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Posts Tagged ‘行政’


『「活性化」には三つの条件が必要である』


   


     3月 20th, 2017  Posted 12:00 AM



行政とはお役人の仕事です。
お役人というのは「役立つ人」を意味しますが、
日本全国、どこに行ってもお役人に出逢った経験はほんのわずかです。
質問をして最も答えられないことを私は相当に持っているつもりです。
たとえば、企画・計画・戦略・戦術・戦略・福祉などであり、
これをデザインで
私は全てを実証を交えて語れると自負しています。
なかんずく、「活性化」という質問をこのFBでいただいたので、
答えておくことにします。
私はこの基本でこれまで伝統工芸産地・地場産業・大企業にも
デザイナーとして、この論理を大事に定義として展開してきました。
「活性化」というのは高校時代の化学で教わります。
それは、活性化が起こる条件は次の三つだということです。
● 「濃度を高める」
● 「温度を高める」
● 「触媒を用いる」
この三つの条件がそろえば、活性化が必ず起こると言うことです。
私はこれをメタファーとしてとらえて、言い換えています。
まず、濃度とは、知識や知見あるいは経験の質を高めること。
温度とは、皆で真剣に熱くなって取り組むというだけではだめであり、
冷静に主観性と客観的な見方でテーマに取り組んでいくことです。
よく「飲むニケーション」が必要というアドバーザーなどは不要です。
そして、触媒の必要性になるのですが、
これはなんらかの専門家、私の場合はデザイナーという職能、
しかし、デザイナーも間違えば、これは大失敗につながります。
この事例を沢山見てきただけに呆れるような事例を存分に知っています。
先般もある自治体で30億円が地場産地にデザイン戦術が入りましたが、
あの手法はただ、自治体の予讃消化であり、
自治体の役人の海外渡航=遊び出張代でした。
海外でのデザイン展示会を終えれば、その成功失敗などは無関係なのです。
それこそ、地方活性化が叫ばれてきて、
本当に成功した事例はほとんど皆無でしょう。
現在も、私の元には様々な地方のデザイン戦略ではなくて
デザイン戦術が入ってきますが、
無念極まり無く終焉はすぐに発生しています。
「触媒足る」デザイン、デザイナーは選別されなければ、
「活性化」は決して起こらないということです。



* 『サスティナブルであるための原意と欠落点』
* 『ベクトル論理では「何がデザインか」となる』
* 「グローバリゼーションはローカリズムの対極だろうか」
*「風土とゲマインシャフトがグローバルへ」
* 「常識語なのに真意と原意知らずはコンセプト=方針を誤る!」


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『実話の映画化は地方を活性化するだろうか』


   


     3月 19th, 2017  Posted 12:00 AM



昨日は由利公正をふるさ福井とふるさとの行政は、
多分なんとしても福井県の観光アピールにとの戦略と、
戦術不足はなはだしい駅構内での宣伝を見詰めました。
ところが、その後には華やかなパネルがありました。
地元の商業高校のチアダンスチームが、なんでも全米一位になったという
この実話が「映画」になったとの宣伝でした。
そういえばときどきこの主演女優さんがTV番組での番宣に登場していました。
実話だそうですから、これほどの宣伝はないと思います。
そういえば親友がこの映画初日に招待を地元の映画館でしてくれるとのこと。
しかし、朝一番、10時からと聞いて、私にこのような朝一からなんて、
とても無理ゆえに断った次第です。
多分招待されてもきっと眠っていたでしょう。
ともかく、東京中心主義に対しての「地方の時代」とは、
1970年代から盛んに叫ばれてきたことです。
私自身、それこそ、第四次全国総合開発法=四全総には、
福井で伝統工芸にインダストリアルデザインを導入してから、
その具体的な活動事例として全国に呼ばれて講演をしたものです。
そして、四全総すべてが大失敗しているのをずーっと見てきました。
それゆれに、伝統工芸産地、地場産業、地域活性化などや、
「街づくりプラン」に多くのデザイナーやデザイン関係機関がくみしてきました。
70年代から、地方の活性化にデザインが関わっての失敗例は
ほとんどが「見て見ぬふり=Eyes wide shut」でした。
3.11やその後の地震対策、復興計画にもデザインは荷担してきました。
しかし、おそらくこうした実話の映画化には叶わない気がします。
けれどもこれすらすぐに忘れ去られていくのが情報過多の時代感覚です。
それこそデザイン導入がいいつの日か
インダストリアルデザインからプロダクトデザインに、
建築活動に「街プロジェクト」が、
環境デザインと言われ出した頃から、いわゆる私なりの鄙美人日本論から
大きく離れていくこの時流の中でも、
実話の映画化の地方活性策をささえうるかをみつめたいと考えています。
やがて、無くなった高校の同級生の実話が映画化されることも楽しみです。

* 『伝統工芸産地を補助金漬けから開放し法律の改正が必要』
* 『「新聞紙」というメディアが消える日が近づいている』
* 『諦観からの発想でこの国家・民族が選ぶべきデザイン』
* 『地方都市=鯖江が日本の未来モデル都市になるわけがない』
* 『日本の繊維産業、その先鞭をつけた人たちの偉業に続け』


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01月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 30th, 2017  Posted 12:00 AM

01月30日 先負(丁巳)


ブランドデザインという
「街起こし」手法は
間違っている。
たとえ
ブランディングという行政には
「ゆるキャラ」のデザイン
いや、
デコレーション人形化しか
無いのだ。



川崎和男の発想表現手法


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staffblog 10月21日


   


     10月 21st, 2016  Posted 11:55 PM

10月21日


本日は、医療通訳・手話通訳に関する、
お話を伺いました。

診察を受ける際に、言語は非常に重要です。
その橋渡しをしてくださるのが、
医療通訳者です。
さらに、聴覚に問題がある場合は、
手話通訳者が医療通訳をしてくださいます。
極めて専門性が高い職能と言えますが、
実際は、これはボランティアという扱い、
というお話を伺い、
教育・行政、あらゆる面からの
デザインが必要であると合意に達しました。



IMIA
International Medical Informatics Association


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『介護看護環境のためのデジタルアッサンブラージュ』


   


     8月 10th, 2016  Posted 12:00 AM



2015~2025年に65歳以上は709万人増加します。
この高齢社会は世界的にも初めての地球上の人類の大問題です。
2012年に170万人の介護者が足らずに、それは
2025年には250万人の介護者が大不足していることは明らかになっています。
わが国が抱えこんでいるこの難問にデザインは真っ直ぐに
問題解決を、介護機器と介護環境によって与えていくことです。
このところ、阪大の「コンシリエンスデザイン看医工学」では、
IoTをIoMeT= Internet of Medical Thingsとして
次々と製品デザインを成し遂げています。
これは32インチの液晶TVを3台を仕込んだ、
自宅療養・訪問看護体制に「デジタルアッサンブラージュ」をめざした
医療環境のための機器です。
これにはもうすでに低コストになっている液晶テレビを
看護環境に配置する機器として製品デザインをしたモノです。
上部には病院と双方向の医療データがあり、
中央にはいわゆるTVですが、おそらく、現在のTV局ではなく、
インターネットTVの受像から、パソコンモニターにもなっています。
下部のモニターには、
介護や看護を受ける患者のデータが映像化されています。
しかもデジタルアッサンブラージュであることから、
LED照明はこの医療環境を自由自在にコントロール可能です。
さらに、重大なことは単なる液晶TVが3台設置してあるわけではありません。
一つは耐震性が考慮されています。機器中央の丸パイプは、
床から天井に対して
確実に固定可能になっています。
そして当然ながら、この機器をコントロールするリモコンも
まったく新たなデザイン。
最終的に人間が自分の力でどうすればこうした機器がコントロール可能かを
これも提示してきてから、この機器だけではなく、
ベッドや寝具デザインまでをリモートコントロールを考え抜いたモノも
すでに準備澄みです。
訪問看護体制と患者さんの医療データは、いわゆるBig Dataとしての
行政・病院・自宅・近辺へのシステムではなくて
IoMeTのダイナミックス体制を整えています。
これは私の母校・金沢美術工芸大学の
「金の美」展で正式に発表しようと考えています。

# 本製品の知財権は日本デザイン保護協会に登録済み

* 『自宅玄関には涼しさを「デジタルアッサンブラージュ」』
* 『改めて自宅玄関のデジタルアッサンブラージュ』
* 『KK塾での実務紹介=デジタルアッサンブラージュ』
* 『風神雷神図=風景から情景のアッサンブラージュ』
* 『デジタルアッサンブラージュでの映像音場照明空間』


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『ふるさと福井の大震災を胎内で経験していたと聞く』


   


     7月 1st, 2016  Posted 12:00 AM



1948年(昭和23年6月28日16:13pm)福井大地震が起こりました。
地震規模はM7.1、1945年の大空襲は日本での三大空襲の一つでした。
羽二重によるパラシュートの産地だったからです。
地震1ヶ月後には集中豪雨により、3度も市街地は破壊されました。
自分はまだ母の胎内に命がようやく出来た頃で、
翌年の2月にこの世にでてきました。
大地震が発生した時、母は実家の竹藪に入ったそうです。
母の実家裏の竹藪は300坪ほどありました。
そして竹藪は竹の根が強くて地盤がしっかりしていたそうですが、
夕焼けと同時に福井方面の空が真っ赤だったと聞きました。
戦争から復員して、父はノンキャリアの警察官であり、
その若さから、
県境を自転車で乗り越えて石川県警に伝令を努めたそうです。
福井から県境に行くまでに数人の倒壊家屋に閉じ込められた人を救ったと、
戦争の話は従軍7.5年ながら、一切話さなかったことにくらべれば、
小さい頃にそのいくつかのエピソードは聞かせてもらいました。
阪神大震災の時には、父はすでに退官していましたが、
私はまだApple本社とのつながりがあり支援金と、
PowerBook100台が東京から福井に届き、
それを福井県警が最も早く神戸入りをするときに運んでもらいました。
と同時にキヤノン販売には、神戸にあるショールームのプリンターを
避難所にいるボランティアに開放していただきました。
しかし、その直前まで開発していた「ラリア」という
非常事態専用SOSラジオの中断が
とても悔しかったことを今も忘れていません。
以後、行政がらみのデザイン意義はないものと考えています。

*『最近見なくなった竹藪、その思い出』
*『都市伝説であれ、地震雲あり空をよく見よう』
*『あれから20年・・・阪神淡路大震災のこと』
*『想像力と直感あれど『東京ラリア』具現化出来ず』
*『児童を守らねばならない! そんな国ではなかった』


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『レジリエンスデザインは真正面で自殺と向き合う』


   


     6月 10th, 2016  Posted 12:00 AM



正直、油断をしていました。
デザインが最も対抗するべきは「死」への態度でした。
したがって、Resilience designとは、
人間が、ストレス・プレッシャーに対抗するための
「強靱な精神力」をデザインすることでした。
勿論、あの3.11天災人災においても自殺に追い込まれた人がいたこと、
その反省から、レジリエンスデザインの必要性を掲げてきました。
まさか、熊本地震において、
まだまだいつ終止符となるかもわからない地震は連続しているのです。
わが国の報道も、もう落ち着いたかのように熊本関連のニュースは無く、
それだけに気が抜けてしまっていたのかも知れません。
現場である崇城大学、九州大学からは、行政が極めて大変であり、
ようやく写真記録も、という報告はありましたし、
報道されないともはや我々は忘れがちになってしまいます。
「自殺者が出た」というニュースで、
とても混乱しました。
デザインが自殺と面と向かったとき、
何ができるのだろうと必死で考えている
そんなアイディアをまとめています。
国際的なコンサルタントにもヒントを求めました。
「恋愛感情を持つこと」、
「何事かに熱中して生きている実感」を維持していることがその答でした。
人は、自分で自分の命を絶ってはならないのです。
その最大の理由は、命は自分のものではないからです。
直接的には父母に与えられた命ですから、
自分でそれを断絶することは辞めるべきです。
「葉隠」の、
「死ぬ事と見つけたり」の意味をもう一度振り返るべきです。
プレッシャーやストレスに押しつぶされようとも、
それを突き返す強靱なる自己を持ち続けるには、
デザインとして生き延びる力を守り抜ける
自克心の育成、激励が必要なのです。
「レジリエンスデザインチーム」は、
なんといっても「自殺」と真正面で対決することを再確認しています。
その早急なデザインアイディアを実務実践するつもりです。
「負けるな!」「泣くな!」「生きるんだ!」というこのフレーズから
Resilience Designを展開していきます。

*『病院という制度の中の患者心理・私の場合』
*『大雨・洪水・山崩れ・・・自然とは調和できない』
*『瓦礫と化した自動車が問題ではない』
*『コンシリエンスデザイン仮説をレジリエンスデザインから』
*『危機解決学としてのコンシリエンスデザイン』


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『アップサイクリングの真のリサイクルとは!』


   


     6月 9th, 2016  Posted 12:00 AM



「アップサイクル」が一つの話題になりつつあります。
大阪大学の私の研究室にも、社学連携課経由で、
ある行政と企画企業から依頼が持ち込まれました。
幾たびかの打ち合わせ後、この企画はデザイン職能団体に、
企画・運営・ワークショップ・コンペの開催などを一任しました。
ワークショップはデザイン学生などを巻き込んで開催され、
その報告書などを読みました。しかしどうも違和感が残っていました。
論理的な内容を時系列的に再確認をしました。
まず、「アップサイクリング」という新たな産業形式の創案は正当でした。
しかし、根本的な過ちを発見しました。
この発見をリサイクルに照合して実際のデザイン実務との結びつきを、
あらためて検討し始めています。
まず、大きな過ちはリサイクルがサスティナブル思想であるという、
経済理念の間違いがありました。
従来のサスティナブル(持続可能)は
欧州の酸性雨対策を起源としています。
よって、リサイクルとは本当は無関係です。
このことにより、
工業生産しかも大量生産時で発生した素材廃棄物を再利用することで、
大量生産されたモノ以下の製造物に落ち着いてしまいます。
アップサイクリング(up cycling)ならば、リサイクルされた生産物は、
リサイクルされる前以上の性能性・効能性によって
新たな機能性を獲得する必要があります。
この発想が根本的に欠落しているという、
新規デザイン実務上では最も希求されている
現実生産を知ることができました。
ただ単に廃棄される素材=端材を利用する
製造システムでは無いという、この再確認が必要です。
そのサンプルとなるプロジェクトを開始します。

*『サービスの勘違い・地球に『優しい』?』
*『石畳の街、その文明と文化』
*『カーボン素材の3D-Printing開発をめざすことは・・・』
*『陽子加速器での核変換デザインによる復興』
*『デザイン史の講義を語るにはロシア・アヴァンギャルドから』


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『親方二人目の褒章受勲・タケフナイフビレッジ』


   


     5月 2nd, 2016  Posted 12:00 AM



東京から福井に帰ったときに、東京には在るが福井には無いものだらけだ、
どうして生きて行こうと思っていましたが、逆発想をしました。
福井にあって東京には無いもの。
それが越前市(旧武生市)の伝統工芸の打刃物であり、
あることで若手の刃物工業研究会との出会いがありました。
3ヶ月黙っている彼らに自分は難し言葉使いをやめて福井弁で話ました。
新素材開発でメーカー交渉を産地の代表として徹底的行いました。
国内外で展覧会をやり「タケフナイフビレッジ」を絶対に実現約束。
行政の力を借りずに「借金をして取り組んでもらう」ということ、
そのデザイン戦略をともかく盲信してもらうことでした。
ステンレスで鋼をサンドイッチにした高品位ステンレス鋼で
「ハマグリ刃:蛤のように断面で見ると中央が膨らんでいる刃」を
火づくり鍛造してもらいました。
世界で初めてすべて金属製ゆえの一体の刃物ゆえに、
熱湯で一変に大腸菌が防菌可能な一体金属の刃物を開発しました。
徹底的に図面に精確な研磨によりビッカー値硬度も60~62を実現。
その製品開発の中でも、高品位ステンレス鋼をグリップ部分に、
私の造形言語である「ウェーブレット(さざ波のよう波型)」を実現。
それを成しえてくれた今では親方・第一世代の加茂勝康氏が
瑞宝単光章を受勲できました。
昨年は安立勝重氏が受勲しました。
加茂氏はスキー、安立氏は登山家、それぞれの世界でも重鎮です。
第一世代では癌に冒されても「技を伝えて」と半ば命令していた浅井氏は、
工房でもう限界と言って2週間寝込んで逝ってしまった仲間です。
今、第一世代9名、第二世代20名を率いていますが、
新メンバー・新デザイナーを私は選別して、
「ナイフスクール」を本格的に開校します。
二人目の受勲お祝いの会は、さらに盛大に全員で祝いたいと思っています。

*11月5日Staff Blog
*『刃物の地肌、その偽物氾濫が流行している』
*『 ひとりの親方が逝った・・・ 』
*『タケフナイフビレッジ、恩人を見送った。』
*「鎌倉時代名刀と江戸時代名刀を語り合う」


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2月15日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 15th, 2016  Posted 12:00 AM

2月15日 友引(丁卯)


政治は次第に偶像化する。
立法・司法・行政は
マスコミ・メディアで
4権分立化し、
インターネット・SNSで
5権分立どころか、
批判し非難し
人生を
勝手に「破壊」=偶像死を
与えるようになってきた。



川崎和男の発想表現手法


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