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Posts Tagged ‘解剖’


『レンズ無しになればメガネフレームは不要になる』


   


     12月 9th, 2017  Posted 11:00 PM




今やメガネ産地は、鯖江・福井という認識が一般的です。
自分デザインのメガネには、「Kazuo Kawasakiブランド」があり、
いわゆる3プライスでの「KK edition」があります。
IOFTというメガネ見本市では、ベストメガネドレッサー賞は、
今では歴然とその受賞者は一つのステータスになっています。
しかし、最近のIOFT審査では、パリでのシルモ賞にはまだまだ及びません。
私は2000年、日本人で最初のシルモグランプリを受賞しています。
そしてこのほとんど発明、それはテンプルを拡げてもレンズに応力無しは、
すっかりとメガネの基本構造になっているのです。
現在、鯖江のメガネ産地は企業数が激減しています。
しかもステンレスのメガネフレームが平然と商品化しているのは、
メガネ素材の大間違いであり、メガネの意味を失っています。
なぜ、チタン素材になっていったのかが分かっていない廉価メーカーの
見識ゼロ商品と断言します。
やがて、網膜投影方式が一般化すれば、「レンズ無しメガネ」が出るでしょう。
そうなれば、メガネ産地は5年後には無くなると私は判断しています。
実際、3プライスメガネ販売のレンズは廉価版でのファッションメガネ、
それこそ300円メガネすら可能です。
私はおそらく眼球まで死体解剖で確認していますから、
眼球という内臓と周辺の筋肉・血管・リンパ脈までを解剖しています。
そういう意味では、メガネフレームデザイナーに全てを伝えたいのです。
しかし、私自身、理想のメガネは、目の前の空気の屈折率を自在にすれば、
この考え方を基準にしてきました。
さらに、HMD:Head Mount Displayも相当に研究し開発してきました。
これをスカウターと名辞までもしたもです。
さらに網膜投影が可能になることも夢みてその技術開発を追いかけたら、
若い才能はとうとう網膜投影やホログラムを実現しました。
おそらく、メガネ概念の大変革、メガネフレームが不必要になっています。
比して、産地ではチタン技術で、その技術で医療器具開発が産地存続の
それがイノベーションと考えていますがそれは存続理由にはなりません。、
すでにチタンを超越した新素材が表れて、
直径2mm内視鏡や0.2mmマイクロナノ医療器具産業化は不可能です。
メガネフレームのいわばファッション性は一挙に不要になります。
そうなれば、メガネフレーム産地は直ぐに無くなるでしょう。
そのことを私は提言していきたいと考えています。


* 「『アンチテンション』は、今ではメガネスタイルの基本だ」
* 『アンチテンションはコピーされている福井産の革新技術』
* 『四十暗がり・シニアグラスがこれでいいわけがない!』
* 『HMD「スカウター」がようやく製品発表された!』
* 「HMDのこれまでの進化をさらに深化させる!」


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『コラボという乗っ取り?、流行は「病」である』


   


     9月 27th, 2017  Posted 12:00 AM



メガネのデザインに取り組んでこれも30年を超えました。
そしてメガネは極めて流行品であることから、
メガネデザインはファッショントレンドに大きな影響を受けています。
しかし、私のメガネデザインは常にメガネ装着での問題解決や新素材、
そして眼球保護との関係を医学的な解剖からも見てきました。
多くのブランドがほとんどファッショントレンドに流されています。
だから、私には気になるブランドはたった一つだけです。
このブランドが何を提出してくるかだけに注視してきました。
先般、話題多くのファッションブランドのお店を見て回りました。
それこそ私のかつての教え子のお店をじっくりと見て、
本当にここまでよくやりきってきていると感心しました。
そしてとても気になったことは、
こうしたファッショントレンドでの流行は何か一つを掴み取ると、
それがあたかも素晴らしいモノづくりという印象で
流行という病に冒されているようです。
どこのブランドでもこういうのが流行していますと語っています。
「何とかデザイナーとのコラボです」とか、
「何とか産地とのコラボです」がやたらと流行っています。
私は一言、切り返しました。
「そのコラボっていうのは、乗っ取りでしょ」って、
ワイフに叱られました。店員さんが怒っていてそんなこと言っては駄目。
コラボです=乗っ取りです、
だから、デザインというのが何も進化をしていないのです。
デザイナーとして40年以上、このモノづくりをじっくりと見ながら、
まだこんなことも解決していないなんて、と思うことがしばしばです。
スプーンとフォークも随分とその商品性を見てきましたが、
このアイテムにも多少のトレンド性はあるようですが、
私が最も大事にしている簡素・簡潔・清潔は何も解決されていません。
世界中でたった唯一のメーカー、そのデザイナーだけが解決しています。
そこには流行は無いのです。なぜなら、流行という学術的な解釈は、
実際は病気であり、時代が引き込んでしまう病なのです。
ようやく、私デザインで
このファッショントレンドをスプーンとフォークで問題解決を図ります。


* 「メガネフレームはまず自助具でありき」
* 『「ブランド」論を語る無知なコンサルタント信ずるなかれ』
* 『製品から商品へのデザイン投資のサインカーブ』
* 『美しいモノ、バウハウスでのデザイン・チェスセット』
* 『赤・この色がブランドを決定づけている』


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『HUSATとInternet of Medical Thingsのデザイン言語 』


   


     7月 5th, 2016  Posted 12:00 AM



美大時代からの盟友・光野有次氏はデザイン対象でも同志です。
彼の唱える「シーティングエンジニアリング」は、
人間工学を超えて、これこそわが国にやっと登場してきた
HUSAT= Human Sciences and Advanced Technologyの
主要なデザイン工学。
自分は車イス生活者として、
体型が変形してきたことを全て見せて、
彼からの大きな支援を受けられることはとても幸運です。
正直、学生時代から人間工学には不信感をもってきただけに、
今回は自分がモデルケースとなって、これを体系化していけるはずです。
人間工学の統計的な平均値からの設計論には大きな偏りがありました。
自分の経験では、まずヘッドホンのデザイン設計からその疑問があり、
メガネフレームのデザイン設計では
幸いにして眼球を解剖出来る立場だったため再確認出来ました。
車イス設計では自分なりのHUSATでデザインを実務実現しました。
しかも体型の変形・高齢化ですっかり自分がモデルになることが可能です。
彼自身も車イス設計から海外製販売会社の日本支店長経験もあり、
現在の特に電動タイプには大きな違和感を持っています。
ユニバーサルデザインを最初に国内に持ち込み、結局、
ユニバーサルデザインはHCD=Human Centered Designに変更しました。
これこそ、HUSAT+HCDをConsilience Designへと、
自分自身の車イスで実験して実務化できます。
まさに造形言語としての「シーティングエンジニアリング」は、
形態言語としてのHUSATされたデザイン内容と効果が生まれると考えます。
しかしながら、すでにデザイン工学としての人間工学は終焉していることを
強く訴求していかなければなりません。
IoTがInternet of Medical Things=IoMeTの骨幹に、
「シーティングエンジニアリング」が成立することは間違いないでしょう。

*『ユニバーサルデザインの原意』
*『座姿勢の複合制御性能とその機能化からのIoMeT』
*『「コンシリエンスデザイン」名詞格を接頭語にした新概念』
*『ヘッドホンにはヘッドホンアンプ必要なり』
*『ヘッドホン選別の私のポイント提案です』


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『デザインは解である』


   


     8月 26th, 2015  Posted 12:00 AM



私はデザインの本来の意味として、
通常の理解である装飾性との距離感を主張してきました。
デザインと言えば、大きな誤解が薄く張り付いています。
一つがデザイン=装飾性がファッションデザインに起因し、
もう一つが機能的とかシンプル性が、さもデザイン核心という話です。
デザインはその造形によって「答」を出す実務です。
それゆえに「答」には、三つの「答」があるという深度性に及びます。
話題=topicsに対する応答=reply
課題=questionに対する回答=answer
問題=problemに対する解答=solutionの三つの答を出すことであり
最もデザイン力が発揮されるべきは、問題解決に集約します。
私はデザインが問題解決であることから、
最も的確に説明を与えるには「解」という象形文字を例示します。
象形文字であることから角ある牛に刃物でこの文字は構成されています。
そこで解決には三つの段階が明快になってきます。
解体・解剖・溶解するなりして対象を分解することから始まります。
次にはその分解された要素を一つずつ、解釈・解説をして理解をします。
この理解によって、人は納得をして解放されるということになります。
さて、そこで問題は、答それぞれにはどこに装飾性や機能性が、
一般の理解では、デザインによる解放感は得られません。
デザインが応答的や回答的なことであれば、
論理性を欠いた機能性は説明がとても困難だと言えます。
現在のわが国の産業でのものづくりが、応答や回答ではとても、
国際的な競争力を持つことはできません。そのまま経済に反映します。
私は、問題解決によって、性能性と効能性が完備され、
ようやく機能性を確保できることを、教育・研究・開発に伝え、
デザイン実務で、人間は解放されると主張してきました。
その解放とは、「美しさ」が解答の造形であるモノとコトというのが
私のデザイン=解の結論です。


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「デザインは問題解決!・この本質の再整理」


   


     8月 27th, 2013  Posted 12:00 AM



デザイン=designare→design。
ラテン語からアングロ・サクソン語になりましたが、
この本質を伝えるには、漢字一語がその本質を表しています。
「解」文字、この一字です。
牛には角があり、それを刀で・・・ということは、
解体し解剖し、あるいは溶解します。これが第一段階です。
次に、解体して分解したものを、解釈し解説することで理解です。
これが第二段階になりますから、解説されて理解に及べば、
第三段階は、解放されることになります。
つまり、目の前にある問題・課題・話題となっていることに対して
応答し回答し、そして解決することで、人はホッとするのです。
人は、常に問題を抱え込みますが、なんとか解決してこそ、
やっと解放されることになります。
そのために、人は、問題意識となっていることを
より明解にするべく、問題点に目印=signを付けるわけです。
この目印を付ける行為=do+sign=designareと断言できます。
問題解決された応答・回答・解答はいづれも「答」です。
「答」という漢字も優れて良く完成された文字になっています。
竹冠が「合っている」ことは「箱」という文字と対照できます。
それは箱には竹で編まれた蓋が付いていることと同義なのです。
「答」は最適解でなければなりません。
デザインは、問題点を明確にしていく思考過程に目印をつけて、
その分解・解体・解剖・溶解をすることで、
なんとか解釈をつけ、解説をすることで、理解を促します。
充分に理解できれば、人は解放されて人心地をつけられるのです。
私が、designが問題解決のための思考をめぐらしていくには、
具体的にはスケッチを描く=do+signを思考工程にしています。
たまたま、その目印が装飾的に見えるからこそ、
一般的には安易にデザインは装飾だと思い込んでいるのでしょう。
しかし、「解」・「答」という漢字とdesignareまでを
問題解決の思考に配置していけば、本当に「明確」な、
designの本質にたどり着けるものと確信しています。


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「大阪大学の歴史の一つに、藤野恒三郎の存在」


   


     7月 28th, 2013  Posted 12:17 AM



1724年、大阪の商人たちが「士農工商」にこだわりなく、
一つの学問所ができました。「懐徳堂」でした。
この年に、平賀源内、本居宣長、彼らの人生が終わっています。
この学問所の流れに175年前「適塾」が設立されます。
適塾の創始者・緒方洪庵は今年150年忌になります。
「後世適塾名を成すとするならば橋本左内をもって成す」と、
洪庵は橋本左内の才能を尊びます。
大阪大学が学問所としての歴史的な系譜を語るとき、
その源流には、「懐徳堂」と「適塾」があります。
しかし、忘れられている人物に藤野恒三郎がいます。
集団食中毒の腸炎ビブリオの発見者であり、
魯迅の恩師である藤野厳九郎の甥でした。
彼は、「適塾で使用された物」を骨董屋から買い取っていました。
さらに、近代医学史を著作しています。
題名は、「医学史話・杉田玄白から福沢諭吉まで」を残しました。
この著作では、適塾での橋本左内について詳細な記述があります。
杉田玄白・橋本左内・藤野厳九郎・藤野恒三郎、
すべてが、わがふるさと福井県の出身者です。
私は、橋本左内はすこぶる知っていましたが、
「適塾での使用品」の多くが藤野恒三郎であり、
彼の著作を見つけたとき、体が震えました。
藤野恒三郎も阪大の名誉教授でした。
かくいう私も今年退官後、名誉教授号をいただきました。
私は、すでに廃刊となっている「医学史話」は再刊すべきと、
思い込んで、なんとかこの再刊をめざしています。
いづれ知られるのかもしれませんが、
橋本左内を語り、藤野恒三郎の所業と著作をもう一度語ること、
それこそ、私の役割だとこの数年携えてきました。
杉田玄白も福井県出身であり、
日本の近代医学は、解剖や外科手術、さらにワクチンなどを
私自身は、「先端医療デザイン」として引き継ぐこと、
それが、大阪大学でデザイナーとして大学人である意義だと、
心底から「使命観」にしています。
7/27、私は京都で循環器関係のドクターたちに、
「体内埋め込み電子医療機器」を紹介しました。
わが国は未だに海外製に頼っていますが、
現代日本の技術とデザインで開発するべきことを主張しました。


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「ヘッドホン選別の私のポイント提案です」


   


     12月 23rd, 2011  Posted 12:00 AM


Aurex時代に、ヘッドホンを
商品アイテム追加の企画をしました。
エレクトレットコンデンサーユニットで
ヘッドホン製品化です。
と同時に、手探りでヘッドホンデザインに取り組みました。
そしてAurexでは最も成功した商品展開になりました。
私にとってはプロになって最初にもがき苦しんだ経験でした。
人間工学として身体装着性、特に、頭部や耳殻周辺を学びました。
これが眼鏡フレームデザインの基礎になっています。
耳殻周辺の血管系とリンパ系を図解的に記憶しましたが、
博士号を取得してから、人体(死体)解剖で実際に確認もしています。
だから、ヘッドホンはどうあるべきかの私見を
明確に持っていると断言できます。
ベロシティタイプ(密封型)と
オープンエアータイプ(開放型)がありました。
以後この種別は進化してハイブリッド化したと思っています。
人間工学的には、自重と側圧の関係があります。
自重とはヘッドホン自体の重量です。
側圧は両耳への装着圧です。
この関係が意外とメチャクチャな設計が出回っていると判断しています。
この関係は自重と側圧は1:1か1:0.8が局部音場を耳殻周辺空間になります。
ヘッドホン自体、高額なモノは30万から数千円までの幅がありますが、
ヘッドホンをHiFi装置として
自分のパフォーマンス性で決定すればいいと考えます。
私自身は30点余り聴き比べて、現在愛用しているのは、
B&WとB&Oとを使い分けています。
両製品の徹底批評も心には持っていますが、私はデザイナーだから、
私自身のデザインが出来ればそれを書くことが出来ます。
さて、B&Wはクラッシックとボーカル、B&O はロックとジャズ系です。
これはそれぞれの音圧能率性能の設計ポイントが商品性になっています。
具体的には75dBあたりから90dBの音圧分布が
オープンエアー性能を決定づけるのです。
耳殻装着感覚に直ウレタン系と縫製ウレタンパッドの側圧が関係します。
したがって、自分の耳殻周辺音場づくりは
ヘッドホンの選別が決め手だということです。
そして、ヘッドホン選別は店頭では
耳に押しつけて試聴していてはわかりません。
耳に押しつけるのはベロシティタイプで試聴していることになります。
ともかくヘッドホンでHiFiを楽しむポイント探しが
オーディオライフなのです。
これが私のヘッドホン選別のポイント提案です。


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「デザインを読むという解釈」


   


     7月 15th, 2011  Posted 12:00 AM

デザインされたモノを知ること。
それはデザインを読み取るということ。
デザインの背景、動機、手法、意味などを
読む=解釈するということになります。
ユーザーにとっては、
デザインされたモノと対峙したとき、
その直感で自分との関係を知るだけのことです。
しかし、職能家としてのデザイナーならば、
デザインテーマ、すなわちデザインが問題解決したこと、
そのプロセスを読み取る=解釈することになります。
したがって自分のデザインではない他のデザイナーのモノ=作品ならば、
「解釈」への手続きは次の三つの段階を経ているでしょう。
まずテーマ・問題あるいは課題を解体したり解剖したり溶解します。
これは問題解決の最初の段階です。
ところが、他のデザイナーの問題解決ならば、
読み取り過ぎることが多々あることです。なければなりません。
その問題解決をしたデザイナー以上に深く、
あるいは大げさなほど知り尽くそうとするかも知れません。
それは解釈し過ぎになるでしょう。
けれども、デザインの本質にとっては、
デザインそのものの社会的職能意義を明確にする手続きです。
デザイン手法をさらに明確化する重大性があると私は考えています。
言い直せばデザインの解釈とはまさしくデザイン評論であり,
デザイン評価の根幹はこの解釈段階にあると思います。
問題自体の解体・解剖・溶解・分解を経て、
そのデザイン要素や要因を解釈・解説し直すという作業の重大さこそ、
デザインの本質を突き止める二段階目だということです。
ややもすれば読み取る「解釈」は、本来デザインをしたデザイナー、
その問題把握力を上回っているかもしれません。
しかし、デザイン評論やデザイン評価が必要だというのは、
この深読み解釈が次のデザイン手法をそのものを
拡大・進化させる大きな手かがりだと考えるべきでしょう。
無論、一つの方法論です。
私は、今や「天才」と言われる倉俣史朗の問題解決、
その手法から動機、結果、意味を深読み解釈しました。
私の深読みが彼を天才にならしめているとさえ思っています。
歴史は、後世その解釈によって、
歴史事実を小さな物語から大きな物語にします。
その中心人物こそヒーローでありリーダーであり天才となるのです。
そしてこの歴史記述こそ、
人間が綿々と連鎖させてきた「知恵」の集積という伝統だと考えます。
解釈をし尽くした時、人は「解放」されることになります。
それが問題解決した効果・結果ということでしょう。
今日、私は「「倉俣史朗のデザイン」」を、
デザイン界の形見として私の解釈を語るつもりです。

夢の形見に」講演会


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『資本主義からの逃走』
   「問題解決にはデザイン的な手法を」


   


     9月 29th, 2010  Posted 12:00 AM

解とは
時代は大きな変容を招いています。
しかし、その変容を受け入れる世界的な体制を怖がっているのかもしれません。
結局は問題解決でこの恐怖と対峙していくことです。
新しいことは、必ず問題解決に寄り添っています。
だから、問題を解決する方法がもっと詳細に考察されるべきでしょう。
デザインは、問題解決の実務的な手法です。
しかもそれは解決をつけた結果を「かたち」にすることができます。
ただし、その「かたち」は見えるモノもあれば、見えないコトもあります。
私なりの「解決」を紹介することにします。
これは文字「解」一つに集約しています。
この象形文字は、まさに角のある牛と刃物で構成されています。
見て分かります。角のある牛は、古代中国では「物」の原義でした。
つまり、物を刃物で切り裂いていく行為を表しています。
問題解決の三段階

 ■ 第一段階・分解したり、解体したり解剖します。
 ■ 第二段階・分解した物を解釈、解説、理解する必要があります。
 ■ 第三段階・理解すれば、気持ちが解放されることになります。

この三つの段階を問題視している「物」=対象に向けていくことです。
けれども、どうやって分解・解体・解剖するのかということが立ちはだかります。
アポリア
この段階をどうしても超えることができないことをアポリアと言います。
さて、20世紀に人類が残してきた様々な問題が、
アポリアになり過ぎていると言ってもいいかもしれません。
第一段階を営為する情報=知識や意識は、相当に人類は蓄積してきましたが、
この三つの段階それぞれが、何の決着をなぜ希求しているのか、
これこそ大きな問題になっているということです。
私は、デザイナーとしてデザイン実務で、
問題の問題を分解・解体・解剖することをめざしています。


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『資本主義からの逃走』
 「解にある三つの手続き=問題解決の三段階」


   


     3月 11th, 2010  Posted 1:46 AM


「解」という文字も素晴らしくわかりやすい漢字です。
角があるウシに刃物ですから、
そのまま、ウシという対象物を刃物で「解体」する、
と考えていいでしょう。
解体・分解・解剖
だから「対象物」を「解体・分解・解剖」する。
これを第一段階とします。
そうすると、
今度は、「解体や分解や解剖してみたモノやコトを」、
「解釈・解説し、理解」しなければなりません。
これが第二段階です。
解釈・解説・理解
そうして、解釈することができる。解説することができる。
こうしたことは、第一段階でのモノ・コトを、
理解しないと出来ないことです。
そうして、理解しているから解釈もできる・解説もできる、
ということにつながります。
解放
この第一段階・第二段階で、やっと「解放」されるのです。
つまり、そうだったのか、「答が見つかってホッとした」。
この問題から解放された。
それこそ、「問題解決」あるいは「難問解決」からの解放です。
これが、「問題」ー「解答」です。
これまで、
「話題」ー「応答」
「課題」ー「回答」
ということから、真に、デザイン解決というのは、
「問題解決」での「デザイン解答」であるべきなのです。
問題ー解答
ProblemーSolution
Design Problem—Design Solution
これに至るのは、
「解」と言う文字に潜んでいる三段階だと私は確信しています。


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