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Posts Tagged ‘言い訳’


3月10日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 10th, 2020  Posted 12:00 AM

3月10日 大安(壬子)

それでも、
その言い訳=デザイン意図には
理想や詩的な豊かさは
不可欠である。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』14 意味論としてのデザイン


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3月9日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 9th, 2020  Posted 12:00 AM

3月9日 仏滅(辛亥)

デザインの言い訳がデザイン意図で
あってもかまわない。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』14 意味論としてのデザイン


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6月4日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 4th, 2019  Posted 12:00 AM

6月4日 赤口(壬申)

デザインとは、
「モノづくりとコトづくりである」
という安易な言い訳程度の
定義を補強するには、
「モノづくりという
『かたち』のコトづくり」
とまで言い切っておく必要がある。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』6変形という観念としての裏切り


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03月03日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 3rd, 2018  Posted 12:00 AM

03月03日 仏滅(甲午)

私は、努力という言葉が大嫌いである。
なぜなら、
努力したからという
言い訳がましさが鼻につくからだ。
充分に努力を積み重ねたにもかかわらず、
思いどおりの結果を
出せない人もたくさんいる。
それはなぜだろうか?



『プレゼンテーションの極意』「口説き」、それは三位一体


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『自宅地下の駐車スペースは?!』


   


     3月 19th, 2015  Posted 12:00 AM


元々、ある大手企業の大阪本社ビル跡に、
私の自宅集合アパートがあり、地下4階までに各家別に自宅所有の
地下駐車場があります。
おそらく高層の集合アパートにこれだけの地下駐車場は建設困難。
私は車イスで車移動をする場合に、雨天の日などは、
屋外駐車場では、ずぶ濡れになってしまいます。そこで、
大阪では地下駐車場の完備しているところを探していました。
運良く、この地下4階までが自宅所有あるいは賃貸の駐車場、
これらが完備している所を見つけました。
しかもそれは耐震構造がどこまで整備されているかです。
地下4階まで掘り下げていることと、この建物は32階建てゆえに、
建設許可は国土交通省大臣許可が法的に必要とされています。
正直、これは稼働的な耐震構造ではありません。
構造材としての柱構造材はこの地下4階すべてで一応確認できました。
3.11以後には、可動式の耐震構造が商品化されていますが、
今回ゴム材製造大手企業のデータ改ざんを見ると情けなくなります。
わが国はいつ大地震が発生するかは全く不明です。
そこにつけ込んだこの構造素材のデータ改ざんはまさに儲け主義。
この企業トップがTV報道で、
自社企業社員の個人的作業とは言い訳にすぎません。
私は、最近、5000億企業志向と2兆企業志向へのデザイン導入を
図っていますが、企業トップの力量を存分に知ってしまいます。
つまり企業トップにしてしっかり、それぞれの企業社員にしての差異を
明確に見抜いてしまいますから、
耐震構造体でのデータ改ざんは正しく企業オーラがあるとするなら、
誤魔化しだらけの儲け主義企業の顔=イメージがあまりに明快です。
ところで、私の自宅はこのビルの32階トップにありますが、
もし、南海トラフになれば8階まで大津波が来るという予測です。
そうなると地下4階も水没します。
どうすれば?、というのも私のデザインテーマです。


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11月26日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 26th, 2011  Posted 10:00 AM

11月26日 赤口(甲申)

私は、努力という言葉が大嫌いである。
なぜなら、
努力したからという
言い訳がましさが鼻につくからだ。
充分に努力を積み重ねたにもかかわらず、
思いどおりの結果を
出せない人もたくさんいる。
それはなぜだろうか?

『プレゼンテーションの極意』「口説き」、それは三位一体

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『資本主義からの逃走』
「資本主義と民主主義の、andとorの集合論」


   


     12月 25th, 2009  Posted 10:00 AM

「政権交代」で静かな革命を進行してほしいものです。
ところが、相変わらずの「喧噪さ」は、
決して、マスコミでもなくて政治屋集団、自らの演出、
いや、見識無き騒動芸に過ぎないでしょう。


仕分け・仕訳


「仕分け」と言って騒いでいましたが、
「仕分け」には、
●「仕分け」と「仕訳」という日本語が二つあります。
そして、TVで観劇していると、
ほとんど「仕訳」でした。
「言い訳」をともかくさせたい、それが権力の行使だと
思っておられる政治屋さんが多いのです。
そして、
政治屋さんも、言い訳に、「民主主義が失われる-!」と、
絶叫されています。美しい姿勢ではありません。
正しい日本語で、「仕分け」と「仕訳」の報告が、
政治家の役目ですが、日本語がメチャクチャだから、
権力・国際関係・社会福祉・医療制度、・・にとどまらず
さらにインフルエンザ・台風・自殺が加算されています。
こうした言葉もメチャクチャです。

だから、私が「政治用語である民主主義」を信じません。
確信できるだけの経験がこれまでありませんでした。
多数決なんて、とても私には、その仲間には入れません。
逃げ出します。逃げ出しています。


「美しいかたちの世界に」


まだ私の懊悩の中にきっと潜んでいる「美」を
現前にしたい、その一心しかありません。
その一心にたち入ってくることや「喧噪」・「騒動」には、
私から攻撃を辞しません。
そこには多数決など民主主義の根本などありません。
「政権交代」で静かな革命を進行してほしいものです。
ところが、相変わらずの「喧噪さ」は、
決して、マスコミでもなくて政治屋集団、自らの演出、
いや、見識無き騒動芸に過ぎないでしょう。


and・or


論理を飛ばして、一括的な発言をすれば、
資本主義と民主主義のandとorという集合論は、
ありえません。
政権交代には、民主主義どころか、
最近では社会主義の革命ごっこであってほしいのですが・・・
 権力構造に、民主主義は消えています。
消えることは私には願ってもないことですが、
このような消え方は完全に、
自ら、政治屋である能なし集団を自己告白しています。


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