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Posts Tagged ‘貢献’


『車は凶器で問題解決のデザインでこそ制度設計が出来る』


   


     5月 15th, 2019  Posted 12:00 AM



令和になって、まだ生まれて2年だけの幼児が
巻き込まれた悲惨な交通事故でした。
報道番組では、この問題解決には、
何の対策も語られていませんでした。
どうやっても、自動車は凶器にもなってしまいます。
以前、私立大でのデザイン課題にこの種の問題解決が出され 、
人間と車の関係が論じられていました。
結局は、水タンク、道路の整備、自動車のハードウエア改善でした。
おそらく、この程度でしか対応がとれず、
保育士さんのこれまで培われた
ノウハウやシステムでの徹底保護でも無理でした。
日本は車優先の道路づくり=道に人間だけに車が進み、
欧米諸国との馬車と人間だけの歩行者への対策対応が遅れ、
道と車のデザイン解決が全くつながっていないのです。 
自動車が凶器である以上、「倫理観」だけでは解決しません。
大きな制度改革が必要です。
なんとしても、デザインが車と人間との関係調和に
全力で貢献できるよう交通被災者の一人として、
いつか、私の体験を書き、デザイナーとして望んでいます。


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『久しぶりに教科書的なMac駆動を再勉強しています』


   


     4月 22nd, 2019  Posted 12:00 AM



パソコン用コンテンツのいわゆる教科書的な本を買いました。
「ClarisCAD」はMac用ソフトで、
私が最初に、パソコン用の教科書的な実用本を書きました。
事務所のスタッフが数人で、内容をまとめた書籍でした。
当時から、少数のMac派だった私は、デザイン業にはこれが必須だと
言い続けてきました。その普及のためにノウハウ本が必要でした。
日本の経済においては、デザイン界はまだまだ責任もなく力もありません。
海外のデザイナーは、国家戦略的に支援を受けて日本においても、
売り込みを行いますが、日本のデザイン・デザイナーは経済産業省に属し、
工業立国としての日本、その輸出にも貢献している割には、
とくに後ろ盾もなく孤高な取り組みを遂行しています。
本来は「デザイン省」が必要だと考えますが、なかなか難しいでしょう。
日本が遅れているのは、グローバル・貨幣価値、さらにMac派が、
たった5%というところです。
デザイン学科でMacでないのは間違っています。
工業社会が95%という大多数がWindowsシリーズでは、
リエンジニアリングも叶いません。
イノベーションなんて不可能です。
それが、国策である日本のモノづくりでは大きな理由です。
今回購入した教科書的な本は、
自分なりのHTMLを直そうと思ってのことです。
そういえば、BBSでのSouceカードも捨てました。
おそらく、Macintosh512KでスタッフにBBSを、
電話通信では、300ボー、それに1200ボー(=国内で3番目)まで、
私の生涯は、パソコンの歴史とともに歩んできました。

「ClarisCAD」

512K


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staffblog 9月30日


   


     9月 30th, 2016  Posted 11:16 PM

9月30日

この度、川崎は、
越前市より、
市政功労賞を賜ることになりました。
越前市における伝統工芸の
継承・革新への貢献を讃えられました。

式を明日に控えた本日、
タケフナイフビレッジを中心とした、
和紙、漆器の伝統工芸士や
若手の方々による
お祝いの会にお招きいただきました。


合間合間に皆様から懐かしい思い出話も。


懐かしい話の中に、今の若手への言葉が
たくさん盛り込まれていました。


お祝いのケーキまでご準備いただきました。


そのあたたかさに目頭が熱くなりました。


たくさんの方と握手を交わしました。






涙と笑顔に溢れた素敵な会でした。
ありがとうございました。


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『マンガ表現での瞳表現、そのインターラクション』


   


     6月 8th, 2016  Posted 12:00 AM



日本の漫画はすでにマンガ=「manga」となって、
表現物の大きな文化性を国際化しています。
遺伝子に漫画印象が組み込まれているかどうかは
未だ定かではありませんし、
遺伝子を調整細胞として制御しているかどうかの研究もまだ最中です。
マンガを読むというライフ・ログとしての記録化と遺伝子関係は疑問です。
少なからず、ロボットを漫画で読んできた我々には、
確実なライフ・ログに組み込まれていることは間違いないと思っています。
たとえば、ロボットは日本の子どもたちは怖がりませんが、
欧米では、
子どもたちはロボットの存在に恐れをもっています。
またこの印象度を利用した「ゆるキャラ」はブームとなっていますが、
デザインが貢献しているのは「くまモン」のみと言い切ることが可能です。
なぜなら「くまモン」には明確なデザイン成果があります。
あとの「ゆるキャラ」となると、商業主義的な悲惨さがあふれています。
こうしたマンガやゆるキャラには、明確な分類ができます。
それは「顔表情での目」その表現にあります。
二つに分類されています。
黒い点だけと、白い中に瞳の黒点、この二つについては
阪大、私の研究室で黒い点に絞った研究が修士論文でまとめられました。
黒い点というだけの顔の中の配置だけで喜怒哀楽が表現されて、
黒い点の瞳感覚で充分に感情表現が可能だという結論を得ています。
むしろ、白い中の黒点瞳表現は、感情表現の限界を示し、
かつ、マンガでの顔表現では経年変化をすることが明らかです。
つまり、黒点瞳での顔表現は、生き物の顔表現を統合しているという
その結論は、
今後のロボティックスのインターラクションに繋がっていくでしょう。

*『キティちゃんにて確認できる「安全と安心」』
*『心を持つロボット表現として、「泣き出す表情」』
*『漫画・アニメーションにみる日本独自のロボット観』
*『VFXのロボットが柔らかくなっているのは進化?』
*『ロボットが『心』を持っている?かどうか、ということ』


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『公式ロゴタイプのデザイン仕様を検証』


   


     2月 14th, 2014  Posted 12:00 AM



オリンピックのデザインはその国のデザイン力を示しています。
現代オリンピックのデザイン表現にはかつての日本デザインが、
大きく貢献していることを、美大生時代に知りました。
このところ、日本の各種スポーツ選手たちの活動を観るため、
寝不足が続いています。
しかし、4年間以上も彼らの果たしてきた自己修練を知る度に、
彼らがメダリストでなくても心から敬意をはらいます。
オリンピックという最高の場面に出場出来る鍛錬された能力、
この素晴らしさを人生の姿勢にした、
そのことは、明らかに思想の一つでしょう。
彼らの存在をデザインが取り囲んでいます。
開催地毎の「オリンピックロゴタイプ」には、
そのオリンピックに選ばれたフォントスタイルと、
デザイン仕様としての形態設計・レタースペース・カラー仕様で、
私はその大会デザイン全体の美配慮レベル検証が可能です。
ソチ五輪のロゴタイプは、ハーバート・バイヤー的なレタリング、
したがって直線とR曲線との視覚的整合性は「ややマトモ」です。
「ややマトモ」というのは、レタースペース堅持を要素として、
その表現だけの拘りを認め、革新性は避けています。
したがって「ややマトモ」な表現では正当性確認だけが可能です。
決して、新たなデザイン表現要素を見いだすことは出来ません。
それは情報時代に即した表現傾向がこの国のデザイン界能力です。
しかし、このロゴタイプで徹底されたデザイン表現を
未だに知らない企業がわが国には随分あることが、
私はとても問題だと指摘しておきます。
おそらく、このオリンピックのロゴタイプデザインを
とりわけ、企業幹部が感じ取れないのだとしたら、
それこそがわが国のデザインへの企業感性だと私は思っています。
私はこのロゴの美も現代性確認として企業は熟知すべきです。

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『ロシアでの冬期オリンピックに象徴されていたこと』
「デザイン基礎力の一つから現代社名ロゴをみると」
「ビジュアルC.I.ロゴタイプの基本はレタリング技能」

 


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