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Posts Tagged ‘趣味性’


『「無線化」には秘匿性とHiFiの有無がある』


   


     1月 19th, 2017  Posted 12:00 AM



またヘッドホンを手にいれました。
それも重量は320gもありますが、とてもHiFiです。
私がAurexでヘッドホンをデザインしていた当時に気づいていた、
自重と側圧の関係をこのメーカー知り尽くしていました。
おそらく1975年頃150 gのヘッドホンは私が最初に可能にしたと思います。
そして、もっと重要なことを記述しなければなりません。
それは「無線化」の現在には、大きな誤解が残っていることです。
WiFiとBluetoothの違いも分からずに、
IoTやBig Dataは絶対に語るべきではありません。
WiFiとBluetoothを明確に分別するのは無線化による「秘匿性の管理」です。
そしてもっと重大なことは無線化によるノイズ性の問題解決技術のこと。
Bluetoothは、3.0あたりから、無線化でも素晴らしくノイズ性が
見事に解決されてきたことです。
このヘッドホンはBluetooth4.2ゆえに、私にしてみれば、
やっとHiFiに近づいてきたと認めざるをえません。
ただ残念なことは二つあります。
一つは海外製であることとHiFi性をすっかり日本は失ってしまった技術です。
もう一つは、電磁波停止にはまだまだ至っていないことは重大です。
ヘッドホンもインナーホンも、いづれも
電磁波を制御出来るメーカー製はとても高額、ほぼ30~60万円です。
結局、無線化の最終目標は電源から電圧電流が可能になることでしょう。
それにしてもまだまだ無線化のWiFiとBluetoothを使い勝手によって、
性能と機能は全く解決されていないことはデザイナー主導が当然なのです。
私はまたワイフに叱られながらもこのヘッドホンでHiFiとノイズフリーを
明確に確かめました。
ワイフに聴かせると「断然に凄いいい音!」と言ってくれました。
ちょっと私の趣味性が理解されたものと思う次第です。(笑)
*Master & Dynamics MW60



* 「ヘッドホンから始まりました・・・」
* 『なぜ、私がヘッドホンにこだわるのか』
* 『音場と音場と局部音場のためのワイヤレスヘッドホン』
* 『アレロパシーとして電磁波を制御せよ』
* 『ULTRASONE・問題解決を成し遂げているヘッドホン』


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『切手収集は子どもの頃から、そして今では趣味』


   


     9月 11th, 2016  Posted 12:00 AM



趣味という世界は、特に男にとっては
子どもの頃=男の子としてスタートするものです。
しかし、最近は○○ガールとか○○○女子というコトの方が増えました。
これが現代性では「いかに女性の方が優れてきた」かということです。
さて、自分自身は何でもすぐに趣味の世界に飛び込んでしまいます。
これは明らかに一人っ子であったことで、一人遊びに熱中していたからです。
自分の趣味性は、いわゆる男の子として知らないことを増やす癖、ゆえに、
切手、古銭、マッチ、牛乳の蓋、タバコのパッケージ、一升瓶の蓋など、
一通りそんなモノの収集癖が趣味の世界に近づいたのだと思います。
結局、美大進学から最終的には今なおオーディオの世界で、
それを職能とするデザイナーになりました。
最近も、阪大病院には郵便局があって、立ち寄れば切手を買っています。
が、それは手紙を書いたときには、季節毎や時代風を選んでしまうものです。
しかも、今では自分の切手も作品写真でつくることが可能になりました。
手紙を書いたときにどの切手を選んで貼るかは楽しみの一つになっています。

+切手は、日本の伝統色と浮世絵シリーズと東海道五十三次シリーズ

* 『書を教えるべきだったー和紙の味覚、趣味の聴覚を』
* 『ずばり、自分ぴったしのモノ世界のモノマガだ』
* 『ウォッチよりも妖怪メダルに意味がある、と思う』
* 「ブライスというたかが人形に、されどの本質」
* 『物欲によるモノの美と美あるコトへの自分』


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「葉巻文化、その道具こそプロのデザイナーの仕事だ」


   


     12月 13th, 2015  Posted 12:00 AM



プロが、自分の趣味性を追いかける、というのは
賛成反対が必ずおこるものです。
しかし、私は大賛成です。
私もデザイナーですが、オーディオやその他いろいろを
本当はプロとして、製品化し商品展開したいと望んでいます。
「葉巻」に凝り出したのは60歳を過ぎてからです。
心臓を痛めてからは絶対禁煙に徹してきました。
それは周囲の友人達も巻き込んで、禁煙、禁煙と言ってきました。
しかも、禁煙と癌の関係も徹底して自分なりに知識を深めたはずです。
ところが、60歳から、喫煙だけど葉巻を初めから学び直しました。
確かに、喫煙は葉巻といえども関係があるようですが、
それ以上に「葉巻文化」はとても見逃せないほど豊穣にあふれた世界。
これを知らずして、人間を辞めるわけにはいかないと決めました。
そうしたら、仲間が出てきました。
葉巻にはその種の試験で専門家になることもできます。
それに挑戦とか言ったら、そこまでは望んでいないと、
教わった人から言われましたが、プロのデザイナーは、
しっかりと、葉巻用の灰皿?どころか、とうとうカッターまで商品化です。
うーん、まいった。ここまでやるか!とかになり、
それならクラブも創ろうとまでなっています。
このページでブログも書くよ、と言いながら、世情に振り回されて
とうとう、やっと、じっくりとブログアップできます。
「葉巻文化」は、まさに素晴らしい文化であり、
それが癌になるとか、確かに科学的なエビデンスは無視できませんが、
「葉巻文化」の下に、重要な葉巻道具をプロとして製品化し、
とうとう商品化とは、とても私は素晴らしいと思っています。
写真に写した葉巻は、見ればそれが何の葉巻であるかは
葉巻文化を知っている人なら分かってもらえるでしょう。
そして、私も刃物をそれもプロとして十分に知っているだけに
このカッターがどれほど素晴らしいかを知っています。
この「葉巻文化」をひょっとすれば最期の世代になるかも知れませんが
私は、このカッターが「なぜ、必要だった」ということを
プロのデザイナーとして、紹介し、かつ「葉巻文化」を
徹底的に護っていきたいと考えています。
今、何が自分には重大であるかは、職能の専門家であると同時に
趣味性においても「人間らしさ」を護っていくことは
まったく同値だと確信しています。


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『外出すると・・・これだけはやらざるをえない!』


   


     11月 2nd, 2015  Posted 12:00 AM



なるべくもはや外出をしないでおきたい、
今ではすっかりと私はそのように思っています。
自宅に潜んでいるのが最高です。
外出するのなら、今は大きな条件をそろえています。
最も理想的なトランスポテーション装置が必要ですが、
現在の飛行機、ヘリコプター、鉄道、自動車もほとんどが最悪です。
これまでは自分デザインの車イスでしたが、
もはや体力的には、
米国製の軽量といっても20Kgの電動に乗っています。
しかしどうしても、今は月1度だけの講演は引き受けていますが、
そうなると、最も大変なことは私が車イスであることも含め、
移動のための衣類などが増えてしまいます。
これまで、どれだけの旅行用鞄を使ってきたでしょうか?
今はワイフがキャスターのバッグ一つは手持ちになります。
そして行き先向けホテルにそれも多いと2~3ホテルにバッグを送付。
どれだけ手荷物を減らすかが問題です。
ところが私は使わなくてもついつい趣味性のモノを鞄に隠し入れて、
見つかってしまい叱られます。
ただ今は、万一、天災・地震などを考えると、
最低の救急用品が必要になりますから、
この判断は相当に私には難しいことだと思っています。
国内の主要都市であれば、コンビニで万一はほとんど事足ります。
しかし、海外でも最初の訪問地では様子が不明であり、
特に車イス対応では問題がありますが、
それはむしろ国内の一流ホテルですら間違いが多いのです。
「お客様、私どもはユニバーサルデザインに基づいて・・・」
なんてことを発しようものなら、
(ユニバーサルデザインっていうのは自分が日本に持ち込んだ)と、
そんな顔つき=喧嘩態度になるらしく、ワイフは厳しい顔で私を制します。
最近は、ホテル予約が困難になりつつあります。
理由は、(嫌な)中国人観光客があの爆買いとかで来日多しです。
私は「なぜか」電動車イスで彼らにぶつかってしまうのです。
彼らのほとんどは謝罪しませんから、
「なぜか、それも激しく」私の電動車イスは暴走します。
このあたかも無意識なる暴走は仕方ありません。
決まって、マナー無しの中国人に私の電動車イスは暴れます。
先日は銀座で一人っきりで買い物をしました。
いつもワイフやスタッフがいるのですが、思いっきり行動しました。
ちょっとだけ暴れざるをえなくて、ホント困りましたが、
スワット仕様の手袋は凄いなって思いました。
何をしたかって?一応大学人であり障害者ですから、
そのモラルは遵守しました。


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『ジッポーのあかりをデジタルアッサンブラージュ』


   


     10月 10th, 2015  Posted 12:00 AM



デザイナーとしてとても惜しいモノコト=物事デザインは
喫煙具関係です。
人間が喫煙習慣を積み重ねてきた歴史は、
工芸品ともいえる数々のモノを生み出して趣味性が蓄積してきた
美しいモノが一杯ありました。
心臓を痛めてからすぐに禁煙しましたが、60代になったら
もう構わないだろう。
むしろ、喫煙具の美しさは自分の周辺に置いて置くべきだとさえ、
考えて、ワイフには時々叱られますが、
喫煙具の美しさは丹念にもう一度覚えておきたいからと、
収集してしまいます。
特にライターの名品は「ジッポー」です。
確か1930年代に創られたオイルライターは発明者の名前も知りませんが、
ジッポーライターの構成要素の簡潔さは、デザインの基本の基本です。
まず、インサイドユニットとボトムケース、リッドとヒンジ、
ジッポーはその装飾性では、様々なシリーズが出来上がってしまいます。
インサイドユニットには、綿球=オイルボール、と摩擦による発火石は、
確かにアウトドアから軍事品としても、
面白い逸話を一杯生み出してきました。
綿球から芯=ウィックにフリントとフリントホールが摩擦で
「発火」します。
それは、少なからず「文明」を発火させたといえるでしょう。
だから、このブログでもどうしても書いて置きたいテーマです。
文明としての火は、食物を焼いて飢えをしのぎ、
火の暖かさゆえに寒さから身体を守ってくれたわけです。
ジッポーとナイフは人間の必需品であることは間違いありません。
私は綿球だけを買い求めてもう一度詰め込み直しをします。
これで、オイルの長持ちを決めることができるのです。
映画で登場するジッポーの、リッドとヒンジの音はとても心地よいのです。
だから、そのジッポーの音は確かめざるを得ません。
芯材=ウィックはその長さで炎の大きさを調整できます。
それこそ真っ暗闇でジッポーの光は、
西洋が生み出した「あかり」なのです。
もはや私はデジタルサイネージどころではないということを
自宅玄関で実験し、
これを「デジタルアッサンブラージュ」と名付けました。
それは映像とLED、ともにデジタルな技術で「あかり」を制御するのです。
それには、日本的なあかり=蝋燭と、
西洋的なあかり=ジッポーをコントロールする必要があります。
このハードとソフトの開発を発表していくつもりです。


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「10年使用すると、そうだったのかということ」


   


     8月 17th, 2012  Posted 12:00 AM



私は車椅子になってから車を所有しました。
いわば男の子としての車への趣味性は一応満足しています。
工業デザインを学んだ者としては、
車はまさにカーデザインとして興味は人並み以上です。
教育者として、カーデザイナーを育成しました。
今現役デザイナーとして車メーカーや
そのメーカーの海外デザインセンターに赴任しています。
私自身どれだけの車に乗ってきただろうかと思い起こすと、
結構な車種所有と使用経験があります。
しかもすべてが手動用に改造しましたが、
これには国内事情が絡んでいて一家言持っています。
さらに個人的には運転手も雇っていましたから
ハイヤーの運転手程度の運転技術を知り尽くしています。
正直、国産車は一度も所有はしていません。
自分用に相当に改良をしたり、キャデラックのロングリムジンは、
クライアントからプレゼントされて乗っていた時期もあります。
現在は夫婦2人なので、ベンツSL500一台だけです。
先般までは、S320を徹底的に使っていました。
そうしたら10年使用ということで、
ダイムラーベンツから感謝状とメダルが届きました。
友人からベンツにはこうしたサービスがあると聞いていましたが、
それなりに嬉しいものです。
私は絶対にベンツには乗らないと思っていましたが、
ある時、車に詳しいスタッフの薦めでショールームに出かけ、
しかもGマークでSLKを確認してその発売されて以来、
セダンからワゴン、スポーツタイプと乗り継いできました。
おそらく、今乗りたい車は2種あります。
これを所有すれば、
私の生涯と車体験はとても幸運だったということになります。
そして、10年も工業デザインとしての成果品ユーザーへの感謝を
企業がサービス制度にしていることは嬉しいことです。


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「ブライスというたかが人形に、されどの本質」


   


     8月 13th, 2012  Posted 12:00 AM



自分の生まれ年のモノこそ、
自分を重ねていく趣味性とオークション価値性が楽しめます。
学生たちにも、若いときに、たとえば生まれ年商品となった、
時計などを買っておくことは趣味の基本だと伝えています。
私は50代になって、
生まれ年の時計を随分探して買いましたがとても高額でした。
そうしたら、
ワイフはしっかりと生まれ年の人形をコレクションしていました。
多分、この人形は、「たかが人形」に過ぎないと思いますが、
これはとても価値あるコレクションだとびっくりしました。
しかも、ルイヴィトンの靴トランクに、
このブライス周辺の小物まで整理して持っていました。
今回も彼女のコレクションを借りてこのブログで、
「たかが・mere」-「されど ・just」という比較断定論を突き詰める、
その一例としてメモしておきます。
ブライスは、おそらく人形の中でも独特の表情とその存在感があります。
この人形の詳細についてそれほど私は語りきることはできませんが、
この人形を素材として
人形との関係が総合的に充実しているモノはないでしょう。
すなわち、「たかが人形」「たかがブライス」に過ぎませんが、
問題は「されど人形」「されどブライス」を
確認する要素がいっぱいあります。
私が「たかが」-「されど」の可逆論理は、
「たかがデザイン」ー「されどデザイン」という言い方で、
私は「デザインの重大性」をこれまでも、
これからも語っていくことになると思っています。
私にとっては、「たかがデザイン」と言われたり、
その程度の価値観を抱く人間には常に喧嘩をしてきました。
「されどデザイン」を実証するのが私の使命だと考えています。
「されどデザイン」の本質的確信は、
人間としての人格=美しさ認知力こそ、
その人の存在性に関わっていると断定しているからです。
真・善・美が人間の悟性であり存在性そのものの価値だとすれば、
この真・善・美においても最後の価値判断は「美」です。
結局は真であり善であっても、
美無くしては真善も成立はしないということです。
私は、このブライスという人形が世の中に登場して、大変なブームになり、
それがさらに「たかがブライス」なのに「されどブライス」になって、
しかも現代も「されどブライスの価値観」は高密度になっています。
ブライスの存在性が創り連続してきた
「価値」の真意は美に通じているのです。


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8月18日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 18th, 2011  Posted 1:41 PM

8月18日 先勝(乙巳)

私は、趣味性というのは、
興味を一点にコンバージョンし続けている
ということだと思う。

それから、
なんらかの日常的な作法で、
その対象と向かいあっている。
それが本当の趣味であるということがわかった。

『デザインという先手』手巻き


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