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Posts Tagged ‘谷町’


『標高100メートル自宅からの2018年1月7日の遠景』


   


     1月 9th, 2018  Posted 12:00 AM




一昨日、七草粥の後にワイフから今年に入って一番遠景が見える、とのこと。
この自宅には2006年から入居。
入居すると、直ぐに金沢21世紀美術館にて、
私の個展、それも丁度デザイナー仕事30年の集大成で
「川崎和男展・いのち きもち かたち」を開催。
しかし、最終頃には「敗血症・多臓器不全」となりました。
それは重篤と言われ、私は3度目の死線にいました。
2018年1月7日の谷町から、アベノハルカスが遠景に見えています。
正直、大阪に来て住居がやっと見つかって入居すぐに重篤になったのです。
遠景に見えるアベノハルカスは、私があそこには近鉄デパートがあり、
浪人時代1年を暮らして居て、予備校時代に美術学校へと思いを変えました。
この写真からは、雲の様子がやや怪しげです。
この雲が一筋事に明確になれば、
私の予測では「地震雲」として予知が可能になります。
すでに南海トラフでの大地震と大津波予測がありますから、
ややこの雲状態ならば大丈夫かもしれないという予知です。
「人生69年目」ですが、生は死への過程であり、
それが南海トラフではないことと、
北朝鮮からの攻撃ではないこをを願います。


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『自宅ある上町台地と真田丸という策略』


   


     11月 16th, 2016  Posted 12:00 AM



大河ドラマを3度もじっくりと観てしまいました。
最大の理由は、自宅が上町台地にあり、すぐ側が大阪城です。
そして現在の大阪城が徳川家の物であったことを初めて知りました。
豊臣家のお城は現在の大阪城の下に
植め込まれていたことを初めて知りました。
何と言っても、真田丸という出城の存在とその古地図が、
つい最近見つかったということと、籠城しているにも関わらず、
出城である真田丸が上町台地と湿原、そして南面に向かって自然堤防、
その地形をどれほど上手く使用していたかをとても興味深く観ました。
自宅は丁度、谷町という場所で、北面には大阪城があり、
なぜ、谷町・タニマチと呼んでいるのかもこの台地の地形にあること、
その理由は今なお自宅近辺には痕跡が残っていることを知りました。
私の先祖が紀州からの宮大工であり、豊臣家派であったことから、
福井県の、当時は山奥に逃げていったことも分かる気がしました、
10万の籠城に20万が戦闘をしてくる様子、
それに対しての真田丸での応戦ぶりがどれほど策略を仕掛けていたのかも
3度観ましたが、これからも何度も観てみたいと思っている有様です。
地形の利用や空堀された戦闘場の工作ぶり、
しかし、夏の陣、冬の陣で大阪城は火に包まれて消失するのです。
自宅近辺には適塾も残っています。
昨年は耐震補強されて頑丈な建屋になりました。
実は「KK適塾」での自分演出の音楽が定まらずのまま、
それでもこの真田丸という地形を使いこなしたデザイン=策略が明確。
デザインは、問題解決の策略という定義が、
21世紀になるやいなや、
中国がデザイン=策略という翻訳を与えたことが明白になりました。


* 「徳富蘇峰の評価も忘れられて・・・・」
* 『享保の手帖から私が学び直したこと』 
* 『パノラマ的な拡大は詳細を見詰めることだ』
* 『最近見なくなった竹藪、その思い出』
* 『「KK適塾」は日本からのデザイン思想と実務の発信』


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『日沈む景観であっても景気はデザインが主導する』


   


     6月 13th, 2016  Posted 12:00 AM



大阪城は現在、大阪谷町に残っています。
秀吉は日いずることと日沈むことの両方見ていたのだと思います。
大阪には夕陽丘と名前があるごとく、
日沈む美しさ、その「景観」の歴史性があります。
自分自身すでに大阪に住んで10年です。
そして自宅からは日沈む「景観」を毎日見詰めているのです。
遠方には瀬戸大橋や大阪湾までが見えるときもあります。
この10年大阪の景気は低迷を連続し、しかも大阪は犯罪が最多。
この10年大阪そして関西の景気は、少なからず行政力低下が、
「景気」刺激無能と、断言できると考えることが可能です。
理由は、産業の基盤である「金型づくり」は、
国内では25%のシェアを持っています。
ちなみに、関東62% 東海1% 中京12%で、技術力は中京です。
このことは自分が大阪にデザインの焦点を合わせてきた見通しでした。
大阪そして関西が例えば兵庫県の地場産業は他県を圧倒しています。
それなのに「なぜ、景気がこの低迷?」という理由を
昨日、この関西軸でデザイナーたちと対話をして、
関西のみならず日本全体での産業とデザインの関係を再整理しました。
無論、関西地方だけではなく、
日本全体のデザインと景気への期待観が終わっています。
しかし、自分が天職としてきた特に工業デザインにおいて、
決定的にある経営者から学ばされたことは、
「川崎さん、要求されるデザイン対価がこれだけなら、
デザイン料を2倍にすれば、デザイン効果は2倍になるね」、
この提案に震え上がった経験があります。
無論、この企業に不況の時代は皆無であり、業績はずば抜けています。
最近、デザイナーの若手は中国での仕事に惹かれているのは当然です。
若手から私にも中国依頼の仕事への参加を伝えてもらいます。
このことには「デザイン=策略」としている策略的な一党支配が明確です。
比して若手デザイナーの仕事を先人デザイナーが奪うことに平然たること、
さらに、盗作平然たることは絶対に許してはいけないのです。
「景気」を根本で変動させるデザインの再成立をめざします。

*『シュンペンターと象形文字を同次元に考える』
*『高層は50階以上がいいようだ』
*『景観への精神状況がそのままファッションに連鎖している』
*『悪夢は醒めたのだろうか・・・・・』
*『日本の低迷は企業経営前の知識不足』


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『2015年が明けて自宅からあべのハルカスを臨む』


   


     1月 12th, 2015  Posted 12:00 AM



自宅は大阪市谷町にあります。谷町だけれど海抜は高く28m程度。
したがって、32階トップに居るためにおおよそ120mから、
天王寺の通天閣からあべのハルカスを臨むことができます。
18歳の時は、天王寺で1年間浪人生活をしていましたから、
阿倍野には特別な思いがあり、毎日予備校に通いながらも、
近鉄デパートは予備校帰りの遊び場でした。
そこにあべのハルカスが建ちほこっています。
すでに大阪に住んで10年目になりますが行ったことがありません。
いつも、自宅から眺めているだけです。
32階ともなれば、相当に見晴らしがいいということになっていますが
私は、日本のいわゆる街の建築、そのいい加減な屋上づくり建設に
大がっかりしてしまいます。
私は、もし高層に住むとするならば、50階以上の高さが必要です。
でなければ、これから少なからず屋上の建築意匠は
徹底的に美しさが検討されるべきだと指摘しておきます。
さらに重大なのは消防自動車が消火につとめられる高さは11階まで、
だとするなら、その階以上の住人にとっての避難は、
停止したエレベーターは使えません。
私のマンション(日本ならではの呼称)にはヘリポートがありますが
使う事は不可能だと断言します。
理由はまず車イスの私はそのヘリポートには階段があり登れません。
また、この 10年、ヘリポートを利用した避難訓練、
それはヘリコプター訓練と住居者訓練が皆無だからです。
おそらく、日本の高層ビル屋上ヘリポートは使えないでしょう。
ならば米国流の50階からの避難用パラシュート製品開発が必要です。
今、危機解決学=コンシリエンスデザイン実務として、
高層ビル用のエレベーター=災害事に運用可能安全装置化と、
高層ビル避難用のパラシュート製品開発を急ぐべきだと提案します。


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