kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘誘導’


『見慣れている「場」のデザインは感情を撹乱している』


   


     7月 31st, 2017  Posted 1:22 AM



私の視線は車椅子上からは常に40年間一定です。
そしていつも気持ちがおかしくなるほど、
「変なデザイン」だと思ってきたのは
駅のプラットホームのこの不自然さなのです。
多分、これほどこの不自然さすなわち美しさなど皆無の「場」に、
大きな疑問を言い出すのは私ぐらいでしょう。
しかもそれなりに「鉄ちゃん」の一人なのです。
それは鉄道大好き人間なのです。
なのにこの不自然さを今主張しなければなりません。
日本が誇る新幹線の鉄道と点字ブロックが際立っている対比に、
美しさが大欠落していることに人間全てが目覚めてほしいいのです。
確かに、鉄道に誘導されている新幹線のデザインは、
車体デザインだけでは現在の駅・プラットフォームの「場」が、
破壊されていることに、感性を封鎖していることに気づくべきです。
それは風鈴の音がうるさいとか、
除夜の鐘は辞めるべきだとかラジオ体操の音、
子ども達の歓声が耐えがたい、
こうしたクレーム感情に連鎖したのだと思っています。
それならどうしてこの「場」の不自然さ、美の欠落にこそ、この感情、
すなわち、心の中に流れるドロドロの感覚を、清々しい感覚にすべきです。
プラットホームから、駅空間と列車のデザインは大変革をすべきなのです。


* 「メランコリー=悲哀・憂鬱の全否定が慈愛デザイン」
* 『もっと豊かな鉄道システムの統括デザインが急務』
* 『Zゲージで再確認するトランスポテーションの美しさ』
* 『いつも、なぜなんだって思う点字ブロックのこと』
* 「 視覚空間は存在しないことを認識する必要がある」


目次を見る

「ロケットとミサイルはグッドデザインの問題」


   


     4月 15th, 2012  Posted 12:00 AM


ロケットもミサイルも形態はほとんど同じです。
どう見ても「カッコいい」存在です。
しかし、北朝鮮の「ミサイル」は見事に失敗してくれました。
大迷惑な国家が存在しています。
なんとしても同胞の拉致問題が先送りされ続けています。
これも現代日本が抱えている最大問題です。
さて、ミサイルとロケットの違いは、
一言で言えば、推進力ある存在がロケット(エンジン)であり、
衛星や爆弾を飛翔誘導させる存在がミサイルです。
だから、ミサイルがロケットを積んでいることもあれば、
単に誘導させるだけならロケットではないということでしょうか。
1970年代に、ミサイルはその「かたち」からして、
美しくて機能性があるから「グッドデザイン」という概念を満たしている。
となれば、武器であるモノはすべからくグッドデザインであり、
デザインの本質との照合性が武器には最適合することになります。
グッドデザインは兵器デザインに適合してしまうという議論です。
当時から、この議論は棚上げされてきた大問題だったと思っています。
私が一応デザイン学者という立場を
最重要視すればこの問題に対峙しますが、
学者と言うより実務家デザイナーなので、
この問題は放り出してあることを正直に告白しておきます。
ロケットは、
自身の質量を失いながら推進力というエネルギーを使う存在ですが、
ミサイルは、誘導するモノがデザイン対象に照らし合えば、
もし爆弾という武器、衛星という兵器ならば、
決してグッドデザインではありません。
しかし、もし、誘導飛翔させるモノが文化性あれば、
その搭載しているミサイルは
グッドデザインとして評価できるということになります。
この関係は、原子力と放射能の関係に重畳しています。
原子力が原爆になること=兵器・武器であり、
放射能、つまり放射線が
人体の健康保健になっていれば善としての存在です。
民衆を飢えさせる独裁国家のミサイルは、
たとえ掲載されているモノ=誘導飛翔させられる
文化的衛星であっても、
それはグッドデザインであるはずがありません。
それにもまして、
誘導飛翔する機能性が不完全な設計であったわけですから、
元来、グッドデザインになる要因=factorは無かったということです。
ミサイルも原子力も、「矛盾」という大問題を人類に投げかけています。
私たちは、ミサイルや原子力を創り出してしまった以上、
この最適解をグッドデザイン評価に求めることも
一つの解決方法だと私は思っています。


目次を見る

『資本主義からの逃走』
  「Bit資本主義の「デザイン数理学」へ・3」


   


     1月 10th, 2010  Posted 1:00 AM



e-Management to exponent-Design Management


100110emanagement2

Atom的な「モノづくり」がBitなモノへの、
デザインへと必ず誘導するはずという予感があります。
exponentが術語で「指数」だと前述しました。
その代表的な三つの思考算式にふれておきます。
こうした思考を「デザイン数理学」にしたいのです。
新たなイデオロギーは、Bit-Designの具体化で、
経済論から制度論から文化構築の基盤になるでしょう。
「指数」というのは、Axでのxです。
日常的には会話用語として、
「物価指数」や「株価指数」などがあります。

これらは
● ラスパレス算式
● パーシェ算式
● フィッシャーの理想算式、までが生まれました。
こうしたことは、必ず「デザイン数理学」にします。
だから次世代のデザイン教育は、
こうしたことを理解できる資質が絶対に必要だ、
と、確信しているのです。
でも、安心してほしいのは「数学が得意」であるべき
なんてことを私は全く意図していません。
中学・高校の数学ではありません。
あれらは数学ではなくて数学的なパズルです。
数学的な思考を教え・学ぶという環境こそ本当は、
「デザイナー資質を育成する」場であるべきです。
実際には、ラスパレスが算式を考えていた同時代に、
マルクスは、見向きもしなかったのではないかとさえ、私は推察しているのです。
だから、「資本論」は「批判書」としても、
欠落部分が多いのです。


目次を見る