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Posts Tagged ‘車椅子生活’


『高齢化すると糖質や炭水化物が気になります』


   


     8月 10th, 2017  Posted 12:00 AM



遺伝子は確実に伝わっています。
私の体型は父と母方の伯父に似てきたようです。
父は長身でしたが、中年まではどちらかと言えば痩せ型でした。
父方も母方も幸いにして白髪=銀髪のために私はハゲではありません。
ハゲると風貌が劇的に変貌してしまいます。
しかし、父のごとく最近は中肉づいてしまいました。
日本人の好きな食物といえば、
ラーメン・カレーライス・ナポリタン・カツ丼・焼きそば・ハンバーグ・焼き飯。
そしてお寿司・おにぎり・味噌汁・卵焼きなどで、私はきっと決まりでしょう。
そして、こうした食物での糖質や炭水化物性などは、
角砂糖いくつ分でよく表現されますから、
最近はワイフの料理はこうしたことにこだわりがあります。
最も私は身体障害者1級でなおかつ心臓障害者1級でもあり、
心臓でのカリウム・ナトリウム・カルシュウムは、
生理学で徹底的に学びましたから、
こうしたものが心臓の機序に影響するかは図が描けます。
学位審査ではとても専門的な口頭質問の問題に苦しみました。
ナトリウムは減塩し、ニンジンと魚は重要だと思っています。
男は統計によれば白髪は四分の一です。
これは自然界の法則でもあるわけですから、
正直、ハゲ無くて良かったと思っています。
ともかくスパゲッティで最高だったのは
イタリアのある高級レストランだけでした。
ナポリタンスパゲッティなんては古くさいようですが、
ともかく、母の味は忘れたのでワイフのが最高です。
ともかく、すでに車椅子生活も40年ゆえ、
自分の超軽量の電動車椅子デザインと歯のメインテナンス、
これを徹底すれば60代にはまだ見られていないようです。


* 『これは最適ではない・誤った車椅子対応車輌デザイン』
* 『本物に出会う「漆器」にもささやかな未来が見えた』
* 「インプリンティングされている私の「定食」
* 『青春時代の「熊の岩」、もう一度行きたい』
* 「毎日の喧嘩相手は薬だ、日常的な自分との喧嘩でもある」


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『バリアフリー・身障者対応は老人医療に連鎖』


   


     7月 23rd, 2017  Posted 12:00 AM



車椅子生活になった40年前、そして30年前も
私は銀座で、あるいは空港でもほとんど車椅子に乗った人とは
出会ったことがありません。
ところが最近では、一日に3〜10名には出会います。
すでに私は電動車椅子に乗っています。
絶対に電動は使わないと言っていたことがあります。
しかし、もはや体型にも変化があり、
電動なら日本では時速6kmですから、相当に早いのです。
しかし右上のように段差3cm程度の傾斜があれば無理です。
一応、段差無しという右下のユニット程度も無理です。
まして左では完全に行動は不可能です。
日本はいわゆるバリアフリーがサンクションにはなっていますが、
点字ブロックも駐車場でも車椅子OKはルールありといえども無理一杯です。
それこそ高級レストランでは、階段があっても若い男が手を貸しますとか、
私は拒むことにしています。
それならスタッフが手慣れた移動可能。
万一、落下したらどうなる?なんです。
電動では周囲が手助けしても、現在は絶対に無理です。
手動なら車椅子をまず高さを確保、
そして使用者を二名〜四名が抱き上げるという方法です。
2020年パラリンピックで、車椅子選手や身障者対応へは
相当の、あの「身障者おもてなし」?
嘘でしょ!というのが、現在の私の心情です。
大阪大学はパラリンピック支援大学になっています。
だから伝わる人には「言いたいこと」一杯あります。
身障者対応はまさに「老人医療」と結びついているのです。
75歳になれば、必ず車椅子使用者は70%なのです。


* 『通称・点字ブロックのデザイン間違い!』
* 「デザインは皆無だ!・・・誤りのデザイン」
* 「石畳の街、その文明と文化」
* 「ブリューゲルが描いた盲目の人たち」
* 『電動車イスの効能的制度設計からの性能・機能デザイン』


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『ユニバーサルデザイン・バリアフリーはまだ未消化』


   


     7月 20th, 2017  Posted 12:00 AM



車椅子生活が驚愕するばかりか、すでに丁度40年です。
正直なところ、私が歩いていた、スキーをしていた、拳法をしていた、
ロッククライミングや遠泳大好きを知っている人は少ないのが現実です。
だから自分は違う惑星で生きながらえているという具合に考えてきました。
そして使命だと思ってきたのが車椅子の開発実現でMoMAなどに永久収蔵。
最近はエスカレーターで大事故や、飛行機搭乗で社会問題などがあります。
その都度意見を聞かれますが、正直、自分ならこうするとか、
経験ではエスカレーターは危険、飛行機選別などは無言を貫いてきました。
理由は至極当然ながらもう無駄、これまではすべて喧嘩をしてきました。
しかし、実際には行動して社会化をすること・行学が本位だったのです。
ところがこれすらはすべからく現代はねじ曲がってきています。
「ユニバーサルデザイン」・「バリアフリー」がほとんど社会ルール、
いわゆるサンクションにまでなっていますが、
これ自体に大間違いや日本では無理を一杯発見するからです。
ユニバーサルデザインは偶然にも米国の友人達から川崎が大学人になる、
そんな噂でいち早く私にユニバーサルデザインが届きました。
これも米国ですでに過ちがありましたがそのことまでは戻らないことと、
これも米国のデザイン仲間と話合いました。
Gマークに「ユニバーサルデザイン賞」を決定、
政府にその報告書を提出しました。
私自身、「車椅子マーク」世界標準が美学的にも納得出来ずに、
私なりのマークをダウンロードして使って貰うよう仕掛けました。
海外では世界標準を離れた車椅子マークが公共施設、新しいホテル、
さらには車両などにどんどん出てきています。
車両に表示する「身障者マーク」は「四つ葉のクローバーマーク」に
交通法規とともに私デザインにしました。
このときも今なら言えますが、身障者団体のトップと大喧嘩しました。
「川崎さん。ここは警察庁ですから」と警察官僚から注意されました。
しかし、身障者すべてのパブリック意見を集結し、
ハートであってほしい、四つ葉であってほしい、そのマークデザイン。
そして最近は、バリアフリーとかいうホテルでも、
バリアフリーの部屋の扉にはいくつ覗き窓がありますか?と聞けば、
「一つです」とか言われただけで、(二つ必要)
何の工夫もされていないことがすぐにわかります。
もっと大変な「ユニバーサルデザイン研究」を日本の大学機関相手に、
「全て基本認識が間違っている」と言い放たなければなりませんでした。
まだしばらく言い続け、闘争する必要がありそうです。

&  『ユニバーサルデザインハンドブック』監修 
&  『車椅子マーク』

* 『ユニバーサルデザインの原意』
* 「少数派のためのデザインから・再度、再検証」
* 『公・自・単・情・安・省・空を暗記せよ』
* 『パリには車イス対応が最初から叶っていた!』
* 「随分改善された車椅子対応までのエピソード」


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『アライアンスとして語るべきアンビエント』


   


     7月 19th, 2017  Posted 12:00 AM



2010年9月だったと記憶しています。
奈良女子大学で「人間情報学会」、私は基調講演をしました。
それは当時、阪大の副学長N教授(日立出身)が提唱し始めた未来社会へ、
「アンビエント・アライアンス」を私はデザイナーの立場で、
その源流から情報空間、環境情報へのコンテクストを研究し発表しました。
ところが最近大きな見識間違いがありこれは誤解が蔓延すると危惧します。
だから少なからず、情報:当然コンピュータが介在する空間・環境には
音楽との大きな関係を私は「プロ」として記述しておきます。
何しろ、人間情報学は余りにも専門的であり、
2010年前後は、「多分、おそらく」という漠然感があっただけです。
今では、もはやマルチメディアもユビキタスも溶解し、
AI・IoT・VR・BigDataが登場。
しかし、それらの具体像でのAudio性、
Visual性はホンの一部が問題視の状態。
さらにこの分野にデザインが関与するとなれば、
現在の特に大学や大学院での教育分野ではほとんど無理だと断定します。
アンビエントというのはその源流には3人を登場させなければなりません。
エリック・サティとジョン・ケージ、
この二人にはコンピュータは無縁です。
しかし、もう一名のブライアン・イーノは、確実にコンピュータの起動音、
これに関わってきたのですから、
彼を起点として過去と現在には現代音楽家が、空間・環境・音楽が統合。
コンピュータや光:レーザー光線はクセナキスやシュトックハウゼンなど
建築空間的なイベントまでが源流です。
私自身、車椅子生活になったときに、
周囲からは思い切って一番やりたいことをと支援されたのです。
30chのプログラマブルコントローラーとスピーカーシステムまでを、
ギリシアの現代音楽祭に提示しましたが、
デザイナーであるということで、ミュージシャンと区分されたのです。
現代も見えず、まして未来は彼らになかったのでしょう。
それこそ、アンビエント・アライアンスは、
ようやくAIとIoT、VRとBigDataが見えてきたのです。
ともかく、アンビエントという言葉だけを
それもデザイン界から知識見識無しには、
決して語るべきではないのです。
なぜなら、アンビエントはアライアンスがコンテクストだからです。


* 「ビデオアート・現代音楽・オーディオの統合化をめざす」
* 「デザイン対象としての空間に出逢う」
* 「Ambient=情報空間に向かうMedia Alliance」
* 「アイドル・キャラクターのメタ・アンビエントへのコンテクスト」
* 「バーチャルアイドルが示唆している超情報化の予感」


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『酒、現在はジンの効能性=社会的存在価値について』


   


     7月 1st, 2017  Posted 12:00 AM



私は車椅子生活、そして心臓障害にまでなり、
心臓の手術(また大きな手術あり)も2回受けていますから、
すっかりと、もちろんのこと酒もタバコも辞めてきました。
が、60歳を過ぎてからは(もういいだろう)ということで、
タバコは葉巻に、酒はドクターと話をして「仕方ないか」とかで、
時々、このブログでも書いてきました。
そうしたら、結構、叱られていますが、年齢のことも考えれば、
もはや、葉巻は勉強して資格をとろうかとまでなりましたが、
これは絶対駄目とのことで、なんとか他の方法を「文化的」に考えています。
酒も、もちろん日本酒、焼酎、ウィスキー、ワインとかを結局は雑学的に
自分の知識とともに自分でなじませてきました。
結局、ワインはフランスでプロから特別に教えてもらったこともありますが、
洋酒は現在は「ジン」=蒸留酒でのジントニックを数種確かめて、
おおよその検討をつけています。
さて、ここで問題ですが、酒は古今東西、酒の文化での酒という効能、
その社会的な存在性を再考する必要があるようです。
無論そこにはパッケージとラベルというデザインが効能性に関わっています。
残念なことに、最近は焼酎や日本酒にはデザイン、特に、効能性の価値が
歴然とブランドデザイン戦略としては
絶対にデザイン無しでは考えられない事態になっています。
まぁ、ワインのあり方はあのボトルとラベルがありますが、
バックボーンにはワインづくりメーカーのブランドがあります。
結局、社会的なブランドの性能性という価値を再考すれば、
簡単なことは、「酒は売れれば売れるほど、それはアルコール中毒」を
結局増やすことになるわけですから、
性能は味覚や臭覚に直結しています。
では酒の機能性は何かということになりますが、
それはまったく関与無しと考えるべきでしょう。
私は「日本酒から人工臓器まで」と
デザインが「口紅から機関車まで」を
言い換えていたことがありますが、
まだまだそこにプロダクトデザインの必要性などは日本では語られません。
ところが、ある焼酎メーカーでは見事にデザイナーが関与して、
ブランドイメージ、即、経常利益と社会還元をしています。
そういうわけでは、現在、英国中心のジンという蒸留酒のブランド、
その効能的なデザイン戦略は見習うことがあるようです。


* 『メセナフィランソロピーが「ジン」酒造企業ではどうか』
* 『パトローネが文化を再考察させるデザイン戦略』
* 『ドクターウォッチ・アプリのバージョンアップ』
* 「酒とタバコと、そして・・・」
* 「Business Modelの義は善であり、美に包まれている」


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『青春時代の「熊の岩」、もう一度行きたい』


   


     6月 18th, 2017  Posted 11:50 PM



車椅子生活も40年になります。
最近は、山岳系や登山系の雑誌・マガジンをかなり詳細に覧て読みます。
それこそ車椅子生活になって以来は、
絶対に覧ないことにしてきたのですが、
やはり青春時代に最も熱中していた登山・スキー・ロッククライミングは、
本当に驚いてアルピニズムを読んでいると言って良いでしょう。
ともかくこうしたスポーツの用具が全く変わってきました。
ザイル、リュック、ピッケル、登山靴などは、
(そうだよ、これが正しいはずであり、なぜ、あの頃は・・・)という、
この思いがとても強くなってきています。
キスリング=横幅があり、両サイドには400ccの水とガソリン。
これはどう考えても危険極まり無かったと思います。
不帰の岳などは今ではチェーンが急斜面に取り付けられていますが、
私の頃は、ザックの片面が岩肌にひっかかり落下する寸前もありました。
登山靴も現代のは軽量で柔らかく、ピッケルなどはとても短くて、
あれなら確実に雪面でも停止が出来るはず。
私にとっては長治郎雪渓にある熊の岩です。
おそらく今はあの場所や、剣岳真下の剣コルなどではテントなどの設営は
絶対に出来ないことでしょう。
長治郎雪渓のもう少しで剣岳には、テントを張っていて、
源治郎尾根と八峰尾根のクレオパトラノーズなどでは、
源治郎尾根に登ってアップザイレンや、その尾根からのピッケル操作訓練、
八峰尾根ではロッククライミングで6級の岩面で恐怖だらけだったことは、
熊の岩があればこそできたことです。
長治郎雪渓は剣連峰でも最も大きな雪渓ゆえに、
夏スキーも朝方にはミラーフェイスと言われるほどの氷面を滑走できました。
どうして当時は、早月尾根を3泊四日も宇奈月から登山列車、
そして徒歩で何度か嘔吐するほどのリュック7〜8Kg リュク、
そしてメタルスキーを背負い剣岳連峰に入っていたのだろうと思います。
この嘔吐しながら徒歩登山の度に、もう登山は絶対に辞めようと思いつつ、
熊の岩でのテント設営が楽しくて、食料が無くなると、
立山から剣岳の入り口で観光登山客が残していく食料を
金沢美大・東京藝大・京都市芸大で当番で恵んでもらいに行きました。
熊の岩で母の夢を見て、翌日のトレーニングは体調も悪く参加不可能でした。
そうしたら八峰尾根では大落石事故があり、私が参加していれば、
確実に私が遭難だったと言われました。
熊の岩にヘリコプターで行きたいのです。


* 『歩けた頃=スキーに夢中だった時の写真が届いた』
* 『「岳人」が教科書だった時代を思い出す』
* 「トランスジャパンアルプスレース・過酷さの美学」
* 「やっぱり、なぜこれほど落ち着くのだろう」
* 「冒険、してはいけないことになるかも」


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『デザイン主導のフライング・カー時代がせまっている』


   


     5月 10th, 2017  Posted 12:00 AM



ブルース・ウィルス主演の映画で、多分1997年の「The fifth element」で、
空飛ぶタクシーが登場します。
ちなみにfifth economyはロシアンアバンギャルドでの政治経済思想であり、
私はデザインに関与していると思って
この資料を収集もしデザイン経営の今後の予想資料にしています。
ともかく、空飛ぶタクシー、その時代がやがてやってくるでしょう。
そこで、Flying Carが、ドローンの登場とともに、
早ければ2018年、2020年に実現計画が登場しています。
ベースにはドローンの登場がありました。
私は車椅子生活を余儀なくされ推測道理今では電動車椅子になりました。
そこで、現在使用の車イスが日常化していますが、
阪大のパラリンピック支援大学として、
私のミッションには、電動車椅子開発があります。
ともかく、走行性能では「浮かびたい」という想いと
身体保持機能として年齢による姿勢制御を総計しても18kg以下が目標です。
そこで最も注視注目しているのは軽量の椅子とこの電動空飛ぶ車開発です。
これは今後のトランスポートデザインの決定になるでしょう。
Ship of the Yearの審査員をしていますが、
これは恩師命令として、造船分野へのインダストリアルデザイン導入を
なんとか目指して次世代デザイナーに
業務拡大をねらっていますが国内では大変困難です。
むしろ、駆逐艦や潜水艦へのデザイン導入をするデザイナー養成から
デザイン業務を拡大すべきかと考えています。
おそらく、このフライング・カーに私世代は乗れないでしょうが、
この領域での次世代デザイナーを育成するのはコンシリエンスデザイン、
この具体事例になり、今のデザイン系大学では無理と確信しています。
いわゆる電動フライング無人制御カーは、
次世代のデザイナー養成の大きなテーマになることは間違いありません。
それは「非現実化」=空を飛ぶことへの
認識確実な創造力あるデザイナー育成だと想っています。


* 『海事関係にデザイン介在という使命』
* 「神話・寓話・童話にエネルギーは無い」
* 「大学でのデザイン教育=デザイナー育成をめざす」
* 『超軽量で収納コンパクトな電動車椅子をめざして』
* 『電動車イスの効能的制度設計からの性能・機能デザイン』


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『私が育った企業の滅亡は日本の産業滅亡に連鎖する』


   


     1月 28th, 2017  Posted 12:00 AM



1972年、私は主任教授の命令で東京芝浦電気株式会社に入社しました。
当時は一人に40社から工業デザイナーには入社が可能な時代でした。
主任教授命令は絶対的でした。もし断れば卒業出来ないと言われてました。
銀座・有楽町に東芝ビルがあり、その7階、「意匠部」が私の職場。
そこから私の社会人デザイナーが始まりました。
今はもう東芝ビルは消滅しています。これが時代変遷なのでしょう。
自分の青春時代が抹消されてしまっていると感じます。
第1志望・オーディオ、第2志望・オーディオ、第3志望・オーディオと書いたら、
「そんなヤツは要らない」とある上司に言われたので、
翌日、辞表を持っていったらディレクター達に、
「君はオーディオのために採用したのだから」と言われ辞表撤回になりました。
「ボストン」という3点セパレートステレオの最後の機種を担当して、
すぐにシステムコンポーネントオーディオの時代が到来。
Aurexのロゴタイプから、Aurex担当になり、それこそ機器デザイン設計から
ショールーム、Aurexコンサート、オーディオフェア、
さらにはTOSHIBA・EMIで録音までを学ぶことができました。
しかし、28歳、私は交通被災で車椅子生活を余儀なくされました。
結局東芝を退職しましたが、どういうわけか、時々講演に戻っていました。
2010年9月末に東芝の原子力研究所で
私は「これなら日本は大丈夫」と思いました。
なぜなら6D-CADがもう実働していたのです。その先進性があったのです。
ところが、2011.3.11東日本大震災と原発の人災事故には、
東芝の顧問としてスマートシティ計画を書きました。
2012.7.2に民主党政権の防災大臣にプレゼをしましたが無駄でした。
その時の東芝社長S氏は同期入社でした。
(彼が社長?このままではこの企業危ない)、この直感は当たりました。
義も善も語れなくなってきた私にとっての企業滅亡がちらつき始め、
義も善も失った企業で美=デザイン提案は全然無駄になったのです。
私がそれこそ、東芝のために鍛え上げた教え子もいます。
私が入社したときにはいわゆる「傘マークToshiba」は、
フリーハンドで書き上げることが出来ました。
なぜなら、金沢美大で鍛えられていたからでした。
東芝、この企業の滅亡は日本の産業の滅亡につながっています。



* 『コンピュータからの離脱がこれからの日本の産業』
* 「わが国の展博・コンベンションデザインは遅れている」
* 『天衣無縫な時代と社会に活気がある』
* 「ビデオアート・現代音楽・オーディオの統合化をめざす」
* 『Aurexブランドで学びながら苦しみながら・・・だから!』


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『地方都市=鯖江が日本の未来モデル都市になるわけがない』


   


     7月 30th, 2015  Posted 12:00 AM



「地方の時代」とは、もう何年言われてきたことでしょうか。
1980年代に、私は東京の赤坂を離れてふるさと福井にもどりました。
理由は、交通被災に遭い車椅子生活となりましたが、
当時、もうフリーランスデザイナーであった私に、
いつも励ましてくれていたドクターから、
「ふるさと福井に帰った方が君は長生きができる」と言われました。
父からも、もう青春は終わったのだから帰って来なさい。
金沢美大の先生方も帰って来なさい、と言われたからでした。
肉体もボロボロで発熱が続き、体調も悪く、故郷に帰りましたが、
「第四次国土総合開発法」全盛でまさに「地方の時代」とかでした。
私は福井の伝統工芸産地にデザイン導入をしながら、
この国家政策の「反方向=非方向」で活動をしていました。
「四全総」国策は大失敗しています。が、私のデザイン導入は成功。
今また、それこそ東京劣化とか地方消滅がある一方では、
なんと、私のふるさと「福井モデル」こそ未来の国家像なのです。
正直、2020年、東京のオリンピックでは経済収入2兆円が予測され、
それなのに500億円=投資金額のはずを出し渋り、
とうとう楽しみにしていたオリンピック・パラリンピックへの
素直な期待感は失せてしまっています。
まして、「福井モデル」などで、その中心が鯖江市とかになると、
私はこの東京でまとめられた統計のいい加減さに辟易します。
福井が、いや鯖江が
未来の地方活性化モデルだとは、とても思えません。
理由は簡単です。
「活性化」とは、加熱されること、濃度が増すこと、触媒があること。
これは化学での活性化、その三大要素です。
言い換えれば、地方活性への情熱の冷静さであり、
濃度とは、経験と知識の高密度さ、そして触媒なるデザイン、
これが私が、
伝統工芸や、地場産業、地域産業にデザイン導入した意図でした。
たとえば、眼鏡と言えば、サバエとは、真実の技術は福井であり、
鯖江が中心とかになると、安政の大獄で幕府に荷担した鯖江藩の
大裏切りが重なります。
東京で簡単に地方活性など騙って欲しくはありません。
2030年の人口動向は、さらに東京一極集中が加速して、
地方の消滅は明らかだと私は実感しています。
「政治が悪いと必ずわが国は天災で破壊される」。
これは歴史的な事実です。


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『神仏像をもっと知っておきたいと考える』


   


     2月 10th, 2014  Posted 12:00 AM



久しぶりに「新TV見仏記」をテレビで観ました。
私が宗教を知ろうと思ったのは、
ふるさと福井でこの二つが不明だったことです。
生まれた里には永平寺曹洞宗がありました。
しかし葬式では浄土真宗があり仏教に種類がある不思議さでした。
一時期、宗教という思考領域とは無関係で生きたいと思いました。
土門拳の写真で仏像や神仏混合のアイコンを見て、
その美しさに惚れ込んで以来、仏教神道に興味がありました。
仏像や観音像などのいわゆる歴史的なフィギュアに潜むこと、
これを徹底的に知りたいと思うようになったのは、
これにも私が車椅子生活を余儀なくされたことがあります。
ぞっこんこのフィギュアアイコンのかたちに惹かれたのは、
ロボットデザインでの「身体論」と「形態論」でした。
しかも今年は森政弘先生から、改めて「華厳経」を教えてもらい、
松岡正剛氏は「維摩経」で年末を過ごしたことや、
いとうせいこう氏とたまたま出会って「不気味の谷」の話や、
彼とみうらじゅん氏の「TV見仏記」が今年から大阪でも放映とか、
彼にはロボットと仏像の話を希望している次第です。
いづれにしても、宗教を表現する神仏像については、
これからさらに興味を持つものと考えています。
宗教といえば、信教、信仰、信心を自分の中で再確認の対象です。
正直、宗教における経典はきっと心の物語りなのでしょう。
私はともかく神仏像の「かたち」に徹底的に入り込みたいのです。
多分その「かたち」には具体的にはロボットの「かたち」があり、
象徴的には、心が期待し確認する何かがあるものだと想像します。
いづれにしても、仏教にはその他の宗教よりも興味があります。
そして「新TV見仏記」の次のテーマが楽しみです。
少なからず、仏教の「かたち」には何かがあるものと考えます。

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『華厳経に入ろうと思う・森政弘先生の講義から』
『「舞の霊性」出版とともに思い知る』
『今年早々、最高の講義を受ける・森政弘先生の仏教論』


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