*『デザインは問題解決の手法であると再度主張』
*『看医工学へのレジリエンスからコンシリエンスデザイン』
*『ベクトル論理では「何がデザインか」となる』
*『商品である「デザイン思考」は経営論にすぎない』
Tags: アイディア, エビデンス, コンシリエンスデザイン, コンシリエンスデザイン看医工学, システム, デザイナー, デザイン, デザイン思考, デザイン活動, モノづくり, 不可欠, 主導権, 主張, 人体, 保健学, 公表, 具現化, 再デザイン, 写真, 分野, 効用性, 動物, 動物実験, 医学, 医学的, 医学的証明, 医工連携, 医療機器, 受賞, 国際コンペ, 安全性, 実務的, 実現, 実験, 工学, 工学的, 必要, 成果, 提示, 整理中, 新しい, 活動, 流行, 現在, 理由, 生体, 生体上, 登場, 看医工学, 看護学, 研究成果, 確実性, 確認, 立場, 結果, 統合化, 臨む, 自覚, 自身, 解法, 証明, 進行, 開発, 間違い, 難しい
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4月 4th, 2016 Posted 12:00 AM

医工連携はすでに論理的には無理です。
この考え方をデザイン手法にして「看医工学」を提案。
そして、
「反健康」=病気そのものであること、
その問題解決としてのデザイン。
「半健康」=一病息災といわれるように、
時には医師の医療看護が必要とされます。
これは人としての存在価値を効能として、最も重要になるのは
介護までの環境でしょう。
「範健康」=健康を望んでの模範的な生活環境が必要です。
それこそ、未来、明日ある自分の健康の維持デザインです。
公的な国家プロジェクトの資料によれば、
特に、2010年から2025年には、
65歳以上が709万人増加というデータが出ています。
僕たち団塊の世代が、基本的な社会構造、少子化と高齢化国家になり、
わが国がデザイン対象に「看医工学」を成し遂げれば、
他の先進国家からこれからの地球のあり方、
そのモデルケースになることは間違いありません。
高齢化による介護者が2012年には170万人が必要とされ、
2025年には250万人が求められるということも明らかになってきました。
この世代がどれほど社会を破滅させていくかを正直に自覚してしまいます。
そこで僕の使命は「コンシリエンスデザイン」で
「看医工学」の実務を
これまでの経験で即応できるかということになります。
僕は改めて、看医工学での介護に焦点を当て、
医療にはメディカルケアを
介護にはヘルスケアを
健康にはライフケアをデザイン、デザイナーとして、
コンシリエンスデザインに集中させなければと提案し実施しています。
そのためのスマートハウスよりは、
スマートシェルターが正しいと思っています。
それは、衣・食・住がfood, clothing and shelterだと考えるからです。
*『講演テーマで最近もっとも多い医学とデザインの「範」』
*『病院という悲しみの日本語に「もてなし」という意味は無い』
*『滋賀医科大+EDGEで紹介をKK塾でも紹介』
*『医工連携など妄想である!』
*『「コンシリエントデザイン」・・・新しいデザイン定義』
Tags: 170万人, 2010年, 2012年, 2025年, 250万人, 65歳, 709万人, clothing, food, shelter, あり方, わが国, コンシリエンスデザイン, スマートシェルター, スマートハウス, デザイナー, デザイン, デザイン対象, デザイン手法, データ, ヘルスケア, メディカルケア, モデルケース, ライフケア, 一病息災, 介護, 介護者, 使命, 健康, 先進国家, 効能, 医工連携, 医師, 医療, 医療看護, 半健康, 即応, 反健康, 問題解決, 団塊の世代, 国家プロジェクト, 地球, 基本的, 存在価値, 実務, 実施, 少子化, 必要, 提案, 明日, 未来, 模範的, 正直, 無理, 焦点, 環境, 生活環境, 病気, 看医工学, 破滅, 社会, 社会構造, 範健康, 経験, 維持デザイン, 考え方, 自分, 自覚, 衣・食・住, 論理的, 資料, 重要, 集中, 高齢化国家
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9月 5th, 2015 Posted 12:00 AM

様々なスケッチ材料は趣味として収集しています。
最近ではもうかつてのようなスケッチツールは使わなくなっています。
それはすでにPADで描くことが主流になってきているからです。
でも、スケッチツールは所有しているだけで安心なのです。
だから現在最大色数の色鉛筆は未使用であり、眺めているだけです。
手描きでのスケッチメモでは色鉛筆は使っていますが、
むしろ今ではほとんどスケッチはPADになっており、
このデジタル感覚では、自分の手の感覚を忘れるので、
時折使わないけれどこの色鉛筆は眺めるだけ、
ちょっと描くだけで十分です。
この感覚は決して忘れてはならないものだと思っています。
そういう意味ではPADのスタイラスは落ち着いてきましたが、
この進化はまだまだ進展しています。
ともかく、これだけの色鉛筆を見るだけでも素晴らしく、
実際PADでも1677万色は使えるのですが、
それでも色鉛筆での確認は忘れてはならないと考えています。
私はもう一つ大事なのは「ペン回し」による手先の感覚であり、
半田づけもやらなければなりませんが、とても電子工作の時間がなく、
これはリタイアした後というのも幻想だと自覚はしています。
それこそ、オーディオでも最近はCDもほとんどハードディスク内です。
が、LPレコードプレーヤーを
倉庫から自宅に持ってこようかと考えています。
そうなると、3台とLP(ほとんど整理)とカートリッジなどになります。
結局そうなればスピーカーシステムも
そろそろ断捨離しなければいけません。
いわゆる終活を始めると決意はしていますが、
連日モノは増え続けています。
先般も、携帯型のFAXが出てきて、これまでの
ちょうどアナログからデジタル機器類を整理しなければなりません。
アナログ系に決着しデジタル系進化の機器も整理、
この思いの一大決着をしなければなりません。
が、やはり自分の感覚を活かすには、デジタルの根本であるアナログ、
それこそ色鉛筆はとても大事だと思っているわけです。
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8月 7th, 2015 Posted 12:00 AM

子供の頃から、ヒロシマ・ナガサキは正直よく分かりませんでした。
修学旅行でヒロシマ原爆記念館に行ったときも、
歴史の一コマ見学でしかなかった気がしています。
しかし、留学生をインドから受け入れたときに、
彼女が「パキスタンにインドは原爆実験で勝った」と聞いた瞬間、
私はなぜか激怒し、彼女を広島と長崎に行かせました。
帰ってきた彼女はその小旅行の経験を話して大泣きしました。
それが日本留学=インドのデザイン官僚としての最大経験でした。
ところが伯父(母の兄)から、ある日手紙が来ました。
伯父は80歳傘寿になって、
「自分は徴兵、広島で郵便兵のとき被爆し、被爆手帳を持っている。
元気で暮らしてきたがこれまで誰にも言わずに生きてきました」と。
その伯父と私は親戚でも容貌が似ていると言われてきましたが、
私は被爆者である事を隠さないと生きてこられなかった伯父を
改めて敬愛しました。彼は高卒ながら有名大企業の社長室長までを
自力で成し遂げただけに、凄い人と思っていました。
ところが、これほど身近に被爆経験者でありなおかつ80歳まで
隠して生きてきた伯父の気持ちを想うとさらに尊敬を深めました。
「被爆者であることを隠さないと結婚もできなかった」らしいのです。
父は七年半、青春を戦争従軍で終わりながらも、
伯父が被爆者だとは知らなかったはずです。
私は、終戦となるためにふるさと福井も徹底的に空爆被害をうけ、
敗戦をするにはどれだけの人命が失われてきたかを受け止めています。
毎夏、私たちはこの日、多くの人命を失った敗戦事実を
受け継いでいくことを再決意しなければならないでしょう。
ヒロシマ・ナガサキ、そしてさらにフクシマの被爆体験こそ、
日本人であるアイデンティティを「平和」に差し出す能力だと考えます。
「決して戦争をしない民族」という理性的人間である自覚こそ、
それが日本人だと確認することが出来ます。
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6月 20th, 2014 Posted 12:00 AM

デザイナーとはとても認めがたい人に、私は無関心と無視です。
しかし、許しがたく見逃せないとなれば、私は徹底的に闘います。
だから、無視されている人にはその自覚をしていただきたい。
あなたには社会的な存在意味がもう無いのです。
社会的な存在意義などは最初からありません。
この世から、まず職能家として消えてほしいのです。
これまで、無関心と無視してきた輩はいづれ明らかにします。
この人がデザインという役割をしたら、世の中が醜くなるのです。
世の中はただでさえ、美しいモノ・コトが無いから、
デザイナーという職能は「美しい」社会・国家・世界を創るのです。
けれども自然は、気候は、地球は、想定外で私たちを包んでいます。
とりわけ、世界は制御出来ない自然によって、
まず、天災が起こり、天災は人災を誘発し、あのMarch 11.2011、
想定外で、私たちの国家はまだまだそのままです。
にもかかわらず、無知なままで防潮堤を高く高く築きあげようという
それが、国土強靭化計画ということで、リードされています。
私は、懸命に「新素材」をデザイン開発しています。
それは新たな資源を創り出すことをデザインでリードしたいのです。
したがって、この「新素材」を否定使用とするなら、
私は無関心・無視ではありません。
そんな輩はこの世に存在することを必死で消滅させることにします。
まず、東京中心主義に集中と集約を行います。
この集中と集約を東京で起こすことからこれからの展開を始めます。
そして、「新素材」ゆえに美しいロゴタイプとマークで、
この存在を励起し発信を始めます。
ここに打ち出したのはその一つに過ぎませんが、
この素材がおそらく、私は今、日本という国だから民族だから、
そして、3.11の悲惨さを未だに解決出来ないからこそ、
デザイン解決のために、この「新素材」の展開をスタートさせます。
私の前で邪魔と思った瞬間、私はその輩を消滅させるつもりです。
「常に目周りは気になる」
『科学的な解明は石灰化すら解釈できていないようだ』
Tags: 3.11の悲惨さ, March.11.2011, 「美しい」社会・国家・世界, デザイン解決, 国土強靭化計画, 天災は人災を誘発, 必死で消滅, 社会的な存在意味, 社会的な存在意義、無関心と無視, 美しいモノ・コト, 職能家, 自覚, 認めがたい人, 輩を消滅, 邪魔と思った瞬間, 醜くなる, 防潮堤
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8月 25th, 2013 Posted 12:00 AM

『March 11. 2011』東日本大震災が立ちはだかったままです。
前政権の政府力量の皆無さをなんとしても解決するべきだと、
私は大学を去るにあたって、最も大きなストレスでした。
ところが、退官後も阪大に残りました。
あらためて、デザイナーと大学人を残った人生の役割にしました。
名古屋市立大学で大学人になってからも、
プロのデザイナーとして作品を商品化して、
産業経済の実務家としても、それ相応の仕事と使命を自覚。
それこそ父から言われ続けてきた「行学」を続けてきたはずです。
あらためて、「行学」についてまとめると、
「行為と学業、修行と学問」を十二分に果たしてこそ、
己の生きがいと働きがいを生き様にするということです。
まして、自分の生涯で、やっと祖父や父たち世代が、
敗戦から、理想的な国家はすでに全滅瀕死の状態だと思います。
私は、デザインをまさに策略であり、問題解決の手法、
このように考えてきましたから、8年前に阪大に転籍後には、
学問領域を四つにわけて、さらに中心の実務学を配置しました。
しかし、一人でこの四つの領域を成し遂げることは不可能です。
ただし、絶対に書き残すことは、
もはやデザインを専門学校や美術系、あるいは工学系では、
とても問題解決の先導であり主導である実務手法は不可能です。
定年退任してから、私はこれまで以上に多忙になってきました。
理由は、四つの「塾」をデザイン講座先導と主導、
これらの「行学」の根本にしました。
その実務手法の目標と目的を具体的なモノとコトにしました。
何をデザインで解決した形態設計の行学だろうか。
何をデザインで解決した制度設計の行学だろうか。
私にはこの実務手法を残された時間に配置しました。
活動はこの秋、10月から活動を開始する覚悟です。
今は「国難」の時です。
それは大震災と大津波で「地球環境」を思い知ったのです。
原発事故も何ら解決していません。
けれども、先進国家のわが国だから出来るのです。
「行学」を果たす者には、最も最適解を出していくのは、
「デザイン」だから可能だと信じています。
Tags: March.11.2011, ストレス, デザイナー, デザイン講座, デザイン講座先導, プロ, 世代, 仕事, 作品, 使命, 修行, 制度設計, 力量, 名古屋市立大学, 商品化, 問題解決, 国難, 地球環境, 塾, 大学人, 大津波, 大震災, 学問, 学問領域, 学業, 専門学校, 工学系, 形態設計, 政府, 敗戦, 東日本大震災, 目標, 目的, 祖父, 策略, 美術系, 自覚, 行学
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5月 27th, 2013 Posted 12:00 AM

確実に「自分だけを信じ込む」こと。
正直、私の想像力、直感、断言する予知は、
世界が気づくまでには10年はかかるのだろうと思っていました。
フランツ・カフカに自分が魅せられたのは、
「職業」と社会、彼らの大きな教会観はそのまま、
私には産業・企業・デザイン界が社会観と同値でした。
2004年にこの作品を発表し、
2006年には金沢市に買い上げられましたが、正解だったことを、
現在はとても強く、あらためてやっと叫ぶことができます。
わが国は、いつまでもLSIが、
産業の「米」=日本の資源だという錯覚を捨てるべきです。
もし、現代文明の諸悪の根源を上げるとするなら、
アトムとビットの関係、その根底にある集積回路=LSIです。
もし、今後も日本の「米」にするには、
マイコン発想と設計には日本人が必務だったように、
再発想と再設計をし直すモノになってきたと思います。
フランツ・カフカの有名な「変身」の書き出し、
「朝、起きると私は虫だった」、というのがありますが、
むしろ、それよりは「流刑地にて」が参考になると思います。
この物語りに登場する「図案家」をデザイナーとすれば、
なぜか、自分に覆い被さる気がします。
人間は感情に支配されればされるほど、
陰の世界に閉じ込められます。
感情=陰という中国的な解釈は見事に当てはまるのですが、
感情の陽性化=Don’t let me down!でLSIに取り組み直すことです。
私は、これまでいつも10年先を突っ走っていると自覚し、
思い切り、時代と共時できずに落ち込みますが、
実装設計の現場に問題をデザインで提示しながら、
なんとしても、わが国こそ「革新をリード」できる国だと、
思い続けてきました。
電子回路が複雑、つまり、私たちの電子への要望が強まれば、
そのままに、LSIは発熱します。
10年前の予測、自分の未来感への予知は的中していたようです。
これを解決出来る胆識が、
今の日本には、残念ながら非在だと言わざるをえません。
Tags: 10年, 2004年, 2006年, Don't let me down, LSI, アトム, カフカ, デザイナー, デザイン界, ビット, フランツ・カフカ, マイコン発想, リード, 世界, 中国的な解釈, 予知, 企業, 作品, 再発想, 再設計, 参考, 図案家, 変身, 実装設計, 強く, 想像力, 感情, 感情の陽性化, 教会観, 断言, 日本, 有名, 朝, 未来感, 根底, 根源, 正直, 正解, 流刑地にて, 物語り, 現代文明, 現在, 産業, 発表, 登場, 的中, 直感, 確実, 社会, 社会観, 米, 職業, 自分, 自覚, 虫, 複雑, 覆い被さる, 設計, 諸悪, 資源, 金沢市, 錯覚, 陰の世界, 電子, 電子回路, 革新
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