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Posts Tagged ‘要望’


『「聖火トーチ」はデザインで日本技術を発揮した炎と光』


   


     5月 9th, 2019  Posted 12:00 AM



「聖火トーチ」は、日本としての新しい製造工程、
新技術が求められました。
オリンピックに関わるマークはじめビジュアルデザイン、
競技場やトーチとデザインの力が戦後復興の
前回の東京オリンピックで発揮されたように、
今回の災害復興、五輪再興の力となるよう
デザイナーの一人として望んでいました。
「3.11での被災者」・「仮設住宅のアルミ」を再利用し、
インゴットにした押し出し成型から生まれる
桜のトーチが日本列島を縦断し、
その炎から光、同様に心をひとつにしてくれるでしょう。
デザイナーが望んだ花びらの「炎」を
ひとつの「光」変えるという難題に
向かってくれたのはたった1社の企業だったことを知りました。
デザイナーの細かな要望に、トーチ筐体の押出し成形に
挑んだメーカー担当者が果敢に応える姿がありました。
日本の希望の炎、その光のモノづくりに携わる人たちの、
約5年間にわたる精励恪勤なその成果が集結しています。
「炎と光」、技術提案の演出は彼の提案だけでしたので、
彼、一人が「センス」あるデザイナーでした。
聖火トーチは、その造形美、性能美、機能美だけでなく、
ランナーとともにつなぐ炎が光だけでした。
トーチキスの瞬間そして聖火台に向かうフィナーレと
その光で世界中にオリンピズム高鳴る熱狂を
届けてくれると、「新技術」に期待しています。
応募者たちの「デザイン知識」に愕然でした。


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『スター商品こそ最高の交換価値です』


   


     11月 25th, 2018  Posted 12:00 AM



これは何でしょうか?
真珠のジュエリー、首回りの装飾品です。
交換価値は期待できます。
特別な存在感を持ち、イメージを発信する真珠なのです。
が、一般的な真珠のネックレスは駄目です。
かって新たなデザイナーの商品ブランドの展開で、
このジュエリーブランドは一新しました。
新鮮な真珠の扱いと造形に惹かれました。
初期の作品で、この大物は、厳重なディスプレーの中にありました。
私はモノ怖じしない性格なので「コレを見せてください」。
販売員も「エッ」とかなりますが、「これはこれだけ?」と言えば
「世界には4点しかありません」(当時)と。
「じゃあ、これを」と選びました。ワイフには必ず叱られます。
私はデザイン戦略としてとる方法ですが、これは「スター商品」です。
デザイナーの発想と企業の技術力を最大限に盛り込んだ商品として、
売れる儲かるではなくブランドや企業イメージを引っ張っていく商品です。
「Starスター」「Cash Cow金のなる木」「Problem Child問題児」
そうして、「Dog負け犬」です。
いわゆるプロダクトポートフォリオマネージメントです。
皆さんが買い求めるのは、「Cash Cow金のなる木」商品、ヒット商品です。
今でこそ、私の見た目と私の買い物の印象度から、
価値あるモノも見ることができるようになりました。
それこそ、全く手出しもできない数億以上のモノでも、
作り方まで見届けるのです。
若かりし東芝社員の頃には、超高級品を見てきなさい、と言われて、
銀座の角の高級デパートで宝飾品や高額時計を見ていたところ、
そこの支配人から、丁寧に「こちらにどうぞ」と言われました。
アロハシャツにレイバンを身につけた(東芝時代の私のお決まり)不審者と
思われたのですが、自分はデザイナーなのでと事情を話したら、
支配人は「彼のご要望のモノは何でもお見せしなさい」と
店員さん達に伝達してくれました。
それからは超高級時計、超アクセサリーなど、とっても買えないモノなど、
勉強させていただきました。
そのおかげでモノを見る、見極める目が絶対感覚のように鍛えられました。
「あんなブランド店なんて入れません」と
境界を越えていかない若いデザイナーが残念です。
本当にモノには幅がありますから、背伸びしたり、
大風呂敷を広げたりしてみるといいのです。
大風呂敷も必ず畳んで帰れる大きさ、というのは祖父の教えです。
それが自分で決めた生き方なのです。


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『人生が回転して再開、懸命だったあの頃』


   


     7月 17th, 2017  Posted 12:00 AM



35年ぶりに高島郁夫氏が来宅してくれました。
今、「DESIGN TOKYO」の審査委員をお願いしているのです。
カリスマバイヤーだった藤巻幸大氏が急逝してとても困り、
そうなると彼にお願いしようとすぐに提案。
彼も快く引き受けてもらったのです。
というのは、彼も福井県人であり、若いときにはマルイチセーリングの、
「際だって存在感があった」東京支店長でした。
当時ようやく全国区への参入をめざしていた、
このインテリアメーカーが「東京家具見本市」出展を私が提案したら、
小林社長(現在は会長)は最大ブースを予約して、
「川崎さん、全て任すから思い切りブース設計から製品デザインを」
(エッ最大ブース?どうする・・・)
そのブース統括は当然ながら東京支店長であった彼でした。
ソファーもいくつか相当にやり、それなら思い切って、
ということで、エレクトレットコンデンサースピーカーシステムを、と。
設計は丁度フリーになった東芝時代の
エレクトレットコンデンサーの専門家Y氏に製造までをまかせました。
今でも多分、25mm厚のバッフルに、
このスピーカーユニットと電源駆動実装は実現されていないでしょう。
すぐにフィラデルフィア美術館に永久展示になりました。
高島氏の存在を以後知ったのは、私の最初のマネージャーからでした。
「フランフラン:Francfranc知ってます?」
「んー、ごめん、知らない・・・」
「エッ、知らないんですか?」
当時ちょうど私は札幌市の市立大設立での初代学長候補でした。
(これは以後色々あって辞退問題にまでなりました・・・)
そうしたら、福岡にも札幌にも、
なるほど彼らしいとてもセンスあるインテリアショップ。
そうしたら大変な実業家になっていました。
来宅してもらうと、すぐに私は、
「ねっ、自家用ジェット買ってくれない?」と実業家には要望するのです。
ビジネスジェットが現代、最高の「手造り」なのです。
スピーカーは商品化できませんでしたが、35年前には実現していたのです。
結局は二人ですっかり未来の話になったのです。
しかも彼の企業グループに次世代デザイナーの森田恭通氏も取締役でした。
なんだか人生が回転して再会を果たしたのです。


* 「キャナルシティ博多での二つのショップ、二人の経営トップ」
* 「『国際文具・紙製品展』と『DESIGN TOKYO』展
* 『JBL4343のメインテナンスは5.5回目、まだ10年はOKとか』
* 「SZ-1000・私のオーディオ最終作だから」
* 『インテリアデザインからの拡大・森田恭通のパリ個展』
 


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『素材産地のダブルブランド・「羽二重」HUBTAE』


   


     4月 3rd, 2016  Posted 12:00 AM



「五か条のご誓文」は由利公正(越前藩士三岡八郎)によるものでしたが、
彼は富岡製糸場の殖産興業を動機づけただけではありません。
ところが、生糸が海外からの要望が無くなってきたときに、
福井で細江順子女史は、縦糸2本横糸1本で「羽二重」を産み出します。
この「羽二重」が落下傘=パラシュートとして、
最高の品質であったことが、米国でのナイロン発明のきっかけでした。
福井は絹織物=羽二重の一大産地として、後には人絹取引所となり、
人絹はポリエステル繊維・布素材産地でした。
しかし、織物産業は時代的経済的にも逼迫した状況に追い込まれました。
ところが、最近のポリエステル繊維は織物編物として、
高度な素材として次世代素材として大きな性能開発が出来てきました。
僕は「羽二重ブランド」とともに、
繊維や編物、その「布特性」を明確に七つの特性評価を
オノマトペでの七つの感性評価を学術的に決定してきました。
 ・はり
 ・ふくらみ
 ・こし
 ・ぬめり
 ・きしみ
 ・しゃみ
 ・しなやかさ
こうした言葉はすでに死語的になっていますが、
オノマトペ=擬音語表現を幼児にも布体験をしてもらうことで、
明確な感性表現をして、そのマーク化を行いました。
すなわち、「羽二重」と「布の7感性的特質」は
ダブルブランドとして、新たな「素材産地ブランド」として
福井=素材産地が商品アイテムの提案をしていく基盤にしました。
これからの地方地場産地は「素材から製品アイテム提案」の
出来る場、
これが素材産地の革新的役割になると考えています。


*「オノマトペ=感性評価軸が学術検証された」
*『幼児たちの布感覚=感性評価実験から最学習』
*『「織物・布の感性的評価軸=オノマトペ」産地福井から発信』
*『落下傘としても羽二重は最高品質だった』
*『日本の繊維産業、その先鞭をつけた人たちの偉業に続け』


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「こういうのは『デザイン』ではありません」


   


     8月 30th, 2013  Posted 12:00 AM



最近、靴を注文するときに、私は様々に要望します。
以前に思いつきから靴紐を赤色にしました。
そうしたら、イタリアのファッション誌でもそのような記事発見。
「だよなー」と一人満足していました。
バックスキンはそれほど好きでは無かったのですが、
詳細な手入れ法を聞いたら、注文をすることになりました。
もちろん、好きなブルーを選び、
ある女性靴ブランドの底面が赤に拘っているので、
ソールの張り替えをお願いしました。
1ヶ月ほど待っていたら、それが出来上がりました。
当然にも、他の靴類はソールは赤に染めてもらっています。
偶然にも男性用のソックス店舗で、見つけたソックスにも、
赤と青を基調にしてイニシャルも刺繍してもらいました。
さて、これを「デザインした」というのは間違いです。
言わば、靴とソックスへの要望はファッションへの拘りですが、
ファッションとデザインの関係は、絶対に明確にするつもりです。
バックスキンの靴、靴下への自分自身への要望は、
確かにファッションデザインだとほとんどの人が思っています。
しかし、これはデコレーションとして、
自分の身なりへのファッション、その拘りに過ぎませんが、
私が主張しているデザインと問題解決の関係に置換できません。
勿論、靴メーカーはソールを一度剥がしてから、
私が要望する赤いソールで外観的な装飾性をしてくれました。
これを私は全体に「デザイン」とは呼びたくありません。
ファッションは時代性との共時や、自分の社会的な存在、
私流には「ファッションの効能性」があります。
けれども、これは「デザイン」では無いと断言します。
私は自分の持ち物からファッションに関しても、
「自分らしさ」の演出デザインと呼びうるコトがありますが、
あくまでもファッションとデザインの関係こそ、
「デザイン」の本質を語る上での定義を明らかにするつもりです。


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