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Posts Tagged ‘衝撃’


『まだ私デザインHOLAは動いているしかし無情合掌』


   


     4月 30th, 2017  Posted 12:00 AM



生きていることは死んでいくこと。
そして寿命というのが定められているのかも知れません。
私がふるさと福井に戻り、ややちょっと私の存在が全国区になり始めた頃、
高岡から仏具を鋳造している会社の次男から、
新規事業、その起業化のための商品企画をという依頼を受けました。
彼の父は大砲製造で戦中での技術を平和を願って仏具鋳造の鋳造会社に、
彼の兄さんも交えて工場で鋳造製造された置き時計を見るなり私の直感、
私は即決、壁時計を思いつきそのデザインを果たしました。
まぁ2000個も売れればと言う評判でしたが、
まず500個の注文が舞い込みヒットをし始めました。
それはオーストリアの時計メーカーにも届き、
私を捜し当てて腕時計の依頼を受けました。
その社長に私は大きな衝撃を受けました。
「HOLAはアートであり私はあなたに売れる時計を依頼していません」と。
その話を高岡のまだHOLA一作のメーカーに伝えました。
「売れる時計やモノではなく、美しいモノづくりで存分にやれる」はずだと。
以来、様々な商品開発を手がけるとともに、
無論製造中止も相当にデザインしました。
ともかく「デザイナーの造形美だけでの商品を」と。
「タカタレムノス」、その社長・髙田博氏が急死しました。
そして一昨日、「彼を偲ぶ会」に私は出席しました。
一番最初のデザイナーとして挨拶と乾盃を先導しました。
私は最近かなり真剣に制作している「般若心経の書と色鉛筆タッチ」、
この作品を仏壇にと奥様に渡しました。
ともかく、奥様と向かい合うともう涙が堪え切れない私でした。
2013.7.6に 彼とそろそろ置き土産の企画の話を阪大でしました。
人を偲び送るのは、共に歩んだ思い出を語り合うことが残されている者の、
天命であり義務(義理ではなく)人情であると言われています。
数十名の若いデザイナーたちと、
創立時に関わったもう何年ぶりか人達との交流をしました。
彼は、もう拘りきった自動車のコレクターであり、
バンド引きいて演奏と語りをするともかく明るいい男でした。
奥様から彼が「般若心経大好きだった」と始めて知り、
私なりの筆跡と色鉛筆タッチの作品が届いていればと合掌する次第です。


* 『自分デザイン代表作はアプリでも展開、そして無念。』
* 『製品記号論で語り直す時代がやっと訪れた』
* 「『まさか』=想定外をめざす詳細造形」
* 『「時計」はデザイン対象、デザイン力量が試されている』
* 「正しい進化は、わが国が主導する!」


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『「哀しみにデザイン」そろそろ車イスデザインを書こう』


   


     10月 30th, 2016  Posted 12:00 AM



来年2017年で、車イス生活40年になります。
したがって、歩いていたこと、スキー、ロッククライミング、
少林寺拳法、遠泳、飛び込みなどに懸命な自分、
これを知る人は美大時代から社会人での28歳までのことでした。
「絶対に車イスのデザインはしない!」と思っていましたが、
銀座のショーウィンドウに映った自分を見てその気持ちは変わりました。
「お母さん、なんであの人はあんなのに乗ってるの?」
「・・・ちゃんも、悪いことをすると、乗るのよ」
・!・・(なんでだ?)、この身体を切り裂かれたような差別衝撃で、
自分は「車イスのデザイン」に取り組むことになりました。
そういえば、この10年におよぶブログで、「車イスデザイン」について、
デザインプロセスは一度も書いたことがありません。
企画書タイトル・プロスペクタスは「哀しみにデザイン」でした。
車イス名は「CARNA」=生活を護る女神でした。
その最初のデザインゴールモデルが、この写真でした。
「走行性能」+「身体保持性能」での最軽量化をめざしました。
三つのデザイン・デザイナー知識獲得を自分に課しました。
 ● イスの歴史とその性能と機能をもう一度学ぶこと
 ● 車イスの歴史・車イス効能を徹底的に知り尽くすこと
 ● 自分使用であること=一人称デザインにこだわること
この三つを、「哀しみ」に向けて、デザインでの「問題解決」でした。
軽量化は6kgであることと新素材の追求でした。
しかし、丁度、体を壊して福井にもどり、デザイナーとしては、
伝統工芸産地に飛び込んでいました、当然、収入はゼロでした。
まして、そのデザインに夢中であり、コンピュータの登場が始まっていました。
「哀しみにデザイン」は伝統工芸とコンピュータに挟まれたデザインでした。


* 『車イスデザインに取り組み、今や、電動車椅子と制度改革』
* 『歩けた頃=スキーに夢中だった時の写真が届いた』
* 『「岳人」が教科書だった時代を思い出す』
* 「やっぱり、なぜこれほど落ち着くのだろう」
* 「誤謬へのシンボライゼーションプロトタイプ」


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『「●●とは何か?」、質問形式とその答えは能無しである』


   


     7月 2nd, 2016  Posted 12:00 AM



踏みつけたくなるタイトルがあります。
それは「●●●●●●とは何か?」、という文章タイトルです。
たとえば、「デザインとは何か?」とか、「建築とは何か?」という、
とりわけ自分のプロ意識、職能意識にとっての
いわば質問形式のタイトルです。
そしてこれまでも科学的な知識を述べてきた書籍、講演、
あるいは運動などで、このような質問形式のタイトルが出てくると、
まずセンスの無さ=無能なる自分修練の浅薄さを感じます。
なぜなら「●●とは何か?」を全否定した芸術評論家の衝撃な思考のあり方、
あるいは、とりわけ「現代芸術のあり方」理念の
初期認識論を読んでいないからです。
「現代芸術」ほどその解釈や思考はとても困難なはずですから、
いわゆるハウツー本などで
この問いかけから始まる書籍は捨て去って構いません。
ところがハウツー本でもないのに、
この質問方式は能無しの典型だと断言できます。
これには二つ論理性で理由がつけることが可能です。
一つは、情報化時代直前に、この質問形式では、
これからの知的思考方法は時代遅れになるということ。
そのためには「■■■■が●●になる。」ということで、
「●●とは何か?」では無い論理組み立てが要るという発想があったのです。
もう一つは、「●●とは何か?」という質問での答えには、
三つの答の分類が出来るのです。それは、質問が
話題:Topicsであれば応答:Replyであり、
課題:Questionであれば回答:Answerであり、
問題:Problemであれば解答:Solutionになるということです。
したがって、「●●とは何か?」という質問での答が
応答、回答、解答のいずれかであったとして、
単なる応答や回答であるなら、その論理性は崩れています。
新たで明確な論理的な答であるなら解答でなければ意味はありません。
この写真の書籍での第一章からの質問形成では応答にすぎません。
よって、こうした書籍内容は能無しと判断しておきます。

*『鏡映は冥府に降りていることゆえに「何がデザイン?」』
*『表現としての美術とは?、教えられた宮川淳』
*『ベクトル論理では「何がデザインか」となる』
*『デザインは機能美ではありえない』
*『記号論・文庫版になった定本だから再熟考対象だ』


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『デザインの名作で学んだことだが、モノはもはや消滅している』


   


     11月 14th, 2014  Posted 12:00 AM



美大に入学後、私はタイプライターの学校に通いました。
しかし、そこは女性ばかりで、なんだかナンパしているとか言われ、
そんな気持ちなどあるわけがなく、一週間通えば、手法が分かり、
直ぐに辞めました。しかし、それは有効でした。
なぜなら、タイピング技能は当時のパンチングカード入力での
大型コンピューター入力では役立ちました。
大学時代に、この「バレンタイン」というタイプライターが、
まさしくインダストリアルデザインの名作として表れてきました。
私は、この記事を書き写すほどデザイン手法を学んだと思います。
なんといっても、タイプライターの出現は、女性が職業に就く、
最も大きな役割を果たすモノを創り上げたことでした。
したがって、それまでのタイプライターは万年筆だったという表現。
それに対してボールペンのような気楽さのタイプライターは
デザインが成しえたデザインの効果と効用そのものでした。
したがって、私は社会人になって買い求めた最初のモノでした。
このタイプライターで友人に手紙を書いていたことがあります。
今も私のコレクションになっているモノです。
しかし、まさにAppleⅡが、テレビ画面のモニターと、入力装置の
タイプライターは、やがて時代を見送ってしまいました。
しかし、万年筆をボールペンとしたカジュアル的なモノ表現は、
私のデザイン活動では、基礎になったことは確かなことです。
このタイプライターの海外雑誌のCMは、幼児が海辺で砂遊び、
その傍らに、タイプライターが置かれて、バケットと呼ばれていた
ケースには砂が入っているという衝撃性は今も残っています。
モノの使用感を如何に容易にするために、カジュアル性を、
室内のデスク周りではなくて、砂遊びする海岸線と幼児という表現、
その中心にこのタイプライターがあったことは今も残っています。
私は、モノのフォーマル性とカジュアル性は、
このタイプライターデザインから学んだことは今でも大きいのですが
既にタイプライターの時代的な役割は終わっています。
では、果たして、ノートPCやPadが、
このデザインにはとても辿り付いていないと思っています。


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「『盆栽』・・・人生で多分し忘れたコトだと思う」


   


     1月 18th, 2013  Posted 12:30 AM



間もなく、64歳を迎えます。
しみじみと思い起こすことがあります。
それは「盆栽」です。
40歳の頃でした。
NHKの教養番組で「盆栽シリーズ」を全部観たことがあります。
もの凄い衝撃を受けました。
なるほど、これは凄い日本の伝統的な文化、
その極地だと思いました。
それで、早速、東京の専門店にも何度か通って手ほどきを受けて、
入門的なことを試みましたが直ぐに枯れ果てました。
これは絶対に小学校時代から教育基本法的にも
鍛えておくべきことではないだろうかと思いました。
それから、この大阪に来てから、トライしましたが、駄目でした。
そういえば、祖父が育てていたのを何の興味も持たず、
あれは年寄りがやるもの、と思って観ていたものです。
父は、蘭栽培では自宅の庭に温室を作って、
品評会にまで出すほど、リタイア後にやっていました。
今も福井の実家の倉庫には蘭独特の植木鉢が相当に残っています。
人生で、「し忘れたコト」と尋ねられたら、
私は「盆栽」と答えるでしょうし、
それは小学校時代から知識と技術を身に付けていたら、
それは凄い人生そのものの文化になるのではないかとすら思うのです。
写真は、オークションで40万円近くする作品です。
これが好みではありませんが、日本人が「自然と対話する根本」を、
さらに深めて、このミクロな自然制御を成し遂げて、
「美」の世界観を日常化しています。
きっと読者諸兄の中には、
「そうだよ、私の得意趣味分野」とか言われようものなら、
私は最大の敬意を払うことになるでしょう。
伝統的な芸術というわけではありませんが、
明らかに、「デザイン行為」が潜んでいる知見と技術表現が、
自然そのものに寄り添っているのです。
わが人生について、作品集自叙伝を準備しています。
「終章にむかって」という序文を書きながら、
私が「し忘れたコト」は、「盆栽」だったということです。
だから、今は盆栽の写真集で凄いのがあったらと探している始末です。


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3月24日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 24th, 2010  Posted 9:00 AM

3月24日 仏滅(癸酉)


「体感できる」ということは、
身体を突き動かされる経験であり体験だ。

器官や内蔵まで
肉体的な衝撃が
走り抜ける感覚である。



『プラトンのオルゴール』
体感する為に、音楽と造形の相対化


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『資本主義からの逃走』
 「数理造形から見えてきたAtom時代の終焉 ・03」


   


     1月 21st, 2010  Posted 1:00 AM

MacWorld
SIGGRAPH
米国では、まずMacWorld(見本市)、
そしてSIGGRAPH(学会)に何もわからず、
ほとんど物見遊山感覚で出かけました。
1985年から毎年、夏と冬に出かければ、
車倚子で日本人、すぐに質問する人物として、
多少目立つようになっていたのでしょう。
ところが
帰国すると、日本はNECの98シリーズが、
圧倒的なパソコン社会になっていました。
この頃から、
日本のデジタル時代は良くいえば独自性、
悪くいえば、
このままでは必ず取り残されていく、
という予感が疼き始めました。
その感覚は現在、確実に明確なものになっています。
つまり、わが国は「まったくBit社会・Bit資本」は、
未だに見えていないと考えています。

ニュージャージーにALIASというCG会社のブランチを
訪ねたことがありました。
ちょうど米国のデザイン誌に私の名前と作品が、
掲載されるようになっていたので、
それだけが「自分を紹介」する手立てでした。

もう一つは、まさにバブル直前であり、
福井銀行がNew York支店を開設直後でした。
だから経済的な支援は「福井の情報化」ということを、
大儀として福井市の青年会議所へ提案していたので、
「IRIS 3030」を直談判で発注しました。
7000万円でした。相手もとてもびっくりしてました。
国内ではこの2倍だったのです。
そうしたら、
「君は、初めてやってきたクリエーターだから、
2台持っていっていい。日本は商社マンばかりで、
本当に我々のめざしていることが分かってはいない。
だから、カナダ本社でトレーニングを受けないか」、
という申し出を受けました。
私は、翌夏からトロントにて、CGの基本をUNIXで
学ぶようになったのです。
bit感覚の衝撃
そこでまず、
「色彩」表現のbit感覚に衝撃を受け、
デザイン世界に「ツール化」していくだろう予測は、
確実なことになっていきました。


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