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Posts Tagged ‘趣味’


『情報戦とマッハ戦から無関係であってほしい』


   


     10月 6th, 2017  Posted 12:00 AM



敗戦国には隠れた剥ぎ取られている技術進化があります。
それは機械工学=テクノロジー・エンジニアリング・テクニックがあります。
それは特にインダストリアルデザイン・プロダクトデザインにも
大きな影響を残していますが、そのことに気づかない悔しさがあります。
それは敗戦国家が欠落しているテクノロジーです。
私自身、知る必要など無いと思ってきましたが、
トゥルーズに行ってドイツ人デザイナーと仲良くなったときに、
彼は酔いも手伝ってこんなことを言いました。
もし今度世界大戦になったら、日独伊同盟などしないでおこう、と。
なぜなら、現代の特にジャンボジェットは、
日本人とドイツ人がいなかったら「絶対に進化していない」こと。
拳銃デザインは必ず著名デザイナーの作品であることでした。
ようやく、日本も飛行機が創れるようになりました。
それでもなかなか商品展開出来ていません。
とりわけ人間工学という本来の軍事技術は、日本では特殊な領域だけです。
私は軍事技術が素晴らしいと言っているわけではありませんが、
拳銃からジェットそれも戦闘機は個人的にも私の知識+見識にしています。
そして、日本のH2Aロケットは、直ぐにミサイルになります。
紹介するXASM-3は日本のあの零戦以来の対空ミサイル戦闘機としては、
第5世代戦闘機として、とても優れているということです。
わが国は原爆被災の敗戦国家ゆえに軍事技術に詳しい必要無しですが、
デザイナー、とりわけ工業デザインならば知り尽くす必要があると、
私自身は伝えたいと思っているからです。
ファントムという戦闘機を趣味で真剣に調べていたころ、
戦闘機とマッハ=音速のことでは、
日本の戦闘機はユーロジェット音速2.0には負けていて音速1.8かとか、
そんなことに一喜一憂していた時期があり、
少数の男の教え子には講義の途中にそんな話をした程度です。
今、私は改めて第六世代の軍用駆逐艦や軍用機器が見えだしたなら、
このマッハ4.0とも言われる大型ミサイル戦闘機が
決して使われないことを祈るばかりです。


* 「H2Aロケット・はやぶさ・しらせ=日本技術の結集象徴」
* 『完全命中の投げる行為がミサイルであるという知識』
* 『あの街から知識が近づいてきていた』
* 「素材革新での造形言語が与えた影響は形態言語すら変更」
* 「デザインは記号論的な『造形言語と形態言語』での論理化」


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『人形には未来のロボットへのヒントがある』


   


     8月 5th, 2017  Posted 12:00 AM



人形の収集ということを、
私は若い頃オーディオ評論家のS先生から学びました。
陶磁器でのある人形シリーズは私の趣味で持っています。
そうしたら、先般、ワイフがこれで3体全部揃ったとかで、拝見です。
「バービー人形ルブタン」シリーズでした。
こんなの持っているんだと思ってしげしげと眺めました。
なんでもバービー人形50周年記念(2010)での
クリスチャン・ルブタンとのコラボレーションでした。
ルブタンはそれこそ、靴底を真っ赤にしているだけでブランド存在を
明確にしている著名な靴メーカーです。
フランス本店は、それほど大したことはない、と思っています。
まぁ大抵有名ブランドの本店はむしろ日本だったり海外の方がいいです。
なんでも、このバービー人形のルブタンシリーズでは一体が見つからず、
ワイフはinternetで検索をしながらやっと手に入ったとかです。
しかも彼女の趣味での人形は、バービーだけではなくてブライスもあり、
彼女の収集品は年々、高額になっていくという不思議さがあります。
正直なところ、私はあるときに靴ひもを赤に決めたら、
翌年からイタリアで流行しだしました。
それで靴底も真っ赤にすることにしたのです。
そのために靴ひもも靴底も赤色素材や、
皮革の染め上げを赤色染料なども調べたことがあります。
私がオーディオ評論家のS先生から教わったのはすべて西洋人形でした。
「人形」には何かしら不気味さがあります。
しかし、バービー人形やブライスなどにはそれが余り無いように思うのです。
おそらく、人形においてもロボットのごとく、
あの「不気味の谷」論理があてはまっているのかもしれません。
現在のロボットはまだまだ玩具でしかありませんが、
バービーやブライス、西洋人形は玩具性を超えています。
やがてとんでもない進化がロボットに起こるでしょう。


* 「ブライスというたかが人形に、されどの本質」
* 「赤い靴はーいてた♪・・・靴紐は赤に!」
* 『赤・この色がブランドを決定づけている』
* 「本当は地味なのに」
* 『ロボットに工学設計はあってもデザインされていない』


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『ふるさと納税に私デザインのカートリッジを発見』


   


     8月 2nd, 2017  Posted 12:00 AM



ふるさと納税に、若き日の私デザインがまた選ばれていました。
ふるさと納税は、福井県西川知事の提案から始まりましたが、
今日の納税お礼品競争を危惧されていました。
案の上、ふるさと納税のお礼商品競争になっています。
ふるさと納税での成功と大失敗があるようです。
先般、私デザインのキッチンナイフは
福井県越前市のお礼品になりました。
ワイフは全国各地のフルーツや肉などを選んでいて、
山形県東根市のふるさと納税で、この商品を見つけたのです。
もうこの企業は解散しましたが、ナガオカブランドで、
かつて私がデザインしたカートリッジがそれも6種あるのです。
本来は「ジュエルトーン」ブランドで、この商品シリーズを企画し、
パッケージ、カタログイラストレーションまでデザインしました。
このブログでも取り上げています。
今再びレコードプレーヤーがブームになってきました。
1978〜79年代の作品ですからロングライフ商品になっていると自負します。
一度、オーディオショップで見つけて全種類を買おうと思いましたが
カートリッジは10000円から70000円という高額商品です。
当時はほとんど不可能と言われていた厚肉透明アクリルカバーのパッケージ、
カートリッジ振動を制御するシェルとの整合性までを簡潔に設計、
かなり満足したデザイン仕上げになっています。
山形県には親友もいますし、私の助教の出身地ゆえ、
「東根市ってどんな街」と聞いているぐらいです。
カートリッジにはMM型・MC型まで、さらに、シェル、リード線と、
LPレコードを楽しむ「大人の男の趣味」です。
いづれ全種類を私デザインの資料・音質チェックにします。
是非、東根市に納税してこのカートリッジで聴き比べてください。



* 『アナログの極致=レコード再生のカートリッジ』
* 「カートリッジデザインのフィニッシュワーク」
* 『カートリッジの性能をさらにアップさせるために』
* 『LPの音は聴覚という触覚感覚でありそのためのしつらえ』
* 『LPレコードのアーカイブが出来上がりつつある』


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『万年筆のミュージックタイプとインクで筆跡品格が可能』


   


     1月 5th, 2017  Posted 12:00 AM



今年最初のモノ、随分と悩みました。
なぜなら、ここで語りたいのはどうしても趣味やコレクション。
文具やオーディオや鉄道模型などもはやコレクションもここまでなのです。
となると、もう通常最も使用していて、それも最近の時流が進化しているモノ。
こうなると、万年筆もまずその典型はモンブランとペリカン。
しかもいわゆるミュージックタイプと言われている、
本来は楽譜記述用になってしまいます。
これでカリグラフィーが可能というのは私には理解できません。
なぜならカリグラフィーならこれは絶対にペンであるべきというのが、
自分流の決定事項なのです。それはペンと身体のトレーニングに
最も自分なりの訓練が身体化しているべきだと思うからです。
この典型的で日常的な万年筆ならば、
モンブランとペリカンという選択には全く冒険心はないのです。
そこでディポンの「ベルサイユ宮殿」ともなれば、
これを差し出せば、万年筆コレクターとは深い話が出来ることになります。
そしていよいよ最近は一段と進化しているインクになります。
このインクは日本の伝統色が基本になっていて、
知る人ぞ知るインクだと断言できます。実はこれは友人からのプレゼントです。
さて毛筆タッチとカリグラフィーの関係は絶対に身体化された訓練が必要だと
私は絶対に主張しておきたいと思います。
カリグラフィーであれ、毛筆であれ、
このトレーニングをマスターしたモノは
まだ見たことがありませんが、毛筆、いわゆる書道とカリグラフィー、
この訓練こそ今は絶対に必要であり、それを成し遂げるインク、
この会話が出来ることほど、古風と言われようが、
実は筆跡の品格だと私は確信しています。



* 『黒板を集団の発想道具としての未来ボードデザインへ』
* 『毛筆も万年筆も細軸だから可能になる運筆がある』
* 『硯箱を整理しながら・・・』
* 『イコン=アイコンが明解なモンブランとペリカン』
* 『ペンホルダーある組み合わせの筆記具は自分表現』


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『謹賀新年・2017年新春あけましておめでとうございます』


   


     1月 1st, 2017  Posted 12:00 AM



新しい年をむかえます。
すでにこのブログを書き出して11年、それも毎日、
しかし、最近は時々休筆します。
そうすると、「病気?」と尋ねられますから、
無理をしていたこともありました。
また、そんなに厳密に書こうとも思っていませんから、
国語作文にならず、誤字脱字などはお許しください。
初期には2000文字だった時もありますが、文章が長文だと、
あまり読まれませんから、800文字と写真も、
慌ててその場雰囲気ゆえ、車椅子姿勢での写真失敗もホントに多いです。
ただ、私としては、問題意識や時代を「徒然=つれづれに」、
あくまでもデザインに拘っています。
おそらくテーマは、デザイン・文房具・オーディオ・趣味、
そしてファッション系になるでしょう。
「基幹産業」での日本復興を目論見ます。
本年はもっと気楽に休筆もたびたびと思いますが、
ご笑読をいただきますことよろしくお願いします。


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『見つけた1.3mm芯のシャープペンシルの効能性と機能性』


   


     10月 9th, 2016  Posted 12:00 AM



スケッチは鉛筆に限ると思っていました。
2Bか6Bと決定していましたが、万年筆を趣味としている自分には、
シャープペンシルは考えていませんでしたが、5mm芯でのスケッチペン。
その代表例は研究室にも揃えていますが、
先般、大学内である研究科長は自分が文具大賞の審査委員長ということで、
専門外の話で、1.3mmが如何に優れているかという話でもりあがり、
大学内では面談時間が限定されているだけに、秘書や助教が焦りました。
話は1.3mm芯とそのペン軸の話は
おそらくこれからも大きな話題になるでしょう。
最近は0.3mmで折れないシャープペンシルが話題ですが、
確かに1.3mmペンシルル芯は全く最適でした。
確かにスケッチにとっては、「適合している用紙」と「描く」ことです。
自分の主張は用紙の開発もありますが、「描く」ことが「書くことよりも、
発想の基本中の基本と考えています。
なぜなら、「夢は描く」のです。「書くことは欠くこと」。
欠落を埋めるだけですが、「描く」ことが生徒の時代に絵を描いて、
その評価を「下手くそ」とも言う教育者は、
その生徒の夢を奪い取っていると考えていただきたい。
鉛筆はもとよりスケッチペンは発想の文房具だと強く主張しておきます。



* 『まだまだ進化するシャープペンシル、だが作法がない』
* 『書く事のモノは最初から進化を続けている』
* 「プロとして元気の素は鉛筆への作法」
* 『鉛筆・最も基本的なモノにスタイラスもなってほしい』
* 『スケッチペンは脳と手の気分的な発想回路を動かす』


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『切手収集は子どもの頃から、そして今では趣味』


   


     9月 11th, 2016  Posted 12:00 AM



趣味という世界は、特に男にとっては
子どもの頃=男の子としてスタートするものです。
しかし、最近は○○ガールとか○○○女子というコトの方が増えました。
これが現代性では「いかに女性の方が優れてきた」かということです。
さて、自分自身は何でもすぐに趣味の世界に飛び込んでしまいます。
これは明らかに一人っ子であったことで、一人遊びに熱中していたからです。
自分の趣味性は、いわゆる男の子として知らないことを増やす癖、ゆえに、
切手、古銭、マッチ、牛乳の蓋、タバコのパッケージ、一升瓶の蓋など、
一通りそんなモノの収集癖が趣味の世界に近づいたのだと思います。
結局、美大進学から最終的には今なおオーディオの世界で、
それを職能とするデザイナーになりました。
最近も、阪大病院には郵便局があって、立ち寄れば切手を買っています。
が、それは手紙を書いたときには、季節毎や時代風を選んでしまうものです。
しかも、今では自分の切手も作品写真でつくることが可能になりました。
手紙を書いたときにどの切手を選んで貼るかは楽しみの一つになっています。

+切手は、日本の伝統色と浮世絵シリーズと東海道五十三次シリーズ

* 『書を教えるべきだったー和紙の味覚、趣味の聴覚を』
* 『ずばり、自分ぴったしのモノ世界のモノマガだ』
* 『ウォッチよりも妖怪メダルに意味がある、と思う』
* 「ブライスというたかが人形に、されどの本質」
* 『物欲によるモノの美と美あるコトへの自分』


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『書を教えるべきだったー和紙の味覚、趣味の聴覚を』


   


     7月 19th, 2016  Posted 12:00 AM



衝動的に「書道俱楽部」をFB上に創りました。
日本デザイナー「衝動」俱楽部としたところから始まったからでした。
これは若手デザイナーの太刀川氏が書道を始めて、そのことのやりとりで
やっとデザイナーにその仲間らしき人物が次世代に現れたと思っていました。
「日本デザイナー書道俱楽部」を二人っきりでスタートしたところ
徐々にメンバー参加が出てきてくれました。
そして「しまった」という事態も知ることができました。
最も、大学人になって以来、あれもこれも伝えたい教えたいということは、
デザイン以外にいっぱいありました。
カメラ、オーディオ、モデルガン、ナイフ、鉄道模型、万年筆、
すなわち自分の趣味、こだわりでした。
こだわりというのは拘りという表現で狭く取られていますが、
本来は「木垂れ」からの派生の歴史がありますから、
デザイナーは知識から発想の知恵にいたるまでを自分が恩師たちから
教えられたようにと思いながら、本当に教育は困難なことです。
さて、書道では、筆と和紙、それから硯、硯石、毛氈と至ります。
とりわけ紙墨相発というように、和紙はその根元を伝えなければなりません。
和紙には「味」、まさしく舌で感じる味覚があるのです。
紙パルプにない、草紙というのではない、雁皮・三椏・楮の味です。
有名な和紙や書道具店では、「紙、舐めていいですか」って言うから
すごく嫌われていますが、硯、硯石も舐めることが肝心です。
だから、新素材も舐めること、味覚と聴覚で確認することにしています。
こうしたことを次世代デザイナーには伝えて継承していってほしいのです。
でも、ともかく「日本デザイナー書道俱楽部」が出来て、
にんまりと喜んでいたら、ワイフから、
「よくそこまでやりたいのね」と言われましたが、
これが本当にデザインを教えていく根本だと信じています。


* 『紙墨相発・電子ペンとノートとのインターラクション』
* 『ペン・ボールペン、そしてスタイラス、この進化を追う』
* 「ひらがな練習」
* 「もう一度、漢字と『書』へ」
* 『納得出来ない日本の伝統技=和紙の切り売りと分断化』


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『ずばり、自分ぴったしのモノ世界のモノマガだ』


   


     5月 3rd, 2016  Posted 12:00 AM



「mono」マガという雑誌は、創刊時の編集長から代々の編集長が知人です。
現在の編集長は日本文具大賞の審査委員です。
編集長に文具のデザイン評価をしてもらっています。
そして、この5.16号の特集記事は、なんと、私の趣味が結集。
ワイフは、「ああ、とんでもない特集号・・・」と言いました。
「オーディオ」・再度ブーム来たるか!
「万年筆」・これもブームで、なんたることは1000万クラスが紹介。
「日本のジーンズ」・ジーンズは最近の若者には人気がないとか?
ということで、さてさて、熟読開始でした。
しかし、オーディオは元来ほとんどプロでしたし、
現在自宅のオーディオ環境は絶対に最高級環境を常に再考リニュアル!
それだけに、現在のオーディオはなんと遅れた商品開発なんだってこと。
全くデザイン依頼もされないし1970年代のブーム技術がデジタル化だが、
哀しくなる商品が多くて、でもかつての私の商品は今も生きていました。
万年筆に至っては最高品が1400万円かい!っていうやや怒り。
でも、このクラスになるとやっぱりクリップはこの形態になります。
そして、万年筆選別は極めて正確ながら、あれが無いとかです。
最近の若者はジーンズをはかないから、車にも興味が無いと聞きますが、
実は、ジーンズの生地、そして縫製は日本が世界でトップであること。
もっと若者は知るべきだと思います。
この「モノ」に関わることで「蘊蓄の箪笥100」は、
代々の編集長にこれだけの出版を願っています。
そして、「なんで、聞いてくれなかったのだろう?」
「なんで、デザイン依頼が無いのだろう?」
スタッフは、「決まっているでしょ、怖がられているからです」と。
んー・・・・そうなんだと納得です。

*『失われてしまっているジャーナリズムは雑誌に歴然』
*『売れるより売る文具大賞グランプリ』
*『装飾はデザインにあらず、されど装飾はデザイン可』
*『LTRASONE・問題解決を成し遂げているヘッドホン』
*『青は藍より出でて青し、ジーンズを見つめて』


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『カメラの増大=視点が社会制度に組まれていく恐怖』


   


     4月 7th, 2016  Posted 12:00 AM



iPhoneはじめスマホになって以来、
カメラは生活に最接近したモノになってしまいました。
カメラは記録機器でありますが、その撮影されたコトが
表現される場は、このブログもそうですが、SNSと結びつき、
Twitter、Facebookどころか、今では写真中心のInstagramにまで
様々な表現それは自己表現風、自己表現的な写真本来の目的が拡大です。
僕はなるべくカメラを自分の収集目的や趣味にはしないと決めていますが、
気がついたら、なんと、なるべく高性能で使い勝手を
自分流に判断をするとともに、海外製まで手に入れています。
現代、カメラは自分のもう一つのeye-pointどころか、
表現道具として、この技術進化は空恐ろしい状況になっています。
自宅や研究室にもカメラはいつでもいわゆる「監視の目」です。
これは大きな問題提起を投げかけています。
実際、最近の防犯はカメラが目となっていて、
犯人逮捕も防犯カメラのデータに頼っていることが増加しています。
スマホを持参していることで、人は、自分の目だけではなく、
記録媒体として、写真どころかビデオやムービーにまでが
あたかも社会性の善悪判断、その要因になってきています。
それこそ、表現はジャーナリズム化=日々の記録となり、
そのジャーナリスティックな判断をある意味では放棄しているのです。
それは、表現者のカメラという道具、プロのジャーナリズムの道具が、
一般化することで、社会判断を鈍化させていることになります。
人間は「消失点」を持っています。
しかし、カメラの消失点は制御可能です。
さらに、人間の視覚は最も遠景=星を見つける光年、
その距離感把握能力があり、
現代のカメラ=もう一つの視点・eye-pointがある意味を
十二分に検討する必要があると判断しています。


*『視覚空間は存在しないことを認識する必要がある』
*「岸辺のアルバム=家族平和とは安泰」
*『彼は映画の社会的メッセージを知り尽くしている』
*『デジタルカメラはなるべく買い換えない』
*『負のサイクルを即刻停止させるデザイン』


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